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いつ21世紀になったのだろう?

現在は何世紀ですかと問われれば、大抵の人は21世紀ですと答えることでしょう。そして「16世紀です」などと言う人には『イタイ人がいる……』という感じの視線が向けられることでしょう。
でも何をもってして私たちは21世紀に住んでいると言うことができるのでしょうか?
「100年毎に1世紀で、2001年から21世紀になったんだよ」と言ってしまうのはとても単純なこと。しかしながらそれはただの時間の経過に過ぎません。
あ、大分遅れましたが明けましておめでとうございます。2011年になりましたね、本年もこのブログをよろしくお願いしますm(_ _)m
↑という感じの年末年始の切り替えはありますよ。でも実際の問題として2011年になって生活が大きく変わりました? さらに思い返してみて、1999年から2000年に変わったときや、2000年から2001年に変わったときに皆さんの生活は一変しましたか? 一部には生活の変化があった人がいるかもしれませんが、しかしそれはすべての人ではないでしょう。結局上に挙げた年始の挨拶とか初詣のような行事というのは、現代においては周囲の人々と年が変わったことを確認するだけの形式的なものになっているように感じます。
もちろん年賀状や初詣のような風習が日本に残ることは望ましいことではあると考えていますが、それが形だけなら私は必要ないと思っています。今はメールで年賀状なんて当たり前です。手書きの手紙の方が時間もかかっているだろうし風情もありますが、それがただ送りつけられてきたものならありがたくはない。送るなら本当の恩人や友人に心をこめて送りたいし、お世話になっているということや繋がっているのだという気持ちを伝えるものにしたい。12月頃になると「年賀状はいつまでに~」なんてCMとかが流れますが、私にしてみれば余計なお世話で、それに合わせて自分の都合を崩してまで機械的に年賀状を書くことに何の意味があるのかと思っています。それならとても簡単な文面でも年が変わった瞬間に届く年賀状メール(その時刻を相手は計っているということでしょう?)や遅れてもいいから「お久しぶりです。最近はこんなこととしていて~」なんて知らせが届くととても嬉しい。今は年賀状なども形を問わず、むしろその意義をしっかりと捉えて相手に送ってくれるものの方がいいなと感じています。
このような慣習は年末年始に限ったものではないですね。盆や彼岸に故人を尊ぶということができている人間がどれだけできているのか。これも形なんてどうでもいいと思っています。古来よりの習慣の通りにすることも大事でしょうが、それしかやらず普段の何気ない日々の中でも亡くなってしまった人のことを思い返し、そのありがたみに思いを馳せる人が現代の社会でどれくらいいるのか。盆や彼岸、~回忌というときだけ親戚一同で集まって、しかもその時にすら故人のことを語るでもなく、自分たちの家系・家族のことを話すでもなく、ただただ酒飲みに来ているような人間どもが私は大嫌いです。
まあこのような風習と人間の感情の結びつきに関してはそのうち取り上げる予定ではあって、メモの中に「葬儀形式の変化」というのがあったりします。これは細かい話になりそうだなあとちょくちょく調整してますのでそのうちにでも~。


おや、何やら本題から外れてしまいましたが。
実際のところみなさんは何をもってして「自分は21世紀に生きている」と明言しますか? 20世紀と21世紀を隔てた契機は一体何ですか?

