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『世界を凍らす死と共に』3-1-1


   三章


   一.


 想いというのは積もり積もっていく。そしてそれが凝集することで怪になるという。
 想像しやすく喩えるなら、家の隅に闇が集まって異様な雰囲気を出しているもの、それがさらに強くなったものが怪だ。
 ただ家の隅に漂う闇を子供が自然と畏れるように、人はそこに近付こうとしない。なら同じように怪にだって寄りつこうとはしないはずだ。
 にもかかわらず柊は怪に魅了された。立花先輩も手を伸ばしてしまった。それはどうしてなのだろうか?
「力があるように感じるのよ。わたしは自分の力ではどうしようもない窮地にまで追い込まれていたから、得体の知れないものであってもそれに縋った」
 立花先輩は変わろうとしていた。自分の身体が弱いことを気に病んでいて、それを改善しようと努力しているようだった。
 でももし体調の改善が望めないほど悪化していたとしたら? それを覆そうとして、結局絶望の淵に叩きこまれたとしたら?
「別に活発に運動ができなくてもいい。時々なら学校を休んだり早退してもいい。でも普通に自分の足で通えて、普通に友達とお喋りが出来て、それで可能なら好きな人と一緒に同じ時間を過ごせれば。アタシが欲しかったのはたったそれだけ……」
 さっきまで声を出すのすら苦しそうにしていて、激しい咳で身動きすら出来なかったのに。けれど今の先輩は自分の足で地面に立ち上がろうとしている。
「でもそんな当たり前のことですら、アタシには許されない」
 振り返った先輩の姿は幻想的ですらあった。口の端からは線が引かれ、腕はだらりと地面に向かって伸びている。ぼんやりとした視線が虚空に投げられ、凍りついた水蒸気が陽の光を反射してきらきらと輝く。世界を凍らす死の中で、先輩は目一杯の宝石に飾られていた。
 意識はあまりはっきりとしていないのかもしれない。でもその口から紡がれる言葉は立花先輩の本心で間違いないと思われた。
「アタシの周りにある世界は暑い。熱気に溢れていてみんなすごい速度で進んでいくの。そんな中でアタシだけが凍えてる。手足は悴んでまともに動かないけど、何とか追い付けないかと足掻いたこともある。でもなかなかうまくいかなくて、そういうものだと何度か諦めようとした。同時にその度にみんなに置いていかれることを想像してしまって、怖くなって堪らなかった。……そのうち気付いたら内臓まで冷たくなっていて、肺も心臓も止まりかけてた。そのまま死んでしまうのがイヤだったから、アタシは気持ちで温めて、それを何とか溶かそうと思った」
 独白が画材屋でした話とふと重なる。俺も色が見えないことを諦めていたことがあって、けれど絵具にあまりに多くの種類があることを知り、それが区別できないことを悔しく感じたのだ。それと似たように、立花先輩は周りで健康的に活動している人たちを羨望の眼差しで見つめ続け、もしかしたら嫉妬すらしたのかもしれない。
 そしてデートのときに明るく嬉しそうに振る舞っていた先輩の姿を思い出したら、無性に悲しくなった。吐血するほど身体が弱っていて、それにずっと気付いていなかったはずはない。俺と一緒にいるときもその恐怖に怯えながら、動きが止まってしまわないように大袈裟に感情を表現していたに過ぎなかったのだ。
 まだ焦点の定まらない立花先輩は、ふと何事かを考え始めたようだった。少しの間上空を見つめ、そして一つ頷いた。
「そうだね。みんなも冷たくしてしまえばいいのかもしれない。世界の動きが鈍くなるように……」
 瞬間俺の横を影が通り過ぎる。
 それが柊だと気付いた頃には、彼女は手にしたサバイバルナイフを立花先輩の喉目掛けて突き出していた。
 止める暇なんてなかった。血が飛び散り、柊が後退る。
 地面に落下したナイフは思いの外軽い音を響かせた。それが柊の手の甲を切ったこと、立花先輩までは届かず、突如出現した厚い氷に弾かれたこと、先の一瞬で起こったそれらを理解するまで大分時間がかかってしまった。その間に柊は再度刃物を拾い上げ、立花先輩の方を見据える。
「柊!」
 悲鳴とも怒声ともつかない俺の言葉に、彼女は押し殺した声で返す。
「あれはわたしの想いよ。世界から温もりを消そうというもの。そんなものの存在を、わたしは見過ごすことは出来ない」
「……」
 俺は柊を止めようとし、ふと彼女の主張の何かがおかしいことに気付いた。思い違いというか、思い込みをしている。
 けれどそれを説明する前に、立花先輩の方に更なる異変が見られた。未だ焦点の定まらない視線。それがこちらに向けられ、俺たちの姿が視界に収められる。そしてその言葉を吐いた。
「あなたたちを見るのが、とてもイヤ」
 言葉と同時に先輩の体から冷気が溢れだす。それは周囲の空気と水蒸気を氷に変えながら、吹雪となって俺たちを襲った。髪の毛が凍りつき、睫毛が氷柱となって瞼を重くする。
 吐く息は白く、体内に入ってくる空気が肺に突き刺さる。季節はまだ夏のはずなのに、周囲はすっかり真冬となっていた。
 歯をガタガタと鳴らす俺に、先輩は淡々と告げる。
「アタシには未来がない。もう内臓はボロボロになっていて子供を産むのもおそらく無理なんだって。原因も分からないから入院したところで治るかどうかもわからない。治療に専念するから延命は可能だろうけど、病院に入ってしまえば学校に通えなくなる。そうしている間にみんなはどんどん卒業して、大学に行ったり、就職して社会に出たりするの。恋愛もして、結婚もして、やがては家庭を築いていく。そして取り残されたアタシは忘れ去られてしまう。それがイヤだったからアタシは入院を拒否した。両親も渋々だったけど最終的には了承してくれた。でも……やっぱりみんなと同じようには歩めなかったよ」
 俺は先輩の具合がそんなに悪いということを知らなかった。向けられていた笑顔の下に、そんな辛い想いが隠されているとは気付けなかった。
 周囲の温度がまた下がった気がする。立花先輩が俺たちに冷えた視線を向けながら告げた。
「二人が羨ましい。美術室に見学に行ったとき、真剣に絵に取り組む姿がそこにはあった。それはアタシがいくら手を伸ばしても手が届かないものなの。だから壊したくなったんだ。仲良さそうにしているのをしているのを見たら、嫉妬するのも自然なことでしょ?」
 美術室にいた俺たちを襲ったのは立花先輩だったということに気付く。先輩は美術室で俺たちが近くで話しているのを見かけたと言っていた。偶然廊下から寄り添っているその姿を目撃し、誤解も含んでいたのかもしれないが、引き離したいと思ってしまった。それに呼応して怪の力が発動したということなのだろう。
 先輩は寒さで動けなくなっている俺たちからすっと視線を外す。そうしてゆっくりとした足取りで歩き出した。
「この世界すべてを凍らせてしまうのなんて無理だってことくらいわかってる。だからアタシ一人で氷に包まれたところに行くよ」
 去り際、一度だけ先輩は俺の方に視線を向ける。
 氷の微粒子が舞う中に少し大きな塊が流れ落ちた。
「御薗木君、世の中にはたくさんの色があるんだってことを教えてくれて、ありがとう」
 そして身動きの取れない俺たちをその場に残し、立花先輩は姿をくらました。


