【ショートショート】『最後のクリスマスプレゼント』

 サンタクロースとして毎年プレゼントを配ってきましたが、それもそろそろおしまいにすべき時期に来ているのかなと思い始めていました。相手の子も随分と大きくなったし、それに正直に申せば私自身が疲れてきていたのです。
 私は相手の子に随分と思い入れが強かったように思います。出会いも最初にサンタとしてプレゼントを配ったその時でした。私はとある病院へと派遣されたのですが、その時に結花という名の女の子に出会ったのです。プレゼントを配るのは当然夜も更けてからです。つまり結花は病院に入院していたということです。幼い彼女は不治の病を患っていました。
 私は彼女よりずっと長く生きるものですから、死の恐怖や病気の苦しみを知らず、想像したこともありませんでした。まだまだ未熟だった、そういうことです。ですから彼女が無邪気な顔で「プレゼントには病気を治してくれるお薬が欲しい!」と伝えてきたときに、「今はないけどそのうち持ってきてあげるよ」と安請け合いしてしまったのです。
 けれども人間の医者も馬鹿じゃありません。彼らはずっと懸命に治療法を研究し続けており、それでも彼女の病気は治らなかったのです。そのようなものを完治させるような薬なんて、いくらサンタクロースであろうと見つけ出すことは容易なことではなかったのです。そのため翌年に彼女の元を再訪した時も、さらに翌年に訪れた時も、別のプレゼントを渡しながら「薬は探している途中だよ。絶対に見つけるから頑張ってね」と声をかけることしかできなかったのです。
 あの最初の出会いから何年が過ぎたことでしょう。彼女はもはやサンタクロースを信じない年齢になってしまったのではないでしょうか。あるいはまだ信じてくれていても、愛想を尽かしているのではないでしょうか。でもそんなことは関係なく、私は彼女の病気を治してあげたかった。いつしかそのことが私の夢になっていました。
 けれど無情にも病魔は彼女の体を蝕み続けていました。会うたびに結花は痩せ細っていったのです。今年も彼女にサンタとして会いに行く時期が迫ってきていました。けれど準備をしている最中にそれを苦しいと思う自分がいることに気付いてしまったのです。私はその瞬間に彼女に渡そうと用意をしたプレゼントを手から落としてしまいました。そしてもう無理だと思ってしまいました。


 クリスマス当日、私は例年と同じように赤い衣装に身を包み、結花の病室を訪れました。彼女は私が来ると信じて待っていてくれたのでしょう。薄暗い個室で、ベッドの上にその身をゆっくりと起こしました。
 彼女は嬉しそうに目を細め、それから小首を傾げて訊いてきました。
「サンタさん、疲れてるの?」
 私はその言葉にどきりとしました。確かに私のやっている仕事は楽なものではありません。だから疲れているのは本当です。けれど彼女はそのことを言っているのではないとすぐにわかりました。
 困惑してしまった私は声に出して返事をすることも、首を振ることもすぐにはできませんでした。
 私が答えに窮しているのを見て、結花は悲しそうな笑みを浮かべました。そしてベッドの上で姿勢を正すといつもとは違った話をし始めたのです。
「ねえサンタさん。今年は私からプレゼントがあるの」
 言うとすでに枕元に準備してある箱を手にしました。ピンクのリボンで装飾されたとても可愛らしい小箱でした。
 私はその間に少し調子を取り戻すことができました。彼女の近くによると苦笑してみせます。
「プレゼントを渡すのはサンタクロースの役目だよ? これじゃああべこべだ」
「なら今年のプレゼントはサンタクロースの服をちょうだい。そうすれば私もサンタさんになれるでしょう?」
 彼女のおねだりに私は困惑してしまいました。出来ないことではあるものの、その言葉を発せざるを得ませんでした。
「……病気を治す薬じゃなくていいのかい?」
「うん。今年は私がプレゼントをあげたい気分だから」
 薄い月明かりに照らされて、けれど彼女の表情に揺らぎはありませんでした。
 告白すれば、薬をあげられないことに苦悩していた私はほっとしてしまいました。それがよくないことだとは重々承知しています。けれど結花の望みでもありましたし、それならば今回は彼女の願いを叶えてあげることにしようと自分を納得させたのです。
 ただ残念ながら女性物のサンタの衣装なんて持っていませんでした。そもそも他の誰かをサンタクロースにすることは聖夜の仕事の中に入っていませんでしたから。そこで私は一度彼女の部屋を退室すると、夜勤をしていた知り合いの看護師に赤い服を持っていないかたずねて回りました。再び結花の部屋に戻ったとき、私はサンタの服とはかけ離れてはいるものの、赤茶色のコートを手にしていました。
「ごめん、急なお願いだったからこのくらいしか用意できなかったよ」
「謝らなくていいよ、サンタさん。それで十分。じゃあ着替えるね?」
 そう告げるとコートを受け取った結花はベッドの周囲にあるカーテンを閉め、着替え始めました。衣擦れの音を聞きながら、私は彼女がサンタクロースになるのを待ちます。しばらくしてカーテンの中から現れたサンタクロースは、小さな体にだぼだぼのコートを身につけていました。
「サイズが合わないけど仕方ないよね。これ、大人の女の人の服みたいだし」
 寂しそうに笑う彼女に、私は何も言葉を返すことができませんでした。
 しかし服はただの飾りのようなものにしか過ぎません。結花は先程私に見せた小さな箱を手にすると、頬を朱に染めながら私に差し出してきました。
「サンタさん、いつも私のことを考えてくれててありがとう。これもらってください」
 申し出を断る理由なんてない。私は喜んで彼女からプレゼントを受け取った。箱はとても軽く、中に何が入っているのかはわからなかった。
「開けてみてもいいかい?」
 私の問いに結花はこれまで見たこともないくらいの勢いで首を振った。
「ダメ、絶対にダメ!」
 大きな声を上げて阻止する彼女を「夜の病院だから静かに」と落ち着かせる。それからいつなら開けていいのか訊いてみた。
「サンタさんがどうしても開けたくなったとき。あるいは……私が開けてもいいって言ったとき」
「それなら今すぐ開けてみたいな。初めて貰ったプレゼントだからね」
「今はダメ。それにそういう『開けたい』じゃなくて、どうしても中身が気になったときって意味」
 彼女の表現はどうも抽象的だ。考えていることは明確にあるように感じるのだけれど、それを言葉に表せないような印象を受ける。
 仕方なく私も抽象的に返した。
「浦島太郎の玉手箱みたいなものかな? プレゼントなんだけど開けてはいけないと」
「そう、そんな感じ。だからそのまま大事に持っておいて」
 なら言うとおりにしよう。中身が気になるのは確かだったけれど、プレゼントを彼女から貰えただけで私は嬉しかったし、それで十分だ。
 彼女と一緒にいる時間は幸せなものだったけれど、闘病している人間をいつまでも起こしているわけにはいかない。そろそろお別れの時間だ。
「じゃあ来年のクリスマスにまた来るよ」
「うん……。ばいばい」
 細い腕を小さく振る彼女に背を向け、私はその日のサンタクロースとしての役目を終えた。


