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キリンの首は、伸ばそうと思ったから長くなったのかもしれない?!

「キリンの首が長くなったのは、彼らが伸ばしたいと思ったからかもしれない」――そんなことを言うと、数年前までは周りから馬鹿にされたものです。小中高の間に、進化論にちょっとでも触れていれば、そのような説は空想甚だしいとわかるからです。
しかし、近年になって、科学者もやや本気にこの可能性を信じるようになってきました。今回はその話題を取り上げてみたいと思います。

まずは進化論の基礎から復習しておきましょう。高校までに習っているとはいえ、進化論は誤解を招きやすいものですからね。
現在の主流となっている進化論では、「親が経験したことは、子には引き継がれない」と考えられています。例えば、低身長な家庭に生まれた方がそのことに悩み、背を伸ばしたいとバレーやバスケに励んだ結果、本当に高身長になったとします。けれど、その身長の伸びは子供には遺伝しません。
このことは次のことを考えれば自明とわかります。事故等によって後天的に足を失ってしまった方が子供を産んだ場合、その子に足がないなんてことはあり得ません。あるいはくせっ毛がイヤでストレートパーマをかけていたからといって、自分の子供がまっすぐサラサラの髪の毛で生まれてくることはありません。
上記の3例は、どれも後天的に身体に変化が生じたものです。つまり、体細胞(の構成)が変わっただけのもの(「獲得形質」と呼んでいます)です。
しかし、遺伝に関わるのは生殖細胞です。いずれ精子や卵になる精原細胞卵原細胞は、その他の肉体を構築し頻繁に入れ替わる体細胞とは、発生の初期段階で分かれて保管されています。細胞の複製を何度も繰り返していると遺伝子情報(≒DNA)が破損してしまう危険性も高まるので、それを避けるように大事にされているからと考えられます。これは当然ことでもあって、遺伝情報がそうコロコロかわってしまうと、親と子供でまったく別の生き物になってしまいかねません。脈々と生物種が生き残り続けるためには、必要不可欠とすら言ってよいものでしょう。
ただそれは、「生物は遺伝子の乗り物」に過ぎない、という(我々人間からすると)ちょっと悲しい結論でもありました。私たちが生きている間にどれだけ頑張って学び、自身を成長させようと、子供に受け継がれるのは自分の親の形だけなのです。「趣味で意気投合した相手と恋に落ちた」「夢に向かって努力している姿が格好良かった」みたいな人間物語は生殖の面からみるとどうでもいいことで、子供を産むということはお互いの親の遺伝子を組み合わせることであるとされていました。

以上のような「常識」を、2014年、ひっくり返すかもしれない論文がNature Neuroscience誌に発表されました。親マウスの獲得形質が、子孫にも引き継がれたように見えるという報告です。
(Nature公式HPより原論文:Brian G Dias, et al. Parental olfactory experience influences behavior and neural structure in subsequent generations. Nature Neuroscience 17, 2014, pp. 89-96.
実験内容は次の通りです。父マウスに電気刺激を与えながら特定の匂いを嗅がせていたところ、その匂いを嗅ぐだけですくみ反応をするようになった(条件反射の獲得とも考えられます)。その父マウスから生まれた子マウス、孫マウスにもその匂いを嗅がせてみせたところ、それまで同時に電気刺激を与えるようなことをしていなかったのにも関わらず、すくみ反応が観察された(親の獲得形質の遺伝)。
この報告は、これまでの「常識」であった獲得形質は遺伝しないという説への反証とみなすことができます。

ただし、なぜ父マウスの恐怖体験が子孫にまで遺伝したのか、その仕組みまでは現時点ではわかっていません。
ここからは想像になりますが、父マウスの恐怖体験が体内ホルモンなどに影響し、それが生殖細胞の遺伝子(この場合、DNAとは限らないかもしれません)を変異させ、子孫マウスにも父マウスと同様の神経変質を生じさせたのではとも考察できます。
あるいは、これは別の研究(糖尿病を発症させたマウスの子供は重度の肥満になりやすい)で示唆されていることなのですが、親世代の経験が生殖細胞内にあった休眠状態にあったDNAをアクティブ化させた可能性も考えられます(この場合には、その遺伝情報はすでに持っていたものなので、厳密には獲得形質とは言えないかもしれません)。

獲得形質が遺伝するとなれば、冒頭の「キリンは伸ばそうと思って首を長くしたのかも」という言説も多少の真実味を帯びてきます。つまり、意思によってある程度は進化の方向性が決定されてきたのかもしれない、ということです。人間がその人生で学び成長した結果も、ある程度ならば子供に受け継がれるかもしれません。
ただし念のため注意書きしておくと、「ある程度」というのが大事となるでしょう。キリンの首と同じように語られることのある「ブタがいくら空を飛びたいと鳥に憧れを抱いても、背中にその翼は生えてこない」という言説までは、おそらくひっくり返らないからです。キリンは元から持っている首を伸ばしているのに対し、ブタはまったく持っていない器官を獲得しようとしているからです。そのような進化は起こらない、という常識までは、今回の報告では覆せません。ブタはどうしても空が飛びたいのなら、鳥の翼とはまったく異なる器官を獲得することになるでしょう(あるいは、飛行機を操縦できるような知能を得るのでもいいですが)。
同様に、どれだけ勉強して頭がよくなったとしても、子供に受け継がれる可能性のあるのは発達した脳の構造だけであり、知識までは当然のように引き継がれないはずです。伝説級の野球選手から子供が生まれても、親が培った立派な筋肉構成くらいは遺伝するかもしれませんが、センスまでは伝わらないのと同じことです。

さて今回ご紹介した話は、2016年8月4日に子供電話相談室でも取り上げられ、話題になっていました。子供からの質問内容は「どうして高所恐怖症は起こるのか?」というもので、これに対して先生は今回の研究成果を挙げ、お父さんの恐怖体験が遺伝しているのかもしれないと回答されていました。
しかしこの回答はまずいなあと、個人的には感じました。ここまでで述べていた内容に、手のひら返すようで申し訳ないですが。
今回紹介した論文で述べられているのは、あくまでマウスのごく限られた恐怖体験についてのみ、です。それが極めて特殊な事例であった、という可能性もまだまだあるということです。
高いところが苦手、という感覚は、先祖が経験した恐怖体験が遺伝しているものなのかもしれませんが、そうでないのかもしれません。これを実験的に確かめることは容易ではなく、あくまで想像話にとどめておくべきと思います。
少なくとも、大学受験までの生徒さんに話す際には慎重にならないとなあ、と思ってます。ほとんどの大学ではここに紹介したようなことを書くとバツにされること、書くことによって評価されそうな大学の場合でも論述はしっかり記載すること、なども並行して教えていかないとですね。


by zattoukoneko | 2018-07-22 18:10 | 生物・医療 | Comments(0)

職歴が論文に書かれているところは信用するな:出版倫理の話

前回の記事「日本語論文は廃れるかもしれない現代版:システム面から考える」の続き、出版倫理ver:医学分野を例にして、とも言えるかもしれない。

さて、医学論文において、患者の個人情報を適切に保護することは医療者に課せられた義務と考えられています。このときの「個人情報」とは、個人情報保護法で想定されているものよりもずっと広範な範囲の情報を指し、入院日や職歴、生活習慣なども含んでいます。
この基となる規範については、例えば、「患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言」(リンク先日本医師会ホームページ内)があり、「守秘義務に対する権利」の項目の中で「患者の健康状態、症状、診断、予後および治療について個人を特定しうるあらゆる情報、ならびにその他個人のすべての情報は、患者の死後も秘密が守られなければならない」「情報は、患者が明らかに同意を与えていない場合は、厳密に「知る必要性」 に基づいてのみ、他の医療提供者に開示することができる」のように書かれています。また日本国内では、上記を反映した日本医師会『医師の職業倫理指針』の中に「守秘(秘密保持)義務」の項目がありますし、医師らの自発的な倫理感に限らず、法律上でも刑法134条において「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」と記載されています。
また、昨今では世間一般でもプライバシーに対する意識の高まりから、学会や病院からより具体的に規則が発表されていることもあります。日本病理学会「症例報告における患者保護に関する指針」 では「患者の人種、国籍、出身地、現住所、職業歴、既往歴、家族歴、宗教歴、生活習慣・嗜好は、報告対象疾患との関連性が薄い場合は記述しない」と明記されています。
このルールの覚え方として、私は大学時代に「病院のデータベースで検索をかけて、患者が特定できたらダメ」と教わりました。なるほど、ハリソン・フォード主演『逃亡者』をイメージすればいいわけですね。映画内で彼は、忍び込んだ病院内でPCを使い、自分の知っている特徴から真犯人の所在を探り当てていました。ここに発表した論文がそのような使われ方をされるようなことはあってはならない、というわけです。

もちろんのことながら、先に紹介した病理学会の指針にもあるように、論文執筆者が気をつけるべきは患者の職歴だけではありません。家族歴や生活歴についても、疾患と関連性がない場合には、論文内に記載すべきではありません。
ではなぜ、私は職歴ばかりを強調したのか? そして、職歴を記載してしまうような出版社や学会は信用するな、とタイトルに書いたのか?
その理由は、家族歴や生活歴に比べ、職歴は素人(つまり、出版社にいる編集スタッフ)でも簡単に見分けがつくからです。
病理学会の指針は、逆に言えば「疾患に関係しているのなら、職歴も生活歴も書いてOK」ということになるわけですが、素人にはこの判断ができないわけです。例えば、非結核性抗酸菌症に関する報告で「患者は茨城県南部に在住。井戸水を生活用水として常用していた」と書かれていたとき、どこまで出版物として公表していいのかわかりません(ちなみに答えですが、非結核性抗酸菌症は原因菌の分布に地域的な偏りがあって茨城県南地区では Mycobacterium intracellulareの感染が多く、また水の中に常在していますので、報告内容によってはすべてOKと判断されるのではと思います)。
これに対し、職歴の方であれば簡単です。胃がんに関する報告で「職業:専業主婦」と記載することはまったく必要ありません。もし著者がうっかり論文内に書いていたら、出版前に編集スタッフから削除してもよいかどうか質問がなされるはずです(記者向けのハンドブックなどを見ると、一応ここでは「質問」とすべきで、勝手な削除はしないように心がけられているようです)。
このことから、編集スタッフの中に出版倫理をちょっとでも意識している者がいれば、職歴くらいであれば無秩序に出版されてしまうというような事態は避けられることになります。対偶を取れば、「職歴がどの論文にも載っているような雑誌があったら、そこの編集スタッフは出版倫理に注意を払っていない」ということになるわけです。

