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いつまで『被災者』やってるのさ!

今回のブログ記事は人によってはイヤな思いをさせることになるかもしれないし、反感を買うかもしれません。問題はそんなに単純な話ではないですから。ただタイトルの通りいつまでも『被災者』をやっている方が多いように感じるし、他の方ともお話をしていく中でそれこそが一番の問題ではないかと意見が一致しました。そしてさらには「どう被災者ぶっているのかわかっていない」ことが問題を深刻化させているような気がします。今回は東日本大震災に関して取り上げますが、他の例でも同様で、自分が『被害者』だったり『被災者』であることを受け入れることは実はとてもつらいものです。まだ『被災者』であることに気付いていない人に、そのことに気付いてもらいたくてあえて傷を抉りにいこうと思います。ですのでもしかしたら多くの人が今回の記事を嫌うかもしれませんが、少しでも何か思うところがあるという人がいたらその人の役には立てるかもと考えています。

まず括弧付きで『被災者』と表記したものとただ被災者と表記したものとでは意図するところが異なると断っておかなければならないでしょう。後者は福島・宮城・岩手や茨城・千葉など、震災によって物理的に被害を蒙っており、自治体などがそれを証明する人と限定しています。一方で前者は震災によって精神的に影響を受けた人のことを指し、特にそれによって生活が乱れてしまった人として私は考えています。実はこの精神的に参っていることに気付けていない人がとても多く、それと社会の動きを混同してしまって切り分けが出来ないために生活が乱れてしまっているという問題があります。
実は私自身も『被災者』をやっていましたし、今でも無意識に戻ってしまうことがあります。これに関しては何度かこのブログで書いてきたことです。私の症状は運良く以前から面識のあった専門のセラピストによって発見され、現在でも時折相談をすることで先述の“切り分け”を続けています。
『被災者』になると何が問題なのか。生活が乱れるとはすでに書きましたが、より直接的にはずっと『被災者』を演じ続けてしまうのです。被災していると思っていたらいつまで経っても元通りの生活には戻れません。当然のことです。時間が経って物理的に復興すれば精神的にも余裕が出来て『被災者』ではなくなるということもあり得るでしょうが、この度の震災は日本全土に『被災者』を生み出したと思いますし、となれば誰が復興をするのかという話になってきます。したがって被災地の復興を妨げているのは『被災者』であるというのが今回の論点であり、そこから脱却しようという呼びかけが主旨となります。
以下では各節ごとに具体的な話にも若干触れます。注目されている原発の問題や電力不足の話などがそれに当たりますが、主旨が自分たちの精神面と生活をどう『復興』させるかにあるため詳述はしません。またそのことを深く知ろうとする姿勢はよいとしても、原発の再稼働を急げ(あるいはするな)、瓦礫を受け入れろ(受け入れるな)と声高に叫んでいる人たちには「バカじゃないの?」と言うのがむしろ今回の目的です。言葉きつめではありますが、普段からそのような活動をしていなかった人たちがそれを急にやることこそが『生活の乱れ』であり、『被災者』をやっている証拠だからです。本来の意味での復興や認識の変化はこのような『乱れ』では成し遂げられないのだということを各節では述べていくという流れになります。


