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『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズ紹介

今回は『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズの紹介……なのですが、まあ話が未完ですし続編が止まっちゃってるのできちんとした紹介ではないです。
むしろ「ねえ、みんなこれきちんと見てないでしょ?」というのを簡単に取り上げて説明しようかという試みです。ですので話の中身にはほとんど入りません。それにアニメ・劇場版の映像の方と、小説の方の区別もしません。それぞれ魅力があって、たとえば小説の方では一人称のみでやっていてでも主人公の名前が未だに出てこないとかなかなかありえないような点や、アニメの方ではキャラの細かな動きによる感情表現や音楽の選別なんかも魅力的なのですが、それらは逐一挙げることはしません。あくまでポイントとなるようなところですね。といっても全部挙げていったらキリがないのは当たり前。思いっきり絞ります。


まず前回までのパラダイムシフトに関する記事を見てきて欲しいところです(難しくてすみませんorz)。実はハルヒシリーズにはこれが中に入っているのです。
とても人気のある口癖ではありますが、朝比奈みくるの「禁則事項です」というのがあります(このキャラは未来人)。言葉のまま受け取るならば「未来の法律か何かで喋ることが禁じられている」ということになります。で、まあ実際にその通りなのでしょうが、ここだけ見てると本質を見逃します。みくるについてはまた戻ってくるとして長門有希の方へとちょっと移ってみようかと。
長門有希は簡単に言うと宇宙人なのですが、正確には「情報統合思念体によってつくられた対有機体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」です。最近のSF小説を余り読んでない人にはサパーリかと思いますので簡単に説明すると。今は宇宙「人」として人のような形をしているものや、バクテリアなどの地球上の生物と同じものを『宇宙人』とするだけではダメではないかと(少なくとも作家の方では)考え始めていて、違う存在の仕方をしていて、私たちにとっての生物の概念とは違うけれども生命とみなしてもいいのではないかというものが存在するのではないかと変わってきてます。簡単な話、今までは水と酸素で生物エネルギーを得ていたとされているわけですが、他の環境で別の物質が多い星では違うものをエネルギー源にしてたとしてなんらおかしくないかと。で、さらに今では物質として存在してなくても脳神経のように情報伝達をして意思疎通をしているものも生命のようなものではないかと考える人も出てきた。その一つがこの「情報統合思念体」です。これは宇宙全体に情報網を張り巡らせている巨大な存在で、ようは宇宙そのものが一個の生命体です。で、気になるのがその情報網ってどんな仕組みなの?、ってことですが――「んなもの説明できるかああ!!」と長戸有希はいつも言うわけです。嘘です(普通にかわいい子なので。勝手に言葉を変えてしまってファンの方々には心からお詫び申し上げますm(_ _)m)。長門が説明できないのは私たち地球人には『そもそも理解できないから』です。私たちの持っている現代の科学概念とはまったく異なるものとして情報統合思念体は存在しています。そもそもこいつは言語なんて煩わしいものを使っていないので、言葉を使用している地球の人間に説明することなんてできるわけがないのです。
さて朝比奈みくるに話を戻すのですが。こっちも事情は似ています。彼女の言動をよくよく見てみるとわかるのですが、こちらも私たち現代人とは異なる思考を持っています。明らかに今と未来では科学も文化も異なっていると言及している部分もありますし、どうやら言語とはまた違った情報の伝達手段を持っているようです。また技術も機械技術から脱却した模様で、時空移動するときに使うTPDDというのは脳の中に無形で存在します。ええ、仕組みなんて説明できるわけなし。故の「禁則事項です」という言葉にもなるわけですね。単純に規制がかかっていて説明できないというだけではなく、それは元々説明不可能。あるいは万が一理解できるようなことがあるとその相手は現代の社会では生きられなくなるということです。周囲と認識が異なってしまうわけですからね、朝比奈みくるのようにそこに適合するように教育されていたら別かもしれませんけど。


――と、見てくるとどうでしょう? これってようは話の中に『パラダイムシフト』が当然のように入っている小説ということになります。
著者の谷川流がどこまでこれを意識していたのかはわかりませんが、私が呼んでみた感じでは相当に科学論も勉強しているのではないかと。他にも立派なSFとしてきちんと科学の方で先を見た叙述を行なっています。数が多いし短く説明できるものばかりではないので、すぐ終わるものを一つだけ。
『涼宮ハルヒの憤慨』所収の「ワンダリング・シャドウ」では珪素構造生命体共生型情報生命素子なんてのが出てきます。これ、何気なく読んでると軽くスルーしてしまいそうですが、珪素は炭素と同属なのでようは地球上の生命体と同じような構造を持っているということです。かつ珪素は半導体としてシリコンに利用されてますね。ということは機械に近いということでもあるということです。この存在をどう受け取るか難しいところですが、一つには私が先に述べたように環境が違えば生物として存在する仕方も当然違うということ、二つに機械でも生命体とみなすことができるという考え方ができるかと。(まあ、記述の感じからして前者の要素が強い気がしますけど)



という感じで実はかなり科学的な考証がなされており、とてもよく練られているのがこの『涼宮ハルヒ』シリーズということになります。

さて順番的には本来逆ですけど、作品の紹介。
著者の谷川流は第8回のスニーカー大賞にて『涼宮ハルヒの憂鬱』で大賞を受賞(ここは大賞は滅多に出ません)。2003年6月に文庫化します。受賞の大きな理由は一人称でありながら非常に巧みに描写しているということが大きな理由だったそうです。
これはアニメ化もされており、2006年4月から7月にかけて独立UHF局を中心に放映。本来であればテレビ東京で放送されるはずでしたが諸般の事情によりこのような形に。これがむしろ功を奏し、YouTubeなどで公開するとともにその話の難解さを解説するようなwebサイトが乱立。MADなども大量につくられ人気が爆発的に上昇します。というのも話の時系列をごちゃまぜにしていたからです。2009年4月から10月にかけては新作14話を加えた全28話(ただし時系列などを整えたもの)を放送します。また2010年2月からは『涼宮ハルヒの消失』が劇場版公開されています。
ただ話はまだ完結してないです。というか続編出てくれないですorz(巷では色々な噂や揶揄が飛んでるみたいですけどねー。ほっとんど見当外れなので無視!)
ま、話の続きが出てくれないことは確かなので本の紹介もほっとんどできないという。これから大きく動いてくれそうなんですけどねー。
ということで、まあ最初の一巻だけ紹介。でもこれだけじゃこの著者の力量はわからないよって伝えておきます。(ああ、「萌え」の巧みな扱いとか他の見所紹介できなかった……)
涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)
by zattoukoneko | 2010-09-26 13:26 | | Comments(1)