ここで詳細を述べることは避けることにしますが、実際、学会でも出版倫理をまったく守っていないところがあるようです(などと書いているうちにも、新しく「患者のCT画像に撮影日がそのまま載っている」という学会誌を見つけてしまいました。マジか、これ職歴よりマズいと思うんだけど……)。
学術論文の電子化が進み、中には編集スタッフによるチェックがおざなりになっている出版社・学会が(特に海外で)増えているようですので、以前にも増して、著者は論文投稿前に念入りにチェックしておく必要が出てきました。すでに、職歴どころか患者の氏名まで論文に掲載されてしまった事例が生じています(杏林大学ホームページ「お詫び:患者さんの個人情報の漏洩について」)。
とはいえ、著者にとって論文執筆は大変な労力のかかる仕事であり、簡単なミスを起こすこともあるでしょう。出版社や学会はそれは当然起こることと想定し、しっかりとした編集スタッフを抱えておくべきです。あるいは著者は、きちんと編集作業をしてくれる学術雑誌を見抜き、信頼できるところに投稿すべきです。知名度、インパクトファクター、掲載期間、アクセプト率、といったものばかりが注目されがちですが、そう遠くない将来に「編集の質」が投稿先選びの重要項目に加えられるのではと推測しています(学会によっては、すでに雑誌の質の回復を目指し始めたところもあると聞いています)。

さて、ここまでは出版社や学会側、編集スタッフの能力不足として述べてきました。しかし最近、そもそもこのような状況を招いたのは、著者の側にも問題があったのではと感じるようになっています。つまり、「なんで職歴を書いちゃいけないのかわからないんだけど?」という医師が非常に多いのです。
そうした方々の言い分として多いのが、「だって疾患を見極めるには念入りな問診が必要。他の可能性も除外するためにも、職歴が知っておかないとならない」というものです。この主張はとても正しいものです。念のためここで書いておきたいのですが、ここの記事を読んで患者となられた方は、『個人情報が漏らされるかも……』と不安に思ったとしても、医師にはできるだけ詳細な情報を伝えるように心がけましょう。自分ではまったく体調不良に関係ないと思うようなことですら、医師にとっては重要な情報になることがあります。例えば、「韓流ブームのあった十数年前に韓国に旅行をしてカニ料理を食べた」(=旅行歴)という話から、疾患特定につながることもあるのです。
話を戻して。しかし、上の医師の主張は、「日々の診療」と「出版」を混同してしまっています。一度雑誌や本として出版されてしまうと、そこに記載された内容は医師だけでなく一般の人の目にも触れることになります。読者の中には、妻殺しの疑いをかけられた逃亡者がいるかもしれませんし、より凶悪なストーカー等の犯罪者もいるかもしれません。彼らが逮捕後に「論文を読んで、病院のデータベースで検索した」と供述すれば、世間の批判は論文著者にすら向くことでしょう。それが、出版というものです。
加えて、症例報告の論文というのは、著者が診療中にどう悩み判断したかを逐一報告するものでもありません。症例とそれへの考察が主なはずです。よしんば著者の苦労に関する報告だったとしても(時には「職歴をきちんと聞けていなくて判断が遅れた。みんなも気をつけよう」という論文も実際にあります)、関係のない記載は避ける努力をしなければなりません。まさに、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。必要十分な論文に仕上げることも著者の力量の一つというわけです。

この「必要十分な論文を書く」という意識が、特に医学論文においては低下しているように私には思えます。そしてそれが、職歴記載の問題に顕著にあらわれていると感じるのです。
この背景には、演繹的な理化学と違い、医学には帰納的に新知見を得るということも関係してはいるのでしょう。職歴(=環境)や家族歴(=遺伝)は関係ないと思われていた疾患が、後にそれらが重要と判明する可能性も捨てきれません。だからこそ、著者の見極めが重要とも言えるわけですが(場合によっては「遺伝の可能性はまだ否定されていないので、自分は書きたい!」というようなアピールも大事になるかもしれません)。
論文の質の低下は、編集スタッフの質の低下にもつながるものです。出版倫理を意識していた者であっても、投稿される論文のほとんどが倫理意識に欠けるものであれば、それに合わせざるを得なくなるでしょう。そうしないと掲載できる論文がなくなってしまいますし、あるいは編集委員会から「これが普通なんだから、出版倫理の方が時代遅れ」と言われることすらあるかもしれません。論文の質が下がり、雑誌の質が下がり、次に起こるのは学術の質の低下です。ことに日本の医学界は、もうここまで進行してしまっているのではと危惧します。

国際的な出版倫理について検討している機関としては、Committee on Publication Ethics(COPE)などがありますが、日本の学術雑誌に携わる編集者・編集スタッフで、ここに加盟、またはじっくりと目を通している方は少ないのではないかと思います。
あるいは、最近流行りのオープンアクセスでは、Directory of Open Access Journals(DOAJ)がその品質を評価しリスト化しているのですが、2016年に採択基準を厳格化したときに日本の雑誌は大幅に削除され、収載されているものは数えるほどしかありません。
このような状況が生まれてしまったのには、前回の記事にも関係することですが、言語の違いやシステム面での差も影響していることとは思います。しかしそれ以上に、「そこまでやらなくても論文は投稿されてくるし」という出版サイドの甘えが見え隠れします。
「国際誌に論文を発表するのは大変だから、採択されやすい国内の雑誌で。できれば日本語がいいな」という投稿者側の考えが、この時点では世界中に読まれるかどうかという違いだけだったはずなのに、出版倫理の低下という雑誌そのものの低下につながり、本当に日本の学術誌が国際誌に劣ってしまったという現状を生み出したのかもしれません。

国際誌と国内誌の役割は違うと考え直し、論文の質でも出版の質でも負けてはならないという意識を持つことが、今後大事になってくるのではと考えます。

by zattoukoneko | 2018-06-08 07:20 | 生物・医療 | Comments(5)

脳死臓器移植論議における「日本の死生観は東洋的」を主張する価値について

0)はじめに
脳死臓器移植の是非が論じられるとき、しばしば推進派も反対派も「日本人の死生観は東洋的なものであり、西洋のものとは異なっている」ということを主張してきました。このことが盛んに言われるようになったのは、推進派が「西洋の死生観は(日本とは異なり)デカルト的な二元論に基づいている」と言い始めたことがきっかけで、科学的な死生観の西洋に対し「日本は死生観も非科学的なままで、遅れている」という推進派と、「いや、それは遅れていることを意味しない。思想・宗教が異なっているだけだ」という反対派に分かれたものとなります。
今回の記事では、反対派がこのような主張をすることによって、法案成立までの論争においては、逆に自らを不利に追い込んだのではないか、という話をしたいと思います。そして本当は論争はどのような方向に向いていくべきだったのか、近年は注目したい動きもありますので、紹介したいと考えています。

1)日本人の死生観は東洋的?
そもそものこととして、「日本人の死生観は東洋的でしょ?」とか言われても、ほとんどの人にはピンとこないかと思います。お葬式は仏教の作法に従うとか、人の死は当人だけのものではなく周囲の人も巻き込む(誰かが死んだとき、すぐにその遺体をモノとして見ることなんてできない。悲しみを分かち合うための葬儀が必要であり、死んだらすぐに移植しようという法案には馴染めない)とか、『それもそうかなあ』と思う程度には反対派の意見ももっともらしくはあるものの、ぶっちゃけた感想として「そんなこと普段から考えてないよ」というのが大勢ではないでしょうか。喪服はタンスのどこにしまったかも覚えておらず、ご焼香の仕方も曖昧なのが現代人というものです。
この点だけをとっても、死生観に重きを置いて論じた脳死臓器移植反対派が負けたのは、当然の結果だったように感じます。
彼らの主張を聞くことは、死とどう向き合うかを考えるうえで示唆に富んでいますので、それはそれで非常に有意義なことではあるのですけども。

