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「ソース出せ」というコメントは愚かしいということについて

ネット上で「ソース出せ」という批判を見かけ、不快な気分になられた方は多いのではないでしょうか? 後でもう一度述べますが、このコメントは喧嘩腰な印象を相手に与えるものですし、何より、すべての人にとってほとんど価値のないものだからです。
学会場などでは、さすがにこのようなコメントをされる方はほとんどいません(皆無、と言えないところが嘆かわしいところです)。今回は、なぜ価値がないのか、という説明を試みたいと思います。

そもそも「ソース出せ」というコメントが出てきたのは、20年ほど前に日本でディベート競技が流行ったこと(1996年、中高の全国大会が開かれるようになりました)が背景にあるのではないかと想像します。
日本におけるディベート競技とは、ある議題に対して競技者を賛成/反対に分け、立論・反駁を行った後、観客にどちらに説得力があったかを判定してもらうものです。この反駁の中で「ソース出せ」(とは流行った当時は言っていませんでしたが)と主張し、相手側が根拠を示すことができなければ、観客の中での相手の印象を下げることができるという非常に有効な手段とされていました。
これと同じノリのことを、ネット上に誰かが持ち込んだのではないかと思います。これこそソースのない、ただの憶測ですが。

しかしながら、これが有効であったのは、あくまで競技だからです。つまり、その場限りのお遊びでしかないからです。勝ち負けの判定員もなく、その後も議論の続いていく一般社会、とりわけ学術の世界では、悪い影響の方が大きくなると考えられます。

まず理由の一つに、学術の知識は所詮専門家集団による共通認識にすぎない、ということがあげられます。
根拠が(実験・観察の力によって)しっかりしていると思われている自然科学ですら、その知識は社会の影響を多分に受けていることが現在ではわかっています。根拠がはっきりとしない主張であったとしても、集団全体からそういうものだと認められれば、その説明は受け入れられます。あるいは逆に、どれだけ根拠を示そうと頑張った学説であっても、集団全体の認識に反していれば正しい説とは認められません(後者の一例となるテレパシーが科学とならない理由については、以前に「科学とは何か」という記事で紹介しました)。
したがって、ソース不足と感じられる説明であっても、その背景には社会・学会の共通認識という極めて大きなバックボーンがそびえている可能性があります。「ソース出せ」によって相手の言葉を詰まらせることができたからといって、競技のようにその場だけの勝った気分に浸っていると、いつの間にか集団全体からは厄介者扱いされていたなんてことにもなりかねません。
あるいはまた、根拠は実際にあるのだけれど、発表の場では時間や労力の都合上説明を省いてしまったということもあり得ます。このことは、学会発表や論文執筆を実際にされたことがある方には痛いほどわかる話なのではないでしょうか。発表内容を形作るよりも、引用文献をきちんと書いていくことの方が、時間も精神も削られる仕事です。原著論文や総説のようなきっちりした論文であればまだその作業にも我慢できますが、発表時間も極めて短い学会発表などではいい加減になってしまうところが、どうしても出てきてしまいます。
これに対し「ソース出せ」と批判することは、発表者の労力を膨大なものにするだけでしかなく、学術内容推進の場としての学会でやって褒められることではありません。
「ソース出せ」と言ってしまいたい衝動に駆られたときは、ぐっと堪え、相手が本当に検証不足だったのか、あるいは社会全体の共通認識が潜んでいるのか、慎重に見極めるだけの時間を取ることが肝要です。