西洋医学と東洋医学は相容れない

パラダイム関連記事の総集編に相当します。今回はクーンらの述べていた「歴史を見ていくと出てくるパラダイムの違い」ではなく、『現代にも本当はあるパラダイムの違い』を見てみようと思います。それは色々な地域を比較することで見ることができます。ですがそれが最もわかりやすいと思われる西洋医学と東洋医学でそれを説明することを試みることにします。



まず西洋医学に関してですが、これまでの記事(数が多すぎるのでリンクは省略)で説明してきたように元々はギリシャ錬金術とアリストテレス哲学・スコラ哲学というパラダイムがあったところに中国の煉丹術などが入ってくることでイアトロケミスト(医化学派)というのが成立し、これが現在の西洋医学に繋がってくるわけです。
もちろん途中で化学革命や生物学革命がありました。ですからパラダイムは替わっているはずです(パラダイムとは全人類の模範とすべき基盤だということをお忘れなく)。けれど非常に狭くパラダイムを限定し、医学・薬学というもののみに適用すると、西洋医学のパラダイムというのはイアトロケミストの出現、および第一の科学革命によってできたパラダイムから今日まで変化していないだろうと考えることができるだろうと思われます。ここをざっと見ていきましょう。

西洋での錬金術は宇宙と生命を扱うものだということは前の記事で述べたとおりです。例えば宇宙のことをマクロコスモス(大宇宙)、人間の体をミクロコスモス(小宇宙)なんて表現し類比していました。例を挙げるとハーヴィという人物は血液循環説の代表的人物で、体内を血が「円を描くように循環している」というのを発見し、すなわち『天体の動きと同じである』としたわけです。
イアトロケミストもこれに従って医薬品をつくっていました。少し時代は後になってしまいますがデカルトが機械論を確立します。そして宇宙は時計のように精密な機械であるともされます。当然のように人間の体も「機械」であると考えられるようになりました。現在の生物学や医学で人体はどのように考えられているでしょう? 神経では電気信号として順々に伝わっていくとされ、それは細胞膜に埋め込まれているチャネルによって生み出される細胞内外のナトリウム・カリウムの濃度差によって引き起こされるとなっています。あるいは体内では様々な種類のホルモンが流れており、それが各種細胞の成長や活動を促す。筋肉はアクチンフィラメントとミオシンフィラメントの動きによって伸長をするのだし、DNAは自己複製や修復のために自らタンパク質をつくりだしてそれを行なう。
――と、高校の生物の教科書に並んでいるようなことをいくつか並べてみましたが。どうでしょうか? これって「機械」ですよね? デカルトの機械論のそのまま、近接作用によってすべて説明されています(ここpoint)。
また西洋医学における医薬品もこれに基づいてつくられています。特定の細胞や細菌に効くようなものを狙うようなものになっているわけですね。その場所に化学物質が実際に辿りつき、そこで物理的に接触、化学反応を誘発するというのが生物の体の中で起こっていることとなります。これはまさに機械のような仕組みです。


一方で東洋医学はまったく別のパラダイムの上に成立していると言えます。これを見ていきましょう。
まずはすでに説明しましたが中国の思想では陰陽というのが一つの重要要素です。中国でも宇宙と(錬金術に限らず)ほとんどの思想は繋がっています。中国にあるすべての思想・学問を説明するのはさすがに骨が折れますので割愛しますが、月は陰であり太陽は陽である、女性が陰で男性が陽であるなどと二つに大別することができました。つまり西洋ではアリストテレス哲学の四元素を基盤に、あるいはそれに反対しつつもパラケルススは三つの元素などに分けていたのが、中国ではまず大きく二つに分かれており、その中でさらに重要な要素として水銀(陰)とか硫黄(陽)とか細分されていったというわけです。中国では人体はこの陰と陽のバランスによって体調を崩すなどと考えられ、(またここは陰陽の中が細かく分かれていることがあり説明できないのですが)病を治すにはこのバランスを整えるため、陰が足りないならそれを補うような丹(今では漢方と呼称)を処方していくということです。まあここがとても複雑化しているので漢方薬というのは何万とかそれ以上の数あるのですが。
それともう一つ重要な要素として(広重徹の言葉のままに使えば)「パターン」というものを基盤にしつつ中国科学は成立してきている、もしくは西洋近代科学導入前まではそうだったということができます。この「パターン」というのは説明するのが難しいのですが“波”のようなものです。つまり万物は波によってできているというのです(こういうと何だか量子力学を実は前々から進めていたような感じすらしますが、量子力学の下にあるパラダイムは近代西洋科学の『機械論』なので混同してはなりません。まあ、専門家で結構有名な人の論文にゴニョゴニョ)。まあこれもなかなか難しいので省略しようと思います。そもそも中国科学が複雑ですしね。それらをただただ「パターン」という抽象的で私たちに馴染みのないもので説明していってもキリがないかなと。ということで以下では具体的でわかりやすい事例のみを取り上げましょう。
中国では気功などがありますが、体の中には気の「流れ」のようなものがあり、またそれを大きく司る部位として丹田や各部位にツボといったものがあるわけです。針治療や各種マッサージはこの気の流れを正常化し健康体にするというのが主軸となります。つまり「流れ」を扱っているので「パターン(波)」の一つということになります。で、これらの治療は実際に効くわけですね。たとえば逆子で産まれそうなんてときにはそれを解決するツボとかがあったりする。けれどこれは西洋医学の基盤となっている「機械論」では説明ができないことです。



