職歴が論文に書かれているところは信用するな:出版倫理の話

前回の記事「日本語論文は廃れるかもしれない現代版:システム面から考える」の続き、出版倫理ver:医学分野を例にして、とも言えるかもしれない。

さて、医学論文において、患者の個人情報を適切に保護することは医療者に課せられた義務と考えられています。このときの「個人情報」とは、個人情報保護法で想定されているものよりもずっと広範な範囲の情報を指し、入院日や職歴、生活習慣なども含んでいます。
この基となる規範については、例えば、「患者の権利に関する世界医師会リスボン宣言」(リンク先日本医師会ホームページ内)があり、「守秘義務に対する権利」の項目の中で「患者の健康状態、症状、診断、予後および治療について個人を特定しうるあらゆる情報、ならびにその他個人のすべての情報は、患者の死後も秘密が守られなければならない」「情報は、患者が明らかに同意を与えていない場合は、厳密に「知る必要性」 に基づいてのみ、他の医療提供者に開示することができる」のように書かれています。また日本国内では、上記を反映した日本医師会『医師の職業倫理指針』の中に「守秘(秘密保持)義務」の項目がありますし、医師らの自発的な倫理感に限らず、法律上でも刑法134条において「医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6カ月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」と記載されています。
また、昨今では世間一般でもプライバシーに対する意識の高まりから、学会や病院からより具体的に規則が発表されていることもあります。日本病理学会「症例報告における患者保護に関する指針」 では「患者の人種、国籍、出身地、現住所、職業歴、既往歴、家族歴、宗教歴、生活習慣・嗜好は、報告対象疾患との関連性が薄い場合は記述しない」と明記されています。
このルールの覚え方として、私は大学時代に「病院のデータベースで検索をかけて、患者が特定できたらダメ」と教わりました。なるほど、ハリソン・フォード主演『逃亡者』をイメージすればいいわけですね。映画内で彼は、忍び込んだ病院内でPCを使い、自分の知っている特徴から真犯人の所在を探り当てていました。ここに発表した論文がそのような使われ方をされるようなことはあってはならない、というわけです。

もちろんのことながら、先に紹介した病理学会の指針にもあるように、論文執筆者が気をつけるべきは患者の職歴だけではありません。家族歴や生活歴についても、疾患と関連性がない場合には、論文内に記載すべきではありません。
ではなぜ、私は職歴ばかりを強調したのか? そして、職歴を記載してしまうような出版社や学会は信用するな、とタイトルに書いたのか?
その理由は、家族歴や生活歴に比べ、職歴は素人(つまり、出版社にいる編集スタッフ)でも簡単に見分けがつくからです。
病理学会の指針は、逆に言えば「疾患に関係しているのなら、職歴も生活歴も書いてOK」ということになるわけですが、素人にはこの判断ができないわけです。例えば、非結核性抗酸菌症に関する報告で「患者は茨城県南部に在住。井戸水を生活用水として常用していた」と書かれていたとき、どこまで出版物として公表していいのかわかりません(ちなみに答えですが、非結核性抗酸菌症は原因菌の分布に地域的な偏りがあって茨城県南地区では Mycobacterium intracellulareの感染が多く、また水の中に常在していますので、報告内容によってはすべてOKと判断されるのではと思います)。
これに対し、職歴の方であれば簡単です。胃がんに関する報告で「職業:専業主婦」と記載することはまったく必要ありません。もし著者がうっかり論文内に書いていたら、出版前に編集スタッフから削除してもよいかどうか質問がなされるはずです(記者向けのハンドブックなどを見ると、一応ここでは「質問」とすべきで、勝手な削除はしないように心がけられているようです)。
このことから、編集スタッフの中に出版倫理をちょっとでも意識している者がいれば、職歴くらいであれば無秩序に出版されてしまうというような事態は避けられることになります。対偶を取れば、「職歴がどの論文にも載っているような雑誌があったら、そこの編集スタッフは出版倫理に注意を払っていない」ということになるわけです。

ここで詳細を述べることは避けることにしますが、実際、学会でも出版倫理をまったく守っていないところがあるようです(などと書いているうちにも、新しく「患者のCT画像に撮影日がそのまま載っている」という学会誌を見つけてしまいました。マジか、これ職歴よりマズいと思うんだけど……)。
学術論文の電子化が進み、中には編集スタッフによるチェックがおざなりになっている出版社・学会が(特に海外で)増えているようですので、以前にも増して、著者は論文投稿前に念入りにチェックしておく必要が出てきました。すでに、職歴どころか患者の氏名まで論文に掲載されてしまった事例が生じています(杏林大学ホームページ「お詫び:患者さんの個人情報の漏洩について」)。
とはいえ、著者にとって論文執筆は大変な労力のかかる仕事であり、簡単なミスを起こすこともあるでしょう。出版社や学会はそれは当然起こることと想定し、しっかりとした編集スタッフを抱えておくべきです。あるいは著者は、きちんと編集作業をしてくれる学術雑誌を見抜き、信頼できるところに投稿すべきです。知名度、インパクトファクター、掲載期間、アクセプト率、といったものばかりが注目されがちですが、そう遠くない将来に「編集の質」が投稿先選びの重要項目に加えられるのではと推測しています(学会によっては、すでに雑誌の質の回復を目指し始めたところもあると聞いています)。

