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小説『パラサイト・イヴ』紹介

今回と次回は『パラサイト・イヴ』に関して取り上げようと思います。今回は小説の方で、次回はスクウェア(現スクウェア・エニックス)の制作したPS用ソフトに関して取り上げることにします。
ま、最初の方は書評に近い書き方をするので普段より文体が堅苦しくなりますがご容赦をー。



小説『パラサイト・イヴ』は1995年に瀬名秀明が第2回日本ホラー小説大賞を受賞し、デビュー作となったものである。瀬名は受賞時東北大学薬学部の博士課程に在籍していた。ただし本人の話によると応募時は簡単に受かれると思っていた試験に失敗し、一年という浪人期間に書き上げたものだという。
薬学部は何も製薬ばかりをするわけではなく、化学や生物学の基礎研究も頻繁に行う。作中でも主人公である利明は薬学部で研究をしており、亡くなった妻の肝細胞を培養していました。これにはEve1という名前がつけられており……これが自分の意思を持って増殖するというのが物語の始まりとなります。
話の根幹にある科学理論は「利己的遺伝子」という考え方。リチャード・ドーキンスが提唱した考えです。本は科学系やっている人は必読。利己的な遺伝子 <増補新装版><増補新装版> ま、簡単に言ってしまえば生物は個体が中心となって生きていると思われているわけですが(人間は自分の脳で考え体の各部位に信号を送ってそこを動かしたりしますね)、実際のところ細胞というのは乗り物に過ぎず、遺伝子は自己を遺すことを考えておりそのために細胞やその他の隣接している細胞らと連携しているだけに過ぎない。その方が遺伝子を効率よく遺せるだけなのだという考え方です。
Eveもこの考えにしたがって自分の遺伝子を遺すために動こうとします。ただし通常の肝細胞であれば、元々は多細胞生物由来のものですし栄養を自ら摂取することは出来ず、当然そうなれば自己複製も出来ません。所詮は培養されているだけのものです。
ところがここでもう一つ重要な仮説が導入されます。それはミトコンドリアの遺伝子にも「利己的遺伝子」の考え方が適用されるだろうというもの。したがってミトコンドリアは細胞共生説に従えば、宿主細胞の中に組み込まれた一細胞小器官ですが別の生命体でもある。これは自らの遺伝子を効率よく増やし子孫を遺したいと考えているに違いないわけです。ただ単に真核生物の細胞のように、中に組み込まれてみたら思いのほか効率よく増えることができただけにすぎないというわけです。
ただしミトコンドリアも一つの生物である。したがってもっと効率のよい増え方を見い出すことができればそれを行なうだろうし、そして――もしかしたら宿主細胞と共生するときにすでにその計画を練っていたのかもしれない。すなわち『共生』しているという考え方は人間が勝手に思っているだけでミトコンドリアの本来の意図を見逃しているもので、実際には『寄生(パラサイト)』しているのではないかというのです。


と、ここで生物の話になりますが。
ミトコンドリアというのは(主に人間などの哺乳類では特に)母系遺伝です。つまり母親からのものが子供に受け継がれます。これは生殖細胞の仕組みを考えてくれればいいわけですが、受精する場合卵は染色体を除いてほとんど元の細胞と同じです。中にはミトコンドリアもあります。ですが精子の方は随分と形が変わっています。染色体を内包した頭部と、尾のように伸びた尾部、そしてその間にミトコンドリアの集まった中片部からなっています。
ミトコンドリアは元々エネルギーの通貨であるATPを合成する細胞小器官で、受精するために卵を目指すので運動しなければならず、尾部を動かすために中片部に密集しているというわけです。精子は卵に到達するとその細胞膜を溶かし頭部にある遺伝子のみを中に入れ、尾部などは切り離されます。
したがって受精卵の中にあるものは母親由来の卵に入っていたミトコンドリアのみが子供に伝わっていくというわけです。
この考えに従うとこのミトコンドリアの遺伝子のみを遡っていけば最初の人のミトコンドリアに辿りつけるということになり、それ(あるいはそれを持っている女性)のことを『ミトコンドリア・イヴ』と呼びます。これに関しては研究の結果アフリカにいた女性がそうなのではないかという話になりました。これは人類がアフリカ発祥であるという考えにも見事に一致する結果です。