さて、西洋医学と東洋医学を並べてみたわけですが、ここには大きな溝があり(私の説明力不足があって申し訳ないのですが)渡ることのできないものとなっています。つまり「通約不可能性」がここに見い出すことができるわけです。東洋医学と西洋医学ではそもそもパラダイムが違うというわけです。
が、残念なことに近年東洋医学、特に漢方を西洋医学が解読しようとメスを入れにかかっています。漢方の成分を分析し、それを新しい医薬品にしようとしているのです。これは実際成功を収めていますが数はまだまだ少数。むしろ「訳わからん」というものの方が圧倒的に多い。
それに私が思うに、この東洋医学と西洋医学のパラダイムの違いを無視してしまうのは一種の「侵略」ではないかと。仮にこれによって東洋医学のパラダイムが破壊され、西洋医学のパラダイムで埋め尽くされたとします。そうすると東洋医学の方でしか解決できていなかった難病とかが治療できなくなるのです。
一つの考えとしてこのようなものがあります。
「人間というのは結局自然の現象を説明しきるような理論は生み出せない」
科学の狂信者はこれに猛反対しそうですが、これは当たり前のことです。歴史が変われば社会が変わる。社会が変わって文化も人も変わる。こんな流動的なものに「これだ!」という理論を構築するのはまず不可能でしょう。そして“人も変わる”のです。だから見方が変わる。そうすれば当たり前のように『現象の見え方が変わってくる』のです。
これまで何度もパラダイムシフトの話をしてきましたが、そこで繰り返し述べてきたように変則事例というのがたくさん蓄積することで科学革命が起き、パラダイムシフトが起こる。ここではそれまでの思想体系は捨て去られる。まったく別物としての『科学』が誕生することになるのです。
こんなことを言うと、あたかも「科学なんて無意味だ」と主張しているように聞こえるかもしれませんが、当然のように人間は自分が生きている時代の中にしかいない。ほんの数十年も遡れば私たちには理解も、想像すら困難な世界が広がっている(日本人には簡単なはず。1940年代の日本を、それを経験してない人がどうして容易く語ることができるのか。そこに生きていた人たちの気持ちはそうやすやすとわかってしまうものでしょうか?)。現代の私たちにできることは『現代あるパラダイムというファクター』を通しての思想や自然現象の説明でしかない。そして未来の我々の子孫は『彼らのパラダイム』に基づいて物を見る。けれども西洋科学が(パラダイムが変わってはいるとしても)きちんと昔のものから引継ぎ、変革し、そうして今の形になってきたように、現代の私たちのやっていることは後々古くて大間違いだとされようとその考えを生み出すところまで繋がっているわけです。私はこう考えると現在行なわれているあらゆる学問はまったく無意味だとは思わない。価値あるものだと考えます。
ただし現在の流れとして西欧の勢力が強すぎる。これは学問に限らずです。だからもしかしたらとても意味のある活動・文化・生活を潰してしまっているかもしれない。今回出した東洋医学というのはそのたった一例であるということです。

締めとして。
ノーベル文学賞の川端康成の授賞式でのスピーチタイトルは「美しい日本の私」でした美しい日本の私 (講談社現代新書 180)。同じく今の人たちは他の自然科学の分野、社会科学の分野でも「日本人として」やはり活動している。それは果たして完全なる西洋近代科学のパラダイムに乗ったものなのか? 実は少し違っていて、なれば日本人としてしかできない研究もあるのではないかということです。で、それを考えるような記事はあちこちに散りばめてきたので探してくださいましw



さて? 最初に今回は「パラダイム関連記事の総集編」と言っておいたわけですが。
まあこれも何かのための伏線という(苦笑) これが予備知識としてこれから色々と記事が組まれていくのであります!
といってもそこまで難しい内容にする気はないですけどねー。というか毎回毎回こんな水準で書いていくと自分の方が限k(ry
by zattoukoneko | 2010-09-17 08:53 | 歴史 | Comments(1)

錬金術の発展

一つ前の記事で錬金術というのは全世界で独自に多発的に成立したものだと述べました。ただ研究の中心はやはり西洋の方でしたし、やはりその後の世界に大きな影響を与えたのがヨーロッパおよび大陸の方なので今回はそちらを中心に見ていこうかと思います。
(なお西洋科学がどうして世界の覇権を握ったのかということに関しては様々な議論がなされています。ただ単に知的・技術的水準が高かったからだというだけでは説明がつかないのではないかとされています。日本にだって和算とか本草学はあって高水準だった。伝統工芸だってあった。それらが捨てられたのは何故か? あるいは日本だけではなく他の国にも広まっていっているのは何故か? ま、この話は本当に専門的になるので紹介程度に留めます)



さてヨーロッパではまずギリシャ錬金術から始まったと考えておけばいいですかね? ここでは前回述べたように生命や宇宙と関連して錬金術は営まれていました。これはその後のヨーロッパにも受け継がれて蒸留酒spritsを発明することになりますし、アラビアの方や中国の方にも影響を与えたと考えられます。(そしてまたシルクロードなどを通ったり、ルネサンスによってヨーロッパに還ってくるわけですが)
さて錬金術で大事だったのは生命に関する部分です。金をつくるというのはむしろ二次的なものだったわけです。まあよく「金をつくれれば大金持ちになれるんだ!」と破滅していく術師の話を聞きますが、これは本当かも(苦笑) 金をそのまま売るという感じではないですが、何かきちんと成果を出さないと資金を得られないわけですから。

さてギリシャ(あるいはもっと古くから言えばエジプトとか)から始まった錬金術ですが、キリスト教や国土の拡大によってアラビアの方に移り、そしてそこで発展し中心地となります。そもそも錬金術のアルケミーという言葉自体アラビア語ですからね。なのでまずはここから見ていきましょう。
(ちなみにギリシャは大分話してきたから割愛。重要なのはアリストテレスらの原質とかプネウマです)
アラビアの錬金術は一つにギリシャからの影響であるアリストテレスらの「思想」と、二つにエジプトやメソポタミア地方から伝わってきた「技術」、三つ目に土着のグノーシス主義やヘルメス主義という「宗教的背景」があり、入り雑じっています。これらすべてについて語るのは大変ですからいくつか重要な部分だけ。
まず何と言っても一番の代表格はジャビール・イブン・ハイヤーン(ラテン語名ゲーベル)です。ただしジャビールは実在したかどうかは実は不明で(しかし現在では実在しただろうというのが通説)彼の著作も実は他の人々によって書かれ、編纂されたものが多いのです。中でも有名なのが純潔兄弟(ジャビールの編纂をした秘密結社集団のことで実際の兄弟に非ず)となります。ジャビールの思想は精神的なものが多く、金属と精神を結びつける傾向が強く見られました。また外にある物質と内にある精神を結びつけるのがアル=イクシール、すなわち哲学者の石というわけです。
一方で物質の方を重視する流派もあり、こちらは実験技術や装置を改良していきました。有名なのはアッ=ラーズィーという人物。著作に『秘密の書』というのがありますが、ここには様々な実験器具が記載されています。ビーカー、フラスコ、蒸留瓶などなど多数です。中でも蒸留が大事だったのはすでに述べたとおりです。この後も蒸留の技術は発展していきますが細かすぎるので省略しましょう。ま、あえて一つ付け加えるとするなら現在化学史の有名な機関誌であるAmbixは蒸留装置の頭部に相当し、完全な蒸留器具とされます。また『秘密の書』はとても化学の書という感じであって、溶解性や味などから物質を金属、礬(硫酸塩)、ホウ砂、塩、石などに分類しましたし、磠砂sal annmoniac(Na2SO4)が金属の着色(表面の色の変化)や溶解と研磨に役立つことを見い出します。
他にも塩酸や硫酸、王水などの重要物質を発見したのもアラビアの錬金術師たちの功績となります。
まあこのようにアラビア錬金術というのは複雑です。これが西洋に次第に翻訳されて伝わっていくわけですね。他にもアリストテレスの著作があったり、プトレマイオスやその後の数学の発展があったので、それらを受け入れるために大学の成立にも繋がるわけです。

