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【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 11

「お母さん、大丈夫?」
 床に寝そべるお母さんに、雪音が心配そうな声で尋ねてきました。
「ええ、大丈夫よ。それよりもごめんなさいね、また一緒にお散歩に行けなくなってしまって」
「最近多いね」
 その日の朝は靄が出てかなり冷え込みました。普段であれば自然に発生する冷気は雪女であるユキに活力を与えてくれるはずでした。けれどお母さんの具合は悪かったのです。
 雪音の言うように、寝込む頻度も高くなってきていました。秋も深まってきたのに、夏より体が動かせていない気がします。
 ただそうなることは予期できていたことでした。半分人間である雪音を受け入れ、そして人として育てることを決意してから、こうして温かさに雪女の部分が消されてしまうことは、遅かれ早かれ必ず訪れることだったのです。
「今日は一人でお散歩してきてね」
 お母さんはせめてもと、笑顔で雪音を送り出しました。
 死ぬ覚悟はできています。かわいい一人娘を残して先立つことに、心は強く締め付けられます。それでも最近より一層思うようになりました。この子と一緒に生きることを選んで良かったと。幸せな母娘の暮らしができていると感じるのです。
 雪音が洞の出口から外に出ていき、姿が見えなくなってから、お母さんはゆっくりと目を閉じました。死ぬ覚悟はできているとはいえ、自分から早く死のうなどとは思っていません。体調を良くしてまた雪音と楽しい日常を過ごすのです。
 体から疲れが抜けていないのか、眠りに落ちるのはあっという間のことでした。
 その夢の中。
 お母さんは随分昔に出会った存在と対面していました。
 姿は判然としません。しかし目の前にしているだけで、とても大きな重圧感と、それが持っている強い力を感じました。人でも雪女のような妖怪でもない存在。それはこの山の神でした。
――久しいな、ユキ――
 山の神は夢の中でお母さんに話しかけてきました。夢は現ではありません。ですが神の力を持ってすれば、夢と現を繋げることなど容易でしょう。
「お久しゅうございます。いつかは私に雪女の力を授けてくださり、有り難うございました」
 愛していた人に裏切られ、お腹を痛めて生んだ子供も冬山の寒さで凍りつき、そのことに恨みを募らせながらユキ自身も息絶えようとしていたとき、この神は現れたのです。そして憎悪や殺意を凝集させ、山の冷気で固めてユキを雪女に変えました。
 そのことを恨んだことなどありません。雪女になることで生き長らえ、自分の為すべきこともできましたし、確かめたいことも知ることができました。
 それどころか新しい恋をして、雪音という娘をもうけることができました。時にはつらいこともありましたが、今ではとても幸せな日々を過ごせています。
――本当にそうだろうか?――
 けれどお母さんの思考を読んだ山の神は、疑問を投げかけてきました。それから胸の締め付けられる問いを発しました。
――娘と、もっと長く生き続けたいと思っているのではないか? それこそ寿命を全うするまで――
 山の神の言葉に、お母さんは苦しくなります。大人になる雪音の姿を一目でいいから見たい。そのことを何度望んだことかわかりません。
 ですが、すでに答えは決まっています。ただこの時を大事にしたい。そうすることで自分の寿命が縮まろうとも、雪音により多くの幸せを詰め込むことができたら、それだけで十分なのです。雪音を避けてまで、長生きしたいとは思いません。
――その寿命、長くする術があると聞いてもか?――
「……え?」
 お母さんは、山の神の言葉が理解できませんでした。この体が悪くなっているのは、雪女の冷たさが、雪音の持つ温かさに浸蝕されているからなはずです。ですから長く生きようとすれば原因となっている娘と距離を置く以外にないはずです。
――それも原因の一つではある。しかし総てではなく、そしてより大きなものは別にある――
 それからこんな問いかけをしてきました。
――ユキには娘である雪音の温かさの顕著に影響が出ている。一方で雪音はどうだろうか。彼女に雪女の冷たさは、果たして移っているだろうか?――
 言われてみればその通りです。雪音には、その父親に出たような症状は一切見られません。もう十年近くも一緒に暮らしているというのにです。雪音の半分は雪女ですが、裏を返せば半分は人間なのです。その部分に冷たすぎる雪女の影響が出ないことは不思議でした。
――ユキよ。お前自身が雪女ではなくなってきているのだよ。その心は温かい慈愛に満ち満ちている――
 つまりお母さんの方が雪女であることをやめたため、雪音への影響は少ないということでしょうか。一緒に暮らしていく中で、人間の心を取り戻したということなのでしょうか。
 ああ、きっとそうなのです。雪音との暮らしは幸せなものでした。一緒に母娘をしてきました。それはまるで人間のようにです。
――しかし、ユキの体は雪女のものになっている。心だけではないのだよ、雪女になったのは。だというのに、その心を温かいもので満たしていけば、体と乖離して動かせなくなるのは自然なことではないか――
 先日、崖の下に落ちていた雪音を助けようとしたときのことを思い出しました。雪女の力を使おうとして、しかし世界を凍らせることはできなかったのです。
 心が雪女のものでなくなってきているのだとすれば、体からうまく冷気を放てなくて当然です。目的を何としてでも成し遂げるという、結実した氷の決意が必要なのですから。
 山の神が言います。
――山の冷たさを司る者として、ユキの存在は大きい。そしてユキが長く生きることを望むなら、それを叶えよう――
 その言葉は魅力的なものでした。心が雪女のものになったとしても、娘を大事に思う気持ちをなくすことはないと断言できます。少し冷たさが出てしまうかもしれませんが、ずっと長く愛する雪音と暮らせる方法があるというのなら、それに手を伸ばしたいと思います。だからお母さんは問い返しました。
「どうすれば雪女の力を取り戻せるのでしょうか?」
――もう一度冷やし固めればよい。何も娘を手にかけろなどとは言わない。あの子はユキにとって大事な存在となっていることはわかっているしな。ただお前の心を温かくする者は娘だけではないはずだ。あとはこちらで準備を整えよう――
 それだけ告げると山の神は姿を消しました。同時にお母さんも夢から覚めました。
 寝てからそんなに時間は経っていないと思います。洞の中にいるため、どのくらいの時間が過ぎたのかはわかりにくいのですが。
 ただ夢の内容だけははっきりと覚えています。やはりあれは現と繋がっていたのでしょう。だからお母さんは心を固めます。
 雪音と共に暮らしたい。これからもずっと、幸せに暮らしたい。そのためならばどんな犠牲も厭わない。
 そのとき洞に雪音が飛び込んできました。涙を流し、顔をくしゃくしゃにして、お母さんに向かって叫びました。
「シロちゃんが大変なの!」
 雪音の腕の中、一匹の白ウサギが抱えられています。そのウサギも、そして娘の服も真っ赤に染まっています。後ろ脚に大きな裂傷が走り、血が大量に溢れているのでした。
 シロはまだ生きていましたが、意識はもうないようでした。
 お母さんはそれを見て、納得しました。
 この温かい塊を、冷たい氷に包んでしまえばいいのだと。そうすれば雪女の力が帰ってくるのだと――

