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閲覧者数6,666!!!!!!

閲覧者数が6,666件となりました! というかその瞬間を偶然にも見てしまった!!
しかもその瞬間にやっていたこと。

   ツイッター上で、作家として巨匠である団鬼六と話をしていた。

はい、「六」が入っております。びびっておりますww ここまで6が繋がると自分でも「こわひ! こわひよぅ!」と歓喜の悲鳴をあげております。(「喜び」なの「悲しみ」のどっちなの? 自分でもよくわからないですw)


ともかく6,666件ヒット御礼です。予告していた通りにやらせていただくことにしました。
なお私が6をあえて自分の数字をする理由に関しては、完全数とかピュタゴラス学派とか関係なく、「社会に流されて自分の居場所を見失いたくはない。むしろ『不吉』、『駄目』と言われているからこそそれを誇りに思い自分のアイデンティティとしたいと考えているから」です。
これについては6,000件突破のときに少し触れました。閲覧者数6,000件御礼
自分は自分。他の人と繋がりながらできているのだけれども、でも流されているだけではそこに自己が立つ位置はなくなってしまう。だからこそ私はあえて不吉だといわれている“6”を自分の数字としております。それは私にとって、きっと自分を見失わない柱の一つとなるだろうから。
この考えについては他のところでもいくらか述べています。場所が散逸していますのでリンクは割愛。


ということで短いですがご報告させていただきました。ちょうど7月の終わりですね。(あ、ここは6月にはさすがにならなかった……)
次回からはパラダイムの話ですかね? 他の記事も用意していたので――どうしよう? また調整ですかね。
なお次回の閲覧者数の報告は7,000なのかな? 7,777なのかな? パラダイムは長い特集となるので報告は途中で入れられないかと思います。御礼も述べたいですけど、ここは一気に繋げたいですので。
では少し調整してパラダイムの特集へ移りたいと思います。その後への繋がりも考えたいですしね。
ということで今回はこの辺りで。ではー。

ちなみに、これ6,666を確認したよってツイートで報告した瞬間。(ツイッター参加者じゃないと見れないのかな? 一応リンク)
6666の確認時ツイート
by zattoukoneko | 2010-07-31 21:15 | 雑記 | Comments(0)

人は他人を理解することができるのか③

さて、「人は他人を理解することは可能か否か」というテーマでの四つ目の記事となります。内容としては三つ目ですねー。今回は現在の国際情勢に関してとなります。
とは言っても世界は広い! とてもではないですけど全部の国を見ることなどできません。(←記事の分量の問題だけではなく、書き手の能力を軽くオーバーしております)
てなわけですので注目すべきところに絞るしかないだろうと思います。そうなると各国の思想が最重要テーマになるだろうと。日本では思想というと宗教と別にしがちですが、これが一番大きな要素となるのでここを中心的に見ていくことになるだろうと思います。(ちなみに日本だってきちんと宗教に基づいて今の国民性がつくられているのですよ、やっぱり。なのでこれについては後述します)