そもそも学会(に限らず、議論)における批判というのは、発表者の意見を尊重し、その考えをより高みに押し上げるためにあるべきものです。批判者が自分の主張を声高に叫ぶことはあってはなりません(自分の主張をしたいのなら、自分が発表者になるべきです)。
したがって、根拠の説明が抜けていると感じられたとしても、それは時間等の都合であって、発表者は真摯に調べているはずだと看做して聴講するのがよいと考えられます。そうすることによって意識は論理展開の方へと向き、批判者は論理の飛躍を見つけ、そこを指摘することによって新しい課題を発表者または学会参加者に提示することが可能になります。
このような理念に対して、そもそも「ソース出せ」という言葉には、ディベートのルール紹介からもわかるように、「お前の言うことはそもそも信じられないんだよ! 根拠があるなら示してみろ!」という喧嘩腰なニュアンスが感じられます。つまり、相手を打ち負かしてやろうという意図があるのであって、発表者に貴重な時間を割いてもらった報告を台無しにしようとするものとなっています。言葉を向けられた発表者は、そりゃあ不機嫌になること間違いなしですし、周囲で聴講されていた方々も『ここにいたのは時間の無駄だったの?』とげんなりすることでしょう。
むしろ、こんな喧嘩腰の言い方をしてしまったら、本当は根拠がなかったとしても「○○はあります!」と意固地にさせてしまうかもしれません(もしかすると小保方さんもそんな心境だったのかなぁ……)。そうなってしまうと根拠の追及もうやむやになりかねません。学術ですら良好な人間関係の上に成り立っている、ということを肝に銘じておくべきです。

以上のように、「ソース出せ」という批判では、長期的な視野で捉えたときに学会・社会全体にとってあまり役に立たないのです。
議論をする際には、発表者に対する敬意が絶対に必要です。時には、論拠としている考えが馬鹿馬鹿しいと感じられることもあるでしょう。それでも(相手はあえてそのような馬鹿をやることに意義があると考えているのかもしれませんから)前提は前提として一度受け入れ、説明の運びがきっちりしているかに注目すべきです。そして批判を重ね、最終的に論が破綻したとなれば、そのときようやく「(やっぱり)根拠がおかしかったんじゃないですか? ソースを検討し直しましょう」ととどめを刺せることになるわけです。

もちろんのことながら、「ソース出せ」は有効な批判であることは忘れられてはなりません。それを何の検討もなしに、いきなり言い出すことは害が大きいということを今までは言ってきたつもりです。どうしても言わなければならないときには、その批判を用いることも重要となります。
つまり、実験をした形跡がそもそも見られない、結果に不自然な点があり研究不正が疑われる、などの場合です。
しかしこれらであっても、ある程度の検討がなされた上で提出されるはずのものです。また、このような不正行為は普通は起こらないはずのものです。
ですので、どうしてもソースを出してもらいたいときには、学会の質疑応答の時間にではなく、発表終了後にこっそり相手を捕まえて、「すみません、不勉強なもので○○がわかりませんでした。参考となる文献や実験結果がありましたら、ご教示いただけませんでしょうか?」などと言葉も選びつつ質問の形とするのがよいでしょう。それであれば発表者も気分を害することがなく、それどころか学生を教える気分で嬉々として後日メールで連絡をくれるかもしれません。もしくは根拠に薄かったとはっとして、いい指摘をくれたと思ってくれるかもしれません。
学会も社会である、人付き合いという政治の世界なんだとわきまえることで、学術発展が摩擦なく促進できるのです。

ここまで、学問の世界を思い描きながら、「ソース出せ」は愚かしいという話をしてきました。
しかしながら、このことは学問に限らず、一般社会やネット社会でも同様であるはずです。何か主張をしている方は、それが思い込みであったとしても、何かしらの根拠をもって話を組み立てているはずです。その思い込みを「くだらない!」と一蹴してしまうのは簡単なことですが、それで得られるのは一時的な勝った負けたの感覚だけです。相手にとっても、周囲の人にとっても、何ら建設的ではありません。時間はかかってはしまいますが、相手の議論をしばらくは発展させてあげて、そのうえであらためて主張に価値があるのかないのか検討するのが理想的と言えるでしょう。
また、一般社会には元よりソースを出すことをその役割としているような記事もあります。新聞記事や行政などが出している資料がその代表ですし、個人の方でも情報提供や解析をメインに記事を出されている方がいらっしゃいます。その場合には「ソース出せ」という批判が、学術よりも早く出しやすくはなります。
相手が何を意図して話をしているかをまず読み取る姿勢が、学術を想定しながら説明した内容に加えて必要になってきそうです。

何かしらの意見を見たときには慎重に相手の意図を見極めること、批判とは相手の考えを発展させるものである、人間関係を意識し一時の勝ち負けに囚われないようにする、といったことが身についていくと、おのずと「ソース出せ」がくだらない批判だとわかってくるのではと思います。

by zattoukoneko | 2018-07-01 20:08 | 雑記 | Comments(6)

キリ番100,000ゲットだぜ!