   *つづく*
by zattoukoneko | 2012-09-20 04:32 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 10

 お母さんは、その日体調があまりすぐれなかったので、大事をとって洞で休んでいました。体を動かすこともできますし、外に出かけることもできたでしょう。ただ元気のないまま雪音と一緒に歩いても、娘を心配させるだけだと思ってやめたのです。
 その判断が、あのような事態を招くとは思ってもいませんでした。
 お昼と夕方の中間。洞の中に飛び込んでくる姿がありました。それに気付いてお母さんは問いかけます。
「あらシロちゃん、慌ててどうかしたの?」
 シロは上半身を起こしたお母さんのところまでくると、頭をぐいぐいと押しつけ始めました。
 それは普段しない行動です。懐いている雪音に対しては、よくくっついて遊んでいました。でもお母さんの方には自分から体を寄せることはありませんでしたし、ましてやこんなに力強く頭で押してくるなんて初めてのことです。
 何だか、胸騒ぎがしました。
「何かあったの? 雪音は一緒じゃないの?」
 お母さんの言葉に、シロが顔を上げます。その口に赤い木の実の髪飾りがくわえられていました。
 雪音の、髪飾りでした。
「雪音?!」
 雪音がその髪飾りを外したことなど、今まで一度もありませんでした。せいぜい寝るときに邪魔にならないよう、隣に置くくらいのものです。母とお揃いの髪飾りを、とても大事にしていましたから。
 娘の身に何かが起きたのは明白です。お母さんは急いで立ち上がると、洞の出口へと向かいました。
 シロもそれに続き、しかしすぐに追い越すと少し先で止まって振り返りました。
「雪音がいるところに案内してくれるのね?」
 問いかけに、シロは再びある方向へと跳ねていきます。そしてある程度進んだところでお母さんを待つということを繰り返しました。
 あ母さんはできるだけ急いで山の中を進んでいきました。体が重くて、心ばかりが焦ります。
 しばらくしてシロに連れられたお母さんは、崖の上にやってきました。それほど急なものではありませんが、人が登るのはまず無理でしょう。
 そんな崖の下、雪音の姿がありました。
「雪音!」
 喉も裂けんばかりにお母さんは叫びました。
 けれど呼びかけに娘はぴくりとも動きません。今いる場所からでは目を覚ましているのかどうかも、怪我をしているのかどうかもわかりません。
 シロが崖を下りていきました。でもお母さんには無理です。回り道をしなければなりません。
 でも娘のことが心配でした。一分でも一秒でも惜しいと思いました。
 だから、雪女の力を使うことを決めました。
 お母さんは心を冷やしていきました。雪音を愛おしいと思う気持ちを、今だけは忘れることにしました。ただ助けるという目的だけを意識します。
 心が凍りついていくと同時に、体も冷気に包まれます。それでもって氷の道を作ろうと考えました。
 左手を静かに振ります。周りが氷の粒で輝いて、そしてそれだけでした。
「?」
 もう一度辺りを凍りつかせるべく腕を振ります。けれど体の周りにある水蒸気を氷に変えることしかできませんでした。
 お母さんの心に焦りが生まれました。それではいけないのに。動揺していては余計に世界を止めて凍らせることなどできないのに。
 でもどうして雪女の力が使えないのかわかりません。悩めば悩むほど、時間は過ぎていきます。
 意を決すると、お母さんは崖へ身を躍らせました。自分の足で進むことなどできません。転倒し、体のあちこちを軋ませながら落ちていきます。
 ようやく落下が止まり、崖下に到着しました。起き上がると雪音の元へと向かいます。腕も脚も背中も痛みます。でも歩くのに問題がないなら気にしている暇などありません。
「雪音?」
 娘の隣に膝をつくと、そっと名前を呼びました。
 見たところ大きな怪我はないようです。頬にあるかすり傷が目立つくらいでした。
 こちらの呼びかけに、雪音がようやく目を開けました。
「……お母さん?」
 娘の声が聞けてほっとしました。胸を撫でおろしながら、お母さんは問いかけます。
「大丈夫? どうしてこんなところにいるの?」
 訊かれた雪音は、上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見回します。それから答えました。
「んー、わかんない。おやつにアケビを食べて、お昼寝してた」
 では寝ていた場所が悪かったということでしょうか。雪音も覚えていないようですし、詳しい状況はわかりません。
 ただ無事であることは確かなようです。なら構いません。少し注意をしておくことは必要かもしれませんが、それは些細なことです。お母さんは雪音に手を差し出すと、一緒に立ち上がります。
「痛いところはない? おかしいなと思ったら無理せずに言うのよ?」
「うん!」
 何だか雪音は嬉しそうです。手を繋いで帰り道を一緒に歩くことが、楽しくて仕方がないのかもしれません。それに今日はシロも一緒でした。洞までの道を案内してくれるのか、少し先をぴょんぴょんと跳ねていきます。
 繋いだ手は温かく、心を落ち着かせてくれるものでした。
 けれど雪女の力が使えなくなっているという事実が、胸をざわつかせて仕方ありませんでした。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-19 20:36 | 小説 | Comments(0)