さて、ここまでは出版社や学会側、編集スタッフの能力不足として述べてきました。しかし最近、そもそもこのような状況を招いたのは、著者の側にも問題があったのではと感じるようになっています。つまり、「なんで職歴を書いちゃいけないのかわからないんだけど?」という医師が非常に多いのです。
そうした方々の言い分として多いのが、「だって疾患を見極めるには念入りな問診が必要。他の可能性も除外するためにも、職歴が知っておかないとならない」というものです。この主張はとても正しいものです。念のためここで書いておきたいのですが、ここの記事を読んで患者となられた方は、『個人情報が漏らされるかも……』と不安に思ったとしても、医師にはできるだけ詳細な情報を伝えるように心がけましょう。自分ではまったく体調不良に関係ないと思うようなことですら、医師にとっては重要な情報になることがあります。例えば、「韓流ブームのあった十数年前に韓国に旅行をしてカニ料理を食べた」(=旅行歴)という話から、疾患特定につながることもあるのです。
話を戻して。しかし、上の医師の主張は、「日々の診療」と「出版」を混同してしまっています。一度雑誌や本として出版されてしまうと、そこに記載された内容は医師だけでなく一般の人の目にも触れることになります。読者の中には、妻殺しの疑いをかけられた逃亡者がいるかもしれませんし、より凶悪なストーカー等の犯罪者もいるかもしれません。彼らが逮捕後に「論文を読んで、病院のデータベースで検索した」と供述すれば、世間の批判は論文著者にすら向くことでしょう。それが、出版というものです。
加えて、症例報告の論文というのは、著者が診療中にどう悩み判断したかを逐一報告するものでもありません。症例とそれへの考察が主なはずです。よしんば著者の苦労に関する報告だったとしても(時には「職歴をきちんと聞けていなくて判断が遅れた。みんなも気をつけよう」という論文も実際にあります)、関係のない記載は避ける努力をしなければなりません。まさに、過ぎたるはなお及ばざるがごとし。必要十分な論文に仕上げることも著者の力量の一つというわけです。

この「必要十分な論文を書く」という意識が、特に医学論文においては低下しているように私には思えます。そしてそれが、職歴記載の問題に顕著にあらわれていると感じるのです。
この背景には、演繹的な理化学と違い、医学には帰納的に新知見を得るということも関係してはいるのでしょう。職歴(=環境)や家族歴(=遺伝)は関係ないと思われていた疾患が、後にそれらが重要と判明する可能性も捨てきれません。だからこそ、著者の見極めが重要とも言えるわけですが(場合によっては「遺伝の可能性はまだ否定されていないので、自分は書きたい!」というようなアピールも大事になるかもしれません)。
論文の質の低下は、編集スタッフの質の低下にもつながるものです。出版倫理を意識していた者であっても、投稿される論文のほとんどが倫理意識に欠けるものであれば、それに合わせざるを得なくなるでしょう。そうしないと掲載できる論文がなくなってしまいますし、あるいは編集委員会から「これが普通なんだから、出版倫理の方が時代遅れ」と言われることすらあるかもしれません。論文の質が下がり、雑誌の質が下がり、次に起こるのは学術の質の低下です。ことに日本の医学界は、もうここまで進行してしまっているのではと危惧します。

国際的な出版倫理について検討している機関としては、Committee on Publication Ethics(COPE)などがありますが、日本の学術雑誌に携わる編集者・編集スタッフで、ここに加盟、またはじっくりと目を通している方は少ないのではないかと思います。
あるいは、最近流行りのオープンアクセスでは、Directory of Open Access Journals(DOAJ)
がその品質を評価しリスト化しているのですが、2016年に採択基準を厳格化したときに日本の雑誌は大幅に削除され、収載されているものは数えるほどしかありません。
このような状況が生まれてしまったのには、前回の記事にも関係することですが、言語の違いやシステム面での差も影響していることとは思います。しかしそれ以上に、「そこまでやらなくても論文は投稿されてくるし」という出版サイドの甘えが見え隠れします。
「国際誌に論文を発表するのは大変だから、採択されやすい国内の雑誌で。できれば日本語がいいな」という投稿者側の考えが、この時点では世界中に読まれるかどうかという違いだけだったはずなのに、出版倫理の低下という雑誌そのものの低下につながり、本当に日本の学術誌が国際誌に劣ってしまったという現状を生み出したのかもしれません。

