ジブリ・宮崎駿作品の物語構成

ジブリの宮崎駿監督による映像作品の物語とはどういう構成になっていて、何がテーマなのかについて今回は紹介したいと思います。
というか、私は意外だったのですが、これ知らない人ってたくさんいるのですね? 普通に簡単な話だと思っていて、友人とか大学の教授とかとその話したら驚かれました。これを見ている人にもきっとたくさんそういう人がいるのだろうと思って、今回丁寧に見ていくことにしました。


いきなりですが、宮崎駿ってロリコンです。というか日本でロリコンというものを普及させたのがこの人って言ってもいいくらいです。
もちろんロリータ・コンプレックスというのは前々からあったものです。ですが宮崎駿の『カリオストロの城』や、特に『風の谷のナウシカ』で一気に火がつきました。ナウシカとか大人からめちゃくちゃ人気が出ましたからね。
でもナウシカって結構大人な気がしますね? 設定まではちょっと調べてないのですが、16,7歳くらいに見えます。けど、この子に愛着を持つのってロリコンなのです。それはただ見ていた大人より年下だったからというわけではなく(もしそうだったら30歳の人が20歳くらいのアイドルとか見て好きになるのもロリコンになっちゃいますから)、そうではなくてテーマから見ると本当はナウシカって10歳から14歳くらいなのですよ。ここまで年齢が下がるから、だからロリコンなのです。

さてじゃあそのテーマというのは何かについて説明したいと思います。
実は宮崎駿はほとんどの作品で初潮を扱っているのです(例外はトトロとポニョくらい。ラピュタとカリオストロは――きちんと観たのが大分前なので曖昧です。すいません)。つまり女の子(作品によっては男の子に変えることもありますが)の第二次性徴を描いているということになります。
ですのでこれを迎える時期を考えれば、各ヒロインたちの年齢は10歳から14歳くらいということになります。


じゃあ何が初潮なのか? これは物語の構成から見ることができます。

これは有名な話ですが、宮崎駿は物語作りを始めるにあたって古くから伝わる民話などを読み漁ったという経歴の持ち主です。
そして今でも残っている民話(さすがに子供向けに簡略化されたものは除きますが)の多くはこの初潮のことを扱っていたりするのです(あるいは青春期の成長ですね)。
これは実は日本だけではありません。ありとあらゆる国の民話を調べてみると、同じようなものがたくさん見つかり、構造もほとんど――というか全く同じだったりします。せいぜい文化の違いからキャラクターの立場がちょっとだけ違うというくらいでしょうか?
宮崎駿はこの構造論を自分の作品の中にも取り入れていったということになります。ただし、宮崎駿は天才なのでしょうが、それらを読み解くだけの能力はなかったようです。また自分の作品にもなかなか活かせなかった。これは本人に聞かないとわからないですが、どこまで意識してたのかわかりません。私の個人的な感想としては、彼は一人ではあそこまでの大物にならなかったんじゃないかと思います。彼を支えたスタッフ。特に絵と音楽が彼の作品を引きたてたのだと思います(ちょっと想像してみてほしいのですけど、キャラクターや背景を三流アニメのものにしてみてください。これ、売れますか?)。

ではその構造というものはどうなっているのでしょうか? これを以下では見ていきたいと思います。
今でこそ言われなくなってきましたが、「女性は汚いもの」とされてきました。
田舎の出身の方とか、お風呂に入る順番っておじいちゃんとかお父さんから入って、そして最後にお母さんじゃなかったですか? これは別に最後にお風呂に入ったお母さんが掃除とかするからじゃないのです。理由は上記の「汚い」から。特に生理がそのように見られてました(だから大人の女性であるお母さんが最後なのです)。
まあ、今は「汚い」と表現してますし、女性の方でもそう言う方が多いのですが、ようはこれは「穢れ」のことです。血ってやっぱり怖ろしいものの象徴ですから「汚い」じゃなくて「穢れ」だったのです。これを女性は表現を軟らかくして「汚い」と言っていたということになります。
宮崎駿のように初潮を扱う場合、特に初めて生理を体験した女の子にとってそれは「穢れ」であり、醜いものと感じるようです(残念ながら私は女性ではないので、本当にそう感じるのかわからないです。文化の影響もあるかもしれないですしね。でも……さすがに戸惑う気がします)。したがって、ヒロインたちは「醜い」状態にされます。『ハウルの動く城』はそのまま「お婆ちゃん」という醜く、かつ大人(すぎる)ものに変身させられます(というかこれは日本の民話そのまんまパクってますね)。これが一番わかりやすいでしょう。
あるいは『もののけ姫』などでは直接「穢れ」に取りつかれるのですよね(主人公は女の子ではないですが)。このように「呪い」のような形で表現されていたりします。
さてこの「醜いものへの変身」が一番の鍵となるのですが、それは克服されなければなりません(女の子は成長して大人の女性になるのですから)。このためある課題が渡されることになります。
その課題というのは――異性から醜くないと見抜いてもらうこと。
つまり醜いと感じているのは自分自身の一時的な嫌悪感であり、他人からその人の元の部分は何も変わっていないのだよ、と言われることによって、自分の体に起きた生理という現象を受け入れることができるのです。これは異性である男性から認められるほど効果が大きいため、昔からこの役割は若い男性に任されています。(あ、ちなみに言い忘れましたが、「呪い」は老婆=年上の女性から与えられるのが通例です)
またこれは初潮を主軸に置きながらも、時期は第二次性徴の頃ですから反抗期と重なります。
(あ、もしかして反抗期の役割ってあまり知られてないんでしょうか? 脳のメカニズムとしてきちんとしたものなのです。ちょっと脇道に逸れてしまいますが説明しておくと――人間という生物は社会生活を営みます。しかし人は最初は親の庇護のもとで育てられるものです。そのため依存しちゃう。なので反抗期というものによって、その守ってくれる人に敵愾心を覚えさせるのです。このことによって自立を目指すのですね。そして反抗期が終われば、普通に親とも仲良くなれますが、このときは自立した大人として一緒に生活することになります――まあ、現代では生物のリズムと社会のリズムがずれてきてるので、親離れも子離れもできない人たちが出てきちゃってますが。あ、余談ですけど反抗期に似たものとして「乳房の分裂」というのがあります。エヴァのサブタイトルでも使われてましたね。興味のある人は調べてください)
反抗期の説明が長くなりましたが……第二次性徴を迎えるヒロインたちは親から引き離されます。『千と千尋の神隠し』では冒頭で親から引き離されて別世界に行ってますよね? 『もののけ姫』では――順序が逆だろうよ、宮崎駿!、と思ってますが――呪われたアシタカは自分の村を出ていってるはずです。


さて各作品で上の構造がきちんと守られてるのを見ていきたいのですが――意外と文字数食ってますね。
多分このまま全部書くと文字数オーバーのエラーが出るので分割します。数日後には記事をupしますね。
by zattoukoneko | 2010-04-14 06:25 | 映像 | Comments(0)