私が大きいなと思うのは阪神淡路大震災かなと。あれを直接的にでも間接的にでも経験している人と、それ以降に生まれてきた人とでは随分と世界観が違うよなと私は感じています。あの事件で人の死生観も日本の安全神話も崩壊した気がするのです。
阪神淡路大震災は1995年1月17日午前5時46分頃に発生した兵庫南部地震のことです。兵庫南部地震が気象庁の規定に基づいて命名されたものです。一方で各報道機関が別の呼び方をしていました。「関西大震災」や「阪神大震災」などです。これは地震そのものだけでなく災害としての被害規模が非常に大きかったことが背景にあるかと思われます。
政府はその後の復旧に統一的な名称が必要であるという観点から「関東大震災」に準え「阪神・淡路大震災」と呼称することを決めました。人々はこのときの地震と災害、被害でかつての「関東大震災」を想起していたのかもしれません。それを直接経験した人は少なくなってはいたでしょうが、あの事件が日本を大きく変えた事件の一つであり、それに並ぶものであると思ったのでしょう。
阪神淡路大震災における死者は約6500名。家屋の倒壊はおおよそ46万世帯。道路は1万ヶ所以上壊れ、非難人数は30万人以上にも及びました。
関東大震災の死者・行方不明者数の14万人や、やはり数万人の人が亡くなり今でも後遺症に苦しむ人のいる広島や長崎への原爆投下に比べればその数はとても小さい。しかし阪神淡路大震災はやはり大きな事件であったのです。
人の命の価値は数では計れないとは言いますし、それを否定する気はありませんが、けれど実際の数値として大きな隔たりがある。にもかかわらず日本人にとって阪神淡路大震災は大きな影響を与えた。このことについては何らかの説明を試みなければならないでしょう。
実は兵庫南部地震(マグニチュード7.2、現在の基準では7.3)より前にはマグニチュードが7を超えるようなものは起こらないだろうと考えられていたのです。実際にはそんなことはないのですが、特に近畿地方では長らく大きな地震に見舞われていなかったため危機感もほとんどなかった。大きな地震が来てもそれなりに対応できるだろうと思い込んでいたわけです。そうした人々の考えを、大きな地震が揺さぶるどころか崩壊させたのがこのときの地震だったと言えるわけです。
この概念の変化は実生活にも具体的な変化をもたらしました。いくつか事例を挙げてみましょう。
有名なのは震度測定の変化です。日本は独自のものとして『気象庁震度階級』というものを採用しています。これは兵庫南部地震以前には“体感によって”計測されていました。つまり気象台の職員が地震の揺れの大きさを経験に基づいて報告していたのです。とてもアナログで曖昧な感じがするかもしれませんが、これらの職員は非常に訓練されており後に導入される計測震度計よりも敏感で、震度1などでも現在の数値とほとんど変わらないものを計測器より早く言い当てるそうです。ですが震度が6や7となってくると実地調査なども必要で判断に遅れが出てくる。そもそもその人がきちんと地震を感知し報告できる状況に常にいなくてはならない。これを要求するのは酷なことですし、どれだけ大きな地震でも、また職員を多く派遣できないような過疎地(そういう場所にはダムなどの重要な建造物がある)にも震度計を設置することができるので普及していくことになりました。現在では地震があると気象庁のHPにかなり早く全国の細かい震度が表示されるようにもなっています。(気象庁|地震情報
もう一つは耐震性に関する基準の変化です。元々は耐震性を考慮に入れて建築基準法が1982年の段階に改正されてはいたのですが、上記のように地震に対しての認識は甘かった。倒壊して死者の出た住宅は1982年以前のものが多かったという報告もあります。いずれにせよ日本人は建造物、特に自分の生活空間とする住居や学校、会社の建物に耐震性があるかをきにするようになった。だから現在テレビやラジオなどで耐震性に関するCMなどをよく見るのです。これは概念の変化。また法としても震災後の1996年や2000年に改正されています。
こうして地震への備えというものが阪神大震災を契機に全国に広がっていったのです。おそらくあなたが自分で自宅などを購入しようと考えた場合、自然とその耐震性を気にすることでしょう。それはあなたが阪神淡路大震災以降の人間であることを意味します。それ以前の人間はほとんどそのようなものを考えなかった。また今住んでいる家などの耐震性や、近くに地震の発生源になるような活断層があるかを気にするようになったり、そもそも地震に「直下型」なんて言葉があって、それが広まったのも阪神淡路大震災以降ですね。

このように阪神淡路大震災というのは人々の認識を大きく変えました。制度面でも変化があって、それが生活に浸透している。ここで気付くべきなのはこれらの変化がそれを経験した人の間に“無意識に”起こったということです。地震やその他の災害、そして死へのイメージというのが変わり、そして浸透していったのです。その概念は震災後に生まれた、もしくは震災当時には幼かった人の中にも自然と入っていくことになります。社会全体が地震などの災害に敏感になっているし、死生観も変わっている。突然の自然災害によって人の命というものが簡単に奪われるのだという考えも浸透している。……まあそのせいで人生とは儚いものであるとして意義を見出せない人も多く出てきてしまっているようですが(汗)


なおこの時期には他にも死生観を大きく変える事件が発生しています。地下鉄サリン事件というテロ行為が安全神話を持っていた日本でも起こり、当時14歳だった酒鬼薔薇聖斗を名乗る少年により子供が惨殺された事件などで若者による凶悪犯罪というものが社会で表面化しました。
地下鉄サリン事件は阪神淡路大震災と時期もほとんど同じですし、やはり社会に大きなショックを与えたという点では一つの契機として挙げられるかもしれません。ただし私の場合、これによって変化したのは『日本の安全神話』が瓦解したということと、警察権力などの一般の人にはすぐに接することのできない部分での変化が主だった気がするので阪神淡路大震災をより大きなところに位置付けしています。
酒鬼薔薇聖斗の事件も、私が思うに彼一人だけが起こした事件ではなかったという印象。これは阪神淡路より以前から起こってきていた変化だと思うのですが、人の持つ死や生のイメージが希薄になりつつあった。若者に限らず凶悪な犯罪はいくつも発生しており、目立って取り上げられなかったけれども青少年による犯罪も多数あった。ただ酒鬼薔薇聖斗のときに(学校の校門に殺した子供の頭部を置くなど)センセーショナルなものがあったし、事件発生直後は犯人はかなり知能の高い大人のものであるとされていたのが、蓋を開けてみればたった14歳の少年だったということがあるのではないかと私は思っています。別に酒鬼薔薇聖斗を擁護するつもりはなく、彼は犯罪者であったという事実は変わらないのですが、けれどそれを起こすような社会の雰囲気は醸成されつつあったように私には当時感じられました。むしろ『ああ、ようやく社会に表面化したか。むしろこれは自然なことになりつつあるのに』という感想を持ったくらいです。