さて次に中国の話。
中国ではすでに紀元前四世紀頃から錬金術が盛んで、老子がB.C. 600頃に創始した『道徳経』から大きな影響を受けています。ここでは道家の思想と哲学に重きが置かれていました。また道教では宇宙を二つの対立物、すなわち陽と陰で分けており、たとえば陽は男性、熱、明など、陰は女性、冷、暗などです。この二つの勢力の闘争が五つの元素である水、火、土、木、金属を生み出し、そこから万物がつくられると考えました。
中国は卑金属から金をつくること自体にはさほど関心がなく、むしろ不老不死の調合に関心を持っていました。これは神仙思想の影響を多分に受けていると考えられます。中国科学史の権威であるジョセフ・ニーダムによれば騶衍が不老長寿の薬をつくる「黄白の術」を創始したとされています。また体の健康を整えるための「丹」をつくるものとして、これは『煉丹術』と考えるのがよいでしょう。
画期的な書物は142年の魏伯陽の『周易参同契』で、儒教の易、道教の哲学、煉炭の術の三位一体を試みたものです。この中で煉丹術にっとては陽としての金と陰としての水銀が重要な要素であるとされます。
この影響は絶大で後に四世紀に入ると葛洪の『抱朴子』が出てきます。ここでは『参同契』を含めた初期の頃からの中国錬金術を集大成します。ここで重要になったのは朱色の辰砂(硫化水銀に相当)でした。これを熱して乾溜すると水銀を得られるのですが、これを硫黄と化合すると元に戻るわけです(これ、現代の私たちが「水銀」とか「硫黄」と言葉を使っているので当たり前のように感じるだけですからな? パラダイムの違いを忘れないように)。この変化と回帰の性質が水銀に注目を浴びさせることとなります。
また中国錬金術の(その後の世界にとって)最も大きな発明は火薬でした。ここの歴史はかなり長いので一気に割愛しますが、まあ硫黄はさっきから出てますし、また硝石を明確に見つけ出すことでそれら(とあとは炭)の混合によって火薬の発明に至ります。


――と、ここまでが予備知識(苦笑) さてはてこれらが結びついていきまーす。
ヨーロッパは中世に多くのギリシャの書物を失ってしまいます。残っていたのは少数のアリストテレスらの書物のみ。これをキリスト教と結びつけることでできてきたのがスコラ哲学です。ただ中世ヨーロッパは暗黒時代なんて呼ばれますが実際には中国などの方での発展が大きく、そこからの思想や技術の流入によって一気に変わるからそのように感じるだけで、中世は中世できちんとした学問体系をつくっていたと考えられており、現在研究が盛んに行なわれ始めています。まあ私は専門家ではないのでこれらの研究発表待ちです。
ここに12世紀ルネサンスによってアラビアの科学が流入してきます。大翻訳運動が起こりイタリアを中心に大学ができてきたというのはすでに述べたとおり。また10世紀頃のイブン・スィナー(ヨーロッパではアヴィセンナ)はアリストテレスやガレノスの主張をよく吸収し、昇華させた人物であるので特に大きな影響を与えました。こちらは錬金術だけではありませんけれど。
ただまだこの頃は卑金属から金属をつくることや、占星術的な関心が中心を占めていました。そしてその中心的な役割を果たすのが哲学者の石(エリクシール)だったわけです。ここはまだまだ中世の影響を引きずりながらのアラビアの科学の導入でしかなかったと言えるでしょう。
しかし13-4世紀に火薬が伝わってくると大砲の発明がなされます(ちなみに出費の方が大きかったことがわかっています。どうやら国王らがその大きな音などの派手さに大きな関心を持ち多額の投資をした模様)。また大砲ができてくると築城術なども発展してきます。初期の頃とかはわかりにくいと思うので15世紀くらいのイタリアのものを次に掲載。
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これをみると何だかトゲトゲと複雑な形をしているのがわかるかと。これは城壁に近づいてきた人間を多方面から弓矢や鉄砲で攻撃できるようにするためのものです。また城壁の前には堀が掘られておりここを渡るのに手間取るようにしたり、大砲などを近づけないように周囲をでこぼこにしていたりします。他にもいざ城壁を崩されたときの対応などもあるのですが築城術は複雑ですので割愛。
なお大砲の発明と改良によってヨーロッパの大航海時代は可能になったのだとC. M. チポラは主張しています(以前にも紹介してますが大砲と帆船―ヨーロッパの世界制覇と技術革新)。ただしすでに中国が宋の時代にアフリカまでは遠征しており、これだけでは説明できないですが。経済面や羅針盤や時計の改良など様々な側面を見ないといけないでしょう。
さて火薬の他にも中国からは印刷術や羅針盤、製紙術が伝わってきますね。先にも述べたように羅針盤なんかは大航海時代に大きな役割を果たしますし、印刷術はグーテンベルクによって改良され活版印刷術に。またこの頃には紙の値段も安くなっていたことで大量に本がつくられることとなりました。これによって最も人々の手に渡ったのが『聖書』であり、これによって聖書を教会の教義より重視するプロテスタントが誕生。宗教革命へと至るわけです(ただし近年の調査によりまだまだこのときの本は値段がとても高かったことがわかってきてます)。
と、錬金術とは若干離れましたが――と言ってもそのほとんどが錬金術の賜物なのですが――中国錬金術の影響を見ていくことにしましょう。
化学革命の話で触れましたが、ヨーロッパに煉丹術が伝わってくるとそれを取り入れイアトロケミストが出てきます。その代表格がパラケルススとなります。パラケルススはアリストテレス哲学やスコラ哲学に反対し、錬金術に基づく硫黄・水銀・塩を三つの重要な元素としました。また無機化合物を服用することで病を治すことができるとしましたし、彼の後継者たちであるイアトロケミストは実際に様々な医薬品(といっても当時は下剤がほとんどですが)が生まれます。代表的なのはグラウバーの塩Na2SO4で、後々ルブラン法で食塩からソーダNa2CO3がつくられるようになりますが、求められていたソーダよりもグラウバーの塩の方での収益が大きかったなんて話もあります。
また化学者として著名なジョセフ・ブラックは尿結石(一種の塩です)を塩酸などで溶かすことができることができるのではないかと、ようは塩に注目して研究をしていました。この他にもブラックは様々な塩について研究し、固定空気CO2など種々の気体を発見。空気とはけして一つのものからできているのではないのだとブラックの功績からわかり始め、そして空気化学が誕生します。ここにフロギストン説が重なり、またプリーストリの脱フロギストン空気O2の発見などによって最終的にラヴォアジェの化学革命に至るというわけです。
このようにそもそもギリシャの頃からの錬金術とアラビアや中国の錬金術がヨーロッパで融合し独自の発展を遂げることで、それまでのパラダイムを壊す化学革命が起こったということです。したがって近代化学が成立するには錬金術・煉丹術がなければならなかったということになります。
またイアトロケミスト(医化学派)はその後西洋医学(薬学)に繋がっていくわけですね。こちらの方でも錬金術は重要な役割を果たしているというわけです。



