医療ミスによる死亡率

結局医療ミスの話にすることにしました。錬金術の話とか(私は専門家ではないですが)持っている知識を書いていくだけで本の一章分くらいかけることに気づいたので。ちょっとまとめるまでに時間をとりたいので、医療関係は繋げずに今回で終了。次回は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、その後にエジソン関連です。


さて本題に移りましょう。
今回のデータは内部関係者によるものです。つまり医者・看護師に独自に、病院で亡くなられている方に関してそのうちのどれくらいが医療ミスで死んでいるか医者たちが自覚しているかを調査している方がいるということです。私は医療倫理を研究されている先生からこのデータを教えていただきました。文書などで発表されているかどうかは知りませんが、この先生は嘘をつく方ではないですし、理由がありませんので信頼できるソースと私は思っています。
さて、一体医療ミスでどのくらいの人が死んでいるのか? 実に病院で亡くなられている方におけるの――
「3割」
にも及びます。
現在の日本ではほとんどの方が病院で亡くなられます。交通事故に合えば病院に搬送されますし、家で老人が体調を崩せばやはりご家族が病院へ連れて行きます。病院で息を引き取る方は全死亡者数の8割から9割になります。
これに上の3割を掛け合わせると、日本でなくなる方の25%程度が医療ミスで死んでいるということです。つまり4人に1人が医者の手によって殺されているということです。

しかも先の内部調査は、あくまでも医者や看護師が自分たちで「自覚」しているものです。つまり気づかないでミスを犯している場合も多々あるわけです。
自身の話ですが、私には曾祖母がいました。この人も医者による「無自覚の」医療ミスによって死んだと言えるかもしれません。私は曾祖母が息を引き取るその場に立ち会わせていなかったため、後からそのときの経過を聞いたのですが、そこで私がそれは医療ミスだと気付いたというわけです(私の両親らの過失もあるのですが)。
ちょっと細かく説明しますと――
多くの方が歳をとると飲むことになるであろう薬として、血液を薄めて血管を詰まりにくくするというものがあります。私の曾祖母は昔にかなりの肥満であったことと、普段から常に何か食べているような食欲旺盛な人でしたので、この薬を限界まで使っていました。実際に血管が詰まりかけていましたしね。このためこれ以上血液を薄めると命に関わるという状態にしてありました。当然出血時に血液を凝固させる血小板の濃度なども下がっているので、少し切り傷を負っただけで全然血が止まりませんし、少し足などを机にぶつけただけで大きな内出血のあとができるほどでした。
この曾祖母がある日食後に椅子から立ち上がろうとして転倒してしまいました。このときに腰をぶつけたのですが、かなりの衝撃だったようで、意識を失ってしまいました。このとき介護士の方が普段から家に来てくれていたのですが、この方が病院に運んだ方がいいだろうとていあんし、それにしたがって病院へと運びました。そして担当した医師がこともあろうに――足にある太い血管に点滴をうちやがったのです。
上記したように曾祖母は血液を限界まで薄めてあります。それ以上は命に関わるほどです。その人間にいきなり大量の点滴をうったらどうなることか……。
当然のように私の曾祖母の心臓は停止しました。当たり前です。心臓に酸素を送る赤血球の濃度がすでに限界まで薄まっていたのですから。
ただ私の曾祖母は非常に生命力に溢れた人でした。自力でここから一度息を吹き返しました。ただやはりこの人でも無理だったのか、6時間以上粘った末に結局向こうの岸へと行ってしまいました。
この処置は医者のミスであると私は思っています。病院に運ばれたのが夜だったために担当したのがかかりつけの医師でなかったのが大きな原因だと思いますが、担当した医者は曾祖母のカルテや体の状態をきちんと見ずにいきなり点滴をうつことにしたわけです。まあ、そのときに曾祖母が普段から薬を飲んでいると言わなかった両親らにも責はあるのですが。
ですが……きっとこの事故がなければ私の曾祖母はまだ生きていたでしょうね。百歳なんて余裕で超えられそうなほど生命力に溢れていた人でしたから。一人暮らしをしていていてどうやってもその場にいることはできなかったわけですが、私がその場にいたらすぐに止めたのに、と悔やまれます。
私事が長くなりました。ただこうしたように医者自身がミスだと気付いていない場合も多々あるということです。
また私の知っている方に看護師をしている方がおられます。世代的には私の両親と同じくらいで、ベテランの域に入ります。またとても勉強熱心ですし、技術もしっかりとしています。この方がよく言っておられるのは、どれだけ日常で看護師や医者がミスをしているかということです。死ぬという大事にまでは至っていないものの(中にはぎりぎりでその方が気付いて止めたなんてこともあるそうですが)、一日に数件のミスが起こっているそうです。ちなみに大きくない一つの病院内ですよ? さてはて全国を見渡してみると一日に何十万件のミスが起きていることか……。