【期間限定】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 9

 お母さんは困っていました。
「あーうー」
 すぐ隣では、綺麗に色付いたカエデを口にして、雪音が残念そうにうめいています。
 最近ずっとこんな感じなのです。気になったものをすぐに口に運んでは、それが食べられるのかどうか確かめているようでした。
 赤ん坊とは違います。あくまで食べることが念頭にあって、どれなら大丈夫なのかを確かめているのです。食欲旺盛の、その向かう先が少し変わっているという感じでしょうか。
 ……食欲旺盛なのは前からですが。
 ともかく何でも口に運んでしまうのは困りものです。この季節は実りの時季でもありますが、すべてが人に食べてもらうようにはできていません。中には毒を持っているものもあるのです。
「見境なく山の植物を口に入れては駄目よ。特に茸は食べられるものとそうでないものの判別が難しいから」
 そうお母さんは注意しますが、雪音は困った表情を浮かべました。母の言い付けを守りたくないというわけではないようですが、自分なりの考えがあるようでした。
「料理をしたいの。できるようになればもっと食べられるものが増えると思うし」
「でも私は火を使うのが苦手だし……」
「うん、わかってる。だから私が作ってあげようと思って。アイスみたいに冷たいものは無理かもしれないけど、熱くない料理ならお母さんとも食べられるかもしれないし」
 お母さんは納得しました。火をほとんど通さなくても食べられるようなものを、雪音はずっと探していたということなのです。そしておそらくは、先日一緒に雪見だいふくを食べて、一緒に食事を楽しむということを覚えたのでしょう。
 それなら食材の知識を雪音に与えてもよいかもしれません。また山菜には灰汁の強いものが多いですから、それを処理する方法を教えることも大事でしょう。
 体冷たき雪女としては、物を食べることによって熱を持つことは好ましいことではありません。それでも時々なら娘と一緒の時間を過ごしてもいいかもしれません。
 お母さんは近くにあったヤマブドウを一粒摘まみ取ると、そのまま口の中に運びました。甘くて程良い酸っぱさが広がります。
「こういう果実はそのまま食べられるのが多いわよ。あそこにあるのはアケビね。種が多くてちょっと食べにくいかもしれないけど、とっても甘いの。散歩がてら食べ歩きしてもいいし、集めてきて食後の楽しみにしてもいいわね」
 それから今度は屈んでシイの実を拾います。
「ドングリやクリはよく食べるから知ってるわよね。シイの実は生でも食べられるし、炒って食べたり、茹でて柔らかくしたものをお団子にもできる。ちょうどこの辺りにたくさんあるみたいだし、拾って帰りましょうか」
 お母さんの提案に、雪音は喜んで頷きました。シイの実やクヌギを拾い集めながら、道中ユリの根なども紹介します。地面の中に埋まっているためか、雪音はそれを知りませんでした。
 洞に帰ってからは一緒にドングリで料理です。お団子を丸めながら、ヤマブドウやユキイチゴを合間に食べました。それは新しい母娘の楽しみでした。
 お母さんがお団子を茹でていると、雪音が不思議そうに訊いてきました。
「ねえ、どうしてカエデの葉っぱも摘んできたの? 美味しくなかったよ?」
「そうね、少しくらい調理しても美味しくは食べられないと思うわ。でも人が料理をしてきた歴史というのは長いから」
 出来上がるまで時間がかかるので、お母さんはちょっとはぐらかして答えました。
 これからカエデは塩漬けと塩抜きをして、食べられるのはちょうど来年の今頃になるでしょうか。かわいい天ぷらになって目の前に出されたら、雪音はきっと驚くことでしょう。その様子を想像して思わず頬が緩みます。
 ドングリのお団子がぷかぷかと浮き沈みするお湯は熱いです。湯気が顔にかかりますが、お母さんはそれが気にならないほど楽しい気分になっていました。
 ふと、雪音が声を上げます。
「あれ、私が料理するんじゃなかったっけ?」
 最初は自分が料理をしてお母さんと一緒に食べようと考えていたはずです。
 でもすぐに、まあいいか、と考えを改めました。お団子を丸めるのを手伝いましたし、これから一緒にご飯にもなります。
 それに何より雪音も楽しい気分で満たされていましたから。
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   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-18 23:08 | 小説 | Comments(0)