では本論に移りましょう。
ここ最近の日本のニュースでは、ワールドカップ・梅雨前線による九州四国地方の土砂災害・参議院総選挙・口蹄疫・ついこの間は茨城を中心とした関東圏の雷雨・そして東北などにも消防庁より大雨に注意との報告が出されました。(え、予想タコのパウルくんによるロシアの大統領選挙予測? 知りたい人はググれ!)
日本だとやっぱり国内のものが中心ですが、他国の大手ジャーナリストたちは「ワールドカップ? 何それ、おいしいの?」と完璧スルーです(実際には少数ながら記事はあります。ただし政治と絡めてですね。「北朝鮮はワールドカップを利用して国内外に自国の力を見せようとしている」というのとか。そして実際にその通りで、大敗しそうだと感じた瞬間に見事に途中で国内での中継をやめたそうですが)。では何が今話題になっているかというと、一番多いのは中東関連です。未だにアフガンの方では様々な問題が起こっています。そこにアメリカがどう関わっていくべきかなんてことが各国メディアで論じられているところ。またメキシコの石油流出もかなり問題視されていますね。現在はBonnieが接近中ですか。これによる影響が懸念されています(なお速報。7月28日の夜に予期していたよりも被害は早く収まるのではないかという記事が出てきてます)。
Bonnieなんていうのは自然災害ですからこれに関してはここ数回のテーマとは外れますね。なのでここは飛ばします。見るのは中東やアメリカの関係についてです。
現在9.11テロ事件から中東の問題は発生したと考えられがちですが、実際にはずっと昔から根深い問題だったわけですよね。これに関してざっと触れていこうかと思います。
そもそもアメリカにはWASPなんて言葉があるくらいで、自分たちを絶対視する傾向が強いです。――と書くとアメリカの人に怒られそうですねw 別に彼ら彼女らは自分本位で自己顕示欲のかたまりなわけではないです(全員に当てはまらなかったりもするわけですけど……)。ただアメリカというのはコンプレックスという負の方向から自分たちのアイデンティティと国民性を形作っている節があります。アメリカはヨーロッパから移住してきた人々によってつくられていますし、国ができてからの歴史が浅いというのもあります。日本も明治維新Meiji Revolutionによって歴史が転換されたとされますが(Revolutionとはそれまでの歴史や社会が全部覆って新しいものになるという意味です)、よくよく調べてみると繋がっている部分が多いのですよね。ですから『革命』とは言いがたい。確かに和算とかは捨てられているわけですが、武家の血筋たちはその後政治家や科学者を目指すようになって、まだ階級の概念が残っています。今でも名家っていうのは実際にありますよね? また明治維新直後には様々な思想家が西欧の知識・技術を導入する際に日本人の思想は維持したままそれが可能なのかどうかを議論しています。日本の精神を維持したまま西欧近代科学/技術を導入する考え方のことを「和魂洋才」といいます。で、この反対に「洋魂洋才」(という言葉はないのですけど)を唱えたのがかの有名な福沢諭吉の『学問のすゝめ』となります。
えー、日本の話が長くなってきちゃいましたので軌道修正。
アメリカは移住してきた際に、では何を基盤としていたのか? さすがに何もない状態から始まるわけではないのです。移住してきた人たち、ということは元々どこかに住んでいたわけなので何らかの背景を持っていて当然だと言えるでしょう。ではそれはどんなものだったのか?
実は前にいくらか触れた記事があるのですよ。なのでそちらも参考に。数行にまとめたものも後で書きますけど。人権平等問題
この記事で述べているようにアメリカという国は「アメリカ化」というものによって成り立っているような国です。そしてそれによって他国へも「フロンティア」を広げているということになります。
また自分たちのアイデンティティを揺るがされると一致団結して暴徒化するというのは、9.11など以外でも時代を遡ればいくつも事例が出てきて、有名なのではKKK(Ku Klux Klan)なんていうのがあります。簡単に言うと白人至上主義を掲げた秘密結社のことですが、普段は黒人とかと普通に同じ街中で生活しています。が、黒人(後には他の有色人種や白人すら含まれます)が自分たちの暮らしを脅かすようなことをしたと感じると白い三角頭巾を被って集団で暴行を加えるという人々のことです。よくあるのは「ある黒人に白人の女の子が襲われた」なんて噂が流れると一気に結束します。
こういうのがアメリカという国の背負っているものとなります。ただし現在、いくらか変わりつつはあるのです。多文化主義や文化多元主義なんて考え方も出てきていますし、アメリカ化を試みた一世の日系人の孫たち(なので三世ですね)が自分たちの起源を探ろうと試みたりしています(なおアメリカ史に関してはこの本から注をひたすら辿っていくといいかと思います。アメリカ研究入門 あ、ちなみに全部で数百という文献がリストアップされます。これ「入門」と書いてありますし、文献の入手先なんかに関しても詳しく書いてあるのですけど、詳しく勉強するにはやはりそれだけの量をこなさないといけないということですね。まあ持っていて損はしないのでご紹介)。
でもまだ「いくらか」ですね。9.11のような大きな事件があると長いこと結束してしまいますし(反戦派の人たちがある程度の数になるまでどのくらいかかったか思い返してくれればよいかと)、現在でも中東や北朝鮮などとの問題を抱えたまま、しかも深刻化させていっているわけですし。
もちろん自分たちを防衛するというのは、人間として自然な感情です。攻撃・侵入をされたと考えば勝手に体や感情は殻をつくるなり針を生やして反撃することになります。ただそこに他の要因が絡んでくるとそれが過激になったり長引くこととなります。アメリカは先に説明したとおりですが、イスラエルの情勢なんていうのもこれに当てはまると考えられます。
これは単純な説明でありもっと多面的に見なければならないものなので、以下に紹介するのは一つの側面でしかないと思ってください。
エルサレムというのは多くの宗教にとって聖地となります。ユダヤ教、イスラム教、仏教など大きなものを見るとすべて聖地とされていますね。で、一番大きなのは「パレスチナ問題」などと呼ばれるやつですね。
エルサレムを首都とする(ただし国際的には認められていません)イスラエルは国連決議181によって、1948年5月14日に独立宣言を出してできた「ユダヤ人主導」の国家です。この「ユダヤ人」および「ユダヤ教」というのがとても重要なファクターとなります。
ユダヤ教というのはキリスト教の前身ですね(どうでもいいですけどキリストは当然キリスト教徒ではないです。ユダヤ教徒なので間違えないように)。ユダヤ教は紀元前1280年頃にモーセがエジプトの社会的な下層階級の人々(ヘブル人と呼ばれます)を国外へ集団脱出させる「出エジプト」と、その途中でシナイ山というところでヤハウェと「モーセの十戒」を結んだことによりできたものです。
「モーセの十戒」に関しては名前は皆さん聞いたことあると思いますが、中身は知らない方が多いでしょうね。十項目なので全部羅列してもいいのかもしれないですけど、重要なのは二つだけなのでそれのみ掲載しておきます。
1. 主(ヤハウェ)が唯一の神であること
2. 偶像を作ってはならないこと
この他に八つ項目があるわけですが、それらすべてを含んだ十項目を守れば永久に未来永劫――とは使ってはいけないので――永遠に民族は繁栄し続けるというものです。
モーセに率いられた人々はカナンという場所に安住の地(約束の地とも呼称)を得ます。しかし紀元前587年に新バビロニアによって滅ぼされ、これまた有名な「バビロン捕囚」が起こります。この後ユダヤ民族は安住の地から引き離され流浪の民となります。彼らは他の民族らから酷い差別を受けましたし(『ヴェニスの商人』など)、一番有名なのはヒトラーによる大虐殺ですね。
バビロン捕囚の最中からすでにユダヤ教徒は考えていたことですが、自分たちは戒律を破ったからこんな目に遭っているのだとそう考えるようになりました。
具体的にはユダ王国の国王らが戒律を守らなかったと考えています。有名なのはマナセ辺りでしょうか? 他の神を崇拝しましたし、偶像もつくってしまいました。これは先に挙げた二つの戒律に反しており、バビロン捕囚を起こすことになった張本人であるとすら言われています。
こうしたことがあった結果、ユダヤ教徒は新しく自分たちの信仰について考え直し、唯一神の信仰を必ず守るなど自分たちに厳しい縛りをかけます。そしてそれを守っていればいつかは安住の地へ帰ることができるのだと考えるようになります。
で、それが達成されたのが先に紹介した第二次大戦後の1948年のことなわけです。(途中シオニズム運動とかありますけど割愛)
しかしこれによって民族間の闘争が起こることになってしまいました。ユダヤ人たちを無理矢理押し込めた結果、そこに住んでいたアラブ人たちが追い出されます。これがパレスチナ難民と呼ばれているもの。彼らは反イスラエル主義となり過激派となります。これがパレスチナ問題。
そしてここにアメリカやらロシアやらがどんどん介入してきてるのですよね。戦争があれば国が儲かるというのは第一次世界大戦で消耗戦を経験するまで信じられていたことですし、アメリカもベトナム戦争で失敗するまでは勝ち続けだったわけです。そしてまだそれを信じる人もいるということですね。で、それら圧倒的武力に対抗する人たちは自爆テロをするということなのですよね。これ、『FINAL FANTASY X』の紹介で触れてますね。 前々から注目をしていた問題ということになるわけですねw FINAL FANTASY X 紹介(ネタバレ・注意)
ここまで書いてきた内容やFFXの紹介記事を見てきてくれると大体の宗教の状態とかわかるかと思います。これじゃ全然足りないのですけどね(汗)
ざっくりとまとめてしまえばそれぞれの思想を互いに理解するというのは難しいことです。ユダヤ教徒たちは一神教を絶対に守ろうとしている。ならば多神教の人々とはそうそう簡単には打ち解けることができません。不可能だと決め付けるには早急だと思います。ここでの論はまだまだ浅いですから。もっとじっくりやらなければならない。
ただここにさらにそこで生きてきた環境が個々人で異なるわけですから他人を理解するのはさらに難しいこととなるのかとも思います。ここには①と②で書いてきた内容も含まれますので後でもう一度まとめなおしましょう。
日本のことも気になりますよね? だって私たちはここ日本に暮らしているのですから。自分たちのことを知らずに(つまり自分がなくて)どうして他人を知ることができようか!、ということです。
ただこれに関してはお守りの話と結びつけて少し触れています。それがこれ。お守りの中はなぜ見てはいけない?
ここでいくらか触れていますが、日本人はありとあらゆるものに神性を感じ取ります。「八百万の神」というやつですね。つまり多神教に分類されます。ただこれは他のヒンドゥー教とかと違って明確な神がいるわけではありません(スサノオノミコトとかいるにはいますけど、今触れているのは別の「神」)。なのでこれを他の宗教観、特に明確な神を持っている人に理解してもらうのは難しいです。海外の人とかに説明すると一応興味は持ってくれるのですけどね、そこから先どこまで「理解」や「納得」になるのかは難しいところかなって印象をよく持ちます。(というか今の日本人でもそれが伝わらないことが……。特に都会育ちの子たちと話すと夜空の星を見上げたことすらないという)