なお余談(というかまた後々この話は持ち出してくると思いますが)ですが、アメリカでは今までに二度医者がストライキを起こしたことがあります。自分たちの賃金を上げろという要求です。
ですがこれはどちらも失敗しています。理由は単純明快。死ぬ人の数が変わらなかったからです。
まあ透析のようなやらなければ死んでしまう患者には処置はしていたかもしれませんが、いずれにせよ事故や病気で死ぬ人は死ぬということです。いくら医者の手にかかろうと無駄ということです。むしろ本来なら死ぬような病気ではないのに、医療ミスによって亡くなる方が怖いくらいです。
またよく医療の進歩として男女の平均寿命が毎年発表されており、年々確かに延びています。今の日本では男女ともに80歳くらいでしたね。でも……縄文時代の人たちの平均寿命ってどれくらいか知ってます? 同じ80歳くらいなんです。ようは今ようやくそのレベルに追いついたということですね。(ただし人種が違いますし、生活習慣が縄文から弥生へ移るときに一変するので、この比較は妥当ではありません。弥生時代に入ると平均寿命が60歳を切るくらいにガタ落ちします。ただしここから今の80歳まで延びたのは本当に医療の進歩によるものかというと、そうとも言えないのです。ここらの話は後日改めてすることにします)

以上のように医者の手によって死んでいる人や病状を悪化させる人はたくさんいます。医者は大量殺人者だと訴えている人がいるくらいに。
なのにどうして医療はなくならないのか?
それは国が保護しているからです。全世界的に医療は国が保護・推進する形をとっていて、また「医療は人の生活に欠かせないものだ」というプロパガンダも流されているので(先の平均寿命のように)一般の人々も医者に懐疑の目を向けることがないわけですね。今回の記事のように医療ミスの数を訴える声もほとんど出てこないですし。
国が医療を保護している理由は簡潔には言えません。ただ一つには金儲けの考えが働いていることは確かです。税金などから国に直接お金が入ったり、患者が医療費にお金をどんどん落としてくれることで社会にお金が回りますので。
もう一つは伝統的に医学というのが重んじられているということがあると思われます。大学は11~12世紀にヨーロッパで誕生しますが、ここで上位学部として置かれたのが神学・法学・医学があり、その基礎として哲学部が設置されたわけですから(哲学は18世紀にドイツにおいて上位学部に格上げされます)。日本のような国では神学はあまり根付かなかったでしょうし、神の否定なども哲学者の方からされていたりするので神学は衰えがちですが、いまだに法学・医学・哲学が大学の上位学部という状態は続いています(あ、科学って哲学の一部なので。哲学科だけが哲学だと思わないでくださいね)。こうした法・医への敬重の念というのは現在まで続いていると考えられます。


さて少しまとまりなく色々と書いてしまいましたが、医療を信頼しきるというのは危険ということです。ここらの話は後日の記事でまた触れることにします。それらを見て医療に対する考え方がみなさんの中で変わってくれると私としてはありがたいですかね。
by zattoukoneko | 2010-02-08 18:53 | 生物・医療 | Comments(0)