【期間限定】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 8

 その日ユキは病に倒れました。
 どこかが痛いとか、苦しい感じがするとか、そういうわけではありません。ただ体にうまく力が入らなくて、起き上がることすらままならないのです。
 これまでも具合が悪くなることはありました。けれどここまでひどくなったのは初めてです。しかも冬と呼ぶにはまだまだ早い季節。病状が悪化しているのは明白でした。
「お母さん、大丈夫?」
 いつかはこうなるだろうとは予期していました。雪音の父親にあたる人がこの山に足しげく通っていた頃にも、お互いの持つ温かさと冷たさが二人の体を壊していました。特に人間である父親の症状はひどく、最後の別れのとき、視力を衰えさせた彼はユキの表情をきちんと判別できないほどだったのです。
 別れてからは快方に向かいました。けれど雪音を生み、そして人として育てることを決意してから、再び体の調子は崩れ始めたのです。
「お母さん?」
 雪音が話しかけてきていることに、ようやく気付きました。笑顔をどうにかつくります。
「ごめんね、今日は一緒に外に出られないみたい。一人で遊んできてくれる?」
 そばに娘がいても何もしてもらうことはありません。むしろその温かさが近くにあると余計に具合が悪くなります。それなら一人で遊びに出かけてもらい、その間に持ち直すのが賢明でしょう。
 いつもの雪音なら母の言葉に従ったことでしょう。けれど雪音も日々成長しているのです。自分も床に伏している母を看病し、助けてあげたいと思うようになっていました。
「食べ物はお母さんいらないもんね。冷たいお水とか汲んでくる?」
 娘が心配してくれるのは有り難いことです。けれど何かをしようとしてくれることが、体の調子を狂わせるのです。
「私は大丈夫だから。でも静かに休みたいの。だから外に出かけてもらえる?」
 自分の病と娘の関係については話していませんし、これからも話すつもりはありません。訳を知ったら雪音は悩み苦しむことでしょう。それも悪いことではないのでしょうが、どうせ時間を使うのなら目一杯に楽しいことや幸せなことを、その胸の内に詰め込んで欲しいと思うのです。
 ですが今回は言い方が少し悪かったようです。雪音は母が自分のことを避けようとしていることを敏感に察知すると、悲しい顔をして洞の外へと出て行きました。
 ユキはすぐに後悔の念に包まれました。邪険にするつもりなんて毛頭ありません。大事な大事な一人娘です。けれど自分の体のことばかり気にしていて、扱いがぞんざいになっていました。
 謝りたいと思いましたが、動かぬ体で雪音の後を追うことはできません。ユキは諦めると、体から力を抜いて横になりました。
 かなり調子が悪くなっているのは確かでしたが、それでも今すぐに死んでしまうようなことはないでしょう。数ヶ月ということもないと思います。ただもって数年だとは感じました。どうやっても娘が大人になるときまでは生き長らえることは無理です。
 悲しくはありましたが、こればかりは仕方のないこと。ならば先のことを考えて暗い気持ちになっていても仕方ありませんし、体を治すことに専念すべきです。そうして元気になって、帰ってきた雪音を迎えたら先程のことを謝るのです。
 そう決めると、ユキは眠りにつきました。
 それからどのくらいの時間が経ったでしょうか。頭のすぐ横でかさかさと音がして、ユキは目を覚ましました。
 顔をそちらに向けると、一匹の白ウサギがいました。雪音が友達になったばかりのシロでした。
 シロは口に一輪のコスモスをくわえていました。それをこちらに渡そうと一所懸命になっているようです。体を起こすと、ユキは手を差し出して花を受け取りました。そしてどうしてこのウサギがそんなことをしているのか考えました。
 ウサギが自ら花を摘んでやってくるわけがありません。ならば誰かがこの子にお願いしたのです。
 その相手が誰なのか、そんなことは悩むまでもありません。雪音以外にいるわけがないではないですか。
 突き離されて看病ができないとなっても、雪音はずっと自分にできることはないかと考えていたのでしょう。そうして元気づけるために花を摘んで、でも自分は戻れないからと友達のシロに届けてくれるようにお願いしたのでしょう。もしかしたら今でも何かできないかと頭を悩ませているかもしれません。
 離れていても相手のことを想うことができるのだと教えられた気がしました。
 体のことがある以上、どうしても距離を置かなければならない日が出てきます。そしてその頻度は増えていき、やがて二度と会えなくなる日が来るのです。
 そうだとしても、雪音への想いはけして消えません。死んで体が融けてしまうなら、せめて雪を降らせてそのことを伝えましょう。
 シロが小首を傾げてこちらを見ています。それに気付いてユキは「ありがとう」と言おうとしました。けれど声が震えて、うまくくちにすることはできませんでした。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-17 12:51 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 7

 今日は朝早くからお母さんとお散歩です。空は突きぬけるように青く、気持ちの良い晴れでした。陽が昇る頃にはきんと冷えた空気で満ちるほど気温は下がっていたのですが、今ではそれを感じることもありません。
 ただお母さんにとっては日差しが強すぎるのも困りものです。雪女でしたし、常に体を冷やし清めていなければなりませんでした。
 でも今日のお母さんは大丈夫そうでした。それに何か考えがあるようです。
 向かった先は鏡の湖でした。
 お母さんは湖の縁でしばらく何かを確認していましたが、やがて岸から湖面へと体を移してしまいました。
 湖の上からお母さんが呼びます。
「水が凍っているから乗っても大丈夫よ。この上なら涼しいし、ずっと一緒に居られるから」
 雪音はなるほどと思いました。氷の上ならば、下から反射した冷気を体に感じることができます。太陽の光は熱いままで、それほど澄んだものにもなりませんが、地面の上にいるよりは大分ましだと感じます。
 けれど雪音はなかなか下りることができませんでした。岸から足を伸ばしはするものの、湖面に付く前に引っ込めてしまうのです。
 いつもなら元気に、臆することなく、山を駆け回っている雪音です。お母さんは疑問に思い、それから理由に気付きました。
「大丈夫よ。お母さんも乗っているでしょう?」
 言いながらお母さんはぴょんと跳ねたというか、体をちょっと伸び縮みさせました。どうやら跳び上がるのは得意ではないみたいです。
 雪音は以前この湖に落ちて溺れたことがあるのです。お母さんのことは信じています。けれどどうしても怖かったのです。
 それにお母さんはすごく体重が気がします。ほっそりとしていて、色も透き通るように白くて。雪女であっても体重は人と同じようにあるのですが、お母さんの漂わせる儚さがそう思わせるのか、持っているはずの体重もほとんどない感じがします。
「むー」
 雪音は一つうなった後、意を決して飛び下りました。さすがに子供の自分の方がお母さんより軽いことはわかっています。だからあとは気持ちの問題でした。
 急に人が乗ったからか、湖面が揺れた気がします。けれど雪音は溺れることなく、きちんと氷の上に立つことができました。
 お母さんに手を引かれながら、雪音は湖の中央まで歩いていきます。周囲は広くなり、また足の下にある湖は深さを増していきます。鏡の湖は水が綺麗でしたから、氷も透き通っていて本当にあるのか不安になるほどでした。足にはしっかりとした感触が伝わってきてるのに、まるで水の上を歩いているようでした。
「怖い?」
 あまり雪音が足元を見ていないことに気付いて、お母さんが声をかけてきます。雪音は素直にうなずいて応えました。
「氷の先の湖は綺麗よ。一度見てみるといいわ。氷は丈夫だし、もし万が一にでも落ちてしまったらお母さんがすぐに助けるから」
 お母さんなら信じられます。氷よりもお母さんの決意の方がずっと固いことを知っていますから。
 雪音は繋いでいた手を離すと、そっと氷の上に屈んで四つん這いになりました。
 視線の先、湖の中が良く見えます。それは岸の近くとはかなり違った風景でした。湖底はずっと先の方にあります。生えているいくつかの枝は、どこからか流れてきたものでしょうか。小さな魚が手の届きそうな距離で泳いでいるのも見えます。まるで自分は宙に浮いているかのようでした。
「……あれ?」
 そこで雪音は不思議なことに気付きます。目の前にいる魚は動いていないのです。
「氷に閉じ込められちゃったみたいね」
「死んじゃってるの?」
「大丈夫よ。冬眠をしているようなもので、氷が融ければまた元気に泳ぎ出すわ」
「じゃあ、今のうちに捕まえて食べる?」
「えっと……氷の中だから掘り出すのは難しいかしら……」
 不思議なものを見たと思いながら、雪音は立ち上がります。普段と違う湖の姿は神秘的でした。でもやっぱりお母さんのそばの方がいいです。
 雪音は母に駆け寄ろうとして、しかしそこで思いっきり足を滑らせてしまいました。
「雪音!」
 勢いがついていたこともあって、雪音はそのままつるつると滑っていってしまいます。お母さんは自分まで転倒してしまわないようにしながらも、急いで娘の元へと向かいました。辿りついた先、雪音はきょとんとしています。不安になって声をかけようとしたら、大きな声で笑い出しました。
「面白ーい!」
 それから今度は自分の力で体を押し、氷の上を滑走し出しました。
 取り残されたお母さんは目をぱちくりさせます。
「えーと……」
 そういうことをしに来たわけではないのだけれど、怖がることもなくなったし、良かったのかしら?
 その答えはすぐには出そうにありません。
 とりあえず向こうの方まで行ってしまった娘を追いかけることにし、頭の中から疑問を振り払いました。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-16 21:26 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 6