2)じゃあ西洋人の死生観はデカルト的なの?
しかし、反対派はこのような主張をしなければなりませんでした。なぜならば、推進派の「西洋の死生観は科学的」という意見が、あまりにもデタラメだったからです。
先の節で「現代日本人に東洋的死生観とか言ってもピンとこないよ」と言いましたが、これとまったく同様に、西洋人にデカルト的二元論とか言っても何のことやら伝わりません。それどころか、私たち日本人と死生観についてはさほど変わらないかのようですらあります。というのも、脳死臓器移植の技術ばかりが先行してしまい、死生観とのギャップに悩む方が近年になって顕在化しているようなのです。
例えば、推進派がデカルト的二元論と表現したのは、「人の意識は脳にあり、体はそこからの命令に従って動いているのみ」という考え方でした。この思想は一見正しいと感じる方もいるとは思うのですが、実際に遺体が臓器移植に提供されると、戻ってきた体に大きなショックを受ける方が多いようです。臓器移植においては死体はモノとされますので、臓器(内臓だけでなく骨なども含む)を摘出した後は、おざなりに人の形を再現することだけなされます。内臓の代わりの詰め物や、骨の代わりのパイプなどは、故人の面影をなくしてしまいます。そこに直面してようやく遺族は、故人の脳を愛していたわけではない、と気付くのだと思います。
このような問題が、西洋でも相次いで報告されるようになりました。脳死移植ではありませんが、病院側が検死のために遺体から勝手に臓器を摘出していたことが発覚し、遺族が臓器を取り戻して葬儀をやり直したイギリスの事件をBBCが2001年1月29日付で報道しています。これは西洋人のすべてが脳だけに人の生き死にを見ているわけではなく、全身に見ることもあるのだとわかる一例かと思います。
そもそもの話として、デカルト(1596~1650)の思想に基づいた死生観を21世紀の人々が共有しているだなんて、さすがに無理すぎる主張でしょう。日本人の死生観がとっくの昔に東洋的ではないのと同様に、西洋人のそれも西洋的ではないのです。
このことは、死生観の歴史を調べれば、よりはっきりとわかります。死の概念というのがそもそも社会情勢によって変動するものです。今では死として確実と思われている心臓死ですら、定義されたのは19世紀と歴史が古いとは言えません。「早すぎた埋葬」のような事件が起こり、社会的な不安から医学界が死の基準を考え出したものでした。デカルトはこれよりずっと昔の人物なのですから、現代の死生観とは乖離が生じているのが当たり前とも思えます。
まとめますと、推進派の主張した「西洋と日本の死生観の違い」は根拠に乏しく、また間違っているのではないかとすぐに想像できるくらい稚拙な議論でした。反対派の人たちは、そのようないい加減な学説によって、死の扱いに関わる大事な法案が通ることに我慢ならなかったわけです。ですので、この穴にくらいつき、推進派の問題点を長きにわたって追及し続けているということになります。はじめは「推進派の言うデカルト的な考え方なんて日本人に馴染まない」と反対することによって、そして研究が進んでからは「いや、そもそも西洋人だってデカルトのときからは全然違ってるじゃないか」と間違いを指摘することによって。

3)間違った学説は、推進派の罠だった
では、推進派の人たちは、自分たちの主張が間違っていることになぜ気付けなかったのでしょう? 先にも述べましたが、問題点を見つけるのは非常に簡単なはずです。
ここは正しくは「推進派は気付けてない」のではなく、「推進派はわかっていながら、あえて間違った主張をでっちあげた」と考えるのがよいようです。すなわち、彼らは大きな釣り針を投げていたわけです。
脳死移植推進派にとって、重要なのはその主張の正しさではありませんでした。大事なのは日本でも移植が盛んになされることであり、それによって外科医は日本にいながらも業績を積めるようになり、患者もその恩恵を受けることができるようになることだったわけです。これらの医学にかかわる諸問題に比べれば、是非論争における微細な間違いなど取るに足らないものでした。それどころか、東西の死生観がどうなっているか、という問題に食いついてくれれば、その研究・論争は何年にも及ぶものとなり、次第に反対派の焦点は法案の検討からは外れていってくれます。この目論見通り、反対派はこの論争に明け暮れ、世間の死生観ともギャップを生じてしまい、論争に敗北することとなるのです。

4)では反対派の議論はどう向かうべきだったのか
そもそも脳死臓器移植が大きな問題として取り上げられることになった背景には、医療技術の進歩があります。かつては脳死となれば間もなくして心臓死となり、やがて体の腐敗も始まっていたものが、医療機械につなげれば脳が死んでいても体を生かしておくことができるようになりました。寿命が延び、数多くの病気に立ち向かえるようになった一方で、苦しい闘病生活をしてまで長生きしたくはないと、安楽死・尊厳死の考え方も普及してきました。そして同時に、臓器移植の技術も進歩してきました。こうした中から、「どうせならば他人のために残った体を使ってほしい」と臓器移植に価値を見いだす人が増えてきたのだと考えられます。これはつまり、心臓死の議論が生じた19世紀よりもさらに社会情勢が変化し、新しい死生観が形成されつつあることを意味しています。
であるならば、日本であるにせよ西洋であるにせよ、「新しい死生観をつくるにはどうするか、最新の医療技術を利用する患者とどう向き合うか」ということを検討すべきだったのだろうと、私は感じています。
つまり、デカルトでも仏教でもない、新しい学術的な方法論を用いて死生観を捉え直す時期だったのだと思うのです。
「日本人・西洋人の死生観が東洋的・デカルト的である/ではない」に関する検討は、いわば昔の価値観を調べることだったと言えるのではないでしょうか。これに費やした研究は、まったく無駄だったとは言いませんが、すでに成熟したものとなっています。そして、推進派に反論し、移植法案に反対するという点においては、クリティカルな批判とはなっていなかったと、次のステップに移ってよい頃と考えます。

5)新しい試み:現象学と死生観
実はここ最近、医学書院などがこのような考え方に基づいて(いるのかどうか、出版社の意図がどこまで定まっているか、編集者に聞いてないのでわかりませんが)、新しい試みを始めているように思います。それは、看護学と現象学を結びつけ、死生観を捉え直そうという試みです。松葉祥一,西村ユミ.『現象学的看護研究:理論と分析の実際』とか。
現象学に関して、馴染みのない方もいらっしゃるかと思うので、簡単な説明を。
たとえば「チューリップが赤い」と言ったとき、その「赤い」とはどのようなことでしょうか?
従来の科学では次のように説明されることになります。チューリップの花弁の表面に光が当たったとき、そのうち赤色以外の可視光線が吸収され、赤色の波長のみが反射された。その反射光が観察者の網膜に至り、錐体細胞を刺激する。知覚された刺激は信号となって視神経を伝わり、大脳で情報が処理されることで赤色と認知・認識される。つまるところ、機械的な物質・情報の伝達に基づき、因果関係をはっきり繋ぎながら起こっている現象を説明しようとするのが科学となります。
しかしこのような説明では、赤色の本質はわからないという意見がありました。例えば、赤は血の色をイメージさせるだとか、興奮する色、温かい感じがする、といった観察者が自然と抱く感想です。従来の科学では、どうして観察者がこのように感じるのか、まったく説明できないか、説明できたとしても非常に煩雑で冗長な解説を加えねばなりませんでした。
これに対し現象学というのは、まずは見た目(=現象)から拾い上げていき、本質を見抜こうという学問となります。赤色のイメージを出発点とすることで、無味乾燥な光の波長という原因にではなく、人間と色の付き合い方を探っていくことになります。
科学から現象学への転換は、こと看護の世界において親和性が高いようです。例えば、植物状態の患者は医学(=従来の科学)的には大脳(=意識)が死んでいるため、人間らしい反応を返すことはないとされているわけですが、実際の医療現場では「奥さんが手を握ると脈拍が安定する」「毎日こりずに話しかけているベテラン看護師には、患者さんがその日ご機嫌かどうかわかる」といった日々感じていることに対しその考え方では納得のいく説明ができないでいました。この現場に現象学を取り入れると、「意識の生き死にはともかく、周囲から見てモノとは違った温かみをそこに感じる。では、そのような患者に看護師はどう向き合っていくのがよいのだろうか?」と議論が発展するわけです。モノとして扱いがちな従来医学とは異なった、看護学の新たな方向性がここには見出されていることになります。
脳死臓器移植問題、あるいは死生観の議論においても、この現象学的アプローチは新しい可能性を提示するかもしれないと期待できます。まだまだこの試みは始まったばかりであり、どこまで学術として大成するか、社会に受け入れられるかはわかりません。ですが注目するには十分に値するだろうと感じています。

以上、今回の記事は脳死臓器移植の論争概観と新しいアプローチについてでした。
特に脳死臓器移植論争の(反対派の)問題点については、私は二十年前に聞いていたにもかかわらず、自分の中で整理ができないままでいました。現象学というまったく新しい方法論が出てきてくれたおかげで、ようやく筋道立てて理解できたという感じです。
記事中ではざっくりとした説明とするため、間違いや記述不足と感じるところも多々できてしまいました。関連書籍はたくさん出ていますので、これを機に死生観を見つめ直したいという方は、書店の棚を眺めてみてはいかがでしょうか?

by zattoukoneko | 2018-04-13 11:20 | 生物・医療 | Comments(0)

トラウマは、外科手術で消せるかもしれない!

まだ精査できていないんですが、覚書として。
以下のような論文が2016年12月8日にNeuron誌に発表されたそうです。

論文掲載ホームページ
Wu-Zhou Yang, et al. Fear erasure facilitated by immature inhibitory neuron transplantation. Neuron, 2016, doi: /10.1016/j.neuron.2016.11.018
ログインできない人も多いと思うので、上記論文を紹介したNewScientist誌の記事
Brain cell transplant helps fearful mice overcome anxiety

ざっくりまとめると、大きな音に対してすくみ行動のような恐怖反応を示すマウスを用意し、そのマウスの扁桃体に別のマウス胚の細胞を移植してみたところ、大きな音に対して驚く頻度が少なくなったというのです。
つまり、トラウマを抱えていたマウスちゃんに、脳外科手術を施してみたら、そのトラウマが解消されたよ!、ってこと。
この技術が人間にも応用可能になれば、PTSDなどの重い精神疾患に苦しむ患者さんに対し、外科手術で一気に快方に向かわせるという選択肢を増やしてあげられるかもしれないのです。
(まあ、私がツッコミ入れるとしたら、正確にはマウスの恐怖に対する反応の「頻度が下がった」ことしかわかっておらず、それは恐怖感情の低減と直結しているとまでは言えないのでは、とコメントしたいですが。マウスちゃんに気持ちを直接聞かせてもらうことはできないですからね)

この技術はなかなか興味深いものでして、というのは――
私は、鬱病などの精神疾患およびそれに対する治療に対してあまり理解のない方に、次のような説明をしていたからです。

「精神疾患というのは、神経が見た目の上でも歪んでしまうようなれっきとした病気なんです。ひどいやけどを負った人の顔などに、ケロイドがあるようなもの。ただ決定的に違うのは、やけど傷であれば皮膚移植などによって綺麗にする選択肢が採れますけど、神経の外科手術というのは難しい。ほら、神経切り貼りするって、聞いただけで痛そうじゃないですか? しかもその傷ついた神経があるのが脳だったりするわけです。手術するのが難しいって容易にわかりますよね。だから仕方なしに、向精神薬のような薬物治療によって内科的に治していくか、カウンセリングやセラピーのような手段によって時間をかけて戻していくしかないんです」

聞き手の『痛そう』って感情に頼っているので、この説明はあまり科学的・医学的にほめられたものじゃないのですが、それでも納得してくれる方は多くて重宝していました。
しかし、今後は「外科手術もできる(ようになるかもしれない)」と述べないといけなくなってくるかもしれませんね。
考えてみれば、上記の私の説明に対し、「じゃあ痛くないよう&問題ないよう外科手術の技術を確立させればいいんじゃないか?」「そもそも外科手術で精神疾患が治るかどうか、その検討してないんじゃないの?」と疑問をもち、課題とする研究者が出るのは自然なことで、今回の論文は後者の疑問に答えるものと位置づけられそうです。

手術の効果がどのくらい持続するのか、移植による問題はないのか、人間に応用できるのか……などなど検討事項はたくさん残っているとのことですが、今後の研究の発展に注目するだけの価値はありそうだと感じました。
by zattoukoneko | 2016-12-09 12:44 | 生物・医療 | Comments(0)

2015年イグノーベル賞:あぁっ、ハチさんもっと俺のこと刺して……!

