『世界を凍らす死と共に』2-3-2


「どうして隼人が怪のことを知ってるんだ?」
 隼人は確かに怪と口にした。けれど母さんらの話ではまだ未知の部分が多いため、世間一般には知らされていないということだった。実際俺も先日までその名前を耳にしたことすらなかった。
 なのにどうして隼人はその存在を知っている?
「……もしかして隼人に怪が取り憑いているのか?」
 一つの可能性。ただの思い付きでしかなかったが、問われた相手は否定することもせずに訊き返してきた。
「仮にそうだとしたらどうする?」
 隼人は視線でこちらを捉えたまま離そうとしない。ともすれば思考が凍りついて停止してしまいそうになるのを感じ、俺は必死に足掻いた。
「怪に取り憑かれて柊は連続殺人事件を引き起こしてしまった。そんなものを見逃すわけにはいかないし、消し去らないと――」
「どうやれば怪は消えるんだい? その方法を鏡夜は知ってるのかな? そもそも怪に取り憑かれると人は悪さをするというような物言いだけど、本当にそういうものだと君自身は考えているのかな?」
「……」
 立て続けの問いに俺は何一つ答えられなかった。姿勢を改めると誓ったのに、結局ここ数日で俺は何も知ろうとしていなかったということか。
「それは違うよ、鏡夜。勘違いしちゃいけない」
 諫める言葉を発した隼人は、そこでどう説明をするかしばし考え始めた。ぽりぽりと頭を掻きながら「長々と説明するのはボクの性分じゃないからなぁ」などとぼやく。
「さっきの怪を消そうというのは紗樹ちゃんの想いだよ。鏡夜のじゃない。ただ同じ事件を共有しているから誤って想いを重ねてしまったのさ」
 それから急に話を変え、火を掻き回すのに使っていた枝で街並みを指し示した。
「この丘からは周辺がよく見渡せるだろう? 怪のことや事件のこと、最近の鏡夜の周りで起きていることを知っていたのはだからだよ。って、これじゃあわかりにくいか。つまり想いを敏感に察知していたってことなのさ。人間でも人間じゃなくても常に想いを発しているし、それは自然と渦を巻く。その中から見たいものを見分け、どう流れを形成しているかを把握できれば、大まかな事情くらいならわかるのさ」
「流れている想いから事情を把握するって、それはさすがに人間の能力を超えてるだろ」
「ああ、うん。もちろん想いからだけじゃダメだね。ボクは紗樹ちゃんのことを以前から知っていたから、その後怪に取り憑かれて想いが混乱する様子を察知することが出来た。強烈な想いだったから只事じゃないことはわかったし、そのうち怪の存在も知り得たけど、でもどうやって怪を祓うのかまではボクには思い至ることが出来なかった」
 だとしてもそれは稀有な能力だ。実際にはもっと独自に調べようと動き回っていたのかもしれないが、隼人はそこまでは口にしなかった。そしてまた頭を掻きながら「そういうことを話そうとしてたんじゃなかった」と考えを整理し始める。
「とどのつまり、鏡夜には鏡夜の目的がある。それを他人のものと混ぜてはいけないんだ。一方で周囲にいる人間から受ける影響は、どんどん取り入れて自分の糧にしないとならない。だけど今の鏡夜は周りの人たちの想いをきちんと汲み取れないままになっているし、ともすれば流されて、自分自身の目的を忘れそうになってる。きっかけは一連の事件で、そこには様々な人の想いが渦巻いているわけだけど、そこから自分の取り出したいものを掴まないと飲みこまれて終わるだけだよ。そういうことを言いたかったんだ」
 そこまで述べてから、隼人は改めて俺に目的は何かと尋ねてきた。ここまで話をしておいてまったく知らないということもないだろうが、素直に答えることにした。
「これまで俺は『仕方ない』と様々な事情を片付けてきてしまっていた。でもそれは自分から物事を知ることを放棄する行為だと気付いて直そうと考えた。特に父さんも巻き込まれた連続殺人事件について何も知ろうとしていない。だからまずはそれを深く知ることから始めようとしている」
 俺は嘘偽りなく答えたつもりだった。しかし隼人は首を横に振る。
「違うよ。それじゃない。それは手段であって目的じゃないんだ。最終的に鏡夜はどうなりたいのか、それを聞きたいんだよ」
 最終的な目標なんて考えていなかった。俺はただ目に付いたから自分の姿勢を変えようと思うようになっただけだ。
 でも問われて自然とその答えがふっと湧いてきた。出てきたままに口にする。
「絵を描きたい。それも彩色されたものを」
 柊が怪に襲われたその日の夜、俺は母さんの顔を描いた。あそこには母さんの気持ちが映し出されていて、そういうものをこれからも描いていきたい。そして本当にそれに取り組むためには色が扱えないとならない。
 俺の答えに今度こそ隼人は満足げに頷いた。
 しかしすぐに彼は苦笑を浮かべ自嘲する。
「性に合わないことしちゃったなぁ。ボクは人とあまり関わろうとは考えてないんだよ。想いは繋がって積み重なるものだから、それを余計に掻き乱すようなことはしたくない。ただ今回は周りの人たちがずっと言ってくれているのに、自分の気持ちすら把握できないでいる鏡夜をまどろっこしく感じちゃってね」
「バカにされてる感じもするけど、事実その通りだから反論できないな。助かったよ。隼人の助言がなければ、ずっと自分の想いにすら気付けないままだった」
「助けたなんて思って欲しくないなぁ。さっきも話した通り、ボクは他人と想いを交わすのは極力避けたい。それに今はまだ自分の気持ちを知っただけに過ぎなくて、何も変われていない。そのことは鏡夜本人が一番わかっているだろうけどね」
 隼人の言う通りだ。俺はこの世界に溢れる想いを、色を使って表現できるようになりたい。でも今の俺に色覚は戻っていないし、隼人が街並みを眺めながら口にした想いの渦のようなものも感じ取れていない。父さんの事件も含め、俺は多くのものを受け止めて整理していかなければならないのだろう。
 そんなことを考えていたら、隼人が小さく「あ」と声を漏らした。視線を遣ると、彼は煙の向かう空を見上げていた。
「どうも雨が降るみたいだなぁ。それまでに全部燃え終わってくれてればいいけど」
 雨の気配は俺にはさっぱりわからなかった。丘にはほとんど風が吹いていないし、湿気っぽさも感じない。
 ただ一つだけ気にかかることがあった。
「隼人は人と想いを交わすのを避けたいと言ったけれど、教科書を燃やしているのもそれと関係があるのか?」
 俺と柊の類似性など、教科書で喩えながら隼人は説明した。そして教科書にも人と同じく想いがある。それをわかっていながら燃やして捨ててしまう行為には、何か意味があるような気がしたのだ。
 隼人は問いに明確に答えることはしなかった。そして代わりにこんな質問をしてきた。
「ボクにはこの教科書たちの間にある結び付きを見つけ、その絡まりを解くことが出来なかった。そんなに執着もなかったからこれ以上探す気もなくなってしまったしね。でも鏡夜、君にならそれが出来るかい?」


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:14 | 小説 | Comments(0)