 散歩をしている途中、雪音は木に見慣れないものが引っかかっているのを見つけました。
 それは赤くて、何かの布のようです。細い枝にぶら下がっていて、布の端には一本の長い糸がくっついていました。
 雪音にはそれが何かわかりませんでした。お母さんならわかるかもしれませんが、今は離れたところで休んでいます。興味のひかれた雪音は、木に登ってそれを取ることにしました。
 赤い布のぶら下がっている枝はそれなりに太くて、先の方まで行かなければ落ちることはなさそうです。これまでの経験から雪音はそう判断しました。落ちると痛いことはよく知っているので、慎重です。
 体と腕をできるだけ伸ばして、ようやく目的の物を手にします。それは布ではありませんでした。ふにふにぐにゃぐにゃしています。よく見ると糸のところに二つ紙が付いていました。
 一方の紙には文字が書かれています。雪音はそれを読んでみました。
「……の……です。どうか、……えっと……食べてください?」
 雪音は文字がほとんど読めないのでした。
 とりあえず雪音は自分が読んだ通りに、赤いものにかじりつきました。やっぱりぐにょぐにょしていて、噛み切れません。それどころか変な味がしました。
「美味しくないー」
 雪音はもう一つ付いていた紙を手にします。そちらは袋状になっていました。振ると中でかさかさと軽い音がします。開けてみるといくつもの種が入っていました。
 種なら食べられると思います。でも中にはとても苦いものや、体に毒になるものもあるので注意が必要です。雪音はこれまでの経験からよく知っていました。
 少し悩んでから、とりあえずお母さんに報告しに行くことにしました。紙に書いてある文字の内容も気になりますし。
 木から下りて、休んでいたお母さんのところへ雪音は帰ってきました。不思議な赤い布のことを話し、それを見せると、お母さんはにっこりと笑みを浮かべながら教えてくれました。
「これは風船というのよ。今はしぼんでしまっているけれど、空気を吹き込んで膨らませてボールにしたりするの。それに入れる空気を特別なものにすれば、空高く飛んでいくこともあるのよ」
「じゃあじゃあ、このフーセンは山ではないどこかから飛んできたの?」
「そうだと思うわ」
 伝えながらお母さんは雪音から文字の書かれた紙を受け取りました。読んで聞かせます。
「『ヒマワリの種です。どうか巻いてください』だって」
 その文を書いたのはおそらく子供なのでしょう。字はお世辞にも上手とは言えず、でも一生懸命書いたのだということはわかりました。漢字の間違いもかわいいものです。
 ヒマワリなら雪音も知っています。この山は少し寒いですし、林も多いのであまり見ることはありませんが、大きな黄色の花は見たことがあります。納得した表情を浮かべると、手にしていた種を一つぱくりと口の中に放り込みました。お母さんが慌てて注意します。
「あ、こら。食べるならあぶったり、揚げた方がおいしいわよ」
 お母さん、間違えました。そうじゃなかったと言い直します。
「これを送ってくれた子は、ヒマワリを増やしてもらいたいのだと思うわ。種も十分な数があるし、今から撒いておけば来年にはヒマワリ畑ができているかもしれないわね」
「ヒマワリ畑?」
「そう。狭いところに集まって花が咲くから、それはそれは見事な風景になるわよ」
「種も増えていっぱい食べられる?」
「……そうね」
 食べ物のことしか考えていない娘に、お母さんは苦笑を浮かべながら頷きます。
 それから二人してヒマワリの種を植えるべく、適度に広く、平らな場所を探し始めました。
 その翌年、この日のことを思い出して種を採りに来た雪音は、あまりの光景に「ふぉおお」と口にして我を忘れるのですが、それはまた別のお話。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-15 19:47 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 5