さてそろそろ全体のまとめ。
人には人の背負っている社会・文化・歴史・道徳観というものがあります。それは主に育った環境に影響を受けてくるものだと考えられています(遺伝の要素もあるのがわかっていますけれど今回は省略します)。大きくは国などが関係するのでしょう。あるいは故郷や家庭。それらの影響を大きく受けつつ、さらに個人は個人でやはり別の人生を歩んでいます。そうなればあたりまえのようにお互いの意見や立場は違うはず。
ただだからといって私は個人主義を勧めたいわけではない。むしろ反対をする。個人は「“個別”の人」という意味ではない。「“各々の個=アイデンティティ”を持っている人」という意味である。そしてだからこそ他人とぶつかるし、その上でお互いを尊重して意見交換をすることができる。それができれば人は、苦しみつつではあるが、きちんと成長することができると私は考える。
まあ、ただ残念ながら今の人たちの多くは肝心のアイデンティティがなかったりしますけど。気付くと周りの意見に流されて、自分の立ち位置から浮いちゃってしまう人もいます。本来なら“流される”ときでもそこには何かしら自分の心の揺れがあるはずだし、そしていくらか考えるのだと思うのですけどね。それに気付けない(というか気付くのを放棄しちゃった)人がたくさん出てきてるようです。こういう人には何でもいいから感動したものがあったらまずそのときの気持ちを大事に抱えておいて欲しいなと常々思います。考えるのはその先。まずは人間としての心をしっかりと持つのが重要なのだと考えています。
ということで記事タイトルの「人は他人を理解することができるのか」に対して答えをば。
   ぶっちゃけ不可能じゃないとは思うけど、めっさ難しいっす。
おおぅ……ここまで内容をひたすら難しく書いてきたのに一気に台無しに(汗)
いや、オチではありません。ここまでの記事を頑張って読んできてくれた方にはわかるかと思います。つまり「ここに書いている人がいます」って気付いてもらえたでしょうか? この人は何を考えてるの? それ以前に何を感じてるの? そういうことを考えることが他人を理解するということだとここまでで頑張って書いてきたわけです。もちろんいきなりそんなものを読みとこうなんてのは難しいことだと思います。焦ると心を忘れ、頭で考えるだけの機械のようになってしまいますから。
ですので何でもよいのでまずは感じるところから。「何やら考えてる人がいるなあ」とか「おかしなこと書いてる人間だなあ」でもよいわけです。そこに『人』って入ってるでしょ? それがきっと他人を理解するための第一歩であると信じて結びとしたいと思います。

ちなみにオチはコメント欄にて(ぇ? オトすの?
by zattoukoneko | 2010-07-29 07:52 | 雑記 | Comments(1)

人は他人を理解することができるのか②-2

「人は他人を理解することができるのかどうか」というテーマの言葉に関して二つ目の記事となります。
前回の記事の内容を簡単に振り返っておくと――全世界の人に見えるように空にいくらでもメッセージが書けると仮定。この際に(内容も大事ではあるのですが)何語で書くことにしましょう?――というのがまとめで、導入となります。
では本論となる今回の記事を書いていくことにしようかと思います。



まず真っ先に考えそうなのは、やはり全世界の人が見るのであれば(誰か個人宛でないのならば)多くの人が読める英語を使うことなのだろうと思います。
まあ、この記事を読んでる人のほとんどが日本人だと思います。(実は時々海外の方も見にきているらしく、そして読み解くのできないよ、とコメントいただきました。えっと……翻訳してくれと言われてもそれはちょっと厳しい(汗))
となると英語で書くのは厳しいだろうなと感じるかと思います。かくいう私もその一人。いや、いくらかは書けます。ですけど後々述べるように中途半端だからこそ難しいとより感じています。
英語がまったく書けないという人(いあ、実際にはThis is a pen.くらいは書けるでしょ?)はとりあえず文法はしっかりしていて、単語も辞書を使えばいけるだろうというレベルにあると想定しましょう。さてこのレベルで実際に海外の人に自分の気持ちをきちんと伝えることができるでしょうか?

ちょっと難しい話が雑じりますが――
和英辞書で「安心」が何という英単語になるのかちょっと検索してみてください。私はとりあえずジーニアスを使いますね? 以下出てきた単語。
relief: 苦痛などが去った後の解放による安心感
ease: 精神的な気楽さ
rest: 平静
security: 安全・無事
となります。
この中に私たち日本人の「安心」は見当たりますでしょうか?
ぱっと見るとreliefとeaseは近い感じがしますね。ただしreliefは「大変な目に遭ったけど、何とか凌げてほっとしたー」という“安心”で、easeは「まあ、なんとかなるっしょ!」という安楽的な気持ちを表現します。(なおrestは「(主に時間的に)余裕があるなー」という感じで、securityは「害がないと思う」という意味です)
確かに私たちの使う「安心」はこれらの意味を含みます。ですから英語に訳す場合にはこの中から適当なものを選べばよいだろうと単純には考えられます。
ですが英語圏の方が「安心」という日本の単語を見たとき、それは自分たちの使っているどの単語に相当するのかは前後の文脈から判断することになるかと思います。これは相当に日本語に堪能な人でなければ悩むところだろうと。そして逆もまた然りなのですよ。私たちも英語を読むとき、それが何を指しているのか悩むことがあります。何か簡単な単語でいきましょう。enoughというのはなんでしょう?
これは中高で「十分」って意味だと習ったことだと思います。まあ、その通りでそのまま訳せば何とか意味は読み取れます。では日常会話でいきなり、
“Enough”
と言われたら? あるいはもう少し丁寧に書くとThat’s enough.ですね。
これは直訳すると「もう十分だ」となり、感情をこめて訳すと「もう飽きてきた。もうそれ以上は要らない。これでおしまいにしよう」という負のイメージです。正の方向の感情で「十分だ」と伝える場合には”All right”や”Okay”などです。略記する場合には”OK”ですけど、スラングに近いので目上の人には使えません。
と、ここに並んでる単語たちって中高ですでに知ってるようなものばかりですよね? でも今書いたように読み間違えたり、あるいは軽い気持ちで”OK”などと言おうものなら一気に嫌われるということです。
さて英語での意思疎通が難しいことがこんな簡単な単語ですらいくらかわかってきたのではないかと思います。さてはて今度は日本語を伝えましょうか。さっき取り上げていた「安心」という単語について。
実は一つ大きな意味・感情が英語にうまく訳せないのです。それは「安心して暮らせる」というようなときに使うものです。
さっき並べた単語と照らし合わせると、easeが近い気がしますが、これは“楽観的”という意味合いが強くなります。ですがよくさっきの意味で使われるのは原発などの建設に反対するときに「安心できない」と言うときです。つまり“負の感情が付きまとっているから何とかしてくれ”という訴えです。となるとreliefが近いのでしょうか? いや、今苦痛を感じているわけではないのですよね。このときに言う「安心できない」は気持ちのざわつきが抑えられないという意味合いを含んでいます。これを解消してくれということになりますが、このような心の乱れが取り除かれたときに使われる英単語は実は見当たらないそうです。つまり『よっぽどうまくこの気持ちを丁寧に伝えないと「安心」という言葉とそこに含まれる感情を伝えられない』ということです。そして風土が違いますからその気持ちの“ざわつき”を伝えることはさらに難しいこととなります。(さあ、「ざわつき」を和英辞書使って英単語にしてみませう! 何か適切な単語は見つかりましたか?)