さて他にも2001年前後には9・11テロ事件などもあります。これも人の手によって、しかも自爆テロというものによって簡単にたくさんの人が死ぬということを世界に知らしめたものではあります。でもその緊急速報の映像を見ていた私にとっては何だか夢の中の出来事のような感じでした。リアルな感じがしなかったのですよね。これは私だけの感覚ではないらしい。映像を見ながら(あるいはそのすぐ後に)これは世界的な戦争に発展するに違いないと感じ、他の人ともそんな話をしていました。テロ実行犯の飛行機はどこを狙っていたかの報せが次々と入ってきたわけですが、「え、ホワイトハウスも入ってたの!? それって確実にアメリカは報復戦始めるでしょう!」とか言ってたら、今でも続くイラン戦争に突入してしまった(苦笑) いや、笑い事ではないのですけどね。
まあ9・11から続く中東の問題は日本人にも様々なことを考えさせるきっかけにはなったと思います。でもすべての日本国民が『何故アメリカは戦争に向かうのか?』や『そもそも自爆テロを起こすような社会情勢ってどうして生まれたのか?』そして『そのような自爆テロで自らの命を捨ててでも攻撃を加える人の気持ちとは何なのか?』ということを考えるようになった人は多くはない気がします。まあ、この問題は複雑だからというのもあるのかもしれませんが。でも“対岸の火事”という印象の日本人が結構いたのではないかと思います。

そろそろラスト。
結局私の考えによれば20世紀の末頃には時代は変わりつつあった。でもそれは時間軸上ではやはり“20世紀”であり、人々が21世紀になったと実感したのとはちょっと違うと思います。こんな感じですかね、『実はもう時代は変わっていたのだけれど、時間軸上でもどこかに切り替わるところが欲しい』という。ここで21世紀に変わったんだよという明確な時点が欲しいかなと。
でもこの場所を明確にどことするのは難しいかな? 阪神淡路大震災のような大きな事件も起きてないですし(起きたら困りますが(苦笑))。
そこで私が思っていたのはついこの前の2010年の終わりかなあと。これは何となくのイメージなので説明は困難なのですが。2001年になってとうとう10年も経ってしまった。もう一世紀の1/10が終わってしまったわけですから。さすがに世紀が変わったということを意識しないといけないという。『もうさすがに20世紀だとは主張できないよなー』という感じw


ということで明確に「ここから21世紀です」という答えが出せたわけではないのですが。でも世紀の切り替えが単純な時間の変化で生み出されるものではないということは伝えられたかなあと。……え、ダメすか?
でもこのテーマも難しいのですよねえ。日本人にとっては阪神淡路大震災だったかもしれないけれど、これは全世界の人にとっての契機ではないし、むしろ国際的には9・11の方かもしれないし。またこの適用範囲をどこまで広げていいのかという問題もあるのですよ。個人個人にとっても生活が大きく変化する契機というのはあって、その人にとってはとても大事なもの。でもそれは他の人とは違う感覚であり、すべての人に適用できるものではないのですよね。「パラダイム」という用語を使ってしまうと範囲が広すぎてダメですが、それに近いような共通認識の変化としては考えないといけないかなあと。世界観の変化というものに想いを馳せるのも時には重要ではないでしょうか? これからの世界を生きていくためにも。



さて、さすがに私は22世紀にまで生きてはいないとは思いますが(え、医療技術によって長寿になる? そんなこと実現するわけないじゃないですかーw)。22世紀になったなあと感じる瞬間や出来事って何になるんでしょうかね? ずっと先の話だから夢物語。SFですけどね。想像してみると面白いかも。
――あ、あれか。これの誕生が22世紀ではないですか!

