エジソンは悪い人

今回から3回にわたってエジソンに関してのお話をしようかと思います。
ただ……2月って28日までしかなかったんですね。すっかり忘れてました。今月中ですべてupするのは難しいかもしれませんね。まあ、きりがいいからそれを自分の中で目標にしてたのですが、べつに構わないですかね。
とかく、エジソンとはどのような人物だったのかについて3回分に分けて記述してみるわけですが、今回は(最近TVなどでもたまに見かけるように)エジソンが実際にはどんなあくどいことをしていたのかについて触れたいと思います。


さてエジソンといえば発明王とよく言われます。確かに彼の発明の数は膨大なものに上ります。有名なのは白熱電球、蓄音機、映画といったところですね。
ですが彼はただ無作為に思いついたものをどんどん発明していったわけではありません。3回目で詳細は述べたいと思いますが、彼はむしろ発明家というより起業家でした。そしてその起業のためにたくさんの発明が必要だったのです(たとえば白熱電球は発明しましたが、当時は発電所も電線も、家の中に電気を引く線やコンセントもありませんでした。これらすべてを用意したのがエジソンです)。また起業家として商売をしていく以上、特許争いも避けられないものです。このためにエジソンはさらに色々な特許を考案する必要もありました。この点については少し今回と次回で分けて見てみたいと思います。

ではまず白熱電球からいってみましょう。
白熱電球の発明者はエジソンと一般的には言われています。しかしこれはアメリカでの特許がエジソンだったというのと、(先述のように)エジソンが白熱電球を一般に広めるために尽力した結果だといえるでしょう。
しかし実際のところ白熱電球というのはその前にすでに発明されていたものでした。スワンという人物が発明していたのです(1878年)。エジソンは……このアイデアを盗んだといえます(エジソンは1879年)。
もちろんそのままではエジソンは盗んだことがばれてしまいます。だから狡猾に多少の改良を加えて白熱電球の特許を自分のものにしようとしました。スワンの白熱電球の最大の短所はその寿命が短いことでした。せいぜいもって数時間。1時間もたないなんてことだってざらでした。当然当時は電球なんて安いものではありません。よっぽどの金持ちでないと使えなかったでしょう。エジソンが改良できると踏んだのはこの点でした。
エジソンはまず寿命の長い白熱電球をつくることをマスコミに宣言します。このときにはすでに他の発明で有名になっていましたので、新聞記者らは飛びつきました。エジソンの思い通りに。発明はできていません。が、先に宣言しておくことで他者に対する牽制の意図があったと考えられます。
ただ(当然のことながら)そうそう簡単にそんな素晴らしいものが発明できるわけありません。エジソンの発明は宣言したようにはうまくいかず、次第にバッシングを受けるようにすらなるほど時間がかかりました。
それでもエジソンはきちんと寿命の長い白熱電球を発明します。改良したのは電球中をできるだけ真空に近づけること(当時はまだ難しい技術です)、そして(有名な話ですが)フィラメントに日本の京都の竹を使ったという二点が大きなものとして挙げられます。まあ、どちらも何か科学的な根拠があってやったことではありません(エジソンは小学校を中退させられるほど勉強ができませんでした)。ただ単に試行錯誤の結果たどりついたものです。
エジソンの電球は100時間を越えるほどの長い寿命(今の私たちにとっては短く感じるかもしれませんが)の白熱電球を発明しました。これは大きな改良ではあります。またただの改良であってもそれは立派な成果だとして認められるべきものです。ただ、エジソンは確信的にスワンの電球を盗むつもりでいました。

エジソンが他者のアイデアを盗もうとしたのはこれだけではありません。多重電信(電信は電信線を通して互いに信号をやり取りするものですが、それまでは一本の線につき、ひとつの信号のやり取りしかできませんでした。つまり電信を使おうとするとその数だけ電信線を引かなければならないということ。当時の写真を見てみるとわかりますが、街中は何百という電信線で溢れています。これを解消するため一本の電線のなかでいくつもの信号をやりとりできるようにしたものが多重電信というものです)と電話に関して、エジソンは自分の発明のほうが先であるとして特許争いをしています。多重電信はイライシャ・グレイ(電話の発明者、アレクサンダー・ベルのライバルとして有名な人です。ベルは数時間遅れでグレイにこの特許を取られてしまいます)、後者の電話はベル(今度はベルが数分差でグレイに勝ちます)の発明によるものです。エジソンは彼らに挑みかかったというわけです。
ただ現在、電話などの発明者がエジソンとなっていないことからわかるように、エジソンはこの特許争いでは負けています。スワンのときと同じようにエジソンは改良したり、ベルとは別の電話会社と結託して裁判を起こします。ただこのときはうまくいきませんでした。惨敗です。(スワンはイギリス人で、英国で特許をとったということも関係あるでしょう。グレイやベルは同じアメリカ内の発明家です)