2016年7月15日、日付変わって間もない0時半過ぎ。
「いくらか眠いけど、もうちょっとー」などと戯言をのたまいながら、しかしこれといってやることもなかったので、何気なく自身のブログ(要はここ)の各所をクリックしていたところ……
なんと、ブログ訪問者数がぴったり10万ではないですか!

おめでとう! キリ番ゲットだぜ!!

なお、管理者本人はカウンター回せなかった気がします。
……私の一人前がキリ番ってことじゃね(・ω・)?


ともあれご愛顧ありがとうございます。
最近は記事の内容的に、毎度訪問者いくつの報告・御礼もどうなのかなって思ってしまって、記事にはしていなかったのですけども。
今回10万という大台、かつ、私本人がその瞬間を目撃したということで、久しぶりに御礼記事を書かせていただきました。

普段通りの記事もちょくちょくアップしていくつもりでいます。
変に取捨選択するクセがついちゃったみたいで、書いては保留、思い付いては考えているうちに忘れ、を繰り返しています。
どう考えても私が悪いですね、はい。


読んでくれた方にとって何かしら考えるきっかけになるような記事が、一つでも掲載できていたら嬉しい限りです。
今後ともよろしくお願いいたします。
by zattoukoneko | 2016-07-15 01:06 | 雑記 | Comments(1)

縦書きブログ始めました

――なんてタイトルにしておきながら、この記事は横書きなんですけどね!
まあ、その理由は後述するとして。今までアップロードしたものの一部(小説のカテゴリで、数回分の長さに及ぶもの)を縦書きにしてみました。
サンプル;『絶体零度』

HTMLを利用していて、上手く表示されるのはIEだけかな?
やり方は、
<DIV style="WRITING-MODE: tb-rl; WIDTH: 100%; HEIGHT: 500px; OVERFLOW: auto;" >ここに文章を入れるだけ</DIV>
です。
他にもたてぶさんや、縦書きブログさんなどがあります。

縦書きブログは増えつつあるようで、見かける機会が多くなってきました。出版業界を中心にさらに増えそうな予感。
縦書きを想定して書かれている文章は当然読みやすくなりますし、レイアウトにこだわることでブログを綺麗にすることも出来そうです。
一方でこれまでに普及しているブログが横書きなので、サイトを移ったときにちょっと戸惑うことも。また、私が縦書きに変更したのも小説の一部で、これは普段の記事やショートショートだと逆に読みづらくなると感じたことによります。
読みづらさの原因は、ウェブページ自体が上下にスクロールして見るものだからだと思います。本のページを繰るのとは方向が違う。なので話の展開は下に向かった方がぱっと見で読みやすく、結論やオチは最下部にあった方がよいのでしょう。
(補足ですが、人は文字を読むとき、一文字ずつ追っているのではありません。読んでいるところの周囲の文字も視界に収め、あらかじめ理解すること読解をスムーズにしています)
こうした理由から、長編小説のような長い文章の場合には縦書きの見栄えを重視し、短い文章では読みやすさを重視するのがよいだろうとしました。なのでこの記事は普段通りの横書きとなっています。
まあ、それだけではなく、タグを途中に入れたからというのも大きい理由なのですが。

ただ実際に縦書きにしてみて思ったのは『やっぱり紙に印刷したのとは違うなー』ということ。当たり前ですが。
単に縦書きにしただけでは、小説などがそれっぽく見えるという程度。ページをめくっていくのとはかなり印象が違います。横スクロールがその役割を果たすと思ったし、ある程度はその効果もあるとわかったのですが……ウェブの上下のスクロールと混じっているからか、あるいはページ間のタイムラグがないからか、感じ方が変わってしまいました。
実はこの記事を書く前に、このブログの看板娘をやってくれている雪音の小説を縦書きでアップロードしてみてました。ページをめくっていくのが遊びになっているものなのですが、それが上手く表現できていないような気がして、結局2時間程度で削除してしまいました。
縦書きブログは面白そうではあります(なので私もたまには利用してみようかなと)。けれどその魅力を引き出したサイトはまだないと感じる。
「簡単に気軽に投稿できるブログ」という場に「見栄えのよい縦書き」を使えるようにすることで、「すでにあって、内容を把握しやすい横書き」を超える付加価値を生み出すことができるのか。気にかけておいてもいいテーマではないでしょうか?
by zattoukoneko | 2013-07-20 05:23 | 雑記 | Comments(7)