      ドラえもん。
by zattoukoneko | 2011-02-27 08:45 | 社会・経済 | Comments(0)

徒然と書いてみる

今回はちょっと思うところがあってタイトルを「徒然と書いてみる」としてみました。
そもそもここのブログの名前が「徒然なる猫日記」ですねー。んー、ぶっちゃけ語呂で選んだので意味はないんですよ(ぇw
まあ確かに深く考えて名前をつけたわけではなかったのですよ。最初はどんなことを書くか明確に決めていなかったので。ただ自分の筆名に『猫』と入っているし、人からは「雑踏」とか「猫」とか短縮して呼ばれるのでそれを使いたかったのと、何かを書き記していくのであれば(毎日更新でなくとも)『日記』と入れるのがよいかなと。そして語感で『徒然なる』とですね……。(まだ言うか)
でも上に書いたように当初明確な目的はなかった。「徒然」という単語の意味には「することがなくて手持ちぶさた」というものもありますが、「ぼんやりと物思いに耽る」という意味もありまして。あとは『徒然草』というのもありますね。随筆文として思ったことや聞いたことを自由な形式で書くというやつの代表例。
これらの言葉を合わせたら「ぼんやりと物思いに耽りながら散歩している猫が気ままに日々感じたことを書くところ」という意味になったので、『ああ、それぴったりじゃないか』と。そんな感じでここのブログタイトルは決まっていたりします。



というわけで今回はお散歩に出かけてみようと思います。
いや本当に散歩に出かけるわけでもなく、散歩で見かけた面白いものを写真とかつけて紹介するというわけではないです。「物思いに耽ることで散歩してみよう」と思います。……妄想散歩です。
散歩に行くわけですけど、特に目的地はありません。私、猫ですから。自由気ままに歩いていくのです。あーでもお腹すいたかな。もうお昼はとっくに過ぎてます。ご飯でももらいに行きましょう。目標地点は近くにある焼き鳥屋さんで決定♪ あ、でも気ままに歩くので途中途中寄り道はするんじゃないかなぁ。それも決めずに出かけまーす。
まずは家の外に出て風の中にある匂いを嗅ぎます。風は色々な匂いを運んでくれるんですよ? 遠くで雨が降っていれば湿気っぽくなります。そっちの方から風が吹いているということは、しばらくしたら雨が降るという合図になるのです。あ、あとそろそろ春ですね♪ この前全国的に雪がたくさん降りました。猫なので寒いの苦手です。雪はキラキラしてて不思議な感じがするので外にはしゃぎ出るんですけど、すぐに寒くなって部屋のお布団の中で丸くなってました。やっぱり寒いより暖かいほうが好きだなー。場所によってはもう梅の香りもするし、春が近づいているという感じ。でも芽吹きはまだかな、葉っぱの匂いがしないので。
とりあえず今日は雨が降らなさそう。安心して出かけられますね♪ 何せ猫なので傘を持つことができないですから。
とことこアスファルトの上を歩いていきます。このアスファルトっていうの種類変わったの知ってます? 昔はただただ道を固めるだけのもので、だから足の裏に伝わってくる感触も硬かったのです。まるで石そのものを踏んでるみたいな、そんな感じ。でも最近のは軟らかいのになったんですよ、水捌けをよくするとか色々と効果があるみたい。おかげで肉球が痛くならなくなって大助かりです。
目的地の焼き鳥屋さんを目指します。あるのは商店街の方。駅というところからは少し離れた場所にあります。ところで駅って何なんでしょうね? 私は中に入ったことないから何があるのかわからないんです。でもあの小さな場所にとっても多くの人が入っていって、そしてすぐにたくさんの人が出てくるんですけど入っていった人とは姿が変わってるみたいなんです。不思議な場所。私も中に入ると種類が違う猫になったりするのかな? そういう場所なの、駅って?
なんてこと考えてもよくわからないし、やめです。というか考え事しながら歩いていたら自動車に轢かれそうになりました。危ないなー。道路には歩いている人も自動車に乗ってる人もいるし、それだけじゃなく猫とか犬もいるし、ゴキブリとかの虫もいるんですよ? 何で注意して進んでくれないかな。ちょっと道の上を気にしながら運転してくれればいいだけなのになー。
あ、小鳥! ダッシュ!!
……
…………
……………………
ごめんにゃさい。周りを見てないのは私も一緒でした。いつの間にか歩いていた道からは大きく外れて公園の中に来ちゃいました。
でも反省ばかりじゃダメだよね。次のこと考えなきゃ。今度からはもっと気をつける、それで反省はおしまいっと。生きていられる時間は短いんだしどんどん前に進まなきゃ!
あれ、ベンチでおじさんがぼんやり空を見上げてる。何か面白いものでもあるのかな? 私もおじさんを倣って空を見てみます。
んー、雲一つないよ? おじさん何見てるの?
あ、もしかしたら空の中に春を探しているのかも! 風の中に様々な匂いが混じっているのと似たような感じで、空も色を変えるんです。太陽が昇る前は紺色をしているし、太陽が昇りきれば鮮やかな青。陽が沈むころには茜色になるし、夜には帳が落ちて黒くなります。一日の間でもこれだけ色が変わるんですけど、季節ごとにも色って変わります。夏の空は真っ青だし、冬には灰色っぽくなります。他にも近くに花があったりするとその色が滲み出すんだよね♪
でもここの公園には綺麗な花もないし、葉っぱも自動車の出す煙でくすんでるから、空もあんまり綺麗じゃないな。おじさんにもっと綺麗な空が見える場所教えようかな? こんなのばかり見てたら気が滅入るだろうし。
そう思って私は足元に近寄っていってちゃいちゃいと靴を引っかきます。でもおじさん反応なし。む、猫が自分から近寄っていくなんて滅多にないことなんだよ? 人によっては知った仲でもないのに馴れ馴れしくしてくることとか追いかけてくることがあるからやらないんです。だっていうのに気付いてもくれないなんて!
ま、いいか。おじさんはおじさんでこの空を見るのに熱中しているみたいだし。私が口に出すようなことじゃないよね。気付くまで待ってるのも時間の無駄だし。
――あ、そうだ! 私ご飯もらいに行く途中だったんだ!
焼き鳥~♪ 最近食べてなかったから楽しみ~♪
商店街の方に戻ってくると学校帰りらしい若い女の子たちが固まって道を歩いてた。その後ろで白いビニール袋を自転車のハンドルにぶら下げたおばさんが渋い顔してる。道の幅は広いから簡単に避けられるのになあ? 私は女の子たちとおばさんとはかなり離れた道の脇をてくてく進む。この時間帯は商店街には人が多いから自動車もスピード出せないから轢かれる心配はないんだけど、わざわざ人のいっぱいいるところを縫って歩く必要もないしね。
間もなくして目的の焼き鳥屋さんに辿りつく。このお店は道からも見えるところで若いお兄さんが焼き鳥を焼いてて、いつもいい匂いが――
あ、あれ? 匂いがしない。お兄さんもいない。そういえば出かけるときに嗅いだ風の中にもいい匂いがしなかった。
あ、まだお店閉まってる時間だ……。
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とまあ、そんなこんな感じで徒然と(ここでは「ダラダラと」という感じに近いですかね)書いてみました。
今回はブログのタイトルに沿って猫を出してみました。でも……割りと私自身こんな感じかもしれません(笑) 玄関から外に出るとすぐに風の匂いを嗅ぎますし、空や空気の色とかを気にする。小さい動物を見つけると追いかけたくなるのも合ってますね(ぇ? ないのはお店の開店時間を間違えることはないことくらいかなあ?