さて白熱電球のほうに戻りますが、最初のほうに少しだけ述べたようにエジソンは電球の発明だけではそれは商売にならないと考えました。そのために電球を大量生産する工場を建てたり、コンセントや電球を差し込むプラグなどを発明していきます。そして何より大事なのは電気を作る場所、発電所でした。
現在電線を流れている電流は交流電流です。しかしエジソンが当初つくりだしたものは直流でした。
エジソンは(経験的に)直流のほうが安全だと考えたのです。実際、同じ電圧の直流電流と交流電流が体に流れた場合、交流のほうが危険です。その点ではエジソンの判断は正しいものです。
ですが直流電流には大きな問題点がありました。電線を通っている間に消耗する電気量が交流よりも大きいのです。エジソンが作った直流発電所からの電力は、たったの1マイル先にまでしか届きませんでした。そのため町ごとどころか、あちこちに発電所を乱立しなければなりませんでした。
(ただし直流でもかなり長い距離を流す方法はあります。送電の前に電圧を上げればよいのです。ただし直流でも電圧を上げれば十分人を殺せます。また、電圧を上げるための発電仕組みが交流に比べて難しかったこともあります)

これに対し、ニコラ・テスラという人物が交流による配電を提案します。彼はウエスティングハウスという大企業家と手を組み、エジソンに挑みます。
(なおテスラはもともとはハンガリーからエジソンに憧れて渡米してきた人物です。最初はエジソンの下で働くことを許されますが、科学の知見に明るかった彼は交流のほうが優位であると確信し、エジソンにそれを提案。そして方法も見事に提示してみせます。が、エジソンは直流にこだわり――当然それまでに多額の投資を直流にしており、交流に換えるとなるとそれを全部破棄、新たに交流ための投資をしなければなりませんでした。これは商売人としては大きな痛手です――結果テスラを問答無用で解雇します。商業的な側面もありましたが、どうもエジソン的には自分よりもずっと若造のテスラが実績をあげてきたことがプライドに障ったようです。(エジソンの癇癪もちは有名ですし、部下たちの登用も自分のそのときの気分や相手がいかに従順に自分の下で働いてくれるかで判断していました。そのため実力はあるのに門前払いを食らう技術者がたくさんいました。エジソンは先進的な企業家・工場長であると同時に、昔ながらの職人気質の親分としての性格も持ち合わせていた人と言えます)
エジソンと仲違いをしたテスラは大企業家のウエスティングハウスに認められ、エジソンと激しい戦いを繰り広げることになります。直交論争と呼ばれる有名な争いです。

両者はマスコミなどを巧みに利用していかに自分のほうが優位かを示していこうとします。この際に採ったエジソンの有名な戦略が「電気椅子」でした。
今でもアメリカで採用されている電気椅子による処刑は、エジソンの発明だったのです。エジソンはいかに交流電流が危険なものであるかを示すために電気椅子を考案し、マスコミの前で実演して見せました。それも、あえてすぐには相手が死なないように電圧を調整しながら……(そのあまりの惨さに集まった報道陣も唖然としたようです)。エジソンは電気椅子による処刑を「ウエスティングハウスする」という言葉を用いて表しました。あまりにも悪趣味なテスラやウエスティングハウスに対する嫌味です。
一方でテスラは交流電流が安全であることを示すため、あえて交流で空気中に大きな放電を行い、そのスパークの下で読書して見せました(写真を見せたいのですが……すいません、すぐに出せませんでした)。
直交論争について語っていると長くなりますのでこの辺にしておきますが、最終的にはナイアガラに大規模な交流発電所が建設され、そのあまりにも広範囲な配電網の前にエジソンの直流配電方式は敗れることとなります。


――ここまでで相当長くなりましたね。エジソンは他にも色々と争いごとを起こしては結構悪趣味なことをしているのですが……今回はこの辺にしておきます。
次回は「エジソンは悪い人?」というタイトルでお送りしたいと思います。今回エジソンを悪者として描きました。実際今の私たちにはなかなかひどいことをやっているように見えます。が、それは「現代の目から見た」偏った見方です。その当時の時代背景がどうだったのかをきちんと踏まえた上でエジソンの行ったことについて検討してみます。
Commented by 匿名 at 2015-07-18 10:28 x
エジソンに対しての筆者の主観的な嫌悪感や根拠の乏しい偏りな意見が随時みられますが、エジソンの歴史の断片を上手く纏めて表現していて、大変ためになる文書でした。ありがとうございます。
by zattoukoneko | 2010-02-22 12:18 | 歴史 | Comments(1)