マクドナルド60秒キャンペーン

いや、私自身はこのマクドナルドの60秒キャンペーン利用してないのですが(マテ
ただ販売戦略として素晴らしいものだなと私は思っており。せっかくなので覚え書きも兼ねてブログ記事にしてみようかと。


ネットでは「商品の質が酷い」などと酷評されているようですし、モスバーガーは「60秒で商品を揃えることはできませんが、その分美味しさと真心は負けません」と言ったとか。自分が経営者だったらガッツポーズを取って、それでも足りずに小躍りしたくなるくらいの大成功だと思います。
もちろん良い商品を提供することに越したことはありません。けれど『良いもの』と『売れるもの』は別物でもあります。
酷評されていたとしても、話題になればそれは『人気が出た』ということであり、そして『売れるもの』となります。映画などがよりわかりやすく、周りの評判が悪くても観に行ってしまう(あるいはテレビで放送されれば見てしまう)ということを経験したことのある人は多いはず。
また『マクドナルド』というのはビッグネームであり、そこが何かしらすれば注目を浴びるのは自然なことです。もう一度映画で喩えるならス○ルバーグとか宮○駿とか。同じことを商店街でひっそりとやっているハンバーガーショップがやっても、注目されないか、最悪評判がガタ落ちして潰れておしまいでしょう。すでに『スピード』で『売れて』いて、そして『地位を確立したマクドナルド』だからこそ取れる戦略だと思います。そしてそれは見事に当たったと。
経営する側として最も大事なのは売ることである――その視点からもう一度見つめ直せば、この60秒キャンペーンが如何に成功したものかがわかるのではないかと思います。
(付け加えるならば、モスバーガーはこの流行に乗っかった「二匹目のドジョウ狙い」と言えるでしょう。方向性は多少変えているものの、『マクドナルドを意識してるw』と思わせていたら、それは戦略としてより上のものにはなり得ないと感じます)

このくらいであればすでにわかっている人も多いのではないかと思います。私が注目したのには、もう一つ理由があるのです。
それは「アルバイトや新人の教育も兼ねているのだろう」ということです(きちんと取材したわけではないので、憶測なのですが)。
頻繁にではないものの、私もマクドナルドを利用することがあります。その際にたびたび『あれ、ファストフード店じゃないの?』と思っていました。明らかに怠けていたり、だらけている店員は多く、そこを店長なり本部の人は指導して動かせよと。
今回のキャンペーンを通じて、店員が自分たちがこれまでまともに動いていなかったと自覚するに至れば、売るための経営戦略だけでなく教育にも繋がります。もっと言ってしまうと、それで根を上げて辞める人がいれば、能力のない人を上手くふるいにかけることができ、人件費の削減にもなります。
教育の側面に関しては、どの程度の効果が出るかわかりません。各店舗の店長なりスタッフがその意味を理解し、直接伝えていく必要もあるかもしれません。なかなかそうした意図まで読み取ってくれないですからね。自分が厳しい状況に置かれている身だと、そこまで頭が回らなくなってしまうものですし。
まあ……時々『この人もリタイアするの?!』と痛い思いをすることもあるのでほどほどに。(←経験者らしい?)


以上、ざっとではありますがマクドナルドの60秒キャンペーンを見つめ直してみました。様々な視点から分析してみるのは良いことだと思います。他にもダメだった場合にもらえる無料のクーポン券を使ってもう一度行くかどうか考えてみるとか。少なくとも「マクドナルドは失敗したw」はないなと。
でもどうせ食べるならきちんと整った商品が良いので、次回は「180秒で綺麗な商品が提供出来なかったら1,000円分無料」とかやってください。……『綺麗』ということに関する判断基準が曖昧なので、それをクリアするために企画をもう少し練らないとだな。
by zattoukoneko | 2013-01-12 04:37 | 雑記 | Comments(7)

新年あけましておめでとうございます

年も明け、2013年となりました。
すでに仕事や学校が始まっている方もいるでしょうし、今日からの人も多いかと思います。
皆さまにとって良い一年になりますように。

さて、すっかり更新が滞っています。放置しているわけではなく、ネタ切r(ry
私自身忙しくなっており、ブログ記事を書く時間がないということもあります。
また近頃はかなり専門的な内容に関わっており、ブログ記事にしにくいという事情もあります。
一応ではありますが、ここの主旨は中高生から読むことができ、その内容に興味を持ってもらうこととしています。あくまで『興味』ですので、参考文献なども提示せず、自分の文章で話のネタとして書いています。
こうした主旨と、最近の生活が乖離しているため、書きにくくなっていると感じます。

……というか意識してなかったけど、文章堅いな?!