で、小説『パラサイト・イヴ』はこうした考えに基づきミトコンドリア・イヴ(この場合は人間のものというより真核生物すべてにとっての最初のミトコンドリアと考えた方がいいと思いますが)が利己的に遺伝子を増殖することを考え人間などの細胞の中に寄生しているのであり、いつかは宿主細胞を支配しようという想像のもとにストーリーが組み立てられています。
主人公の培養していた肝細胞Eve1、正確にはその細胞のもともとの持ち主であった亡妻が異常な進化を遂げたミトコンドリアを所有していたということになり、自分を増やすために宿主細胞を乗っ取ります。
また重要なことにミトコンドリアはエネルギーの通貨であるATPを生成する細胞小器官です。したがって細胞をどんどんと増殖させることができる。細胞の核も支配することができれば、そこには肝細胞だけでなくありとあらゆる細胞をつくる遺伝子情報が入っているために生物体を再生することもできる。最初だけは主人公によって栄養を与えられなければなりませんが、次第に細胞が増えてくれば自分で活動ができるようになる。そして……ミトコンドリアによる反乱が起こるというのがこの物語の最初となります(と言ってもここまでで結構なページ数を消費してますけど。他の登場人物とかも出てきますからね)。

なおこのEve1はもともと女性の細胞だったこともあり、性染色体にY染色体を有していません。したがって雌雄のある真核細胞生物としてはそのままでは増えることができません。ミトコンドリア・イヴの目指すのは(生物として当然のことながら)自己の子孫を遺す能力に長けた強い生物たらんこと。したがって完全な生命体を目指してY染色体を手に入れるべく主人公を誘惑する。妻の幻影を見せながら――。


というのが小説『パラサイト・イヴ』のお話ですw この他の登場人物やラストはさすがに秘密です(苦笑) ま、でも最後もきちんと生物学の知識を用いながら綺麗に収めているということくらいは話しておいてもいいでしょうかね。
前回の記事でミトコンドリアは自分で異常に増殖できるわけではなく、共生というよりも宿主細胞にもはや乗っ取られているという話はしてしまっていますし、今から見れば結局は絵空事だったわけですが、でもそういうのがわかっていなければ本当にあり得たかもしれない話で。ほぼ同時期に話題になった『リング』や『らせん』(こっちもいくらか生物系の知識を使っている)は大して怖くないですねーw というか『リング』は映画で成功して、『パラサイト・イヴ』は映画で失敗しt(ry
なおAmazonさんで小説『パラサイト・イヴ』を購入する場合はこちら。パラサイト・イヴ (新潮文庫)



さてはて? 小説『パラサイト・イヴ』は主にミトコンドリアのエネルギー生成とそれに伴う細胞増殖の能力を扱っているわけですが。ミトコンドリアにはアポトーシスの能力もあるわけですね。またミトコンドリアを持っているのは人間だけではない。イヴが主導しありとあらゆる生物のミトコンドリアとともに反乱を起こすと――新しい生命体を想像することができちゃったりw これを取り入れたのがゲーム『パラサイト・イヴ』となります。
ちなみにこっちはゲーム性であまりウケなかったのか、ストーリーをきちんと把握できてなかったのか(おそらくゲーム性重視して購入した人が多くて話をきちんと理解している人が少なかったと思われますけど)レビューは低めですけど、実はこっちの方がさらに話が複雑化し、さらなる生物学・進化論の考えを取り入れていてそれをきちんと理解するとこっちの方が遥かに怖かったりしますw こっちの説明に関しては次回に回しましょう。問題は……どこまでネタバレしていいかですけど(汗)
by zattoukoneko | 2010-12-19 07:29 | | Comments(1)

細胞分裂はどう起こるのか。

細胞というのは分裂することによって増えます。これによって生物というのは増殖したり、その体を大きくする・損傷した部分を補うわけです。
生殖細胞や受精卵の細胞分裂は、その他の細胞と仕組みが異なるため今回は割愛することにします。話のメインはそれを踏まえての……ミトコンドリアの話ですから。


さて、細胞分裂の話をするといっても染色体が分かれるところから話をしていくと大変な量になってしまいますね。そもそもDNAやRNAといった核酸と染色体の違いも話していませんし、それらの配列がどのような機構によって起こるのかなんてことを話していたら読んでる人が途中で匙を投げてしまうと思います(苦笑) 今回は分裂のとても初歩的な話をしてそれでおしまいにしようかと。それで流れは十分わかるはずですし。