で、こんな感じのブログ記事を書いたのは一つの新しい方向性を考えてみようという試みからでした。
大抵のブログというのを見ると日常的なことを書いていますよね。でも私のブログはそういう感じからはかけ離れているという自覚はあったりします。少なくとも『日記そのもの』ではないですよねー。
ただ方向性として日記のようなものを書くというのはありだとは思うのです。でもそのまま書くのは「なんかイヤー」と口にしてしまうひねくれ者ですので(自分で言うか?)何かしらの工夫をしたいなぁと。今回のは思いつくままに書いたので大したものではないですが、さらに発展させるのもありかなあと考えてます。たとえば私は頑なにやってませんでしたけど自作小説を掲載してみるとかですね。けれどブログは小説を載せていくにはあまり向いていない感じがします。というか一つの記事を大体A4で5枚前後くらいで収めたいなと考えながらやっているのですが、それだとショートショートくらいにしかなりませんからねぇ。いくつかに分割するにしてもブログで書くならブログの特性を活かしたものをと……。(今ここで悩み中)
ということで今ここのブログに掲載する記事の種類や形式を増やしてみてはどうかと考えているのです。幅を増やすのは悪いことではないですしねー(やりすぎると手に負えなくもなりますが)。どうせなら色々試してみようかなと。そんなことを『徒然』と思っているよというお話でした。
by zattoukoneko | 2011-02-19 00:42 | 雑記 | Comments(0)

2010年、ノーベル賞を逃した日本。

去年の2010年に日本人の根岸英一さんと鈴木章さんがノーベル化学賞を受賞しましたね。受賞の理由はクロスカップリング技術の開発に貢献したからですね。同時に受賞しているリチャード・ヘックという人物も同じですが、各人で手法は異なります。まあ内容としては大学の化学科に所属する学部生の教科書に載っているようなものなのでざっくりと述べますが――
そもそも「カップリング反応」というものの中の一つとなります。(有機)化合物の結合を行なう際に、同じ構造のものを結びつけるならホモカップリング。別の構造のものを結びつけるならヘテロカップリング、またはクロスカップリングといいます。
薬品の構造式を風邪薬などのCMなどで見たことがあるかと思いますが、大抵はベンゼン環が複数繋がっています。しかしながらこの反応を起こすのが難しく、様々な触媒を用いて成功させようとしていた時期があったのです(根岸さんや鈴木さんはこの触媒やそれを用いた反応に差があるということになります)。今では当たり前のように身の回りに安価に溢れている薬品ですが、これらはこのクロスカップリング反応の誕生がなければ成り立たなかったものなのです。ですからノーベル賞委員会は後世に多大な貢献をした研究として根岸さん、鈴木さんに化学賞を授与したのです。もともとノーベル賞というのは後世の社会福祉に貢献するような研究に与えられるものですからね。とても納得。