以上が錬金術の『ヨーロッパ』での発展ということになります。
中国などはこれとはまた別の道を歩んでいきます。ようは西洋医学と東洋医学は“まったくの別物”ということです。最近西洋医学が東洋医学などにまさにメスを入れようという暴挙に出ていますが(メスってどこの物ですかね?)、そもそもそんなことはできないということです。通約不可能性というやつです。
てなわけでして、次回はこれを説明します。そう、クーンは時代順にパラダイムが変化してきているのだと主張したわけですが、世界のあちこちを見れば現代ですらパラダイムが違っていると考えられる事例が散見されるということ。私には綺麗に説明することはできませんが、もしかしたらクーンが説明しきれなかったパラダイムの概念の理解の足がかりになるかもしれませんね。
…………ここまで辿りつくの長かったorz
by zattoukoneko | 2010-09-11 09:52 | 歴史 | Comments(1)

錬金術全般の基礎知識

錬金術の話をしたいと思うのですが、非常に多くの人がこれに関して誤解していると思います。例えばですけど、錬金術と聞いてまず最初に何を思い出しますか? おそらく多くの人は「賢者の石」とか、それの別名ですが「エリクサー」。あとは「金をつくるオカルト」という誤解と、最近では「等価交換」(苦笑)
まあ、この辺りを誤解していると今後の話が理解できないか、誤解したまま読んでしまうと思うのです。なのでまずはここをきちんと見ておこうかと思います。



前回のそもそも化学って何? という記事で書いたのですが、化学というのは専門職なのですよね。そこまでに歴史があって、それで社会的につくられたものなわけです。
ですが今回はそういうのを取っ払って、「性質を代えるもの」を化学とするとても広い意味で使ってみましょう。
このような場合、化学って実はとても昔からあるじゃないかということに気付かされるわけです。最初の化学とはすなわち「料理」だったわけです。
料理はさまざまな食材や調味料を加えることで食事をつくるものです。これはまさに化学そのものと言えるでしょう。しかもとても複雑です。構造としてとても簡単なはずの塩の歴史に関してすら日本ではまともに記述できている本や論文は現在のところ存在しません。海外ではNeptune's Gift: A History of Common Salt (John Hopkins Studies in the Hist of Tech , New Series 2)がありますが記述が途中で止まってますし日本のことはほとんど触れてません。素晴らしい出来なので塩のことを研究する人は必読の書ですが。(なお日本語で塩の世界史に翻訳されています。この訳は……正直私にとっては不満です。一般の人にもわかりやすく書いてくれているのだと思います。原著にはドイツ語とかも含まれているので。でもその訳した言葉が日本で使われている専門用語ではないのですよね。なので他の本と照らし合わせていく作業が後々必要に)。またもっと簡単な例を挙げましょう。ソースとかケチャップの原材料を見てみましょう。トマトとかリンゴとか入ってるわけですが……料理の専門家でない人たちはどうしてこれでソースとかができるかわかりますかね? あるいはこれを最初に発明した人はどのようにしてこれを思いついたのか想像できるでしょうか? 塩とか砂糖は元から自然界に存在するものですが、ソースとか、日本だったら醤油とか味噌とかは人間がつくり出したものなわけです。味噌とかは発酵現象を利用しているわけですがそもそも発酵なんて現象がわかったのはパスツールらが細菌学を立ち上げてからです。そういうのを知らずに経験的に作り上げていたわけですね。
ともかくこのような感じで広い意味での化学というのは(料理という形でとても顕著に見れるように)とても古くから、世界各地で行われていたということになります。現在の専門分化した狭義の化学は西洋由来のものであるわけですが、それを取っ払ってしまうと実はあちこちで化学が行われていたということになります。
そしてこのことがとても重要なわけです。すなわち――
   この原始的な化学から発展した錬金術も世界各地で個別に発生している。
ということになります。
以前はどこか(エジプトなりギリシャ)で最初に発生し、そこからイスラム圏や中国、そしてルネサンスによって再びヨーロッパに戻ってきたと考えられていました。ところが現在の認識では世界のあちこちの文化圏で、初期の頃に独自に生まれたと考えるのが自然であるだろうという考えに変わっています。もちろん大陸の方ではそれなりの交流はあり、実際に影響を受けてその後の変化が促されることはあるわけですが、ヨーロッパからは遠く離れたインドシナやアフリカ、南米でも錬金術と思しき痕跡は見られます。
また錬金術が生まれるのは自然なことです。人間は金属をとても重宝して使ってきました。金属は土の中にあり、それを掘り出したり加工して使うのは(文化圏によって差はあるとはいえ)当然の行為でした。これは冶金術となります。ここからさらに土の中でどうやら金属というのは変性するらしい(成長するとも言われました)ということが観察しているとわかる。また合金というものがつくれるのに気付くと、それを自分たちの手で行なうようになる。ここまで来ると錬金術と呼ばれるようになります。
ただ日本語訳が悪いのか、あるいはそれを盛り込んだ物語や噂が悪いのか、錬金術は「金をつくるもの」と誤解を受けています。これは大きな間違いです。むしろ錬金術は生命や宇宙の探求をする学問だったと言えます。
先ほど「金属は土の中で成長する」と考えられることがあると言いましたが、この「成長する」に生命を感じたということです。また宇宙との繋がりも考えられました。ここは文化圏によって違うのでまとまった説明をすることができないので一例。ギリシャ錬金術によって現在の曜日の名前が決定されました。次のがその表。金属と惑星(太陽含む)が繋げられているのがわかるかと。
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この中で一番わかりやすいのは水星と水銀ですね。英語だとどっちもmercuryですし。またもともとMercuryは神様の名前であり、神話とも繋がりを持つものでした。
このように錬金術というのは「金をつくる」というよりはもっと幅広い意味を持っていたということになります。