 ユキの体が、次第に融けていきます。冷やして固めておくだけの冷気が、もう体の内にありませんでした。水になるわけではありません。透けるようにして空気の中に消えていくのです。指先や腕から存在感が失われていき、薄く広がった命は、やがて雪となって地面に降り積もります。
 自分の体が全部消えてしまうその直前、ユキは洞の中で目を覚ましました。
 心臓が早鐘を打っているのを感じます。死期が迫っていることには気付いていました。死ぬことの覚悟もできているつもりでした。それでも死ぬのは怖い。自分の存在が儚く消えてしまうことが怖い。恐怖に押し潰されそうになりながら、何とか体を起こします。
 そのときになってようやく、自分の体に娘の雪音が手を乗せているのに気付きました。雪音はすやすやと穏やかな寝息を立てて寝ています。
 娘の手が乗っているお腹の辺りが、温かくなっていました。
 この子を人間として育てることを決意し、そして彼女に悪い影響が出ないようにするため雪女の力を使うのを禁じたとき、そのときにすでに自分は死を受け入れていました。人間の温かさをそばで感じながら、体と心を冷やさなければ、いずれは融けてしまうのは自然なことです。
 もう大分前のことになってしまいますが、ユキは人間として生活をしていました。愛する人ができ、子供も授かりました。けれど冬の山で凍えながら子供を亡くし、愛していた人に裏切られたのだと知ったとき、心を氷漬けにされて雪女に変えられてしまったのです。
 ただ雪女として人々を襲うことはしませんでした。永久に続くかとも思われる寿命を、独りだけで終えようと考えていました。
 けれど死にそうになっている人を見捨てられるほど冷酷にもなりきれていませんでした。山で遭難し、大怪我を負っていた男の人を、少しの間だけ洞の中につれてきて介抱したことがあるのです。その人は一度街へと帰りましたが、その後何度もユキの元を訪れました。彼はユキの持っている優しさとかわいさを伝え、その象徴として赤い髪飾りを贈ってくれました。そうしながら人の温かさを教えてくれました。気付くとその人のことを愛していました。
 雪音はその人との間に授かった子供です。だから雪女と人間の、両方の血を引いているのです。
 娘には父親のことは偽っていました。自分の病気を治す方法を求めて、人の街で懸命に探しているのだと、そう告げてありました。本当のことを知れば、この子は大きな苦しみに包まれることでしょう。
 ユキは、愛する娘とずっと暮らし続けることはできません。そう遠くない日に、夢で見たように融けて消えてしまうはずだからです。
 娘がその後どのようにして生きていくのかはわかりません。ただ人間の温かさについてだけはきちんと教えておこうと思っています。それがユキの感じた、最も大切なものだったからです。
 寄り添って寝ている雪音の頭を、そっと撫でます。そうすることでユキは温かい気持ちになれました。
 まだこの子を生んでいいものかどうか悩んでいた頃、一匹のウサギに会ったことを思い出しました。ユキよりずっと長く生きていて、人の言葉を解する不思議な存在でした。そのウサギから言われたのです。ずっと山の中に独りでいて、それは寂しくないのかと。彼は仲間を求めてずっと旅をしている孤独なウサギでした。
 今ならその指摘が当たっていたとわかります。雪音が本当に愛おしい。二人でいると幸せな気持ちで満たされるのです。
 寝ている娘を起こさないよう、優しく頭を撫で続けます。その行為は自分の寿命を急速に縮めるものでした。温かくなった心が、冷たい雪女を融かしていきます。
 だから何だというのでしょう。
 大事な娘と、その子と過ごす幸せな時間。それと自分の命を比べ、どちらかを選び取ることに、迷うことすらあるわけがないではないですか。
 まだまだ夜は深い時間です。雪音は朝まで目を覚まさないでしょう。今日も二人でどこかに出かけようと思います。山の中を散歩するくらいしかできませんが、どこに行っても楽しいことでしょう。
 母娘で手を繋いで歩く様を思い浮かべつつ、ユキはしばし雪音の頭を撫で続けていました。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-14 19:52 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 4