ちょっとここらで原発の話が出てきたので、建設者側が反対住民にする説得の一例を挙げましょう。大体こんなことを言うわけです。
「この設備は安全であり、事故が起こる可能性は極めて低いものです。ですから安心してください」
これ間違いだろってすぐにつっこめますか? 「安全」だから「安心」できるわけではないのですよね。反対住民が言っているのは「それは過信ではないか」「予期できていないトラブルだってあるんじゃないのか」そしてこれはなかなか口にする人が少ないですが「事故の起こる確率が低いとしたって、一度事故が起こればその被害は甚大じゃないのか?」です。
実は建設者側はリスク論というのを使って話をしています。簡単にリスク論について説明しますね。リスク論では次のようにリスク(=被害)を計算します。
  リスク=事故の発生確率×その事故による被害
となります。
たとえば原発に大きな事故が起こる率を100年に1度としましょう。その事故による死亡者数は10万人だとします。となると一年に死ぬのはたった1,000人。だから原発側は「安全」と主張するわけです。
ちなみに交通事故による一年間の死亡者数は現在5,000人とかです。多いときは10,000人超えてる年もあります。まあ、参考資料出しときましょうか。
交通局交通企画課資料(pdf)
リスク論によれば、交通事故なんかと比べて原発の被害なんてものは大したことがない。したがって安全であり、住民は安心して暮らすことができるだろうという論法となります。でもこれって(英語が細かく分かれてますし、リスク論自体欧米圏でできたものなのでそれで表わしますが)securityなのですよね? 住民が求めてるのと全然違う。反対住民が思うのは、「その事故はいつ起こるか知らないが、明日かもしれないし、子供や孫の世代かもしれない。だがいつにしたってそのときに生きている人間が10万にも死ぬってことじゃないのか? それを受け入れろってことか?!」ということでしょう。だからこそ「安心できない!」と訴えているわけですね。この両者が考えている「安心」が異なっているため、論争はいつまで経っても平行線というわけです。仲介しようと名乗りを挙げているSTSの分野もどちらかというと学者寄りですし(だって科学を市民に啓蒙しようという考えを軸にしている人が多いですから)。
さて、原発の話などにも触れてしまって小難しくなって来た気がしますが、それでよしw それだけ難しい話ということです(苦笑)

ここからまとめを始めようかと思います。
言語は一対一には対応していません。これはそこの言語圏に生活している人たちの文化から多大な影響を受けているからです。「安心」という言葉は実は日本以外では見つけることが困難なようです。すなわち日本という国の風土がつくってきたものであり、そして他の国では育まれなかったものなのです。これを伝えるためには非常に多大な労力を必要としますし、お互いに理解しようと歩み寄らなければなりません。そしてそれはとても難しいことです。
たとえば四季があり、そしてそれに風情を感じる日本人はそれを利用した文章を書きます。これは昔からですね。和歌や短歌なんてものがありますし、小説などでも四季を扱います(電撃掌編王にもお題として「春夏秋冬」が入ってましたしね)。ですがこれを四季に特に風情を感じない、そもそも四季がない人たちにどう伝えればいいのでしょう? 考え始めると難しいと思えてきませんか?
またリズムという問題もあります。専門書などは意味が伝えることができれば十分に役に立つでしょう。ですが小説や詩などでは文体や音によって魅せるということもあるのです。
有名なベートーヴェンの第九より。第四楽章:Prestoにある合唱部分の歌詞を抜き出してみましょう。
O Freunde, nicht diese Töne!
Sondern lasst uns
Angenehmere anstimmen,
und freudenvolle.

Freude! Freude!
Freude, schöner Götterfunken,
Tochter aus Elzsium
(以下略)
となります。まあ、ちょっとした雑学を入れておくと最初の四行のとこのみベートーヴェンの付け加えた歌詞で、元々はフリードリヒ・フォン・シラーという文学者の詩に曲をつけようというのが第九の誕生に繋がってくるわけです。Freude!の部分からはシラーのものとなります。
で、注目すべきはベートーヴェンが最初に書いているFreundeとシラーのFreudeですかね。前者は日本語訳すると「友」で後者は「歓喜」です。日本語にしちゃうと音がまったく合いません。ですがドイツ語のほうはうっかりすると読み間違えそうなくらいそっくりな単語です。音は――まあ、第九のCDの一枚くらい持っておきましょう!(だって文字じゃ表現できかねるじゃないですか?!)
まあこのように詩なんていうのは訳すのが困難なものの一つというわけです。

もう一つくらい例を挙げておきましょう。ちょっと時事ネタですが。
少し前にトヨタのプリウスでリコール問題が発生しました。このとき豊田章男社長が会見に際してまず“謝罪”を行なったそうです。が、これが問題視されました。一つに欧米圏、特にアメリカから「その発言はつまり自分たちの非を認めているのだ」とされ、悲しいかな日本でも「経営者の責任能力が欠けている」と言われてしまいました。
確かに英語圏の人にすぐに謝ってはいけないなんて話をよく聞きます。彼らは責任の所在を明らかにしたがる傾向がありますからね。(あ、別に私はこれを非難するつもりはないですよ? そういう歴史をこれまで積み重ねてきたわけですから。ただそれに固執して他者を理解しようとしない傾向が強いとは感じてますけど)
ですが(まあ本人に直接訊いたわけではないですからわからないですけど)豊田社長としては不具合による被害者の方々に“お詫び”を言いたかったのでしょう。彼ら彼女らのことを心配しての発言だと考えられます。しかしこれが他国には伝わらなかった。(あ、ちなみにすぐに「詫び」って和英辞書で引きました? 全部謝罪の意味になってると思いますよ)

このように言葉の伝達というのはすごく難しいわけです。政治なんかでは通訳なんてのがついていきます。政治家には英語の能力がないわけではなく(と信じたい)、より正確に意図を伝えるために専門家を用意するというわけです。
(あ、なお通訳の職につくのって超難関です)



大分長くなりました。language(発音による言葉のみに限りません。ここにある文字も含みますし、ボディ・ランゲージのことも考えています)による意思伝達というのは難しい。そこにある社会背景を知らないとならないし、時にはその人個人のことさえ理解する努力をしなければなりません。このように単純に言葉を切り替えればそれで済むという話ではないわけです。
ならば現代の社会はそれができているでしょう? 今回トヨタの話題を出したのでもう予想はついているとは思いますけど、次回記事にて現代社会の状況や宗教などに関して簡単に触れようと思います。
ということで今回はここまで!

余談:ここのブログに私の掌編が掲載されています。たとえば、第8回電撃掌編王受賞作『好き好き大好き、だから嫌い』 をGoogleの翻訳にでもかけてみてください。途中で触れた海外の方ですけど、これやって――さっぱり読めないと嘆いていました(汗)
by zattoukoneko | 2010-07-26 06:24 | 雑記 | Comments(1)

人は他人を理解することができるのか②-1

「人は他人のことを理解できるのどうか」というテーマでの記事二つ目です。
前回記事のコメント欄で述べたように、これってそうそう簡単に書けるような内容じゃないよなあ、と思いながら書き進めていくところです。



今回は国際交流、特に言語に焦点を当てて論を進めようかと思います。
と言いつつ、いきなり問いかけ。というか想像してもらいたいこと。ではいきましょう。

想像してください。今あなたは空というキャンパスに、海というインクを使って好きなように文字を書くことができます。あなたはここに何と書きますか?