またこれがとても重要なのですが、「生命と繋がっていた」のです。中国の煉炭術なんていうのは顕著ですが、不老不死や長寿のために錬金術を用いようとしました。また非常に重要な要素として、錬金術では「蒸留」がとても大事な技術でした。操作としては気体を発生させるということなわけですが、この気体というのが精気と密接に関係しているのではないかとされたのです。
これに関してとてもわかりやすい例を。蒸留酒にはスピリッツspiritsと書いてあるかと思います。ギリシャ語ではプネウマpreumaですが、ラテン語にすればspiritius、英語であればspiritというようは「霊気」が蒸留酒の語源です。錬金術師たちは生命の源である精気は気体であるだろうと考え、それを取り出す作業を重視していたわけです。その過程で生まれたのがアルコールの度数を高めた蒸留酒spiritsというわけです。
またフランシス・ベーコンも錬金術の影響を受けていて、(その後錬金術からイアトロケミストに変化した部分の影響も受けてのことだと思いますが)アヘンopiumの蒸気を吸引することで長寿を得られないかと自分で実験してたことも明らかになっています。当時はアヘンは毒というより良薬だと思われていたということですね。


というわけで錬金術の中における「金をつくる」という行為自体はそれほど重要なものではないのです。むしろ腐敗しない金というものをつくりだすことで生命や宇宙の解明をしようとしていたということであり、そのための「錬金」という行為だったわけです。つまり言葉のままの「錬金術」はオマケとしての実験操作だったということです。


あとはよくある誤解としては錬金術師たちは暗号で文章を書いていたということですかね? これも違っていて、ようは近代科学・化学を身につけている私たちからすると書いてある言葉がわからないということです。実験操作も違いますしね。
でも再現実験を試みたことはあって、とある書物の中にあった「金の木」というのがひとつの抽象的な例えであり暗号だとそれまで思われていたのですが、実際に書いてある通りにやってみたら見事に「金の木」ができたという話があります。つまり当時の錬金術師は実は専門的な言葉(=みなに通じるように定義された言葉)を持たなかっただけで、見たままのものを記述していたということになります。ここで紹介した「金の木」は(私がそれをやったわけではないので詳しくわかりませんが)銀樹や銅樹のようなものかと考えられます。まあ、全部の錬金術の書物を調べたわけではないでしょうから中には暗号文もあるのかもしれません。その割合も調査されたという話は聞いたことがないですね。



というわけで今回は短めに錬金術の予備知識を。次回はヨーロッパの方の発展に焦点を絞ることにします。――といってもあそこは中国の影響とか受けているので説明が大変だという。現在できるだけわかりやすくするように調整中で、うぅっ!(最近記事を調整するのが大変で苦労しているのです……)
ん? 「等価交換」の話? そんなもの錬金術のどこを探してもないですよー。あくまであのお話はフィクションで他のと混ぜてるだけですから。というかここまでの説明ですでにわかってると思いますけど、錬金術と(狭義の)化学とはまったく別物で、革命が起きているのでそもそも各種元素とかと話が繋がるわけがないという。煉丹術の影響を受けずに化学ができているというのもおかしな話ですしね。火薬すら手に入らないはずですから。
とは言いつつ私は『鋼の錬金術師』の話は好きですよー。人物像とかよく描けているので。まあ考証が甘いところは見逃すということで。(というか完璧にやったらそれって歴史書になってしまうではないですか?)
by zattoukoneko | 2010-09-08 04:52 | 歴史 | Comments(1)

そもそも化学って何?

錬金術の話をする予定でしたが、これまでに「昔は科学者scientistなんて言葉はなかった」と言っていました。これよくわかってないかもしれないですね。錬金術師は化学者chemistsではありません。科学革命の起こる前だったからというのもありますが、そもそも化学者という言葉がなかったのです。制度とも関係あり、第二の科学革命 ともほぼ時期が一致します。
今回はこの辺りの話をば。



これまで何度も言ってきましたが昔は真理を探求する人のことをすべて「哲学者philosopher」と呼んでいました。中でも特に自然現象について探求する人を「自然哲学者natural philosopher」としていました。
現在の私たちが考える哲学者とはちょっと違いますね。今では哲学者とだけ言った場合は実在や時間などについて考察している人のことを指します。たとえば「数字って実際に存在するの?」とか。つまり数字は人が勝手に作ったものなのか、自然の中に元々あるのかということです。これ説明していくと大変なのですけど、簡単に言うと――
私たちは小学生のときに足し算を習うときに「リンゴ1個とリンゴ1個を足すとリンゴが2個になります」なんていうことで1+1=2を教わります。で、先進国である(正確に西洋化した)日本人はこれをすんなり受け入れてしまうわけですけど、少数部族のとこに行ってこれ説明するとこんな反応が返ってくるのがほとんどです。
  「このリンゴは熟してるけど、こっちはまだ青い。だから別のリンゴで二つになるとは意味がわからない」
またこんなのどうですか? 高校に入ると虚数iなんてのを教わります。その言葉のまま「虚」な数なので私たちにはどこにあるのかわからない数字です。でもこれがないと説明ができない現象がたくさんある。だから使ってるわけです。一方でやはりこの数は実在しているのか、ただ現象を説明するだけのものなのか気になるわけです。なので哲学者(数学をメインにしながら哲学やってる人もいます)はこういうことを考えるわけですね。
ちなみに余談ですが、『死に至る病』のキルケゴールは哲学者なんてされてますけど、これを本気で哲学やってる人に言ったら嘲笑受けるか、仮に生徒だった場合その場で捨てられるくらいなので。この人はただ単に「絶望が死を導く」と言っただけで哲学なんて何もやってないんです。実際には神学者。