 雪音は不思議に思っていました。
 頭にあるのは、この前食べた雪見だいふくのことです。
「美味しかった……」
 融けると同時に口に広がる甘さを思い出し、思わずよだれがこぼれます。我に返った雪音は、慌てて袖で拭います。
 別にまた食べたいとか、そういうことを考えているわけではありません。
 ……もちろんあったら食べますが。
 ただ気になることがあったのです。どうしてあのような食べ物があるのでしょう?
 料理というものはお母さんがしていたから知っています。調理をすることで食材を柔らかくしたり、味を整えたりするのです。
 中には甘いものもありました。カエデの樹液などはとても甘いですし、豊富に採れます。ですからお菓子のようなものも作れるのだということはわかります。けれど雪音にはあの甘さが何なのかさっぱりわからなかったのです。
 山にはない味が人の街にはたくさんあるのかもしれません。それらを使って多くの料理が作られているのかもしれません。
 雪音は、決意しました。
 山を下りてみます。そして実際に人が売っている料理を見てみようと思います。
 母は心配するかもしれませんが、自分ももう大きくなりました。それに買い物に行っている様子からすると、そこまで危険はないようにも感じます。
 結局雪音は黙って山を下りることにしました。何となくですが、伝えたらお母さんは止めるような気がしたのです。結局自分にも雪女の血が流れていますし、人間として育ててはいても、その差がばれるのが怖かったのではないでしょうか。
 雪音たちが住んでいるのは山のかなり奥の方です。ですから人の街まで行くのにはかなりの時間を必要としました。疲れて喉もすっかり乾いた頃、ようやく林を抜けて灰色の固い道に出ました。
 その道は真っ平らで、石のようにも見えましたが、それにしては長く伸びすぎています。明らかに山にあるものとは異なっていました。
 周囲を見回すと、一軒の家がありました。人間の家を間近で見るのは初めてでしたが、山の上から眺めたことはあります。
 その家には道に大きな箱を出していました。興味が湧いた雪音は、近くに人がいないことを確認してから、ふらふらと近寄ります。そうして箱の中を覗いて驚きの声を上げました。
「雪見だいふく!」
 箱の中にはこの前見たばかりのアイスがありました。他にも見たことのない色とりどりのものが詰め込まれています。箱の上には透明な蓋がしてあって、触るとひんやりとしました。でもそれは氷ではない何かでした。
 雪音にはその箱の開け方がわかりません。それに開けられたとしても勝手に持っていっては駄目なのだと思います。お母さんはいつもお金というものを持って買い物に出かけていましたから。
「むー。むー」
 箱の上に体を乗り出し、雪音はうなります。そんな彼女は目の前にある物に夢中で、だから周囲に注意を払うのを忘れていました。
「あら?」
 すぐ近くで声がしました。驚いてそちらを見ると一人のおばあさんがいて、家の戸口から体を半分出したところでした。どうやらそこで雪音の存在に気付いたようです。
 雪音は慌てて逃げようとしました。どう接したらいいのかわからなかったのです。
 けれどそれより前におばあさんが声をかけてきました。
「初めて見る顔ね。でもその服と髪飾りはよく知ってるわ」
 その言葉に雪音の足が止まります。
「お母さんを知ってるの?」
「ええ、知ってるわ。よくここにお菓子を買いにくるもの。娘にあげるのだと言っていたけれど、あなたがそうだったのね。よく似ているわ」
 大好きな母に似ているという言葉に、雪音は嬉しくなりました。おばあさんも笑顔でした。
 それからおばあさんは、自分はここで長いこと駄菓子屋を営んでいること、駄菓子屋はお菓子や簡単なおもちゃを売っているお店だと教えてくれました。
 雪音も自分のことを教えます。名前くらいしか言うことはありませんでしたが、おばあさんは優しい笑みに目を細め、きちんと聞いてくれました。
「雪音ちゃんはアイスが欲しかったの?」
 その質問は、雪音が箱の上に身を乗り出していたから出たものだったのでしょう。実際、雪音は欲しいものがありました。
「雪見だいふくが欲しいの!」
「そう。なら出会った記念に一つプレゼントしましょう」
 おばあさんはアイスの詰まった箱に近寄ると、がらりと上の蓋を移動させ、雪見だいふくを取り出しました。それを雪音に手渡しながら伝えます。
「今度はお母さんといらっしゃい。無理にとは言わないけれどね」
 雪見だいふくをもらった雪音は、さっそくそれを食べ始めます。食感と甘さに感動し、結局人の作る料理のことは忘れてしまいました。嬉しそうにアイスを頬張る少女を、おばあさんは愛おしげに、感慨深げに見つめ続けました。
 それだけのお話。他には何もなく、アイスを食べ終えた雪音はおばあさんに別れを告げて山に戻って行きました。その後雪音はお母さんと一緒にここに来ることはありませんでしたし、またおばあさんも多くを語りませんでした。
 ただ、山奥で静かに暮らす母娘を、密かに大事に思ってくれていた一人のおばあさんがいたのだという、それだけのお話です。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-13 23:42 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 3

 今日の雪音はお留守番です。お母さんは山を下りて買い物に出掛けていました。
 山の中、二人だけではどうしても生活ができません。雪音は人として栄養の豊富な食べ物を必要としますし、また着る服も織れませんでした。
 お母さんは雪女です。けれどその冷たい力さえ使わなければ、普通の人間と見た目は変わりませんでしたし、実を言えば昔は人間だったのです。雪女に変えられて、今は人里を離れて暮らしているだけなのです。
 山を下りて人のいるところに行っても、人混みの中などに入らなければ、雪女とばれることはありません。またお父さんが人の街に出ていく前に、お金を預けていました。ですから少しくらいなら買い物ができました。
 夕方になってお母さんが帰ってきました。出迎えた雪音にお土産をくれます。
 それは白い大福でした。
 贅沢はできませんが、買い物に出掛けるとお母さんは娘のためにおやつを買ってきてくれました。特に大福が雪音のお気に入りらしく、よくお土産に選びます。
 雪音は触るとふわふわしていて、それでいて伸びる餅の皮が好きでした。さっそくもらった大福を口にして、皮を伸ばして楽しみます。そうしながら、せっかく周りが白いのだから、中も白くしてくれればいいのにと思っていました。
 もしくは赤い実をつけるのもいいかもしれません。そうすれば自分やお母さんとお揃いになります。ただ雪で作ったウサギと見た目がそっくりになってしまうかもしれませんが。
「外じゃなくて中に入っているのだけど、苺大福というのもあるわよ。雪音の気に入るかはわからないけど、今度買ってきましょうか」
 お母さんの提案に雪音は元気に頷きます。口はもぐもぐしていたので開けませんでした。
 そのときふと気付きました。
 とても弱くではありますが、お母さんが雪女の力を使っていたのです。そんなこと滅多にしないというのにです。
 雪音が訝しげな視線を送っているのに気付いたのか、お母さんが慌てて言います。
「何でもないわよ。ずっと外にいたから体が熱くなってしまって、それでちょっと冷やしてたの。ごめんなさい。雪音もいるのに、注意が足りなかったわ」
 そうしてお母さんはお父さんの財布や写真を入れてある箱を閉じました。
 その夜のこと。
 雪音は物音で目が覚めました。頭の向きを変えると隣で寝ているはずの母の姿がありません。
「……お母さん?」
 寝惚けながら呼びかけると、すぐ近くから声がしました。
「ゆふぃね!?」
 振り返ったお母さんは何かを食べていました。白くて丸いものに雪音は心当たりがありました。
「お母さんも大福食べてたんだね」
 笑顔でそう言ってから、すぐにおかしいと気付きました。雪女である母は食べ物を必要としないはずです。澄んだ空気と雪を透した陽の光で生きています。元は人間ですから物を食べられないということはありません。けれど食事によって体に熱が発してしまうので避けていました。
「あのね、これはね?」
 慌てる母の顔が赤くなっています。それに気付いた雪音は、眠気も吹き飛び、慌てました。
 食べ物の熱によって体に変調をきたしているのでしょうか。それとも元から具合が悪かったから何か食べることで良くしようと考えたのでしょうか。
 いずれにせよただ事ではありません。
 走り寄った母の元、ひんやりとした冷気が漂います。でもそれは雪女の冷たさではありませんでした。手に持っている大福から発せられていました。
「あのね、これはアイスという冷たいお菓子でね、雪見だいふくって名前なんだけどね」
 どうやらお母さんは隠し食いをしていることがばれて、それで恥ずかしくなっているようでした。
 冷たい食べ物だからお母さんも食べられるということなのでしょう。でもどうして隠す必要があるのか、雪音にはわかりませんでした。
 落ち着きを取り戻したお母さんが告白します。
「これは冷たい食べ物だから。雪音に与えることで体に冷たさが移ってしまうのが怖いの」
「うーん、でもそれは人間が食べてるものなんだよね? だったら雪女になったりはしないんじゃないかな」
「……それもそうね」
 お母さんは指摘されて、自分が過度な心配をしていたことに気付きました。少なくとも自分は雪見だいふくを食べることで雪女に一層近付くということはありません。むしろ温かな気持ちになるくらいでした。
「雪音も食べてみる?」
 お母さんはまだ残っていた雪見だいふくを娘に手渡します。一緒に愉しみや思い出を共有するのもいいことだと感じたのです。
 雪音は冷たいもので、固まっていない食べ物を知りませんでした。でももらったアイスというお菓子は、触った感触が柔らかくて、何だかどきどきします。
「これはお父さんが教えてくれたものなの。アイスなら雪女でも食べられるんじゃないかって――」
「ふぉおおお!」
 お母さんの昔話は、雪音の驚きの声で中断されました。口に広がる甘くて冷たい感触と、引っ張って伸びる皮に目をぱちくりさせていました。
 その様子がかわいくて、お母さんは笑ってしまいます。
 深い夜の山の中。二人の母娘が冷たい幸せを共有していました。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-12 23:51 | 小説 | Comments(0)