さて、これはとても喜ばしい報せではありますし、日本で「クロスカップリング」の言葉を知らない人が珍しいんじゃないかというくらいに話題になりました。ですが……先ほども述べましたがこの反応に関してはすでに大学の“教科書”に載っているようなもので、化学をある程度勉強したことのある人なら根岸・鈴木という名前は何度か耳にするくらい有名なのです。正直な感想としては、『あ、ようやく?』という感じです。今の化学はもっと先のことに着手していますし。
もちろん根岸・鈴木両名の功績は称えられるべきであり、その価値は揺るがないものです。しかしノーベル賞の問題点の一つとして“受賞させるまでに時間がかかりすぎる”という点があります。これは実際に社会に貢献があるかどうかということや、他の研究者から認められているかどうかということが勘案されるからです。
カップリング反応に関して熱心に研究が行なわれていたのは1970年代です。つまり40年も前。これでも受賞は早いほうだったりしますが、そのくらい時間がかかるのです。ちなみに1970年代だとようやく社会に「環境問題というのがあるらしい?」と認識され始めた頃。日本には72年に環境庁ができていますが、これは環境問題を扱うものというよりは公害や公衆衛生を扱う部署でした(一部の人物のみが世界的な動向を見ていたようではありますが、まだ酸性雨やオゾンホールなんて知られていない時期です)。現代では環境問題というものを目や耳にしない日はありません。ペットボトルはリサイクルしやすいように改良されてきましたし、ゴミの分別なんていうのも当たり前。車はどんどん低燃費になってCO2をほとんど出さないものなんていうものの開発にメーカーは力を入れています。そう考えるといかに時代が変わっているかわかりますよね。科学の世界も同様に新しい問題を見つけてそれに取り組んでいます。なので『あ、今頃クロスカップリングなんだ?』という感想になってしまうわけです。


一方、ノーベル物理学賞で名前が出てきたグラフェンは学会にセンセーションを巻き起こしました。何せこちらは注目されだしてからせいぜい10年での受賞なのですから。
グラフェンに関してはよくわからない詳細に述べるのがちょっと難しい感じです。見てみたらwikipediaにも項目がありましたので検索をかけて見てみるといいと思いますが――数式で頭が痛くなること間違いなしです(苦笑) ここでは本当にざっとした説明と、この受賞によって起こった、しかしほとんどの日本人が気付いていないことを述べるに留めようと思います。
グラフェンの画像を見たことのない人もいるかもしれないのでリンク。こんな感じです。グラフェン画像集このように蜂の巣構造をした薄いシートのようなものがグラフェンです。炭素原子から出来るものに黒鉛がありますが、あれはあの蜂の巣構造が幾重にも重なってできたものです。そういう意味では黒鉛などの他の同素体の基本構造とも言えます。
しかしグラフェンの大きな特徴として、とてつもなく薄いにもかかわらず不透明度が高いということ。これはもう一つの大きな特徴である電導性と関係があります。物質中を電気(物体としては電子)が移動するには低温の方がよいのですが、常温でも銀より抵抗が少ないくらいです(ちなみに電線は銅を用いていますが、効率としては銀を使ったほうがよいのです。金属の中では一番常温で電導性に優れていますから。実際に昔は銀を使用したこともあるのです。でもまあ銀ですからね、盗まれちゃうから銅に切り替えたというお話があったりします……)。その他量子力学のかなり難しい話になるのでざっくりカットですが、電子の振る舞いからエレクトロニクスの分野で使えるのではないかと考えられています。
どういうことかというと今まではケイ素からできていたシリコンを半導体として利用し、コンピュータや携帯端末を製造していました。けれども現在ここにグラフェンを利用できるのではないかと熱心に研究されているのです。これが実現すれば非常に軽量でありながらこれまで以上に電気信号を効率よくやり取りできるような電気素子がつくれるということです。またこの辺りは色々研究されている途中のようで、これは私も本当に詳しくないのですが、どうやらシリコンに比べてずっと軟らかいみたい? 指でつまんで曲げてみせている画像を見たことがありますが、こうなるともう『ハード』という感じではないですねー。……質感が人間そっくりのメイドロボへの布石か(ぇw
まあこんなのがグラフェンです。物質として実際に社会への貢献がすでに現れているというわけではないのですが、しかしその可能性の高さが評価され異例の早さでノーベル賞を受賞しました。これには科学者たちもびっくりです。何せ自分たちはまだそれより前のものを研究していたのですから。