さてともかく以前は現在で言うところの科学者というのは哲学者と呼ばれていました。ですが自然哲学者の地位が向上するにあたって、プロフェッショナルになっていきます。すなわち「専門化」が進みます。哲学者の中からさらに特別な存在になっていくわけですね。(ただし「プロ」という言葉には色々な意味があり、「アマチュア」と区別が難しいことがあります。たとえばアマチュア無線家は技術の面でも社会への貢献でもマルコーニ無線会社などの「プロ」を凌駕していました。現在ではその職で収入を得ていると「プロ」にされることが多いですが、どう考えてもコンビニのバイトの人とかプロとは思えない人多いですよねえ)
また以前にも述べたかと思いますが、自然の現象を研究していたのは上流階級の中でもさらにトップクラス。仕事をせずとも(現在の感覚では)数億するような実験器具をぽんぽん買えたりする。また仕事を他にやっていたとしても医者や神学者などの聖職者であって、昔の哲学部が神学部、法学部、医学部の下にあったのと同じでただの趣味のようなもの。職業はそっちではないわけです。またニュートンはケンブリッジ大学の数学教授でしたが、彼が教えていたのは昔ながらのユークリッド幾何学であって、流率法などは教えていなかった。また彼は専門的に研究していた力学や光学の実績でもって採用されたわけでもない。したがってこうした人々を「科学者」と呼ぶのは「科学」という言葉が生まれ、浸透した現在からの視点となります。

さて自然哲学者たちの地位が向上するのは制度が整ってくる19世紀前半です。つまり第二の科学革命が終わる頃。リービヒのresearch schoolも成果を出し始め、それまで上流階級に占められていた自然哲学の分野に庶民を送り込んだ。これによってそれまでとは異なる「科学者群」が出てきます。ドイツでの哲学部、そしてその中でも自然哲学研究者の地位と割合の向上と社会的認知、リービヒのプログラムの成功などの背景もあり、1833年にケンブリッジの数学者兼哲学者ヒューエルが「scientist」という言葉を使うことを提案します。このことによってそれまでのnatural “philosopher”とは別物になり、つまりその他の哲学者と分離・確立したものとなるのです。なおscienceの元々はラテン語のscientia(=知)となります。

なおちょっと先走りましたが、それぞれの学問を専門的にやっている人はいて、ヒューエルの前にすでにmathematician、chemist、naturalist、physicistなどはありました。しかしこれらすべてをまとめて呼称するような言葉はなく、あえていうならフランス語圏のphilosophe、savant、ドイツ語圏のNaturforscher、英語圏のphilosopher、natural philosopher、experimental philosopherなどでほとんどに「哲学者」と入っています。ヒューエルはすでに専門分化しつつあり、しかし一つの大きな分野ではある。かといってそれまでの哲学とも違うと考え、新しくscientistという言葉を考えたのです。(ちなみに元はscienceになるわけですからそのままならsciecistになるはずですが、scientistとしたのは芸術家や技芸家を指すartistから類推したのだそうです)