…………なんかの心理テストみたいですけど、全然違うので。普通に問いかけです。
というのもこの問題は私が小学校5年生のときから考え続けているものだったりします。これはかなり難しく、重要なものなのではないかと。
ちょっとどこが重要なのかの解説は置いておき、せっかくカテゴリを「雑記」にしているので昔話としてどうしてこれを考え始めるに至ったかについて触れてみようかと思います。というかそれを話していったほうが私の考えてることがわかりやすいのではないかと。
きっかけは『クレヨン王国 月のたまご』でした(この中のPart. 3?)。ヒロインのまゆみ(に限らずですが)はよく詩を書いている、というか歌っているのですけど、その中に離れた場所にいる好きな三郎に宛てて「もしこの空というキャンパスに海のインクを使って手紙を書くことができたなら」というようなものがあったのです。これだけ見ると壮大なラブレターなのですが、ふと『空に書くってことは他の人も当然見るよなぁ?』と思った瞬間にこのラブレターという制限が外れまして。それをまとめるとこうなるのだろうと。

今あなたが書こうとしている文章は全世界の人が見ることができます。その状態であなたは誰に宛ててどのようなメッセージを、何語を使って書きますか?

今回のテーマだと“何語を使って”というのが一番重要になるわけですが、ちょっとそれは置いておき、これは結構重要だと思うのでもう少し考えてみようかと。
『クレヨン王国 月のたまご』のまゆみは世界の中からたった一人の大事な人に向けてこれを使おうと考えたわけですが、これはこれで確かにありだとも思うのです。たった一人だけを全世界の人の中から選び抜けるというのは素晴らしい力だろうと。
一方で、やはり全世界の人が見るのだから、とも思うわけです。ただしまゆみのように誰かのためだけに力を尽くすのだって、それを見た多くの人には何か大きなものを感じさせることだろうと考えます。だから彼女のことを否定できないし、するつもりもない。そしてだからこそ難しいとも感じるわけですw まゆみは完璧なまでに一人に相手を絞っているし、何か書いたらそれで他の人に影響を与えることすらできる気がします。しかし(これを文章書いてる人間が言ってはならない気がしますが)それだけのことは簡単にはできないだろうと。まゆみ自身ですら結局「これを書く」とは明確には言ってないですし。かといって全世界の人に伝えるべき(たい)ことってなんなんでしょうね? これは次回の現在の国際情勢なんかを見つつ再考したいところ。

とりあえず以下ではまゆみのように一人に絞った場合ではなく、あるいはすべての人が想定して話を進めていこうかと思います。この場合伝えたい内容もそうですが、使う言語も大事になってくるだろうと。今回はこの言葉の方に関して取り扱おうと思います。
――という感じなのですか、すでに導入にして長いという(汗)
これから先は区切るのにちょうどいい場所がなさそうなので、いったんここで投稿。続きはまた後日upします。
(むう、何やら書き終わる気配がしなくなってきたぞ?)
by zattoukoneko | 2010-07-25 04:57 | 雑記 | Comments(1)

人は他人を理解することができるのか①

今回は雑記として、最近頻繁に考えることについて書いてみようかと思います。タイトルにあるように「人は自分以外の他人のことを理解することができるのかどうか?」というテーマで。
これは実際には前々から思っていたことではあるのですが、ほんとここ最近――せいぜい半月くらいかな?――でとみに考えるようになったテーマです。
ただこれに関して私はここの記事で何かの答えに辿りつこうとは端から考えていません。これは難しいテーマであり、そうそう簡単に答えが出たとは思ってはいけないもの。じっくりと、そして丹念に考えていかなければならないものだと思います。
ま、平たく言えば、ですよ。「そんな簡単に答えが出たらみんな対人関係で悩まねえじゃん?」てことです。私一人があれこれ考えたところで、それはそれで『私だけ』の意見なので意味がないわけですよ。それなりに説得力を持たせたところで、他の人が自分の意見に昇華してその上で賛成・反対を言ってくれるようにならなきゃならないだろうと、そんな風に思います。

さて、何やら雑記のくせに出足から重たいぞw 気付いてはいるけどこのテーマじゃ軽減するの無理w ということでこのまま突き進みまーす。



まず歴史の研究の仕方からいきましょう。
歴史学において「昔より現代の方がより優れている。人間は進歩してきているんだ」という考えをホイッグ主義と呼びます。これは歴史研究をする人間にとても嫌われるものです。(と言いつつ、科学者あがりの歴史研究者にとても多いのですけど)
昔の人のこと(あるいは人ではなくて物や思想でもいいのですけど)を調べる場合、重要なのは「その人が生きていた時代があるだろう」ということ。その人は『その時代』の『そのときの文化』や『そのときの宗教観・道徳観』、また『物質文明』や『技術』、さらには『家庭環境』に影響されているだろうということです。私たちがそれらの背景をしっかりと考えることなく、「ああ、この人はいい人or悪い人」とか「私たちより劣ってる」なんて決め付けるのは強引すぎるのです。私たちはきちんとその人たちの生きていた、そして周りを取り囲んでいた環境や背負っていた背景を知らなければならないのです。
こうした考えは歴史学の中でも特に科学史の分野で盛んです。というのは科学論・科学哲学で一気に議論がなされてそれが波及したからという経緯があるからです。これは――いやあ、説明していったらきりがないので割愛です。大学生が二年かけてようやく片足浸かれるかどうかというレベルなので。私なんかが説明できるわけな、ゲフンゲフン!
ということですのでここは省略しますが、興味のある方へ教科書を紹介しておこうかと思います。良著を二冊。順番に読むのがいいです。科学論の現在サイエンス・ウォーズ
で、この二冊からさらに参考文献をたどったり、注目されてる人物の著作を読んでいくとようやくそれなりに語れるようになる、と。…………うん、二、三年じゃ終わらないね?
まあ、とかく紹介だけはしときまーす。いい本であることは間違いないので手元に置いておいて損はなしです。
さて歴史研究というのはこれを踏まえた上でなされます。まあと言ってもこれ全部やってたらむしろそっちの専門家になるのでざっと目を通す感じですが。(ただし研究者の“ざっと目を通す”は普通の人のそれとは違うので注意)
これを言い出すとやはりきりがないのでもう端的に表わしてしまいますが、「その人自身も、文化も社会も、技術も、そして思想や科学理論も周りのものから多大な影響を受けている」ということです。最後の方の「科学理論についても影響を受ける」というのはSSK(科学知識の社会学)というやつで、以前少し触れた記事があります。ニュートンの万有引力は科学じゃない? ここではちょうど科学史・科学論全体のことも見てますね。駆け足過ぎますけど(汗)
まあこんな理由により歴史学の分野ではいかに相手の時代・文化の中に入るかが重要な鍵となります。
ただし反射性という概念もあります。当然のことながら歴史研究をしている人も「その人の時代背景を背負って」います。例えば今生きている人は“現代”から離れることはけしてできません。だから昔の人をできるだけ当時の目線で見るようにしながらも、そこには“現代”というフィルターが必ず入っているということを知っておかなくてはなりません。
…………まあ、この辺に歴史学や哲学の面白さと無意味さを感じますよねー。これらの学問はその時代のために何か役立つだろと考えて働き、そしてそれは将来また新しい歴史家によって「ああ、この時代はこうだったのねー」と研究されるとわかっててやってることなわけです。まあ、現代から将来は繋がっているわけですし、現代を変えようと思うことは将来を変えようと思うことでもありますね。私たちが“過去”という歴史の上にある現在で生きているのと同じようにです。