【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 2

 昨日降った雪は、まだ残っていました。
 そして雪音は埋まっていました。
 今日は一人で散策に出かけたのです。お母さんは体に疲れが出たのか洞で休んでいましたから。
 鏡の湖を越え、ずっと山の奥の方までやってきてました。この辺りは普段来ないところです。ですから地面に段差があることを知らず、雪にも隠れていましたので、雪音はそこに落ちてしまったのです。
 かろうじて頭だけは出ています。でもそれだけでした。足も手も動かすことが出来ません。
「たーすけーてー」
 雪音は大きな声を上げましたが、いつも助けてくれるお母さんは近くにいません。洞に声も届かないでしょう。
 困り果てていると、視界の隅に何かがぴょこんと現れました。
「あ、シロちゃん!」
 それは友達になったばかりの白ウサギでした。瞳がくるくる赤くて、まるで雪音やお母さんみたいなのです。
 雪音の声に反応し、シロはそばに寄ってきました。埋まっている彼女の前で首を傾げます。
「あのね、助けて欲しいの。お母さん呼んできてくれる?」
 でもシロにはその言葉がわかりません。
 しばらく雪音の顔をじっと見つめてから、シロは何を思ったのか頭の上に乗っかってしまいました。
「あうー、違うよシロちゃーん」
 もぞもぞとした感触は、毛づくろいでもしているのでしょうか。雪音からはシロが何をしているのかわかりません。
 頭にウサギを乗せた姿はかわいいのですが、雪音は生首状態なことに変わりありません。
 雪音は冷たいのは平気です。体の半分は雪女でしたから。でもずっと動けないままでいたら、きっとお母さんが心配してしまうことでしょう。
 どうにか抜け出る方法を考えていたら、急に頭の上でシロが体を高く持ち上げる気配がしました。
「?」
 雪音が訝しく思っていると、向こうからたくさんの白い塊がやってきました。十数匹もの白ウサギでした。
「シロちゃんのお友達?」
 頭を少し上に向けながら、雪音は問いかけます。それに応えるかのようにシロは頭の上から下りて、みんなと並んで埋まっている雪音をじっと見つめてきました。
 それから急に、一斉に穴を掘り始めました。
「……もしかして助けてくれるの?」
 雪に埋まった体の周りでもぞもぞとした感触がします。シロたちは雪音の周りに穴を掘り、縦横無尽に動き回っているようでした。
 しばらくして雪音の目の前にぴょこんと一匹のウサギが顔を出します。
 ぴょこん、ぴょこん、と後から他のウサギも続きます。
 意味がわかって雪音は言いました。
「ちーがーうー」
 どうやらシロたちは雪音が遊んでいるのだと勘違いしたようです。頭だけ雪の上に出ている彼女の真似をして、顔だけの状態で再び見つめてきました。
 雪音の声にみんなして首をちょこんと傾げます。
 それを見ていたら雪音はおかしくなってきました。みんなで埋まってて、何だかかわいいです。
 しばらくの間、雪音は自由に動かせる頭だけでシロたちと会話をすることにしました。首を傾けると、みんなも傾けます。無性に楽しくて時間が経つのも忘れてしまいました。
 気付くと陽が傾いていて、山の空が赤く染まっていました。そして頭の後ろから声がしました。
「雪音、何をしているの?」
 ようやく母の存在に気付いた雪音は、頭だけ動かして問いかけます。
「お母さんもやる? 楽しいよ」
「やらないわよ。もう陽も暮れるし」
 お母さんは苦笑いをしながら娘を引き上げます。
 ようやく体が自由になった雪音は、母に言います。
「じゃあ今度昼間にやろうね!」
「えっと……」
 困った表情でお母さんは雪音と手を繋ぎます。
 無邪気な娘のお願いをどう断ろうか、そんなことを考えながら帰路につきます。
 後ろではまだ埋まったままの白ウサギたちが、仲の良い母娘を見送っていました。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-12 23:50 | 小説 | Comments(0)


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