さてはて。
出版は来年になるようですが、事典の執筆などもやらせていただけることとなり、多くはないものの重要な項目を担当することとなりました。
予価も二万程度と格安ですし、名前を見かけたらご購入の検討をば。
――って、実名出してないじゃん!
by zattoukoneko | 2013-01-07 07:08 | 雑記 | Comments(0)

ブログ更新予定

今後のブログ更新予定です。

【期間限定公開】としておいた『雪の音に沈む街』オマケエピソードが放置されているという。いや、私自身も結構忙しく、そしてネタ切r(ry
ネタ切れは冗談ですが(本当ですよ!)、なかなかブログ用に書く時間が取れていないのが実情です。オマケエピソードも、実はこの先の続きとして書いていたりしますが、ここがキリがいいかなと思って止めました(せっかくですし残しちゃうことにしましょうかね?)。現在は別のお話を書いていたりしますが、ブログに掲載する予定はありません。ブログに掲載すると考えた場合、私の中でかなりの抑制がかかります。単純に言ってしまえば『習作』となるわけですが、別にここで何かを練習しているというわけではなく(やってみると得るものはあったりしますが)、注力するならブログという形式に囚われず、そして本気で物語を作りたいと考えています。オマケエピソードを掲載していた頃から考え始めた短編は今月頭に書き終えており、現在は普段と書き方を変えた長編に挑んでいます。読んでくれた方からは「今までのと全然質が違うじゃねーか!?」とのお言葉を頂いております。……いや、そのくらいは書けるってばさ?(←友人向け発言)

そんなこんなで物語を書くという点でも忙しく、また当然ながら普段の生活もあります。ブログ更新が遅れておりますが、ぼちぼち再開したいところ。
旬な話題としてはノーベル賞でしょうか? 10月1日から8日にかけて受賞者の発表がありました。ここのブログでは科学/技術に関わることを取り上げたいのですが……どう考えても2012年のノーベル賞で、爆弾投下したのは平和賞でしたねorz(ちょっとだけ書いておくと。2012年ノーベル平和賞はEUが「ヨーロッパにおける平和と和解、民主主義と人権の発展に六十年以上に渡る貢献をしたことに対して」で受賞しました。ノーベル賞を授与する国は基本的にスウェーデンなのですが、平和賞だけがノルウェーなのです。そしてノルウェーはEU“非加盟”です。EUは経済が破綻しそうで同盟国同士で睨みあいしてますし、その一方でノルウェーは天然資源が豊かな国ですし。一体何の皮肉かと……)
とはいえ、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞で話題提供できないこともない。特に日本人が受賞したとして生理学・医学賞が注目を集めていますが(受賞者は山中伸弥さん)、日本の多くのメディアはiPS細胞の応用の方ばかりに目が向いている様子。ノーベル賞の委員会(正確には生理学・医学賞の選考はカロリンスカ研究所が行なっています)が受賞させた理由には、応用だけでなく、きちんと基礎の分野での貢献も加味されています。これが日本においては見逃されがちだなと感じているので、それを取り上げるのは良さそうです。昨年のようなSteinman博士が受賞者発表時に死去していたとか(昨年扱った記事)、一昨年のグラフェン受賞(一昨年のもの)に比べるとどうしてもインパクトは薄いですけど。

ここのブログでは中高生でも呼んで楽しめ、また単に解説をするのではなく色々な目線を提供したいと考えています。今年の生理学・医学賞はそのまま扱えば新聞などで話題になっていることとは別のことが書けそうですが、物理学賞や化学賞は悩み中。いずれにしても個別に扱うことになりそうです。
では諸事情により更新が遅れておりますが、ぼちぼち進めていきたいと思います。今後ともよろしくです<(_ _)>
by zattoukoneko | 2012-10-18 04:18 | 雑記 | Comments(0)