震災においてはまず地震と津波が人々に大きな被害をもたらしました。先日も日本ではないものの大きな地震があり世界中の人がその被害が大きくならないかと肝を冷やしました。
3月20日にはM7.6の地震がメキシコを襲いました。メキシコの地震では1985年のものが有名でしょうか。直後は崩壊した建造物の耐震性が低かったのではないかとされましたが、その後続いた大きな余震による長周期振動によって建物の支柱が崩れたと今ではわかっています。この度の地震でも数百戸の建物が壊れましたし、余震が続きました。4月12日にもM7.0の地震が発生しています。
11日にはインドネシア、スマトラ沖でM8.6の本震とM8.2の大きな余震があり、二つの津波警報が発令されました。2004年スマトラ沖地震ではM9.1の地震が発生しており、この際にはインド洋全体に広がった津波によっておよそ22,000人が死亡したとされる大惨事でした。マグニチュードこそ差はあるものの、この津波によって大きな被害が出るのではないかと懸念され、震源地の近いAcehにはすぐに救助隊が派遣され高台への避難支援が行なわれました。幸いなことに津波はそれほど大きくはならず、そのため被害も心配されたほどのものにはなりませんでした。「どうして今回は津波は大きくならなかったのか」は科学雑誌が記事にしています。今回はそこまでは踏み込みません。
地震に関してはメカニズムがほとんどわかっておらず、予知することは不可能だろうとする専門家もいます。地震の事例は大規模なものとなると少ないですし、かといって小規模なものによる影響まで考慮するには地球内部のことがわからなさすぎるという感じなのでしょう。まだまだ地震学は事例を集めてそのデータを見つめる段階にあり、決定的な理論を打ち出すのは先のことになりそうです。なお一例として近年の大地震には繋がりがあるのかを大まかに論じたNewScientist誌の記事をご紹介しておきます。The megaquake connection: Are huge earthquake linked?
本題に入ります。地震が発生すれば誰でも怖くなるものです。ですが東日本大震災以降、日本人の多くがそれに鈍くなってしまっています。一年ちょっと前だったら震度3の揺れを感じたら大騒ぎだったことでしょう。ですが現在では震度3を当たり前のように思い、あるいはもっと大きな揺れが発生しても冷静にテレビやラジオ、ネットでさらなる被害がないかを調べたりします。その上で友人に「津波の心配はないそうだよ」などと教えてすぐに普段通りの生活に戻ったり。けれど私たちは専門家ではありません。あるいは報道関係者なら冷静に行動し、情報を視聴者に伝える役目があると言えるかもしれません。ですがそれを何故一般の人がやってしまうのでしょう? あるいは震災から一年を迎え各テレビ局が特集を組みました。それに過剰に反応し「まだ苦しんでいる人がいるのだからそんなものを視聴者に見せるな」などと苦情を入れたり、「つらいので見る気になりません」と公言したり。結局それらも一種の『被災者』になっているから起こる反応だと考えられます。目の前まで津波が襲って来たような地域の方は実際に津波の映像を見るのがつらいでしょう。あるいは情報収集に敏感になり、地震が発生しても一切の動揺なく行動することでしょう。ですが東京や関西からそのような反応が出てくるのは何故か。悪い方向で被災者と自分たちを重ねて『被災者』をやってしまっているのだと考えられます。これは心の傷であり治されるべきものです。ですから「つらいから」というのは本当の気持ちであって、そのような方に無理矢理テレビ映像などを見せるのは間違っています。けれど自分たちは被災者ではないという切り分けが必要です。少し突き離した言い方に聞こえるかもしれませんが、東北での地震や津波はその他の地域の人にとっては他人事です。それを気持ちを重ねてしまって怖いと怯えたり、普段通りの生活ができなくなっては今後同じような被害に遭ったときに対処が難しくなる。自分の傷は自分の傷として、被災者の傷は傷として厳然と分けておくべきでしょう。
なおこの話はすでにここのブログでも多少触れています。東日本大震災によって阪神淡路大震災を思い出し(隠れていた)PTSDを発症してしまった方が数多くいるようです。実は私も似たような状態で、阪神淡路を経験しているわけではないのですが地震に対して過度の防衛反応が出てしまいました。状態としては地震などがあると瞬時に気持ちを押さえつけて機械のように情報集めしてしまうのです。先に書いたインドネシアやメキシコの地震に関しても実はそのようにして集めた情報。まったく場所が違うのだから慌てて情報集めしても限度があるのですけどね、やらないといけないという強迫観念に駆られるのです。これに関しては専門家に付いてもらって何と混同しているのか切り分け作業をしている最中だったりします。