さてこのようにscientistもchemistも随分後になってから登場したものです。で、次回以降に錬金術関連が続くわけですが、つまり彼らは“化学者ではない”ということになります。化学革命というのが起こってそれまでとはパラダイムが変わったとも言えますし、そもそも哲学者に入れていいのかも疑問です。
というのは自然哲学者たちは基本的に実験や観測をしなかったのです。第一の科学革命 の記事で触れましたがフランシス・ベーコンが観測や実験による帰納法を提唱するまで哲学者は机上で理論構築をしていました(なおギリシャの哲学者の一部は除きますし、この頃天文学者などは哲学者に含められていなかったので)。有名なガリレオのピサの斜塔からの鉄球と羽根の落下実験や、斜面の台を使っての球体の転がり方の観測も実際には行なっていなかったことがわかっています。あくまで頭の中での思考実験です。(ついでに言うなら宗教裁判での「それでも地球は回っている」という発言もしてませんので。いまだに信じてる人が多いようですけど徐々に広まってきましたかね?)
またベーコンは実験や観測の重要性を説き、確かにそれは影響力をもちます。ですが帰納法の方はその後デカルトの演繹法によって打ち消されてしまいますね。結局その後帰納法がうまく働くのは生物学や地質学の分野でです。生物学などは博物学(日本では本草学ですが内容としてはちょっと別物)からスタートします。これは「博物館」なんてよく言うように世界各地の珍しいものを探し蒐集するものですね。で、そのうちある種の植物から薬や毒が採取できることがわかってくるわけです。日本の本草学も博物学にとても近いですが薬効目的が主軸に置かれてます。博物学はまず集めるとこが最初っていう違いがあります。博物学はとりあえず集めるだけ集めるのが始まりだったわけですが、これを分類しようという動きが生じ、有名なリンネの分類学が18世紀に出てきます。またチャールズ・ダーウィンが有名ですが進化論もありますね。ダーウィンは測量艦のビーグル号に乗せてもらって有名なガラパゴス諸島で色々と標本を集めてそれを整理することで彼なりの進化論を打ち出す――と言われているのですよね。実際には彼はこの時にはあくまで博物学・地質学のために動いています。実際ダーウィンは珊瑚礁の研究者として有名で、今もこの珊瑚礁の生成に関する研究がトップとされています。進化論はギリシャ時代にはすでにありましたし、ラマルクやチャールズ・ダーウィンの祖父であるエラスマス・ダーウィンがかなりのところまで進めてます。エラスマス・ダーウィンはこの言葉こそ使っていないものの自然選択の概念を出しており、チャールズ・ダーウィンが形を整えて『種の起源』として発表します。形を整えて、というのは家畜や農作物を人為的に配合することで新しい種を生み出すという「人間も世界の一部として関与している」としての自然選択と、ヘラジカなどのように生存のことだけ考えると不利なのに、それが淘汰されずに消えないで生き残っているというのは異性へのアピールになるからだという「性淘汰」を組み込んだことです。よく勘違いされてますが、進化論は今ようやくダーウィンに追いついたという感じです。誤解が広まってむしろ彼の主張から衰退し、そしてようやく20世紀も終わる頃に色々なもので確かにダーウィンの言う通りだとわかってきたというものになります(たとえばキャベツって葉っぱが丸まってますが、本来植物は光合成をするために葉っぱをできるだけ広げます。でもキャベツは逆。これは本来なら生存には不利なんです。ですが葉が丸まることによって中のほうの葉から必要のない葉緑素が抜け白く、そして糖分を貯めやすくなります。つまり人が美味しいと思ったからそれを選別して残しているということです。――ということでキャベツは真ん中が白いのが美味しいですよという豆知識でしたw)。このように生物学(および地質学)では色々なものをまず集めてからという帰納法によって発展するわけです。つまりベーコンの理念は19世紀に実際に実を結ぶということです。
まあダーウィンの頃にはまだ遺伝学なんて発展してなかったし、発生学も未熟です。これらが進むのはさらに20世紀。DNAの二重螺旋構造を提唱したワトソンとクリックがやはり有名ですし、その陰に隠れがちですがロザリンド・フランクリンがX線写真を撮影していてそれが二人に影響を与えています(ロザリンド・フランクリンについてはRosalind Franklin: The Dark Lady of DNA)。またその後細胞質遺伝(葉にある「ふ」とか、ミトコンドリアの母系遺伝とかです)や最近では細胞膜(血液型のような糖鎖や、最近では膜自身の研究が進みつつあります。細胞膜の説明は以前してます。ウイルスがメインですがとりあえずここがわかりやすいでしょうウイルス・細胞膜の構造)。発生学はレーウェンフックの精子の発見とかその後の展開まで見ていったら膨大になるので一気に飛ばしますが、シュペーマンのオルガナイザーの発見(1924年)が絶頂でしょうか。またフォークトのイモリの胚を染色してつくった1927年の予定運命図なんていうのも有名ですね。(なおこの「染色」はドイツの染料工業の発展の恩恵を受けています)
またパスツールやコッホ、日本人では北里柴三郎の微生物学研究や衛生学への貢献が19世紀に行なわれますね。なおこのときに人の平均寿命がようやく延びます(正確には昔の水準に戻るですが。正直なとここの生物学と衛生学の貢献で寿命が延びただけで、医学の貢献というのはないと言って過言ではないくらいです。この話はまた改めて)。
――と、何だか生物学の歴史の話が長く(汗) 全然「生物学革命」の話でもなんでもないのですが。この革命の話はもっとずっと長いので……。


さて科学・化学の話に戻るのですが、上で述べてきたのはヨーロッパの話ですね? でも「科学」は日本語です。これはどういう意味でしょう?
「科学」や「哲学」、「芸術」その他ほとんどの学問用語を邦訳・考案したのは西周です。「科学」の「科」は学科なんて言葉に出てくるように、“分化しているもの”を指す言葉です。すなわち西周は当時の西洋の諸科学が分かれていることを感じ、それで「科学」と名付けたわけです。事実最近になって環境問題などでは学問が専門分化していると解決できないということで様々な学問(自然科学に限らず社会科学も)融合していこうと今はされています。これを国際領域と言います。まあ、科学史や科学論、科学哲学もその一つなのですよね。当たり前の話として科学史やるには、科学、歴史、哲学、その他にどこに焦点をあてるかで重さが変わりますが、法学、経済学、社会学、文化史、経営史、民俗学などをその道の専門化と普通に議論できるレベルまでは到達しないといけないという、そういう学問です。他にも環境問題を取り扱う場合には、化学、物理学、工学、気象学、法学、社会学、経済学、応用倫理学、民俗学などができることが必須。後半の方のはつまりその国や地域のことを知らなければ対応できないということです。たとえば発展途上国は環境を破壊してでも先進国に追いつきたい。そこにさらに法律や風習・慣習がある。それを知らずに迂闊に手を出すことはできないということです。もしそれを無視すれば侵略行為ですからね。まあ、まさに日本が鯨や鮪で規制かけられてきてますが。鮭や鰯、烏賊、蛸、海老とかも候補に挙がってるんでしたっけ?
というのが「科学」について。で次にタイトルにもなってる「化学」についていきましょう。こっちは上で一般的なことを説明したので短いです。
日本では明治維新前から蘭学が盛んで、特に医学に役立つ化学に相当するものの研究が盛んでした。特に有名なのは宇田川榕庵の1837年『舎密開宗(せいみかいそう)』で、舎密とはオランダ語のchemie(ケイミー)から来ています。これはしばらく使われていて、明治期にも舎密局なんてのがあったりします。が、中国の方で「化学」と使われるようになってこちらの方が物質を変化させる学問としてふさわしいのではないかということで輸入されて今日に至るというわけです。



と、色々とごちゃごちゃしましたが、総括するとそもそも科学scientistや化学chemistというのは専門化が進みできたもの。また日本語でもわかる通りそれは細分化されています
したがって次回以降書くこととなる錬金術というのはこれのもっと前の段階のもので、哲学とも言えないようなものでした。なぜなら途中で述べたように哲学は机上でやるもの。一方で錬金術は実験をどんどんしてましたから、むしろ技術者だった。それに近代化学の成立とともにオカルトとされていきましたからね。ただしこれがなければ「化学革命」も起こらなかった。これについては化学革命の記事で触れたとおりです。次回以降でこれを細かく見ていくこととしましょう。


さて錬金術について先に予定を述べておくと二回には少なくとも分かれるはずです。
最初にもう一度錬金術とか関係なく「化学」だったものはいつ頃からあるのかを見て、そしてそれが古く当たり前だからこそ錬金術が世界中にあることを説明したいと思います。
その後特に重要な中国の錬金術・煉丹術とヨーロッパの錬金術を見ていくことにしましょう。
ということで今回はこのくらいでおしまい。……あれ、意外と難しい内容?(汗)
by zattoukoneko | 2010-09-03 11:07 | 歴史 | Comments(3)