期間限定公開中♪

現在期間限定としてブログのどこかに表示されている(PC、携帯、スマートフォンによって場所が異なる)女の子のお話を公開しています。
白黒の画像を使っているのでわかりにくいですが、頭には赤い髪飾りを付けていて、そして人と雪女のハーフです。
正確には画像の子は「雪音っち」といって、「雪音(ゆきね)」とは別物だったりするのですが、その辺りの設定を細かくしていると大変なので割愛です(笑) オリジナルは私が書いた『雪の音に沈む街』という小説で、この主人公が雪音。それを読んで気に入ってくれた人が描いてくれたのが雪音っちとなります。
今公開しているのはどちらかというと雪音の方のエピソードですかね? 実はその辺りは明確には分けて考えてなかったりw 一日に一つお話を書いて、メール配信しようと考えて始めたものです。現在五日目。かなり好評で、ならせっかくだしブログにも出してみようかなと。
ただ残念ながらオリジナルの『雪の音に沈む街』は公開されてなかったり。実は特殊な形式を使って書いているので、ブログに公開できないのです。紙のページをめくる動作を使ったもので、見た目が一般的な小説とは異なります。ページをめくるように、web上でも閲覧できるものもあるみたいですが……それもどうなのかなーと?(←覚えるのが面倒とは言いたくないらしい)
まあオリジナルがないので、公開は「期間限定」にしようかなと。時期は決めてないのですが、そんなに長くは出していないと思います。興味のある方は今のうちに是非ー。

なお雪音っちの方はかなり自由度が高く、色々なところに出かけますし、たまに小さくなったりするみたいです。オマケエピソードはここまではやってませんね。
基本的には絵で描いて遊んでいるので、それをいくつか公開してみましょうか。
……あれ、昔描いたやつはどこへ行った?(ぇ
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2012/12/09追記:画像がブログ上から消えていたために再度アップロード。しかしサイズがきちんと指定できず、縦横の縮尺が変わってしまいました。ぐむぅ……。
by zattoukoneko | 2012-09-14 20:52 | 雑記 | Comments(0)

何を書こうかな♪

前回の更新から一ヶ月ほど経ってしまっていますね。目下ネタ探し中です。
ネタ切れというわけではなく(本人が言うと説得力が木端微塵ですが)、何を書くと見に来てくれる人は面白がってくれて、またブログとしてもバランスが良くなるのかなと。
自分では結構数を書いたと思っていた化学や物理のカテゴリはほとんどないのですよね。他の分野と混じっているので分類を別のところに入れてしまったのだと思いますが……。
逆に書いてないなと思うのに量が多いのは小説のカテゴリですね。連載やってたからその分エントリーが増えているという。


ロンドンオリンピックが開催中ということもあり、科学ネタとして万博(第一回はロンドン)を取り上げ、その当時のナショナリズムと結びつけながら、オリンピックと万博でどうそれが違って表現されるか――なんていう話題を考えていましたが、出場する側・応援する側・開催国というそれぞれのファクターを考えないといけないのだと気付いてめんど……げふんげふん! きちんとした調査と論考が必要だなと。
面白そうではあるのですが今回は見送りの方向で。
おっと、誰ですか? それは埋没フラグだと言っているのは。……私も当たっていると思います(ぇ


ともかく自分で数が少ないと感じている小説やエッセイをやってみようかと考えています。次は連載ではなく一回で終われる短いものですね。
これは今の流れがそちらに傾いている気がするし、いきなり『化学!』『物理!』という感じがする記事だと唐突かなーと。結構並びを気にする人だったりするのです。
それともう一点ありまして。ここに掲載しているのは習作だし、自分の最近思っている『短い小説になるほど文章では見えないところを武器にし、長くなるほど文章でしか見せられないところを武器にすべきでは』という考えを試してみようかなと。それをやりつつ普段書くことが少ないものにチャレンジしてみたいなーという気持ちがあるからです。
ここに掲載している小説を見てもらえればわかるかと思いますが、私はコメディが得意でなかったり。書いている内容が結構シリアスになりがちなのでバランス取るのが苦手なのだろうと自己分析してますが。ま、この辺りも食わず嫌いにならないようにやっておこうと思ったので、もう少し小説カテゴリにお付き合いいただければと。

…………もしかしてギャグ・コメディで『文章で見えないところを武器に』って難しい?
by zattoukoneko | 2012-08-02 08:26 | 雑記 | Comments(0)

30,000Hit御礼!!!

