【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 6

 散歩をしている途中、雪音は木に見慣れないものが引っかかっているのを見つけました。
 それは赤くて、何かの布のようです。細い枝にぶら下がっていて、布の端には一本の長い糸がくっついていました。
 雪音にはそれが何かわかりませんでした。お母さんならわかるかもしれませんが、今は離れたところで休んでいます。興味のひかれた雪音は、木に登ってそれを取ることにしました。
 赤い布のぶら下がっている枝はそれなりに太くて、先の方まで行かなければ落ちることはなさそうです。これまでの経験から雪音はそう判断しました。落ちると痛いことはよく知っているので、慎重です。
 体と腕をできるだけ伸ばして、ようやく目的の物を手にします。それは布ではありませんでした。ふにふにぐにゃぐにゃしています。よく見ると糸のところに二つ紙が付いていました。
 一方の紙には文字が書かれています。雪音はそれを読んでみました。
「……の……です。どうか、……えっと……食べてください?」
 雪音は文字がほとんど読めないのでした。
 とりあえず雪音は自分が読んだ通りに、赤いものにかじりつきました。やっぱりぐにょぐにょしていて、噛み切れません。それどころか変な味がしました。
「美味しくないー」
 雪音はもう一つ付いていた紙を手にします。そちらは袋状になっていました。振ると中でかさかさと軽い音がします。開けてみるといくつもの種が入っていました。
 種なら食べられると思います。でも中にはとても苦いものや、体に毒になるものもあるので注意が必要です。雪音はこれまでの経験からよく知っていました。
 少し悩んでから、とりあえずお母さんに報告しに行くことにしました。紙に書いてある文字の内容も気になりますし。
 木から下りて、休んでいたお母さんのところへ雪音は帰ってきました。不思議な赤い布のことを話し、それを見せると、お母さんはにっこりと笑みを浮かべながら教えてくれました。
「これは風船というのよ。今はしぼんでしまっているけれど、空気を吹き込んで膨らませてボールにしたりするの。それに入れる空気を特別なものにすれば、空高く飛んでいくこともあるのよ」
「じゃあじゃあ、このフーセンは山ではないどこかから飛んできたの?」
「そうだと思うわ」
 伝えながらお母さんは雪音から文字の書かれた紙を受け取りました。読んで聞かせます。
「『ヒマワリの種です。どうか巻いてください』だって」
 その文を書いたのはおそらく子供なのでしょう。字はお世辞にも上手とは言えず、でも一生懸命書いたのだということはわかりました。漢字の間違いもかわいいものです。
 ヒマワリなら雪音も知っています。この山は少し寒いですし、林も多いのであまり見ることはありませんが、大きな黄色の花は見たことがあります。納得した表情を浮かべると、手にしていた種を一つぱくりと口の中に放り込みました。お母さんが慌てて注意します。
「あ、こら。食べるならあぶったり、揚げた方がおいしいわよ」
 お母さん、間違えました。そうじゃなかったと言い直します。
「これを送ってくれた子は、ヒマワリを増やしてもらいたいのだと思うわ。種も十分な数があるし、今から撒いておけば来年にはヒマワリ畑ができているかもしれないわね」
「ヒマワリ畑?」
「そう。狭いところに集まって花が咲くから、それはそれは見事な風景になるわよ」
「種も増えていっぱい食べられる?」
「……そうね」
 食べ物のことしか考えていない娘に、お母さんは苦笑を浮かべながら頷きます。
 それから二人してヒマワリの種を植えるべく、適度に広く、平らな場所を探し始めました。
 その翌年、この日のことを思い出して種を採りに来た雪音は、あまりの光景に「ふぉおお」と口にして我を忘れるのですが、それはまた別のお話。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-15 19:47 | 小説 | Comments(0)