細胞は分裂の準備が整うと、細胞膜がくびれるようにして二つに分かれます(植物細胞の場合は強固な細胞壁があるためにその様子が観察しにくいですが)。ここまでは中学や高校で教わっていて、教科書などにも図があるかと思います。
では? この細胞のくびれってどうやって起こるのでしょう?
つまりこの動きを起こす力が働かないと、細胞膜はくびれてくれないわけです。まさか細胞膜に神秘的な意思があってそれによって動くなんてことはないでしょうしね。この点を高校生物などではきちんと教えてくれていません。なのでここの説明をしましょうということです。

実は細胞分裂が起こる際には、膜の内側にアクチンリングというのが張り付きます。アクチンについては生物をやっていたら覚えているかと。筋肉の収縮に関わるアクチンフィラメントとミオシンフィラメントのあれです。
アクチンはタンパク質の一種で、ひとつだけだと球状のものになります。これが数珠のように繋がって、アクチンフィラメントやアクチンリングというのになります。これが形状変化することによって収縮運動を起こすのですが――まあ、この内部機構まで触れると色々と化学物質について触れないといけないので割愛します。というかこういう細胞内で動くタンパク質ってたくさんあって、それらに関してはまだまだ研究されていたりしますw 今は大分理論先行ですかね、実際に動くところを観察できたとかは今年ニュースになったりしてました。

さてこのアクチンリングによる細胞分裂ですが、重要なのは細胞膜の『内側に』張り付くということです。これが意味するのは次のようなことです。
I. 細胞の分裂は、その細胞の外側から強制的に起こるわけではない。
II. 分裂の際につくられるアクチンリングのアクチンは、その細胞自身の核からの指令によってつくられる。
どういうことかというと。これまで細胞の分裂というのは脳とかあるいは別の器官から「今分裂をして成長しろ」と強制的に分裂させられる可能性があった。したがって脳が体の成長すべてを支配しているかもしれないと考えられたわけです。もしそういうことになれば極端な話、『背が伸びろー』とか『胸が大きくなれーー』と思い込めばその通りになったかもしれないというわけです。
しかしながら細胞の分裂はその細胞自身の判断に委ねられているということがわかったのです。ただし細胞はそこまで自己中ではないので(笑)、きちんと周りの細胞のこととかも考えます。これに関しては以前contact inhibitionについて説明したときに触れました( contact inhibitionについて)。ただしガン細胞のようにこれを無視したりするものもあります。
ま、ようは細胞の分裂はあくまで細胞自身の判断によりますよということです。


さてはて。ここからミトコンドリアの話に移りましょう。
ミトコンドリアも前回の記事で述べたようにきちんとした一個の細胞、そして生物です。あくまで細胞内に共生しているというだけ。となるとこっちも自分勝手に増殖することができるかもしれない。――この仮定のもとで創作されたのが『パラサイト・イヴ』です。
で、実際このアクチンリングの発見によってわかったことは。
   ミトコンドリアの場合にはアクチンリングは細胞膜の『外側』に張り付く。
ということでした。つまり通常の細胞とは違うということです。通常の細胞は自分の判断で分裂をしました。ところがミトコンドリアの場合は『自分の判断で行なうわけではない』のです。そのアクチンは宿主細胞の核からの指令によってつくりだされることがわかりました。したがって――
   ミトコンドリアの分裂は宿主細胞によって支配されているということです。
つまり細胞共生説にあるように細胞内にミトコンドリアが入ったとき、実はミトコンドリア内の分裂に関わる核酸が宿主の方に奪われていたというわけですw
したがって『パラサイト・イヴ』のような怖い事態はまず起こらないということが現在はわかったわけです。

ま、かといってここに色々な想像を入れる余地がなくなったわけではなくw たとえば宿主細胞とミトコンドリアを擬人化して、その両者の間でどのような闘争があったのかとかを描くことは可能だったりするわけですw まあ『パラサイト・イヴ』を越えるためにはそれなりの生物学の知識が必要になってくるわけですけどねー。



ということで今回はこの辺りで。次回は『パラサイト・イヴ』の話をしようと思います。瀬名秀明原作の小説とスクウェア(現、スクウェア・エニックス)によるスピンアウト作品ですね。これはーー、分けたほうがいいのかしら? 結構入り組んでるし、(よく誤解されているのですが)ストーリーはまったくの別物だし。
ま、ある程度まで書き進めてみて再度練り直ししようかと思っていますです。
…………『3rd birthday』の発売日が近いorz
by zattoukoneko | 2010-12-03 21:31 | 生物・医療 | Comments(1)