30,000アクセス達成♪ 普段からこのブログを見てくださっている方には本当に頭が下がる思いです。
なおアクセス数はPCのみカウントしているそうです。携帯・スマートフォンを含めるともっと多くなるみたいですが、記録に残ってないので仕方ないですねー(今週一週間だと全体は700程度で、数えられているのは330くらいとのこと)。
こうした数字がわかるようになったのはこのブログをやっているExciteさんのシステムが変わったからです。記事別アクセスなども見れるようになって、例えば閲覧数が常に上位にあるのは「お守りの中はなぜ見てはいけない?」だったり。確かに興味深い内容かと思います。
また試しにGoogle Analyticsを入れてみました。実は【連載小説】『絶体零度』の頃にカウンターがころんころん回りまして。他のサイトさんでどうやら紹介されていたらしいのですが、私はアクセス解析とかさぱーり興味がなかったのでやっていなかったのです。閲覧者様のことを何だかこっそり調べてる感じがしたというのもあり。ですが多少は気にした方がいいのかもなーと導入してみました。……ブログできちんと稼働しているかわからず、そして最近ようやく見方がわかってきたようなそうでもないような感じなのですが(汗)
ただそれによるとリピーターの方もきちんといるとわかりましたし、先の『絶体零度』はブラウザはIEで表示を確認していたのですが、確かに訪れる方のほとんどがIEを使っていることもわかったり。また平均閲覧時間も出るので、何かしらのキーワードで見つけて訪れたものの、すぐに帰る人も多いことに気付けたり。……ダメじゃんorz
と、とにかく、私自身は解析にはあまり注目をしていないのですが、新しい記事をアップしたときには平均滞在時間も長くなって、読まれていることもわかったりしました。こういうことは閲覧者様により読みやすいもの・興味を持ってもらえるものを考える上で一つの判断材料になりそうだと感じています。

現在ブログの更新速度は一時期よりかなり落ちています。私自身の生活が変わったということもありますし、それ以上にブログで提供できるものについて考えている最中だからです。端的に言えばネタ切れなのですが(マテ?!)、私らしさを打ち出しつつ、かつ『ブログ』であることをもっと意識しようかと思ったのでいったんリセットしたわけです。
その一つが連載小説でしたし、結果として「連載長いよ! そして更新早いよ!」という友人からのお言葉をもらえたので、この前まで短編ではどうだろうかと【連載小説】【短編小説】『紅ひらり』を書いてみました。こちらは『絶体零度』に比べると随分大人しい感じのものにしてあります。これは『連載』となると各話毎に引きつけるような要素を入れるのがよいだろうと考えて前はチャレンジしたのに対し、短編ならばそこまでなくてもよいのではないか、むしろそれを取り払うくらいのつもりで挑戦してみよう、という考えに基づいています。
また短編ならばお遊びをしたいと考え、伏線ではないものの、全体のテーマに繋がるような蘊蓄を入れてあります。花言葉や木言葉、主人公の舞という名や両親の呉葉や経は能や歌舞伎の『紅葉狩り』からの援用(振り仮名を付けませんでしたが父親の経は経基(つねもと)から来てます)、そして今回の記事の最初にも紹介したお守りの話など。その他にも細かな遊びが実はあったり。なので書いている方はとても楽しんで……いや、逆に制限多くしすぎて苦しみましたデスorz

まあそんなこんなでこのブログをやっている人は自分をいぢめながらも、それなりに元気にやりつつ、そして30,000Hitとかになると小躍りして喜んでいるようですので、これからも見てやろうかなって方は何卒よろしくお願い申し上げます。

余談。
『紅ひらり』はタイトル先行でした。その後短編なので登場人物を思いっきり絞り(当初は両親の名前すら出ない予定だった)、カエデの木との恋愛(?)物語と「?」まで付けたところでイメージが欲しいなとネット上でカエデの木やそれに纏わるイラストを見たりしてました。その中でも一番影響を受けたのはこれかもしれません。すでに作ってあった設定とも似てましたし、それとは関係なしに良い曲だとも思ってお気に入りになりましたし。YouTubeより巡音ルカ『紅一葉』
by zattoukoneko | 2012-07-08 03:06 | 雑記 | Comments(0)

小説の連載をするかもしれません?