今年の記事は割とこじつけ。

さて、さる9月17日に2015年のイグノーベル賞の発表がありました。ノーベル賞とは違って笑わせてくれる研究に贈られるものとして、また日本人が続けて受賞していることもあって、報道も盛んにされているという印象があります。そしてこのブログでも主張してきたことでもあるのですが、イグノーベル賞はただのお笑いなんかではなく、その研究内容は注目に値するものだという声もちらほらと聞こえるようになってきました。研究成果そのものも素晴らしいものだし、その成果を導いた研究手法も見習うべきものと私は考えています。
当ブログでは研究手法や研究に対する姿勢に注目し、個人的な意見を述べてきました。なぜなら、成果について評価するのは大変だけど、方法論についてあれこれ意見を言うのは自由気ままにできるので現代社会において科学/技術は大きな力をもったものと見做されており、その在り方について考察することは今後ますます重要な意味をもつと思うからです。イグノーベル賞は、選考過程に同様の考えをもつ人が入っているのか、研究手法で受賞が決まったんじゃないかと思えるようなものが多く含まれています。
では今年はどうだったのか。単に笑って済ませるだけでなく、そこから見える研究手法にも意識を向けられたらと思って、私も発表を楽しみにしていました。
……なのですが、蓋を開けてみたら、今年はビミョーというか。研究成果自体は素晴らしいし、一般の人の目を向けるような見出しがついているのですが、どうにもお堅いイメージが拭えない。どうしたんでしょうか、世界中から注目されてしまって、イグノーベル賞選考委員会もはっちゃけることができなくなってきたんでしょうか? 少なくとも当ブログで取り上げてきたような、研究手法に関する面白味は薄いという印象でした。
ということで、冒頭の書き出しにあるように、今回はちょっとこぎつけです。正確に言うと、その研究内容・背景にまで踏み込んで書こうと思います。なんだよ気楽に書けないじゃん!


取り上げるのは、生理学・昆虫学賞に選ばれたマイケル・L・スミスの研究。自分の異なる部位をミツバチに刺してもらい、どの部位が痛みが小さいか、どの部位が痛みが大きいかを調べたというもの。どんだけドMなんだよっていうか、私が発表を聞いたときにまさかの想像で思い浮かんだ陰部まで刺してもらったというんだから、もう変態そのものじゃんと。その印象が強すぎて記事タイトルがこんなになったという次第です(けして私が変態ってわけじゃないんだよ?)。
しかし研究の背景にまで思いを巡らせると、この手法は実に理にかなったものという気もしてきます。そのことについて、今回は述べてみようと思います。

痛みというのは、私たちにとって非常に身近なものです。転んでひざをすりむけば痛いし、足の小指をタンスにぶつければ目から火が出るように痛いし、悪いもの食べちゃってお腹を下してるときなんて神に日頃の行いを懺悔し許しを乞うことすらあります。そのくらい痛みというのは日常のそこかしこで経験するものです。
一方、医学の分野では痛みというのは非常に扱いに困るものと見做されています。痛みを散らすということも大変なことですが(痛みを訴える患者を救済するため鎮痛剤を処方する、手術を受ける患者の苦痛を軽減するため麻酔を使ったり不安を取り除くセラピーを行うなど、様々な場面で直面する問題です)、それだけでなく、それ以前の問題として痛みを測るということが難しいからです。
私たちは普段から痛みと簡単に言ってしまっていますが、その性質や原因は多種多様です。鋭い痛み・鈍い痛み、肉体的な痛み・精神的な痛み、損傷した体表面にある痛み・漠然とこの辺が痛いとしかわからない内臓の痛み。どこが痛いのか、どのように痛いのか、何故痛いのか。これらを明瞭かつ簡明に説明できる患者はまずいません。医者であっても、患者の側になってしまうと、その痛みを説明できないことを経験すると聞いたことがあります。
なお余談ですが、私は体があまり丈夫ではないらしく、胸やお腹の痛みを訴えて病院に行くことがあるのですが、そのたびに「どこがどう痛いのかな?」と訊く医師を満足させられる言葉を返せないというイヤな思いをしてきました。ちなみに私の返答例は「『ぬーべー』っていう漫画に悪魔の手というのが出てくるんですけど、いやわからないなら薔薇の蔓を巻き付けた手をイメージしてくれればいいんですけど、その手に心臓を包まれているような感じの痛みです。いや、握りつぶされているような感じじゃなくて、周りを包んでいるだけで、だから心臓が動くたびに痛いんです。……いや、だからチクチクとか、そういんじゃないんですって」とか。これはさすがに私が悪い気もする(・ω・`) でも当時は、どうしてきちんと説明してるのにわかってくれないんだ、と思ったのです。後に医師と仲良くなってこの体験について語ったことで、この背景にある問題を知り、謎が解けたように感じました。当たり前の話ですが、医師は患者の感じる痛みをすべて実体験したことがあるわけじゃないのです。そのような医師がどうやって痛みの種類を区別するかというと、教科書などに先人がまとめてくれた知識を使うしかない。書かれているのは「チクチク」とか「シクシク」とか「差し込むような」とかであり、実はその言葉も医学的に洗練されたものだというのです。そのため一般の人が感じ表現する痛みと、医者が文字で勉強した痛みの表現に乖離が生じている。そのため勉強で得た知識を患者の訴えとすり合わせる経験を積んでいない医者に当たってしまうと、患者の言葉は的外れだと見做して、あまつさえ「それって差し込むような痛み?」と医学の言葉で尋ねることさえあるのだそうです。そのような医者にたくさん当たってしまった私は、医者になろうとする者には現場の倫理をもっと学ばせるような教育体制をつくらなければいけないのではないか、と常日頃から思っているわけです。
脇道が長くなりすぎました。そろそろ戻ります。
痛みの評価が難しくなるのは、内臓痛のように患者自身が評価に難渋していることもありますし、また痛みというのは極めて主観的な感覚だからです。我慢強い人はちょっとやそっとの痛みではそもそも訴えを述べませんし、あるいはその痛みを感じているときの状況によってもその痛みの大きさは変わることがわかっています。楽しく笑っているときにはあまり痛みを感じないけれど、落ち込んで病気のことばかりに頭が行っているときには苦痛も大きくなるといった具合です。そしてさらに、落ち込んでいると精神的な苦痛も上乗せされるため、それを肉体的な痛みと分けて申告してもらうのは難しくなっていきます。
そうした事情から、痛みの評価というのはまだまだ発展途上の分野とも考えられ、様々な評価方法が考案されています。これを痛みの評価スケールと呼んでいます。いくつか例を出すと、一つはvisual analogue scale(VAS)というもの。これは、一本の直線を患者に見せ、その一方を「痛みなし」、もう一方を「耐えられない痛み」「想像しうる限り最も大きい痛み」とし、患者にその時感じている痛みはどこに位置するかと指差してもらうという方法です。そして、痛みなしから指してもらった場所までの長さ/直線全体の長さ、という数値にして評価する方法です。このVASをもっと患者にも理解しやすくしたものにnumerical rating scale(NRS)やface scaleなどもあります。前者のNRSはVASの直線に目盛りを入れておき、痛みが該当する数字を申告してもらうようにしてもらったもの。後者は直線ではなく痛みを表した顔の漫画を患者に見せて選んでもらうもので、これは小児などによく用いられているそうです。
ここで紹介した評価スケールは極めて単純なものです。患者に感じている痛みの程度を教えてもらうことはできますが、その痛みの種類には触れられていないし、生活上感じる困難なども考慮されていない。いわば一元的な痛み評価です。内臓痛のような痛みそのものを感じにくく、しかし症状などが出て不安になりやすいものにどう取り組んでいくのか。あるいは損傷した体の部位によっては日常生活動作にさほど支障が出ないため、患者が痛みを小さく評価・申告してしまう場合はどう見抜いたらよいのか。そういった課題がまだまだ残っています。