国際誌と国内誌の役割は違うと考え直し、論文の質でも出版の質でも負けてはならないという意識を持つことが、今後大事になってくるのではと考えます。

Commented by zattoukoneko at 2018-06-08 07:34
なお、「疾患に関連がある」の場合以外でも、職歴の記載が出版サイドから認められることもあるそうです。
例えば、クイズ形式の本など、患者の所見から疾患をあてるようなものです。考えればこれは当たり前ですね、「疾患に関係あるときのみ職歴記載」としていたら、ほとんど答えが問題文に載っているようなものですし。
もちろんこの場合でも、不必要に情報は記載しない、場合によっては患者からも許諾を得る、という配慮は必要となります。
Commented by 内科系の医師D at 2018-06-11 15:59 x
職業歴や家族歴は出版社が削除するべきものではないのですか?
査読者の判断が十分になされるよう、論文投稿者は記載しておくのが普通と思いますよ。
Commented by zattoukoneko at 2018-06-11 18:13
内科系の医師Dさん、ご質問ありがとうございます。

まず、医学に限らず、出版社にいる編集スタッフの役割についてご説明します。
彼らの仕事は「研究者の成果をいち早く世間に公表すること」と「出版によって赤字にならないようにすること(できれば黒字に)」です。「研究者の論文に手直しを加え、体裁を整えること」は含まれていません。
そもそも、編集スタッフには(最低限の表記統一を除き)原稿の手直しをする権限は与えられていません。彼らは素人なのですから、下手に文章を直してしまうと、内容が誤ったものになりかねません。もし疑問点があった場合には、彼らは直接直すようなことはせず、ゲラ刷などに鉛筆書き等で質問を書き込むことになっています。このことは編集スタッフ向けのガイドブック等に書かれています。
したがって、著者は研究・出版倫理に当然則っているという前提のもと、編集スタッフは基本的に投稿論文を元原稿そのままに出版します。もし問題が生じれば、その責任は著者にすべて向かいます。素人である編集スタッフは責任を取りませんし、取りようもありません。英文誌は特にこの傾向が強いです(世界中からたくさんの論文が集まるのに、各国の法律に精通しているなんて無理ですから)。

もしかすると、内科系の医師Dさんは、編集スタッフと編集者を混同されていませんでしょうか?
研究者の集まりである編集委員会には、投稿規定などに記載があれば、ある程度の記載修正の権限が付与されていることがあります。
あるいは、日本国内の医学書の編集スタッフは「サービスで」体裁を整えることをしていることもあります。聞いた話では、「そうでもしないと原稿の質が悪すぎて、怖くて出版なんかできない」のだとか。あくまでサービスですから、コストの無駄と出版社が判断すれば、先述の彼らの役割「赤字は出してはならない」に従って修正は入れてくれなくなります。
私のいる研究分野なんて、明らかな誤字脱字ですら赤字を入れてくれませんからね。ホントに医師は環境に恵まれ(すぎ)ているなと思います。
(続きます)
Commented by zattoukoneko at 2018-06-11 18:14
(続き)
どうしても査読者に目を通してもらいたいデータがあるなら、カバーレターに書くか、原稿にわかりやすい印をつけて著者校正時に削除でしょうか?
いや、それでも、原稿の輸送時等に紛失などによって外部に漏れる可能性があるので、下手したら守秘義務違反ですかね……。その危険性も患者さんには当然伝えてから投稿しているのでしょうけど、いざトラブルとなれば患者さんはどう思うのか。
すみません、私は医師ではないので詳細な案内ができません。内科系の医師Dさんの思い描く仮定が、そもそもどんな論文なのかわかりませんし。「必要なら書く、必要ないなら書かない」がやはり原則と思う、としか言いようがないですね。
Commented by zattoukoneko at 2018-06-11 18:32
あ、上記のコメントをしてから気付いたので、補足。

出版倫理を意識するのは、本来は研究者の役目です。つまり、論文執筆者と編集委員会の仕事です。専門家でない編集スタッフには、判断が難しいこともありますから、その責任を負わせるわけにはいかないでしょう。
しかしながら、研究不正への世間の目が厳しくなり、また出版の技術(特に電子化)も複雑になったことで、研究者だけではすべての倫理をカバーできなくなりつつあると思っています。そうでなくとも、ケアレスミスや原稿の提出間違いは常に起こりうる問題です。それらのチェックを編集スタッフもできるようになってほしいと私は考えています。

つまり、出版社にはもっと専門的な仕事ができるようになってほしい、という想いがこの記事の背景にはあります。
投稿された原稿はそのまま出版していい、は原則通りですが、それだけだと機械にやってもらうのと何ら変わりありませんからね。
by zattoukoneko | 2018-06-08 07:20 | 生物・医療 | Comments(5)