ここしばらくブログ更新が滞っています。
私自身忙しくなっていて時間の遣り繰りに苦労しているというのもあるし、それが一番大きな要因だと思うのですが、もう一つに次以降で「小説連載」をやろうと考えているのです。この準備期間がどうしても必要ということになります。……結局書いてないんでしょ、とか言わないで!

小説の連載は以前もこのブログで試みました。『絶体零度』というものです(
第一回目へはここをクリック)。有り難いことにこの小説はかなりの人気と高評価が得られたようです。
一方で「長すぎ!」とのお声も頂きましたし、「ブログだと読みにくい」との意見も。確かに最初に想定していた量より多くはなってしまって、長編小説くらいの分量となっています。また書いている間はWordなどのワープロソフトを利用しているのですが、ブログに転載すると文字が揃わないということはどうしても出てきてしまいました。また掲載するにあたって一話一話の区切りを明確にすることで飽きてしまわないようにと心掛けたのですが、そのことが以前に触れた箇所、伏線のようなもの(そこまで明確なものはこのときには使いませんでした)、全体の流れを把握しにくくもしてしまったようです。読んでくれた人の中にはわざわざ文章をワープロソフトに転載して縦書きにしてから読まれた方もいるようで。許可を貰えるかとの問い合わせもいただきましたが、どこかで本にしたり自分のものとして公開しない限りは自由に使ってくれればと思います。ただ手間をかけさせてしまったなぁと。

そうした前回の経験から、では短編小説ならどうだろうかと構想を練り、その準備を現在進めています。
ただ『絶体零度』とかなり雰囲気が変わることになりそうです。短編の話ですから登場人物などもそこまで増やすことはできないですし、私もブログで公開するものは習作と考えています。他人様に見せられる水準は保つつもりですが、書くにあたって取材をしたり調べ物をしたりという時間はかなり減っていますし、そうしたところに公開していないものとの歴然たる差を感じることもあります。
具体的にどのようなものになるかですが、各話読み切り(?)という感じではありません。区切りはある程度付けていますが、『絶体零度』のように各回で起承転結を入れて事件性を持たせるということは今回はしないつもりです。これは全体と各話の分量の関係からというのもあります。文章もやや詩的なものになるかと思っています。ストーリーもかなり穏やかなものにしようかと。
タイトルはすでに決まっており、『紅(あか)ひらり』といいます。恋愛もので当初は考えていて、その要素はなくなっていないのですが、その後設定を追加し整理していく中で少し薄れてしまったかもしれません。追加した設定に関しては伏線というより世界観を豊かにするためのものという感じで、ただし他の場所とも繋がってくる。ただし明示はしないかな、と。
更新に関しても『絶体零度』とは大分異なります。先のものは一つ書いて公開し、その後次のものを書くとしていました。今回の『紅ひらり』は全体が有機的に繋がっているので全て書き上げてから、調整を行なって各話公開することとします。この更新間隔や期間についても現在考え中です。自分のスケジュールから公開が止まってしまったら申し訳ないですし、毎日更新(あるいは一日に数回まとめて)というのも読む側の立場からすると大変なのかな、と。
そんなこんなで気付いたら結構難産なものになってしまっていて、未だに頭とお腹を抱えながらストレスでのたうち回っています。ストレスにする前に書いてしまえよとも思っているのですが(苦笑)


さて今回は小説連載の予定をお知らせしました。焦っても良いものはできないでしょうし、焦りにならない程度に私自身急かさせてもらうことにします。
ただ『他人様に見せられる』は絶対の基準としています。ですので私がこれを超えていないと判断した場合には書いた原稿は破り捨てることにします(PCではデータですが、実際にプリントアウトして手で破り捨てるということをこれまでもやってきていました)。もし次回以降が『紅ひらり』ではなかったり、そもそも小説ではなかったりしたら――察してあげてください(涙)
by zattoukoneko | 2012-06-08 06:49 | 雑記 | Comments(1)