この先の評価スケールに関してはその道のプロが書いた著作物に譲るとして、イグノーベル賞の話に戻りましょう。
痛みの評価のところでちらっと述べましたが、痛みというのは部位によって感じ方が異なるものです。非常にわかりやすい例を出すとすると、蚊に腕を刺されて痒いときと、まぶたを刺されて痒いときとでは、その痛みには雲泥の差があるわけです。腕なら「かゆい……うま……」とぼりぼり掻くだけで済みますが(注:その台詞はなんか違う)、まぶただと「痛いし、煩わしいし、掻けないし、もぉおおお!」と発狂モノです。この蚊の例は経験則として(あるいは実体験したものからの伝聞として)非常に馴染みのあるものです。
『じゃあ、実際に部位ごとに違うっていうその痛みの評価をしたことってあるの?』と過去の研究を探してみると、当たり前すぎるせいなのか、全然見当たらないわけです。当たり前と思われることでも、先行研究がないなら、それを調べれば価値ある研究になります。というわけで、調べてみようと思い立ったのが受賞者のマイケル・L・スミスというわけです、蚊じゃなくてミツバチですが(論文Abstractより引用「However, the question of how sting painfulness varies depending on body location remains unanswered」)。
ただ調べようと思うのはいいにしても、克服すべき問題があります。すでに述べたように、痛みというのは主観的な側面が多分に含まれます。そのため、ミツバチに腕を刺された人と脚を刺された人とに痛みを報告してもらったとして(ここでは理解をスムーズにしてもらうために、先述のVASで申告してもらったと仮定しましょう)、その数値は単純に比較できるものではないと考えられます。
ではどうするか? 同じ人に痛みの数値を報告してもらえば比較は容易になりますが、そんな何度も刺された経験のある人なんて見つからないでしょうし、実験するにしてもさすがに被験者が嫌がって集まらなさそうです。実験することすらできないのでしょうか?
……自分が刺さればいいんじゃね?
というわけで、そう思って本当にやってしまったのが、マイケル・L・スミスというわけです。いやぁ、本当に変態、もとい科学者の鑑ですね。
なお、このマイケル・L・スミスが本記事で紹介したような痛みの評価の問題点、痛みの主観的な側面を意識して研究に臨んだということは、彼の論文に明確に書かれています。Abstractにも「…in one subject (the author)」と書かれていますし、Introductionでも研究の背景として痛み評価について触れられています(興味ある方は、Honey Bee Sting Pain Index be Body Location. PeerJ homepage から読まれるとよいと思います(リンク先英文))。


さてはて、記事内でもタイトルでも著者を変態であるかのように書き、というか本当に自分でやってしまったことにドン引きしまくりの私ではございますが、そのように研究しようと考えるに至った背景と過程には非常に納得ができると感じました。痛みをどう評価するか、研究はどうやっていけばよいのか、さすがにこの著者の真似をする人はそうそういないと思うものの、その他の研究者に注目されるには足るものだったのではと思います。
ドMな研究者がイグノーベル賞を受賞したとして終わるのではなく、痛みの評価、研究の難しさに目が向くことで、今後この分野が発展していくことに繋がればと思います。
願わくば、私のような病弱人が医者と痛みについて話し合うとき、気分よく言葉のやり取りができるような医療現場にならんことを。


オマケ
昨年のバナナの研究 も、一昨年の水の上を走ろうとする研究 もそうでしたけど、イグノーベル賞は『思い付きはするけど、本当にやる?!』って思っちゃうような研究が好きなのかもしれませんね。
細かなところでは違うとは感じますが、研究者として真摯であることを、この選考委員会は愛すべきものと見ているのかもしれません。
by zattoukoneko | 2015-09-24 02:32 | 生物・医療 | Comments(0)

PLOSの査読者は性差別的だったのか?

先日、オンラインジャーナルの一つであるPLOS ONE(あるいはPLoS One)が、論文投稿者によって批判されるという事件が起こりました。
批判をした投稿者は二人の女性研究者であり、Ph. D.取得後の研究者がポスドクになる際男性と女性の数に性差が認められることを調べ論文にしていました。これに対しPLOS ONEの査読者は次のようなコメントを付してリジェクト(=掲載拒否)したとされています。それは「共著者、あるいは少なくともピアレビューとして男性を加えるべきである。ポスドクには男性が多いとのことだが、それは男性が女性より足が速いのと同じように、生物学的な特徴に基づくものではないのか? 男性の博士課程学生の方が女性の学生よりも長時間勉学に打ち込むであろうし、そうならば女性よりポスドクになる数が多くても何ら不思議はない」というものでした。
このコメントを受け取った著者らは激しく憤り、その一部をTwitter上に公開しました。結果PLOS ONEは炎上し、担当した編集者を解任すると発表するに至りました。
この一件を知って、私はぎょっとしてしまいました。これは大問題だと感じます。
ええ、査読者やPLOS ONEに対してではありません。こんな馬鹿げた批判をしてしまった著者がいることに驚きを禁じ得ないのです。
今回はこの理由について書いてみようと思います。投稿された論文や、返ってきたコメント全文を読めるわけではないので断定はできないのですが、確認できたところを見るかぎり、査読者はむしろ貴重な意見をくれたと私には思えるのです。


さて、大きく取り上げるのはコメントの問題ですが、その前に。ちょっと学問的にも危機感を覚えるという感想を述べさせてもらおうと思います。
そもそも学問というのは、政治や社会からは切り離されているべきものです。科学などは時に大きな破壊力をもって人間社会をぼろぼろにしますから、殊更に政治の影響を受けないようにと気を付けています。
もちろん、現実的にはそのような切り離しは無理です。研究費という財政的な支援を国や企業から与えられれば、その利益になるような研究が盛んになるのは自然なことですし、そのような直接的な支援がなくとも、同じ社会で生きている以上社会の趨勢や流行り廃りが研究の色として出てくるものです。そうではあっても、せめて表面的には学問の世界は俗世からは切り離されていると振る舞うべきと研究者は考えており、ですから学会などはちょっと世の中から隔絶した雰囲気をまとうように意識されています(企業展示や書籍販売は会場から少し離れた場所にスペースが設けられるなど)。
論文の投稿や研究の発表においても、この意識は保たれています。企業等の営利団体からの金銭授受などの有無を示す利益相反(COIとも)は明示しなければなりませんし、研究内容の素晴らしさはそのプレゼンによってのみ示されなければならない。発表者の社会的地位なんて関係ないし、ましてや発表の場の外部から野次を飛ばして妨害することなんてあってはならない。論文にコメントが付いて、要修正なりリジェクトの結果が返ってきたならば、それに真っ向から取り組んで、より良いものとして仕上げた上で自身の意見を貫き通さなければならないのです(リジェクトの場合は同じ雑誌に投稿するのは常識的に考えて避けるべきですから、別の雑誌を検討)。
査読者だって色々な人がいますから、明らかな誤読をしてきたり、知識の不足があったり、人間的に優れていない人のこともあり得ます。結果を受け取ったときは、正直げんなりしますし、コメントを付けた人のことを恨みたい気持ちになることもあるでしょう。しかしそこで鬱屈した気持ちになるのではなく、「ああ、この書き方だと誤読されやすいんだな」と見直しをするのが論文採択への近道だと私は思っています。重要なことですが、受理されればその論文はもっと多くの人の目に触れることになるのです。もっとわけのわからない批判に晒されうるということなのですが、その危険性を減らしてくれているのが査読者という存在なのです(実際、査読者というのはその分野で優秀であることよりも、的外れでもいいから様々な角度から意見を出してくれる人が重宝されるのだと、大学時代に教えてもらったことがあります)。
このような立場からすれば、今回の著者らがとった行動は学者としてあるまじきものです。あまりにひどいコメントが付いて気分を害したのであれば、今後PLOS ONEなんかに投稿するのはやめて、他の学術誌で実力を示せばいいのです。これは理想論だと思われるかもしれません。けれどそもそも学問というのは理想を掲げることでその立場を維持しているものです。世論を味方につけ学術誌を批判するというやり方は、それはもう学問ではありません。「自分は正しい結果を導いている! 受け入れられないのは査読者が悪いからだ!」という意見がまかり通るようになっては、絶対にいけないからです。


とはいえ、本当に査読者のコメントが性差別的だったのなら、それを問題視するべきと考えるのもわかります(今回のようなやり方は絶対避けるべきであり、大学の指導者や学会での問題提起に出すなど、他の案を模索するべきですが)。では、そのコメントとはどのようなものだったのでしょうか? 著者らが公開したコメントの一部を、全訳して掲載します。
「一人ないし二人の男性の生物学者を共同研究者として迎え入れることもおそらくは有益なことだろう(すなわち、少なくとも内部でのピアレビューを得る、しかし共著者の方がやはりいいだろう)。時に経験的な証拠からイデオロギー的にバイアスのかかった想定に飛躍していってしまうような解釈についてチェックを入れてくれるからである。(中略)もしかすると、博士課程の男子学生の共著者が女子学生よりも平均で一本論文を多く出していることは、そう驚くことではないのかもしれない。ちょうど、男子学生が女子生徒よりも徒競走において少しばかり早く走れるように。(中略)これは〔学術研究としては〕考慮するほどの魅力がないものだろう。他の可能性としてこのような説明も提出され得るかもしれない。男性が筆頭著者となっている論文は、女性がそうなっているものよりも、平均してよりよい学術誌に掲載され、その理由として、その学術誌が性的バイアスを有しているのかもしれないし、実際に男性が筆頭著者の方が論文の質がよくなるからかもしれないし(中略)あるいは〔もっと〕単純な理由で、男性の方が女性よりもわずかばかり健康や体力で勝っているために、毎週男性の方が女性よりも一時間多く〔研究者として〕働いているから、よりよい雑誌に論文が掲載されるのかもしれない」
つまり、査読者はこのようにコメントしてくれているわけです。『あなたの提出した成果は、女性よりの意見によって飛躍を含んでいる可能性がある。もっと単純な理由で、ポスドクに性差が生じているのかもしれない。思いつくままに書いてみるけど、走るのは男性の方が速い、というような生物学的な特徴が背景にあるとか。そうであった場合、性差があるのはむしろ自然なことになるので、ジェンダー研究という学問分野で検討するには値しない(やるとするなら生物学などのもっと基礎の領域だ)。その検討をしていない以上、この論文には論証に不備があると言わざるを得ず、残念ながらリジェクトとなる。そうだな、修正するとするなら……どうだろう、せめて男性の共著者を入れてみては? 男性の視点を入れると思わぬ気付きがあるかもしれないよ』
どうでしょうか? この査読者のコメントは性差別的でしょうか?
身体的な特徴などを挙げているのは、確かに性差別的だとして槍玉にあげられやすいものとは感じます。けれどこれはあくまで仮定に対するさらなる想像であって、査読者が本当に思っていることではないと思います。むしろ懸命に想定され得る難癖を考えてくれて、そういう批判に晒されないようにするために意見をくれているように読めます。
もしかしたら、人によっては「男性の共著者を入れればいいのでは」のところに引っかかるかもしれません。実のところ、これはジェンダー研究をする者に対して投げる常套句のようなもので、私も言われたことがあります(私は研究テーマの一つとして「ジェンダーと科学」というのを持っています)。純粋な理性によって調査研究をしている者にとって、この言葉はしばしば不要なものだと考えてしまうし、思索が浅いと批判されているように感じて不快に感じることもあります。私個人としては、そろそろこの常套句もなくなるべきと思っています。それでも重要なものとして言われ続けているのには理由があります。実話かまでは知らないのですが、「あるとき労働状況における男女差に興味を持った男性研究者が、統計を取った結果、男性よりも女性の方が仕事を休みがちであると結論を得た。興味深い内容であると論文にして投稿したが、コメントに『女性の意見も聞いてみること』と付いて返ってきた。男性研究者は馬鹿にされたと思いながらも、意見に従い同僚の女性研究者に自分の論文を見せた。彼女は言った。『そりゃあ、女性には毎月生理がくるからね』男性研究者はそんな単純なことにも気付けなかったかと恥じ入り、論文を取り下げた」というお話を聞いたことがあります。非常に示唆に富んだエピソードであり、男性には女性が毎月苦しんでいることすら思い浮かばないことがあるし、それは学術研究のような理性にばかり頼ってしまうものでは身体的な感覚が抜け落ちやすいということでもある、という教訓を与えてくれています。
もう一度、このエピソードを聞いたうえで、査読者のコメントを読み返してみましょう。徒競走のような身体的な特徴を想起させるようなことが多く書かれているのは、今回の著者らに身体の感覚を取り戻してほしいと願ってのものだという気がしてきませんか?