と、ここまで書いてみて思いましたが、一つの記事に収まらない気がしてきました(汗) 内容も読みにくいものだと思いますし。
…………一つの記事に収まると思ったんだけど、テーマが重すぎたか。見誤りました。
この後「言葉の壁」についてと「現代社会」について触れる予定でいます。書き進めてはおくのですけど連投するかはわからないです。内容的に一日二日は空けたほうがいいのかな? それとも連日更新にするか。
まあとりあえずここまでを掲載です。続きはもうしばしお待ちくださいm(_ _)m
by zattoukoneko | 2010-07-23 04:18 | 雑記 | Comments(3)

閲覧者数6,000件御礼

閲覧者数が昨日の時点で6,000件を突破しました。最近一ヶ月程度で1,000ずつ増えているので報告するのはどうしようかと迷ったのですが、やはりここはお礼を述べるのは大事なことだと考え、記事にすることとしました。
普段から閲覧してくれてる方、そこまで頻繁ではないけれど、何かの拍子に目を留めてくれた方、本当にありがとうございます。

次回の報告は6,666のときですね!
いや、私のプロフィールのとこにもあるように、6や13という数字が気持ち悪いほど付きまとうのですよ。というか他人から「怖い!」と言われるほどに本気で6と13が私の数字と化しています。
まあどちらも不吉な数字と言われていますが、宗教や文化が変われば概念も変わる。これを個人にまで広げて個人主義となることには私は反対ですが(何故なら多くの人と関わりながら生きているのが人間であり、その背景には自分の育ってきた環境があるのですから)、でも確固たる個人の意見はその人のアイデンティティでもある。
私としては以上を踏まえた上で――6が私の数字であると考えておりますので、6,666突破でぜひとも報告しようかと考えています。

では今回は短い挨拶ですが、今後ともこのブログのご愛顧のほど、よろしくお願いします。
……ふぅ。これで記事が一個埋まったな。(ぇw
by zattoukoneko | 2010-07-20 06:15 | 雑記 | Comments(3)

チュアブルソフト様とGWAVE様のコラボCD!!

チュアブルソフト様が新作としてこの7月30日に『Sugar+Spice2』の発売を予定しているというのは何度か告知してきたわけですが――
実は公式HPではすでに言われているように、GWAVE様とコラボしてメインボーカル曲などを収録したCD『Sugar+Spice2 Splash colors!!』の発売も決まっていました!!

ちなみに無印の『Sugar+Spice!』でも同じくコラボしてメインボーカル曲+BGM集(これは特別版)が発売されたのですけど……
今もう手に入らない!! Amazonでのみ買える、新品は10万円で!!
ええ、シャレにならない人気っぷりです。前々からチュアブルソフトを追いかけている人たちですら手に入れられなかった代物だったりします。(現在再販による大量生産を検討中。ファンの声が高まればやるとのこと)

まあ無印のほうは今はどうしようもない! だからSS2の方は買え!! 予約すれ!!
ということでGWAVE様の出した応援バナーを貼っておく心。(←これ、チュアブルファンならわかるネタ)
GWAVE公式WEB



え? まだチュアブルよく知らないから予約しようがない?
そんなことを言うキミにはキスカちゃん(違)が助けちゃうぞ(ハート)
現在、公式HPの方でSS2のOP1とOP2が公開されています。どっちも美麗♪ まずはそれを見るのがよいかと思います。
公式HPへはこちらから。
チュアブルソフト公式WEB
あるいはYouTube内にて公式アカウントで「え゛、そんなに公開しちゃっていいの?」というくらいに惜しみなく歴代作品のOPなどを流してくれてますので、そちらから観るのもいいかと。(公式HPではウインドウが小さいので、こっちの方がお勧めかも?)
直リンの方が便利だと思いますので、これに関してはやっていいかどうか確認を取りますね? とりあえずYouTubeの検索欄で「チュアブルソフト」とすると出てきたかと思います。OKとされたら編集しますね――
と言っている(というか書いている)間にもう即OKの返事くれたし?!! Just right now!! 対応早っ! というか直リンOKとか心広し!!
ということでこれがチュアブルチャンネルです。是非ともご購入の参考までに。(ええ、歴代作品全部を買わせようという魂胆丸出しですが、それが何か?)
by zattoukoneko | 2010-07-18 16:07 | ゲーム | Comments(1)

絶対音感のつくりかた

タイトルは「絶対音感のつくりかた」なんてことになってますが、今回はもっと幅広くいこうかと。「虫歯にならない体質のつくりかた」とか。

ただ前回出した記事である効率的な痩せ方 と同様、身につけられるのは期間限定となります。しかも幼少期です。なので……これを読める年齢の人たちはもう無理です(涙) なのでやるとしたら自分の子供たちに対してですかねー?(ただし私なりの反対意見もあります。最後に書きますからそれも是非見て一緒に考えてもらいたいところです)


さてタイトルとは違いますが説明の簡単(というか流れのいい)虫歯の話から。
実は虫歯菌(と言ったほうが伝わりやすいですよね)は人間の口の中には生まれたときには存在してません。これは外から入ってくるものです。
ここから少し細菌学の話を。
そもそも体内などの特定の環境の中では様々な細菌が集まっています。悪玉菌なんてよく聞きますが、こいつらも普通に体の中にいます。むしろ全部なくすのはよくないのですね。細菌たちはお互いにバランスを保ちながらそこの環境をつくりあげています。これを細菌叢といいます。腸内フローラなんてのは結構聞くんじゃないかと。日本語にすれば腸内細菌叢となります。
まあこの辺の細菌の話は専門書とか読むと難しいのですよねー。……私としては日本の学者の文章力のなさのせいだと思います(洋書のほうがはるかにわかりやすいですから)。まあ日本には実は名著あり! しかも漫画!!(学者よ、負けててどうする?) まあすでに有名ですが、読んだことのない人は読むべし。もやしもん(2) (イブニングKC (126))(あ、巻数どれだか忘れてしまったので外れてたらごめんなさい……)

さてこの細菌叢ですが、これは先に述べたように生まれたときには胎内にいるときに入ってきた細菌によって主につくられています。このときには虫歯菌というのは赤ん坊の口の中にはいません。
虫歯菌が入ってくるのは生まれてきてからです。これは飛沫によって口の中に入ってきますが、それなりの数が入ってこないとならないので(他の菌にやられるくらい弱いので)空気中に漂っている菌では口の中では十分に数が確保できません。ではどうやって入ってくるかというと――
   親からのキス
などです。他には食べ物を与えるときに熱を冷まそうとして息を吹きかけるかと思いますが、このときに唾液が飛ぶことがあるのですよね。ここから虫歯菌が入ります。