炭素の同素体として注目を浴びていたものが最近いくつかありました。炭素の同素体としては「黒鉛」「ダイヤモンド」「不定形炭素」そして数年前に高校の教科書にも追加されましたが「フラーレン」と「カーボンナノチューブ」があります。ここに新しく「グラフェン」というのが付け加えられたということになります。研究が熱心にされていたのはフラーレンとカーボンナノチューブとなります。
フラーレンは英語では俗にbuckyballとも呼ばれます。サッカーボールそっくりの形をしているのですね。中は空洞で、反応をうまくやると中にナトリウムやバリウムなどの小さな金属を入れることができました。これをやると超高温(といっても化学での話なのでマイナス数十度とかですが)で超伝導が観測されました。なので超伝導の素材として熱心に研究されていたわけです。ま、他にも活用法はあるとは聞いてはいますが細かい話は省略。というか研究している人のものを暴露できない(苦笑)
カーボンナノチューブは円筒形のとても細い管状の物質です。使い方は様々ですが期待されていたものを。一つはそれを束ねるととてつもなく強固な素材になるということです。これは簡単に実験できるのでやってみて欲しいのですが、チラシをくるくるっと細長い筒にします。これは一本だけだと小さな力で曲がってしまいます。ですがこれを何本もまとめると相当な力を入れても曲がらなくなります。これを利用したのが実はダンボールだったりします。中空なので力が分散されやすく、そのため紙であってもやろうと思えば単純な塊でしかない鉄よりずっと強固になるのです。この紙の管は細ければ細いほどよく――つまりはカーボンナノチューブなんていうナノ単位のものでつくればもっと頑丈になるのです。また中空ということはその分軽いので航空機などに利用しようという案もありました。あとこれは実現するかどうかさすがに微妙ではないかと個人的には思っていたのですが、地球から月までのエレベーターをカーボンナノチューブでつくろうなんていう話もあります。そのくらい頑丈になると理論上では計算結果が出る。
もう一つ面白く、そしてこれはほとんど実現間近であったものが、水素燃料を蓄えるのに使うというアイデアです。水素は非常に爆発性が高い物質です。小学校の実験で金属を塩酸で溶かして水素を発生、それを火に近づけてポンッと音を鳴らせるなんていうのがありますが、あれは試験管に収まるくらいの少量だからあのくらいで済むのですよね。テレビなどで言われている水素燃料自動車とかになると大量に水素を積み込むことになります。まあ、これに火がついたら車なんて軽く吹き飛びます。
ですがカーボンナノチューブの直径がちょうど水素原子を綺麗に収めてくれる幅だったのです。なのでこれを束にして集めれば水素を安全に(すなわち他の物質と反応させることなく)保存しておくことができるのです。なので水素自動車などに利用できるのではないかと考えられていたわけです。
ただカーボンナノチューブで問題になったのは……発癌性があったのですよね。これは随分最近になってわかったことなのですが。なのでそこは取り扱いに慎重にならないといけないという。

でもこれらは非常に面白い物質であることは間違いなく、熱心に研究がされていました。軽い、丈夫、電導性で興味深い、などなど。しかし…………ここにグラフェンが唐突に現れてしまったわけです。それぞれ違うものではありますからね。これまでの研究が水泡に帰したということはありませんが、しかしグラフェンの方にかなり移行することを迫られているのも実際のところだと言えるでしょう。科学研究の価値としてはフラーレンやカーボンナノチューブよりグラフェンの方がずっと高くなった感じがします。多くの人が知っていると思いますがNature誌やIEEE(米国電気電子技術学会)では続々とレポートが集まっているようですし。


で。ここ日本人にとって重要。
「カーボンナノチューブの発見者は誰ですか?」
答え。日本のNEC筑波研究所に勤務していた飯島澄男さんです。1990年代の最初の頃でしたね。
カーボンナノチューブはその構造の特異性から基礎の分野でも注目を集めましたし、上記のように応用の面でも非常に価値がある。これから先、科学にも社会にも大きく貢献するだろうと考えられていました。
ですが去年一足飛びにグラフェンが受賞してしまった。ということで飯島さんのカーボンナノチューブによるノーベル賞受賞はなくなったというわけです……。日本は手に入れるのがほぼ確実ではないかと思われていたものを一つなくしたことになるわけですね。
と、まあちょっと悲観的に言ってみましたが。今後カーボンナノチューブでの研究で大きな功績が上がれば再評価されて受賞する可能性はあるかと思います。グラフェンももしかしたら時期尚早で大した成果が挙がらないかもしれませんしね。…………まあ、ノーベル賞は一度出たらそうそう自分たちの評価を覆しませんけどねorz(ちなみに参照。ノーベル賞最大の汚点・山際勝三郎について


ま、何にせよこの50年くらいで見つかった新しい炭素同素体のフラーレン・カーボンナノチューブ・グラフェンは今後研究が発展していく分野だと思います。専門書はさすがに難しいですが、そのうち一般書とかも出るのではないですかね? 見かけたら手にとって見るといいと思いますよー。
ということで今回はこの辺で~。ではではー。
by zattoukoneko | 2011-02-13 02:26 | 物理 | Comments(1)

これから何書こう?