私はこの査読者はとても優れた方だったんだろうなと思っています(だからといってリジェクトされる立場になるのはやっぱりイヤですが!)。まあ、冒頭で述べたように、論文もコメント全文も読めていないので、実際に問題のある人だった可能性も残るわけですが。
それでも、今回著者らが訳出したコメントの部分を取り上げ問題視しているのならば、それは著者らがコメントを真摯に受け止められていないことにこそ問題があると私は断じます。
今回の件で、PLOS ONEは担当した編集者を解任してしまいました。実のところ、PLOS ONEはしばしば批判に晒されてきたジャーナルです。知らない方のために簡単に触れておくと、主に医学論文を扱うオンラインジャーナルで、無料で閲覧できる学術雑誌です。紙媒体の雑誌よりも早く論文を公表できるため、非常に多くの投稿があり、それに対して高い採択率でもって掲載可の返事を出しています。年間で数万もの論文を掲載していることから、「いずれゴミ溜めのようになるだろう」なんて言われたこともありました。そんな批判に晒されながらも、最近では引用文献の出典元として見かけることも増え、頑張っているんだなあと個人的に思っていたところでした。そのような環境に置かれていて、評判を高めていかねばならないと考えているでしょうから、今回のような炎上騒ぎは避けたかったのだろうと思います。それ故の編集者解任。
しかしながら、この結末はPLOS ONEに対して、よくない印象を持たせることになってしまったのではないかと思います。今後どのようにして質の高い査読を維持していくのか気になりますし、また騒ぎを起こした学生に同情してしまう人が多くいることにも最近の学問世界の危うさを感じました。
by zattoukoneko | 2015-05-10 12:50 | 生物・医療 | Comments(3)

山極のノーベル賞非受賞は人種差別?

以前ノーベル賞最大の汚点 というブログ記事を書いて、そこでがんの研究をした山極勝三郎がノーベル賞を貰えなかったのは、選考委員の人種差別的な意識によるものだと話をしました。
その後、ノーベル賞の選考過程が公開された(後ほど詳述)のに伴い、本当にそうだったのかと詳細な調査がなされました。結果、そのようなことはなかったようである、と導かれたので、今回はその研究内容に触れたいと思います。


と、本題に入る前にちょっと脇道に。
実を言えば、前の記事を書いたとき、すでに「実際はそうじゃなかったっぽいよ?」と小耳に挟んではいました。ですが、詳細なノーベル賞の選考過程を描出するのは本ブログの趣旨には合わないかなと、詳述するのはやめていめていました。元々本ブログに掲載する記事の内容は、高校生くらいからわかるもの、大学で学んでいくにあたって興味を持ってもらえたらいいなと筆者が思うもの、そして思索を深めていく一助になるようなもの、と意識しています。
私はバリバリの理科系(というか文科系がからっきし)として高校から大学、どころか小学校の頃から進んできてまして、その中で聞いた山極勝三郎の非受賞の話は大きな活力となりました。「山極の分までノーベル賞取るぞ!」みたいな感じです。ですので、私よりほんの少しばかり遅れてくる人たちもその話を知ることができるよう、書き残しておこうと考えたわけです。それが前の記事の動機。
しかしながら、その当時から『詳しいことがわかっているなら、そっちこそ書くべきではないか?』とは思っていました。より正しいことを書くことを是とするか、ネット上の記事は興味を持たせるだけでさらなる勉強は読者に任せるという態度を貫くのを是とするか、というせめぎ合い。
大分長いこと悩んでいましたが、今では読者層もかなり変化しており、またブログ記事の内容も堅苦しい方へと傾いてきています。ですので、ここいらで山極の話も片付けてしまおうと思ったわけです。
ネット上で山極について何か読もうと思っても、ほとんどのところは新しい研究には触れてないみたいだしね!
と、脇道でしたが、この著者の意識を知っておくことは、後々内容理解の一助になるかも?

山極勝三郎がノーベル賞を貰えなかった理由として「東洋人であるから」という話は、フォルケ・ヘンシェンという人物によって明かされたとされています。ここでのヘンシェンの話というのは、1966年10月24日に東京で開催された第9回国際癌会議での記念講演”Yamagiwa’s Experimental Tar Cancer and Its Significance – from Pott to Yamagiwa”のことを指しています。
さて、ノーベル賞の選考過程は秘密にされ、その内容が公にされるのは50年後と決められています。寄生虫によってがんが発生することを発見したとしてフィビゲルがノーベル賞を受賞した(そして山極がもらえなかった)のは1927年のことです。
おやおや? 何だか計算が合いませんね。単純に50年後に選考過程が明らかにされるとした場合、それは1977年を待たねばなりません。となると、記念講演をしたヘンシェンが何者かというのが気になります。彼は公式文書の公開を待たずとも、その内容を知ることができた人物なのでしょうか?

まずはノーベル賞の選考過程についておさらいしておきます。
ノーベル賞は世界各地の研究者から推薦状がノーベル賞委員会に届くことから始まります。そしてこれを元に候補者を絞り込んでいきます(第一次選考過程)。推薦状は山のように届くため、多くは以前に名前が挙がったことがあるかによって振るい落とされてしまうそうです。
次に受賞者になり得ると思われる人物について、その道の詳しい人に業績に関する報告書をまとめてもらいます。これを受けてノーベル賞委員会が最終報告書をまとめます(第二次選考過程)。この報告書が提出されるのは賞によって異なっており、物理学賞、化学賞、経済学賞ならばスウェーデン王立科学アカデミー、文学賞ならばスウェーデン・アカデミー、そして今回の生理学・医学賞ならばカロリンスカ研究所となります。これが毎年の9月半ば頃のこと。
最後に、報告書を元に教授会が開かれ、受賞者が決定されます(最終選考過程)。ほとんどの場合は報告書が出されたものがそのまま通るのですが、生理学・医学賞のカロリンスカ研究所の教授会はどういうわけか結構な率で否決します。そうなると報告書を再提出してもらったり、あるいはその年には受賞者は選ばれなかったりします(ただしノーベル賞は必ず受賞者を出すことになっているため、適任者なしとなったり、戦争などの理由によってそもそも受賞者を決められなかった場合は、次の年に前年の受賞者を決めることとなっています)。

さて、問題のフォルケ・ヘンシェンです。彼はカロリンスカ研究所の医学博士で、1926年に山極勝三郎について報告書をまとめた人物でした。しかしながら、山極がノーベル賞を貰えなかったという歴史的事実からもわかるように、ヘンシェンの報告書を受けたカロリンスカ研究所の教授会は山極への授賞を否決しています。
ここで重要となるのは、ヘンシェルは選考過程の一部には関わっているけれども、選考の内容を直接見聞きする立場にはなかったということです。そしてそのことは、先の国際癌会議での発言は、(それがどんな内容であれ)選考委員としてのものであるはずがなく、したがって責任ある立場としてのものではなかったことを意味しています。

