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更新が延び延びです。

途中まで次にupする内容も書いたんですが、
なかなか終わらず、結局10月中にも間に合いそうもありません……。
そんなわけでお茶を濁す感じで掌編を一つ晒してみます。
確かまだPNが雑踏子猫と決まる前だったと思います。
第5回の電撃掌編王に応募した作品で、
テーマは8月31日、
キーワードとして「日焼け」「トライアングル」を入れること、
そして2,000字以内が決まりだったと思います。
私としてはまあまあな出来だと思うのですが、どうでしょう?
追記:……upしたものを確認して気づいたんですが、
    これって起承転結じゃなくて、序・破の序・破の破・破の急・急
    の五段構成ですねえ。
    まだ起承転結もまともに扱えなかった頃なのに(今でも?)、
    なかなかチャレンジャーですねえ……。

 ***

『伝えられない言葉』

 俺、啓介(けいすけ)と孝太(こうた)の出会いは小学一年の七月。他人の家(よそんち)の生け垣を潜るあいつの姿を見かけて、その後に続いのがきっかけだった。俺が木々を抜けた頃には孝太はすでに庭をめちゃくちゃにしていた。一瞬呆気に取られたものの、楽しそうにしているその姿につられて俺も暴れ出す。当然俺たちはすぐに家の人に見つかって怒られた。でも顔を下に向け、肩を震わせていたのは泣いてたからじゃない。泥で汚れた孝太の顔が滑稽で、笑いを堪えるのに必死だったからだ。
 以来すっかり意気投合した俺たちは毎日一緒に遊んだ。朝から夕方、日が暮れてからも長い時間遊び倒した。孝太や俺の親が心配して迎えに来たのは一度や二度じゃない。悪さばかりしていた俺たちは、気がつけば近所でも有名な悪ガキコンビとなっていた。
 本当に毎日毎日一緒に遊んだ。俺たちは最強かつ最恐の悪ガキで、そして最高のコンビだった。だからその時が来るまで考えもしなかった。俺たちが離れ離れになってしまうなんてことは――。

 その日、夕飯を食べた後に日に焼けた皮膚を剥いていると、母がカルピスの入ったコップを目の前に差し出してきた。母は顔をしかめ、汚いわねぇ、とつぶやいてから、
「ところであんた、孝太君にちゃんとお別れ言った?」
 俺にはその意味がわからなかった。コップを口元で傾けながらなんのことかと問い返す。
「聞いてないの? 明日三十一日でしょ。孝太君の家は長い夏休みを取って帰省してたらしいのよ。でも明日には戻るって」
 そんなことは知らなかった。嘘だ、とコップをテーブルに乱暴に置きながら言った。入っていた氷が鳴る。
「啓介に言ってないってことは、別れのときに悲しませたくないって思ったのかもね」
 俺とは対照的にいつもと変わらぬ声音の母。別れを当然としているようなその口調に我慢がならなかった。椅子を蹴倒し二階にある自分の部屋へと向かう。お風呂に入れと母が言ってくるが、そんなことはどうでもいいことだった。

 自室の戸を閉め、暗闇の中でしばらく佇んでいると、胸のわだかまりが怒りとなって沸々と込み上がってきた。
 孝太がいなくなるだって? 何で俺に直接言ってくれないんだよ! 悲しむから? 冗談じゃない。俺たちの友情はそんなものだってことかよ!
 感情に任せて積み上げられていた荷物を蹴飛ばす。派手な音で散らばる本やランドセル。
 カァアン。
 その中に高い金属音が混じった。目をやると、薄暗い部屋の中で銀の光沢が浮かび上がっていた。――トライアングル。それが机の脚にぶつかったらしかった。その澄んでいて、でもどこか不安定な音色に心が急に冷めていく。
 ……涙がこぼれそうになった。ふと孝太がいなくなってしまうことを受け入れつつある自分に気付く。
 ベッドに倒れこみ枕に顔を押し付ける。涙を出したくなくて、胸のもやもやを消させたくなくて。そんな抵抗を必死になって続けた。

「啓介。まだ寝てるの?」
 部屋の外から母の声が聞こえる。顔を上げると部屋が陽の光で明るくなっていた。いつの間にか朝を迎えていたらしい。
 あれだけわだかまっていた気持ちがさらりとしたものに変じてしまっていることに気付く。それがたまらなく嫌で、顔を再び枕にうずめる。昨夜の気持ちはそこに染み込んでしまったのだろうか。取り戻そうと足掻く。
「なに、まだふてくされてんの」
 外から嘆息のもれる音が聞こえる。間を置いてから静かに母が告げた。
「あんた、もしかしたら来年の夏休みになればまた孝太君と会えると思ってるのかもしれないけどね。今年は孝太君の家のおじいさんが病気だったから一家揃って帰ってきてたのよ。おじいさんは結局亡くなられて……。だからもう来ないかもしれないよ」
 胸が痛いほど締め付けられた。昨日の気持ちを取り戻したからではない。重い現実は俺の幼稚な我が侭をあっさりと砕いていた。
「寝てるくらいなら最後に一目会ってきなさい」
 その通りだと思った。涙は出ていなかったが、それでも枕で顔を強く拭う。それから急いで部屋を飛び出した。

 ようやく孝太の家が見える所まで来た時、あいつはまさに車に乗せられようとしていた。走ってきたせいで痛む肺を無視して叫ぶ。
「孝太!」
 喉から出た音はかすれ、まともな声になっていなかった。聞こえない――絶望が心を満たす。
 しかし孝太はこちらを振り向いてくれた。すぐにこちらに駆け寄ってくる。目の前に来たその小さな体を俺は抱き上げた。孝太は嬉しそうに日焼けしたような色の尻尾を振っていた
「また遊びに来いよ」
 この子犬は俺たちの別れを理解しているのだろうか。言葉も伝わらないかもしれない。だから叶わぬ願いなのかもしれない。それでも告げずにいられなかった。
 やがて孝太は俺の前から去っていった。目からもう止めきれなくなった涙が溢れて落ち始める。
 八月三十一日。俺たちの夏休みが終わった。

                                                      終
by zattoukoneko | 2008-10-11 03:08 | 雑記 | Comments(0)