人体内の細菌叢は大体生後一年くらいで決まります。ようは一歳ちょっとくらいで虫歯になる体質かどうかが決まるというわけですね。
ですので自分の子供を虫歯で苦しませたくないという方はいくら可愛いからといってキスなんてしないようにしましょう。



さて次に絶対音感の話。――というか脳の神経の話です。
実は幼少期には非常に多くの神経が脳の中にあります。ですがこれはそのまま持っていると人間の生活に支障をきたすほどのものだったりします。そのため「使わないと判断された脳神経はアポトーシスを起こして消えてしまいます。
よく日本人は英語がしゃべれないと言われます。TOEICなどでもリスニングがありますが、日本はずっと下のレベルをさまよってますね。これは日本には母音が「あ・い・う・え・お」しかないからですね。英語なんかはもっと多いので、その分神経が残るというわけです。
では絶対音感とは何か? ようは聴覚に関係する神経が非常に多く残っているということです。となればすることは簡単で、小さい頃から子供にピアノなりなんなりをやらせておけばいいというわけです。
この神経が取捨選択されるのは大体五歳くらいまでとされています。ここまでは聴覚に限らず、記憶をつかさどる神経なども取捨選択されますから、うまく教育すればとんでもない天才に育つ可能性があるということです。



と、こんな感じで幼少期の話をしてきて、これは現在推し進められようとしています。また私自身もそんな感じでここまで書いてきましたね。
じゃあ……ここから反対意見を述べさせてもらいましょうか。受け売りなんかやつまらないのでね。

小さな子供に教育を施せば上記のように多才な人間に育つ可能性が出てきます。ですがそこに子供の意思はあるのでしょうか?
五歳くらいにならばかなりの自我が形成されていますが、二、三歳の子供はどうでしょうかね? これって極端な言い方をすれば虐待です。またその子の人生を親が決め付けようとする大きな圧力が働いていることも紛れもない事実です。家業や自分のやっている、またはやりたかったスポーツや趣味を親は子供に押し付けがちです。これは、親にとってはそれがいいと思ってやっていることでしょう。ですが自分の子供だって『他人』ですよ? その子は親とは違った時代・環境の中で生きていきます。当然考え方は異なった別人になるに決まっているのです。にも係わらず、幼少期からその子の人生を親が左右していいものでしょうか?
もちろんまったく教育をしないのも問題でしょう。ある程度は導いてやらねばなりません。悪いことをすれば叱らなければならない。社会の道から外れそうになったらそれを直そうとしなければならない。それは親の義務といえるでしょう。だから“ある程度”ならそういうことだって必要なはずです。そこまでは私も否定するつもりはない。
ですが「絶対音感」のようなものはその後の人生を大きく決め付けます。これ、社会的にいいものだとされているからそうは言われないですけど、『障害』と同じです。
これを大袈裟と言うなかれ。絶対音感の持ち主で苦しんでいる人って実は結構いるのですよ? 私は絶対音感を持ってないので想像するしかないのですが、話を聞いた限りだと耳に入ってくる音のすべてがドレミファソラシドなどの音符に即変換されるそうですね。つまり絶対音感の持ち主は生活している中で常にすべての音を分類していっているということです。この情報量に耐えられますか?
また記憶力の非常に高い人もそれに苦しみます。一番有名なのはロシア(だったかな?)でいた、「すべてのものを忘れることができない」という人ですね。大学の教授に発見されて、しばらくの間研究に協力していました。授業などで学生に適当な数字を羅列させると、それを暗唱できるのですよね。しかも数年経ってもそれを忘れません。
この研究は人間の記憶のメカニズムにある程度の貢献をしました(そのうちこの人の持っていた記憶術でも紹介しましょうかね)。ですが最終的に教授も被験者もその実験をつらいものだと考えてやめています。
まだこの人って生きてたかな? その後はそういう記憶力を使わないような(でも一生離れることはありません)のんびりとした人生を送っていると聞いていますが。



総括しましょう。
虫歯になるのはイヤーーー!!(ぇw
まあ、親は子供に良かれと思って早期教育をするのでしょう。そしてそれを全面否定することはしません。でもそのすべてがいいことなのかどうかはきちんと考えなければならないと思います。社会的にいい能力だと言われているからといって、それを身につけさせることには私は疑問を提示します。他人と違うことはルサンチマンを生みます。ルサンチマンの克服について
まあ、虫歯になるのはイヤなので(繰り返してみる)、そういうところは残したほうがいいのかもしれない。でももっと社会は慎重になるべきだと私は考えています。
by zattoukoneko | 2010-07-17 06:46 | 生物・医療 | Comments(1)

効率的な痩せ方

今回は効率的に痩せる方法についてです。あとはその他あれこれ。まあ、これは穴埋め記事に近いので気楽に読めるかと。(まあ、いくら後に繋げようかとは思ってますが)



まずは痩せるにあたって、脂肪細胞についての知識から。
脂肪細胞というのは名前からある程度想像できると思いますが、脂肪を蓄積する細胞のことです。別に体の中に脂肪が直接溜まっていくわけではありません。
この脂肪細胞というのは他の細胞と違って増える時期が限定されています。その後はずっと固定です。
増えるのは幼少期に二度。生まれてから1歳ほどまでと、5歳のあたりまでの二度です(ここはあえて曖昧にしておきます)。それと一番期間が長く、重要なのは成長期の頃。10歳頃から17歳の半ばまでです。
この時期に栄養を取りすぎると(見た目的にも太るのですが)、脂肪細胞が増殖することとなります。この数が多ければ多いほどその後太りやすくなるというわけです。
――と、ここで疑問に思う方もいるかもしれません。脂肪の細胞が増えないのに、成人してからも太るじゃないか、と。
確かに細胞の数は増えません。しかし「その中に入る脂肪の量が増えて膨らむ」のです。大体40倍まで膨らむとされています。(ただしリバウンドを繰り返すとこの限界値が増えるとされてます。下手にダイエットをして、すぐに気を緩めないように!)
さてこれが「脂肪細胞全体」の概説ですが、脂肪細胞には大きく分けて二種類あります。白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞というものです。

まず白色脂肪細胞は、みなさんのイメージする脂肪のこと。こいつが増えると太りやすい体質となります。
一方の褐色脂肪細胞というのは熱を発散させる作用があります。これは脂肪細胞ではあるわけですが、どんどん体内に溜まった熱を外に出してくれるので、数が多いと太りにくい体質になるわけです。
となれば、いかに白色脂肪細胞を増やさず褐色脂肪細胞を増やすかが太らない体質をつくるためには大事になります。ということでここからは褐色脂肪細胞の増やし方。