これからのブログ記事の予定です。
……うっかり総アクセス数12345の報告をミスしたことは秘密です。忙しくしていたらとっくに超えていて見逃したとかそういうことはありませんよ?(現在13000でーす♪ 多謝!)

元々の予定としてはTwitter関連の記事を書こうとしていたわけですが、不具合はいつまで経っても直らないしサポートの情報を見ないでどんどん誤作動引き起こしている人が乱立しているしでどうしたものかと(結構深刻な問題)。
またTwitter以外にもSNSというのはいくつもあって、現在世界で最大規模のものはFacebook。日本で主流なのはmixiとなります。当然その他のe-mailやHP、ブログ、YouTube、Googleサービスなども健在でこれらを連動させているアカウントがどんどん増えています。海外ジャーナリズムアカウントはすごい勢いで情報を流していますね。見事に“速報”を流しすぎて一つ一つの価値が激減していますが(苦笑)
一方で日本は慎重に動いている印象。Facebookは実名登録が原則。実名で発言すると困るようなことを初めから述べるなという意見もある一方で、日本人にとってHNは匿名ではないよなという意見もあったり。まあ個人の生活が世界中にどんどん公開される形のSNSは日本人向けではないのかなというのが個人的な感想。
つまり何が言いたいかというと――

       正直書くのが面倒になった(ぇ

いや、書くことのテーマは決まっているのです。Twitterの悪いところや悪いところや問題点を挙げて(え、良いところ? ……少しくらいはあるかも?)どのような方向に今後進んでいくのか、または使う側はどうしていくのがよさそうなのかについて、現段階での個人的な意見をまとめてみようかと思っていたわけです。
が。
あまりにも多くの人がエラーを起こしすぎorz いや、「ヘルプ」がきちんとありますしサポートもありますし。というか何故にTwitterでミスばかりやっている人はGoogleなどで検索をかけないのか不思議で仕方がないです……。調べるのに数分もかからないようなことで延々と文句を並べ立てている人はどうしたものかと。(←ちなみにとある方が不具合に困っているようだったので解決策を教えたら開発者か何かだと思われたらしく、『これではTwitterは儲からないだろ!』と“不具合を出したまま”苦情を入れられた人です。まあよくあることなので気にしてませんけどね! 相手が自分のブログに直結させているのも知ってますよ、い(有名人なので以下規制。なお簡単に調べられることも当然わかっている))
まあ苦情ばかり入れている人はたくさんいるし、興味もないのでどうでもいいわけですが。ごく普通に参加している方々が困っているのはどうしたものかと。「Twitterに登録した方がいいよ!」と誘う記事を書くつもりは最初からないのですが(だってセールスマンではないですもの)、紹介文にはなるので対処法のまとめでも書かないといけないのかと頭を抱えてしまっている次第です。書いてもわからない人にはさっぱりわからず、わかっている人にとっては当たり前過ぎることなので書く価値が見いだせない(涙)

まあそんなわけでTwitter関連の話は半ば放り投げ中。不具合を本社や開発者が取り除くか(できたとして数年先だと思っている)、記事のうまい書き方を思いついたらですかねー。興味深い部分もあるので完全に捨ててしまうのももったいないと思っているのですが。



で、じゃあ何を書こうかなと考えたらほとんど何も思いつかなかったという。
一応ストックはありつつも、いきなりやるには内容が重すぎるかなと感じるものや、書くために私自身も準備の時間がそれなりに必要だったり。
まあとりあえずは単発の記事で埋め合わせかなと考えています。ぱっとした思いつきとしては昨年のノーベル物理学賞のグラフェンかなあと。日本では化学賞のクロスカップリングがやたらと注目を集めていますが(そしてそれも自然なことだとは思いつつ)、何故に日本人のノーベル物理学賞受賞の可能性が一つ消えたことを誰も言わないのかなとふと疑問に感じたので。
あとは受験シーズン真っ只中ですし、それに役立つようなことがいいのかなと思いつつ。いやいやそんな一朝一夕で成績伸びねーぞと。

…………ひょっとしてこういう状況をネタギレというのではないだろうか?(心の声「そうだと思います」)
by zattoukoneko | 2011-02-04 17:11 | 雑記 | Comments(1)


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