では、選考の内容とはどのようなものだったのでしょうか? ヘンシェンが責任ある立場ではなかったとしても、もしかしたら選考委員から暴露話をされていたのかもしれません。次に公開された文書からわかることに触れたいと思います。
山極勝三郎の推薦は1925年に初めてなされたようです。これは東京帝国大学医学部の林春雄らによってなされました。しかしこの推薦に関してはノーベル賞委員会は特別な注意は払っていなかったようです。私が思うに、まだ一回しか名前の挙がっていない山極では、山となった推薦状に埋もれてしまったのでしょう。
二回目の推薦は翌年の1925年になされました。それはルドウィヒ・アショフという人物によるものでした。アショフはフィビゲルと山極の二人を推薦しており、その理由は二人の実験ががん発生に関するウィルヒョウの刺激説を立証したからというものでした。
そもそも以前はがんというのはどうして出来るのかわかっておらず、例えば、受精卵が細胞分裂を重ねて体の組織を作っていく中で、通常あるべきではない場所に別の組織が入ってしまったことによる、などと考えられていました(腸壁などに肉の塊である腫瘍ができることをイメージすれば、この仮説はわかりやすいかと)。これはがんが先天的な要因による疾患であるという考えですが、これに対し、ルドルフ・ウィルヒョウはがんは後天的な要因によるものであると考え、しかも繰り返し作用を受けることで発生するのであると仮説を立てました(注:毒などは一度きりの作用で体に影響が出ますが、がんは発がん性物質などによって繰り返し刺激を受けることでDNAが傷つき、次第に良性腫瘍、悪性腫瘍へと進んでいきます。反復刺激説は、原因物質はともかくとして、このような発生過程を持っていると推測したもの)。アショフの推薦状によれば、フィビゲルはネズミの体内に入った寄生虫ががんを発生させることを発見し、世界で初めて刺激によってがんが発生することを報告したことに意義があるとされました。しかし正確には、寄生虫が出した化学物質ががんを発生させるのであり、現在ではそちらこそが発がん性物質として捉え直されています。よってタールという具体的な化学物質によってがんを発生させたことに、山極の研究意義があるとアショフは続け、したがって二人が同時に受賞することが望ましいと考えていたようです。
これを受けてノーベル賞委員会は選考に山極とフィビゲルの二人を残し、ヘンシェンとベリストランドという人物の二人に報告書を求めました。
まずはヘンシェンについて。フィビゲルに関しては授賞させるか検討されたことがすでにあり、その結果の妥当性に疑問が付いたため見送られたという経緯がありました。しかし、ウィルヒョウの推薦にあるように、フィビゲルや山極の成果はウィルヒョウの反復刺激説を立証したという成果がすでに認められており、山極についても日本だけでなく各国で追試の成功が報告されていることから、授賞に値するとヘンシェンは結論します。
次にベリストランド。彼はがん研究において生化学的な流れが生まれていることを気に掛けています。つまり、フィビゲルの寄生虫によってがんが発生するという説は、実際には別の化学物質が間にあるとされていたり、山極の研究も、コールタールという漠然とした物質を用いていて、その中の何が原因か特定するには至っていない、ということが、さらなる研究課題として残されていると見ているわけです。具体的な発がん性物質を見つけることこそが重要であり、「反復刺激」というそれだけでは授賞するに値しない、少なくともそちらの研究に貢献したのかどうかがはっきりするまで保留すべきという態度となります。
これら二つの報告書を受けて、ノーベル賞委員会は最終報告書をまとめます。そしてすでに述べたように、これを受け取ったカロリンスカ研究所の教授会は、フィビゲルへも山極へも授賞は見送ると答えを出します。これによって1926年の賞は翌年以降に見送るか、再審査となりました。
再度有力候補についての報告書が集められる中、ヘンシェンのみは懲りずにフィビゲルと山極に関する意見書を提出しました。そしてこれは重要な意味を持つことになります。彼はがん研究の候補者を一人に絞り込もうと思ったのか、フィビゲルの研究は山極よりずっと先になされていて、その業績が反復刺激説を確定的なものとしたとして、こちらこそが受賞するに相応しいと述べているのです(なお、後半は以前のベリストランドの報告書に関する反論であり、先延ばしにする必要はないというもの)。このヘンシェンの報告書によって、山極が候補者から外されることが確定的になったようなのです。
結局1926年のノーベル生理学・医学賞授賞は見送られましたが、翌年の選考過程でも山極の名前は早々に外されることが決まりました。時折選考途中で山極の名前が出てくるようですが、それはフィビゲルの成果を後押しするために用いられてます。そして結果として1927年に、1926年の分としてフィビゲルが生理学・医学賞を受賞するのです。
このように、選考過程において人種差別的な考えによって山極勝三郎への授賞をなしにしたということはなさそうだとわかります。むしろ(科学的な成果はともかくとして)議論としては非常に筋の通ったものと思われます。日本人である私たちとしては「ヘンシェンよ、そこで何故山極を外したぁあ><」と悲鳴を上げてしまいそうなところですが、注目されるべき研究分野で誰かを受賞させてあげたいと思ったら、より業績として認められている人物に候補者を絞り込もうと考えるのも自然な流れかと感じます(補足ですが、フィビゲルの業績が完全に否定されるのは、1952年とノーベル賞よりずっと後のことです)。

では、どこから「東洋人にノーベル賞はまだ早い」なんて意見が出てきたのでしょうか?
ヘンシェンが1966年の国際癌会議の記念講演の中でそのような発言をしたとされていますが、彼の講演内容はその全文が雑誌GANNに掲載されており、そこにはそのような文面はありません。それより前だと吉田富三という人物がヘンシェンから聞いた話として1965年に報告しているものがあるのですが、そこには「日本人にノーベル賞はまだ早いという主張で」という内容があるのですが、どこまでがヘンシェンの直接の言葉で、どこからが吉田の言葉なのか曖昧なようです。
吉田よりさらに前に遡った調査によると、東京帝国大学医学部の中に、1940年頃から「日本人であったから、山極は受賞できなかった」とする見解があったそうです。東京帝国大学は山極勝三郎が研究成果を生み出した場所であり、1925年の推薦を行なった人物らの所属するところでもありました。
今回紹介した研究では、山極の非受賞によって悔しい思いをした東京帝国大医学部という集団があり、そして代わりに受賞した(正確には同じ分野で受賞した)フィビゲルの成果も誤りだったとわかっていくことで、山極こそが受賞すべきだったという感情が芽生えていったのではないかと推測しています。
これに私の感想を加えたいと思います。冒頭で述べたように、山極の記事を書く際、これから科学に興味を持って取り込んでいく人たちに興味を持ってもらいたいという意識がありました。がんというのは現在でも死亡原因の上位を占める疾患であり、国際的に見ても重大な研究課題となっています。それに参画して大きな成果を収めた山極はやはり誇らしい存在であると思います。興味を持ってもらうというのは教育的な側面があるということですが、その際に受賞を逃したことの理由も求められると思います。「人種差別によるのだ」という説明は非常に短絡的ではありますが、業績が素晴らしいと信じている人には縋りつきやすいものなのでしょう。選考過程がまだ秘密にされていた当時の時代では、想像に頼る部分が大きくなるから殊更でしょう。東京帝国大学医学部の人たちも、教育的なエピソードとして山極を紹介する際に、その非受賞の説明に苦慮したのかもしれません。


さて、今回は山極のノーベル賞非受賞にまつわる話をしました。これまで語られてきた「日本人への人種差別によるものだ!」という説明は、こうした精緻な研究も出てきたことだし、今後消えていくべきなのかもしれません。それでも山極の成果は称えられるに値するものであり、どのようにして教育的な逸話としていくかが課題となってくるような気がします。
まあ……ノーベル賞の選考過程を、いかにうまく説明するかが難題ですよねぇ。
by zattoukoneko | 2014-10-19 20:30 | 生物・医療 | Comments(0)

アハ体験はエウレカ効果と呼ぶらしい

覚書なので後でまとめ直すかも。

非公開コメントが付くことがあるのですが、その中で「このブログのアハ体験の記事見ました!」というのがありまして。
確かにこのブログに掲載されている記事で最も多く読まれているのはアハ体験の本当の意味とはという記事なのですよね。
でも、心苦しいことに私はその分野の専門家ではないし、その後の動向を追っているわけでもありません(茂木健一郎さんの論文もきちんと読んでいるわけではないとは、元記事でも述べている通り)。ただ、このブログは母校の後輩が見てくれているのだと知って、『なら今後勉強して物事を理解していくにあたって、有益な方向性を示せれば』という想いから更新を頻繁に続けたという経緯があります。その際にどうしても茂木さんのアハ体験という捉え方はじゃm――げふんげふん、有害だったという(←言い換えても何も変わってない)。
ただ記事を書いた後も『これで本当に当っているのかなぁ?』と思うことはありまして。私の主張はAha Experienceの前後で不可逆な変化があるというが主張の中心であり、それはゲシュタルト転換のようなものとは明確に区別されるべきというものです。一方の茂木さんは「あ!」とか「なるほど!」と言いたくなるような体験すべてをひっくるめてアハ体験と述べているように思え(少なくとも「あ!」と思ったときの区別を明確にはしていない)、可逆不可逆を問うていない。実のところ、茂木さんの捉え方の方が正しくて、「あ!」と口にしたとき、脳内のシナプス間の情報伝達は可逆不可逆関係なく同じなのかもしれないわけです。私はここまで調べてないし、理解も出来ていない。なので私の区別をそのまま鵜呑みにされている方がいるのは『心苦しいなぁ』と(区別ができるということまでは、私は確信していますが)。

で、話は冒頭に戻り。
今回コメントが付いたのをきっかけに、再度「Aha Experience」というのをネットで検索してみました。
そうしたら! Wikipediaに新しく項目が追加されているじゃあないですか!
英語版ではあるのですが、これは目を落とすに値すると思い、こうして紹介記事を書くことにした次第です。……前置き長いって? まあまあw
Eureka Effect
今では名前が「エウレカ効果(ユーレカ効果)」となっているようです。アハ体験より響きがいいですね、緑髪の少女を思い出しますし
もちろん名前が私の知らないものに変わっていたというだけでは、ブログ記事を書くには値しない。私が注目したのは、科学史上の重大な発見と結び付けられていたことです。
アルキメデスは納品された王冠が純金製かどうかを壊すことなく見極めることを命じられ、考えながらお風呂に入った際、浴槽から溢れたお湯を見て「比重」という考えを思い付いたとされています。
アインシュタインの相対論も、大抵の解説には日常生活とは経験則が異なることが書き連ねてあってわかりにくい印象を受けますが、その発想のきっかけはアインシュタインがエレベーターに乗ったときに得られたものだと言われています。
私の以前の記事では、ここまで科学論に結び付けてAha Experienceを説明できていませんでした。科学史上重大な発見が、ここで説明されているように「あ!」という突然の閃きによって生まれているのだとしたら。それはセレンディピティと並ぶほどの、科学認識論の分野で注目されるべき事項なのではないでしょうか。
このように思い、まだ私自身精査できていなながらも、覚書として書きしたためることとしました。