まず褐色脂肪細胞というのは背中の首元から肩甲骨の辺りに大きく分布しています。次に多いのがお腹の上部ですね。みぞおちのちょっと下辺りと思ってくれればいいかと思います。
で、ここの活動を促進してあげればいいのです。つまりはどんどん熱を出させると。
一番効果的なのは水泳ですね(あとでこれはもう一度触れます)。運動して体温はもちろん上昇しますし、一方で周りには水があるのでどんどん熱を奪ってくれます。またサウナがあるところほどベター。サウナで体を温めてからプールの中に入ればより効果的に熱を褐色脂肪細胞から奪ってくれます。(ただし急に飛び込むのは心臓への負担が大きいのでダメ!)
ただ水泳のできるところってなかなかないですよねえ。スポーツクラブなんて「ぼったくりだろ!」というくらいに値段がしますし。ということでもっと簡単な方法をば。
ようは体を温めて、その熱を褐色脂肪細胞から出させればいいわけです。なので「お風呂とシャワー」を使えばそれでOKです。

以下、具体的なやり方。
湯船に熱めのお湯をはっておきましょう。ちょっと入るのに躊躇うくらいでいいでしょう。そこに首まで使って、熱さを感じなくなるまで我慢します。時間的には30分くらいあれば十分かな? ここは個人個人で環境への適応力が違うので、早い人は10分とかで慣れるかと。
次にシャワーでぬるま湯(かなり冷たいと感じる程度)をうなじの辺りからかけていきましょう。ぬるま湯にしておくのはプールでの話と同じ。心臓への負担が大きくなるのを避けるためです。このぬるま湯に慣れてきたら温度を徐々に下げていきましょう。これも10~30分くらいですかね。あんまりやりすぎると体が冷えすぎるので注意してください。
これを大体一日に4セットくらいやります。すべてで30分かかるとかなりの時間になってしまいますが、まあ2時間程度で終わると思いますよ? 女性の平均入浴時間を考えればこれはそんなに長くないかと。
と、こんなふうなことを成長期の頃にしておけば太らない体になるわけです。あるいは運動不足とかが重なってもすぐに元の体重に戻せますね。
ちなみに私の体重ですけど45キロです。いくら食べてもまったく太らないですねえ。(なんかIBMでみると痩せすぎだから、一日に2300キロカロリー摂れとか出るんですけど……あー、その数倍食べても変わらない場合どうしろと?)


お? もしかしてこの記事を読んでる人の中には「成長期過ぎてるんだけど?!」と思っている方もいるかもしれませんね。
確かに褐色脂肪細胞を増やせる時期は限定されています。ですが大人になってもここから熱が発散されることには変わりません。ですのでまったく同じことをやれば効率的に痩せられます。さすがに体質は変わりませんが(時々活性化されるなんて情報を見ますが、正式な論文での発表は私は見たことないかな)、簡単に体の熱を上げられてそれを外に逃がすことができるので痩せるのには効率的なのです。



さて、効率的なダイエット方法を教えたところで、巷に流れている誤情報をびしばし切り刻んでやりましょう(笑)
まず、「一ヶ月で5キロ減!」とかよく聞くわけですが――そもそも普通に運動してれば一週間で5キロ減るのが当たり前です。そしてそこから体内のホメオスタシスなどの作用により停滞します。これがちょうど一ヶ月間続きます。なのでこの売り文句は当たり前すぎるというw だからどこもかしこも「5キロ」と言ってるわけです。そこが限界ですから。(なお次の月からはゆっくりと落ちていくようになるはずです。体がうまく痩せる方向に調整されていればそうなるかと)
あとダイエットにはウォーキングやマラソンがいいなんて聞きます。まあ確かに私の紹介した方法だけでは筋肉がつきません。また呼吸商(吸った酸素と排出した二酸化炭素の比です)で考えると、炭水化物が1.0で、タンパク質が0.8、脂質が0.7となっています。この数字が大きい方から消費されやすいのでタンパク質からできてる筋肉が脂肪より先に削られてしまうわけです。なので運動もしなければ体が弱くなりますし、またバランス調整能力も崩れるのではないかとされています。なので適度な運動は必要なのは間違いないです。ただ実際にこれで痩せられるかどうかと問われると、「無理だねぇ」と返すしかないかと。
どうしてそういう答えになるかというと、消費するカロリーを考えればいいわけです。ウォーキングの場合たった1キロ落とすためだけに50時間とか必要です。マラソンだと20時間とかだったかな? これで痩せたかったらやり続けろということです(だって食べたら戻っちゃうじゃないですか)。最近ではこれによって新陳代謝があがるともされており、確かに体調の調整なんかも考慮するとその効果はあるかもしれません。(新陳代謝だけに限ったら怪しい感じですね)
けれど痩せることを目的の中心に据えるなら、むしろ熱量をどんどん出してくれる褐色脂肪細胞を上手に使った方がいいわけですね。また仕事の関係などで急ぎで痩せたい方もいるでしょうからそういう人にはお薦めしておきます。(ただしこれ使っても限度がありますし、リバウンドの話を忘れないように!)
あるいはやはり水泳でしょうね。こちらは体も動かしますし、水で熱をとっていってくれますから。なお水泳で1キロ痩せるのに必要な時間は30分で、あらゆるスポーツの中で一番早いです。


まあ、残る問題は「どこの脂肪を落とすか」ですかね。これに関してはもっとずっと長く記事を書かないといけないので掲載予定はなし。というか、私は武道をやってたからか自分でどこをどう動かせばどの筋肉が使われるかとかを知っているのですよね。これは経験的に覚えてきたので明文化するのが難しいですね。筋肉の配置と働きを全部覚えろっていうのは……さすがに無理でしょうし。

さてダイエット関連の話題はこんなところでしょうか?
で最後にですが――最初で脂肪細胞の増える時期で「1歳くらい」と「5歳くらいまで」と曖昧にわざとしておいたわけですが、実はこの辺りにその後の人生に係わるようなことが密集しているのです。キーワードだけ入れておくと、絶対音感とか虫歯とか。
まあこの記事はまた今度。とりあえず、これから暑い季節ですし、学生は夏休みだから実践しやすいかと思ってこの記事にしてみました。冬じゃあ……寒くてやる気になれないのでw
by zattoukoneko | 2010-07-14 04:35 | 生物・医療 | Comments(1)

第17回電撃大賞一次通過

第17回電撃大賞に応募していた作品が無事に一次選考を通過していたようです。
まあ……たかが一次選考という気がしますし(だって、ここから作家になれるのはさらに絞られるわけでしょう?)、他にもいくつか応募してましたが通過したのが一番出来が悪い(というか人気がない)ものなのでちょっと複雑な気分。
それにこれで自慢してもねえ……。世に出ないことには恥ずかしい思いをするだけだし、こういうところで自慢する人ほどその先の選考で落ちるというジンクスもあるみたいですし。


ま、でも報告しようと思ったのは自分の話ではむしろない。ので記事を書いてみた!

私も今回一次通過をしていますが、先日まで意見交換をしていた山本辰則様も同じく一次選考を通過しているのを確認しました!
これから先、私たち二人の道は長いので(それは今回の選考だけに限らず)、頑張って精進させてもらおうかと。
どこかで「雑踏子猫」と「山本辰則」の本を見かけることが出てきましたら、何卒よろしくお願いいたします。
by zattoukoneko | 2010-07-10 17:13 | 告知 | Comments(7)