さて次に原発や電力不足の問題です。今夏の電力はほぼ全国で電力が不足する見通しと経産省が発表しています今夏の電力需給と当面の見通しについて(PDF) 。現在の日本は電気を使って生産活動をし、経済を回しています。西洋では11世紀頃に水車による産業革命、18世紀頃に蒸気機関を用いた産業革命が起きました。水力か火力(蒸気)に拠るかは別ですがこれは工業機械の動力として歯車を回すことで人力よりも大きな力を手にすることができたために起こったものです。これにより水車や蒸気機関のあるところを中心に工業地帯が形成されました(補足すると「都市」の形成は鉄道の登場によってでもっと後のことになります。町は時報を鳴らす鐘の音が響く範囲まで広がるというのがそれ以前のもの)。これが現在のように人の住む場所が広がると電力網によってその生活が支えるようになってきます。これは同時進行で会って電力網の発達により人の住める地域が拡大したとも言えることではあるのですが。いずれにせよ電力と切り離せなくなっているのが現代の生活だと言うことができます。工場などは一度停電すると機械の再稼働に余計なロスが生じますし、また産業が複雑化しているために「納期」などもあります。あるいはもっと至近な例では病院の設備はどうするのかという問題があります。生命維持装置などが止まれば患者は亡くなりますし、手術なんかも難しくなる。あるいは電気も点かない暗い病院内で注射器を打たれることを想像するだけでもどれだけ不気味かわかると思います。
このように電力に依存する割合が高い現代社会は見直されるべきなのかもしれません。ですがそれは一朝一夕でできることではない。産業の形態を大きく変えていかなければならず、かつ拡大した人の住む場所に生活するエネルギーを届けるネットワークも必要です。情報を如何に早く伝えるか、電気の速度に勝るものはそうそう出てこないでしょう。
そのように考えると少なくとも目先の原発再稼働は必須のように思えます。原発がなければ夜間の揚水発電もできませんし、半ば放棄されている火発を稼働させ、それを続けなければなりません。それは難しいことですし、危険でもあります。燃料の問題もある。少しドキュメンタリー風味にし過ぎだとは思うのですが、動画で見れる一つの例として中部電力が公式HPで掲載した緊急稼動せよ!武豊火力発電所 電力安定供給の舞台裏についてをご紹介しておきましょう。
ですがここであえて私は原発再稼働の是非の議論は脇に蹴り飛ばすことにしたいと思います。今までの文章で少し触れてきて、社会がそんなに単純ではないことは分かったかと思います。原発の再稼働に関しては政治も経済も、そして地元の人たちの感情も絡み合う。その複雑なものをコンセンサスを得ながらどうしていくのか決めるのが政治家や専門家の役割です。一般の人間として私たちもそこに関わっていますが――ここで本論の主旨に戻るのです。自分の生活を壊してまでやって何が得られるのかと。
今一度少しの間だけ詳細に戻ることにします。今年の4月1日から食品に対する基準が新しくなりより厳しいものになりました。以前は500Bq/kgだったものが100Bq/kgとなったのです。よりよい基準が設けられるならそれに越したことはありませんが、しかし福島の特に放射性物質の残りやすい海で仕事をしている漁師の方々は廃業に追い込まれかねない事態となっているようです。彼らも生活をしなければなりません。ならば漁ができないなら他の仕事を探さなければならない。あるいは漁が再開できるまで貯金や支援を受けて耐え忍ぶしかない。これが現実的に直面している問題です。
また福島第一の事故で東電は損害賠償を行なっています(東京電力 原子力損害に対する賠償について )。あるいは地方自治体や企業、学校でも被災者の支援を行なえるように様々な手続きの案内をしています。ですが――ここで発行されるものを見てみるとわかりますが気が遠のきかけるほど煩雑です。これをどうにかしないといけないというのが被災者の現実の問題なのですが、それは普段の仕事や生活とはかけ離れているし、また期日を設けられると一気に『義務』という印象になってしまって身動き取れなくなってしまうという問題が発生しているようです。あるいは普段の生活を忘れてそうした事務的な仕事にのめり込んでしまうタイプの方もいるとか。私の両親も実は被災者なのですが後者の『被害者』をやってしまっています。そのために余裕がなくなって周囲の人を見れなくなっていく様は関係する人にはつらいものがありますね。それに釣られて余計な悪循環を引き起こしやすいです。
私の言わんとしている『被災者』の直面する問題というのが何か多少分かってもらえたでしょうか。現実に生活できるかどうかがわからないという事態をどうにかしないといけないのにもかかわらず、「被災したことによる各種手続きをやれだ」、「電力不足が起こりそうだ」、「原発の再稼働はどうするんだ」と言われても余計に苦しむだけです。もちろん東電も被災者ではありますから同じように『被災者』になる可能性は高く、それが資料の煩雑さなどを招いているのではないかと分析する方もおられるようです。またこのような反応は瓦礫処理の問題に顕著に出ている気がします。瓦礫というのは家屋が震災の影響で壊れた際に出たもののことです。福島第一近辺の瓦礫は当然持ち出しませんし、他の地域でも慎重に放射性の検査はしていますが、それでも「地元住民の同意が得られるか……」と及び腰になってしまう地方自治体。住民の理解を得るのは当然必要で、ならば説明会を何度でも開くことがやるべきことなはずです。ですが条件反射のように反対なり保留としてしまうのは各自治体も『被災者』をやっているということなのでしょう。


長くなりましたので「今回は原発のリスク(=安全)と住民の求める安心の違い」や「再生可能エネルギーへの取り組み」の話などは割愛することにします。
ただ私の主張はみなが『被災者』をやっていてはいつまで経っても復興は成らないだろうというこうことです。『被災者』の反応として現実逃避を続ける、何か(それがカルト的なものであることもあります)にのめり込む、他人に対して攻撃的になる(政府や東電を目の敵にするなど)などがあるようです。
心の傷であればそれは防衛反応として仕方のないことなのかもしれません。ただとても多くの人が『被災者』になっていて、それは政府や自治体、東電、メディア関係者、市民活動家もそうである可能性が極めて高いということは一度頭に入れて欲しいことだと考えます。そして自分自身はどうなのかも考えてもらえればと思います。
自分が『被災者』として傷を負っていて、それによって何らかのアクションを起こしているのなら、それは震災やその後の社会の動きからは切り離すべきです。自分たちは何らかの専門家であり、それに従事して仕事なり勉強に励んでいるということを軸に据えて動ければ、もう少しこの複雑な事態を乗り切る余力が出てくるのではないかと考えます。
研究者の方でもすでに“自分の仕事として”新しい社会を構築するための動きがあります。それを見聞きして勉強することも大事でしょうが、『被災者』として偏った見方をしている人が散見されます。これは研究者の側からすると良くない傾向に思えるでしょうね。自分たちが本当に震災に向き合うというのはどういうことなのか、今一度考える時期が来ているのかもしれません。もちろんそれをすることで動けなくなるほど苦しくなるというのならまだ無理をすべき時ではなく「休息」を取るべき時期なのでしょう。それも震災と向き合う行為の一つかと私は考えています。
by zattoukoneko | 2012-04-17 18:25 | 社会・経済 | Comments(5)