……まあ、結局のところアルキメデスの理解も不可逆性を持ってるのだから、アハ体験ていうのは(ry
by zattoukoneko | 2014-07-28 01:02 | 生物・医療 | Comments(1)

細胞分裂はどう起こるのか。

細胞というのは分裂することによって増えます。これによって生物というのは増殖したり、その体を大きくする・損傷した部分を補うわけです。
生殖細胞や受精卵の細胞分裂は、その他の細胞と仕組みが異なるため今回は割愛することにします。話のメインはそれを踏まえての……ミトコンドリアの話ですから。


さて、細胞分裂の話をするといっても染色体が分かれるところから話をしていくと大変な量になってしまいますね。そもそもDNAやRNAといった核酸と染色体の違いも話していませんし、それらの配列がどのような機構によって起こるのかなんてことを話していたら読んでる人が途中で匙を投げてしまうと思います(苦笑) 今回は分裂のとても初歩的な話をしてそれでおしまいにしようかと。それで流れは十分わかるはずですし。

細胞は分裂の準備が整うと、細胞膜がくびれるようにして二つに分かれます(植物細胞の場合は強固な細胞壁があるためにその様子が観察しにくいですが)。ここまでは中学や高校で教わっていて、教科書などにも図があるかと思います。
では? この細胞のくびれってどうやって起こるのでしょう?
つまりこの動きを起こす力が働かないと、細胞膜はくびれてくれないわけです。まさか細胞膜に神秘的な意思があってそれによって動くなんてことはないでしょうしね。この点を高校生物などではきちんと教えてくれていません。なのでここの説明をしましょうということです。

実は細胞分裂が起こる際には、膜の内側にアクチンリングというのが張り付きます。アクチンについては生物をやっていたら覚えているかと。筋肉の収縮に関わるアクチンフィラメントとミオシンフィラメントのあれです。
アクチンはタンパク質の一種で、ひとつだけだと球状のものになります。これが数珠のように繋がって、アクチンフィラメントやアクチンリングというのになります。これが形状変化することによって収縮運動を起こすのですが――まあ、この内部機構まで触れると色々と化学物質について触れないといけないので割愛します。というかこういう細胞内で動くタンパク質ってたくさんあって、それらに関してはまだまだ研究されていたりしますw 今は大分理論先行ですかね、実際に動くところを観察できたとかは今年ニュースになったりしてました。

さてこのアクチンリングによる細胞分裂ですが、重要なのは細胞膜の『内側に』張り付くということです。これが意味するのは次のようなことです。
I. 細胞の分裂は、その細胞の外側から強制的に起こるわけではない。
II. 分裂の際につくられるアクチンリングのアクチンは、その細胞自身の核からの指令によってつくられる。
どういうことかというと。これまで細胞の分裂というのは脳とかあるいは別の器官から「今分裂をして成長しろ」と強制的に分裂させられる可能性があった。したがって脳が体の成長すべてを支配しているかもしれないと考えられたわけです。もしそういうことになれば極端な話、『背が伸びろー』とか『胸が大きくなれーー』と思い込めばその通りになったかもしれないというわけです。
しかしながら細胞の分裂はその細胞自身の判断に委ねられているということがわかったのです。ただし細胞はそこまで自己中ではないので(笑)、きちんと周りの細胞のこととかも考えます。これに関しては以前contact inhibitionについて説明したときに触れました( contact inhibitionについて)。ただしガン細胞のようにこれを無視したりするものもあります。
ま、ようは細胞の分裂はあくまで細胞自身の判断によりますよということです。


さてはて。ここからミトコンドリアの話に移りましょう。
ミトコンドリアも前回の記事で述べたようにきちんとした一個の細胞、そして生物です。あくまで細胞内に共生しているというだけ。となるとこっちも自分勝手に増殖することができるかもしれない。――この仮定のもとで創作されたのが『パラサイト・イヴ』です。
で、実際このアクチンリングの発見によってわかったことは。
   ミトコンドリアの場合にはアクチンリングは細胞膜の『外側』に張り付く。
ということでした。つまり通常の細胞とは違うということです。通常の細胞は自分の判断で分裂をしました。ところがミトコンドリアの場合は『自分の判断で行なうわけではない』のです。そのアクチンは宿主細胞の核からの指令によってつくりだされることがわかりました。したがって――
   ミトコンドリアの分裂は宿主細胞によって支配されているということです。
つまり細胞共生説にあるように細胞内にミトコンドリアが入ったとき、実はミトコンドリア内の分裂に関わる核酸が宿主の方に奪われていたというわけですw
したがって『パラサイト・イヴ』のような怖い事態はまず起こらないということが現在はわかったわけです。

ま、かといってここに色々な想像を入れる余地がなくなったわけではなくw たとえば宿主細胞とミトコンドリアを擬人化して、その両者の間でどのような闘争があったのかとかを描くことは可能だったりするわけですw まあ『パラサイト・イヴ』を越えるためにはそれなりの生物学の知識が必要になってくるわけですけどねー。



ということで今回はこの辺りで。次回は『パラサイト・イヴ』の話をしようと思います。瀬名秀明原作の小説とスクウェア(現、スクウェア・エニックス)によるスピンアウト作品ですね。これはーー、分けたほうがいいのかしら? 結構入り組んでるし、(よく誤解されているのですが)ストーリーはまったくの別物だし。
ま、ある程度まで書き進めてみて再度練り直ししようかと思っていますです。
…………『3rd birthday』の発売日が近いorz
by zattoukoneko | 2010-12-03 21:31 | 生物・医療 | Comments(1)

今回は細胞の構造基礎

今回は細胞の基本的な話をしたいと思います。内容は高校の生物レベルくらいで、重要なポイントに絞っていく感じで。

まずは細胞の図を見せてしまうのがいいと思います。人間のような真核生物の細胞を今回はメインで扱いますね?
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この図は見やすいように色がついてますが、実際にはそれぞれの部位にはほとんど色がついていません。植物細胞だと葉緑体があって、これは緑色をしているので判別できますが、それ以外はうっすらとした影程度ですね。
以前細胞膜の話を記事にしたことがあります(ウイルスの基本構造 )。ここで重要なこととして細胞膜はリン脂質二重層という仕組みを持っているということでした。今回は細胞内小器官を見ていきます。
まず大体中心に核があります。核は核膜に覆われています。
他には小胞体。これは図ではとても省略されていますが、細胞内のほぼすべてを埋め尽くすほどです。またゴルジ体というのは小胞体と連携しているものです。それぞれの働きは次の通り。まず核内にあるDNAからmRNA(メッセンジャーRNA)というものがつくられます。mRNAは核膜にところどころ開いた核膜孔というものを抜けて外へ。これが小胞体(の中でもリボソームの埋め込まれた粗面小胞体)にくっつき、そこに記録されているものを読み解かれます。と同時にタンパク質が合成され小胞体内部へ。タンパク質鎖が一通り出来上がると小胞体内で折りたたまれてタンパク質となります。これが小胞体からゴルジ体に移されながら硫黄化される。完成したタンパク質が細胞内で使われるものである場合はそこから細胞内に放出され、細胞膜上・あるいは細胞の外に出て離れた他の部位に作用する場合にはリソソーム(図ではライソソームとなっていますが)に包まれて運搬。細胞膜にくっつくことでリソソームが開かれ、細胞膜上なり細胞外へとタンパク質が提供されます。
――と、ここで小胞体から細胞膜までがスムーズに動いている気がするかと思いますが、実はリボソーム以外は(核膜も含め)すべてリン脂質二重層できており、つまり化学物質としてはまったく同じなのです。なので簡単にくっつくことができるのです。(なおリボソームはタンパク質とRNAの集合体です。まるで細胞膜にタンパク質が埋め込まれているみたいですよね、粗面小胞体というのは)

さて次にミトコンドリアというのを見てみましょう(今回は動物細胞なので葉緑体はありませんが、図表などで確認してもらうと次の説明がそのまま当てはまるのがわかるかと思います)。
ミトコンドリアには二枚の膜がありますね。外膜と内膜と言いますが、これはどっちもリン脂質二重層の膜でできています(あ、生物嫌いになる人の多くがここで混乱するのですが。膜一枚にリン脂質が二重になっているということであって。「合計すると四枚になる」とか「リン脂質二重層だから二枚」とか思わないでくださいね?)。
実はミトコンドリアには核とは別に核酸をもっていることがわかっています。そしてこの二重膜という構造の示すところは、昔宿主となる細胞に「別の生物が入ってきた」ということ。つまりミトコンドリアや葉緑体は人などの真核細胞を宿とし、そこに共生しているものだということです。

葉緑体は有名で光合成を行う器官です。光エネルギーを吸収し糖を二酸化炭素から合成。デンプンとして蓄えます。
ミトコンドリアは逆にエネルギー(正確にはエネルギーの通貨と呼ばれるATP)を生成します。さらにはミトコンドリアの役目に、アポトーシスを引き起こすというものが。これは細胞を壊死させるということ。胎児の手は最初の頃は両生類のように水かきがあったのが、それがなくなるのはミトコンドリアの力によるとされています。


さて予告で『パラサイト・イヴ』の話をすると述べていましたが、この物語はミトコンドリアは「共生」しているのではなく「寄生」しているのだという考えによるものです。その記事の中で詳細は述べますが、当時これを否定することはできなかった。したがってフィクションでありながらとても現実味があったのです。そう考えるととてつもないホラー小説ですね、実際にいつ起こってもおかしくない話なので。


と、今回はこのくらいで。まずは簡単な高校の生物基礎で留めておこうかと思います。次回は印象的な順番を考えますが、「細胞分裂の詳しい仕組み」か「『パラサイト・イヴ』の紹介」のどちらかとなります。
てなわけでまた今度~。
――ちなみに。高校生物の難しさなめるなー? 今回のは基礎中の基礎だから受験生はここ読んでわかった気になったらダメだぞー。(まあ時期が時期なので念のための注意)
by zattoukoneko | 2010-11-25 20:16 | 生物・医療 | Comments(0)