 翌年。年が明けてまだ数時間しか経っていないというのに枕元に置いてある電話が鳴り響いた。受話器を取り上げると仕事仲間が切羽詰まった声で私の名を呼んだ。
「高橋先生、八瀬さんの容体が急変しました。急いで病院に来てください!」
 その言葉で眠気など一瞬で吹き飛んだ。手早く着替えると車のキーを握りしめ家を飛び出した。
 深夜から早朝にかけてのこの時間、いつもなら道路は空いているはずだった。道交法の規則なぞ端から守る気なんてない。だが元日の朝という時間が災いした。道路は通勤時より遥かに混み合っており、まともに走ることなんてできなかったのだ。
 病院に着いたとき、ずっと担当していた私の患者はすでに息を引き取っていた。
 ――――
 自宅に戻ってきたとき、私の心は空虚そのものだった。
 何のために医者になったのだろう。これまでの人生の全てを賭したのに、それでも何もしてあげることができなかった。
 子供の時、課外活動の一環としてサンタクロースに扮して病院を訪れた。その際に出会ったのが八瀬結花だった。年齢も近く、しかし病院から出ることの叶わない彼女の境遇が私には不思議なものに思えた。最初はそれだけだった。ただ彼女と交わした「病気を治す」という約束が私の意識を強く引きとめ、結花のことを忘れさせることがなかった。私はその後も毎年サンタクロースとして彼女の元を訪れ、そしてその病を治すべく医師となった。
 彼女は長生きしてくれたと思う。いつ死んでもおかしくない身でありながら、成人し、さらには私が担当医になるまで生き長らえてくれた。これは天命だと思った。私が彼女の病を治すのだと。
 しかし結局彼女は逝ってしまった。もはやいつしか夢になっていたかつて交わした約束を果たすことはできなくなってしまった。
 力なくベッドに腰を落とす。そのときふと近くにある棚に、小さな箱が大事に置いてあるのに気付いた。それは結花からこの前のクリスマスにプレゼントとして渡され、毎夜眺めていた物だった。
「…………」
 私はそれを手に取ると、箱にかかっていたリボンをゆっくりとほどいた。
 結花はどうして急にプレゼントを渡そうなどと考えたのだろう。私は彼女の残り香を求めて箱を開けた。
 中からは数枚の紙。それ以外には何も入っていない。一枚は桃色の便箋で、短いながらも結花の想いが綴られていた。
『これはプレゼントではなくただのわがままです。だましてごめんなさい。小さい頃から私のそばにいてくれてありがとう。本当はずっと一緒にいたいけど、私も、それにあなたも疲れ果ててしまったと感じています。だからもう無理だと思います。ただ私の気持ちだけは死んでも変わらないだろうから、これからも隣に置かせてもらえませんか?』
 その手紙と一緒に入っていたのは婚姻届だった。いつの間に準備したのか名前も判もすべて揃っている。後は私が最後に同意の印を押すだけだった。
「ただのわがままなんかじゃないじゃないか。最高のクリスマスプレゼントだよ」
 自分の印鑑を棚から持ってくると、私はそれを朱肉に付けた。
 そして婚姻届を手にとった瞬間、零れ落ちた涙が二人の気持ちを紙に刻み込んだ。
by zattoukoneko | 2012-01-14 11:45 | 小説 | Comments(0)