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:37 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-4-2


 柊は怪に取り憑かれた人間を殺すことが自身の歩むべき道だと考えている。そうすることで彼女から持ち去られた畏忌されるべき想いがこれ以上拡散するのを防ごうとしている。一方で俺は生きた絵を描けるようになることを目標にしていて、そのためには周囲での起こる出来事を仕方のないものと片付けてしまう悪癖を直さなければならない。そのことを隼人と話すことで明確に自覚することが出来た。俺たちの目指している終着点は、確かに異なる。
 けれどお互いに歩む道は交差させることは可能なはずだ。その結果最後に辿りつく場所は変わってしまうかもしれない。隼人は自分から人に関わることでそれを避けたが、俺にはそこまで他人から距離を置くことは出来そうになかった。
「柊は自分の忌み嫌う想いしか見ていないんじゃないか? 想いは積み重なって相互に作用するわけだし、そう考えれば柊と同じ行動を取る可能性は低い気がする」
「そうね。わたしと同じように殺人を起こすとは限らない。けれど御薗木くんが言っている通り想いは積み重なるのよ。その中にはわたしの気持ちも確実に入っている。それが新しく乗り移った人に対して悪い方向に働かないと、あなたは断言できるのかしら?」
 柊は悪いことが起こるのではないかと考えて行動している。最悪の事態を想定し、それを避けようとするのはけして悪いことではないし、むしろ一つの規範として重要視されるべきものだ。
 けれどそれは数あるものの中の一つでしかない。最大公約数的に良くなる方法を模索するというのもありだろう。それは全員が一番望む結果を得られないという結果にも繋がるけれど、だからといって俺は誰かが目の前で倒れているときに無視できるような人間でもない。
 そんな俺の考えに、柊は軽く笑みを浮かべた。普段表情をほとんど変えないから、そうした機微に触れるととても印象深く映る。彼女は淋しそうに笑っていた。
「血の繋がりを感じるわね。御薗木くんのお父さんも、死にそうなんだからわたしのことなんて構わなければよかったのに。そうすれば今でも青葉さんや御薗木くんのところで温かく幸せな家庭で暮らせていた。わたしを助けようとしたせいで、自分の幸せを逃したのだわ」
 柊の言葉に俺はすぐに首を振った。そんな風に父さんのことを思ってもらいたくなかった。
「それは違う。そうしたら柊が冷たい怪に取り憑かれたままだったんだろう? そんなこと父さんは望んでいなかったはずだし、助けられなかったらずっとそのことを悔いると思う」
「わかってるわ。ただの冗談よ」
 普段から多用するその言葉。しかし今回のそれは悲しげに響いた。もしかしたら柊も自分のやり方に疑問を持っているのかもしれない。ただ父さんのやったような他の方法が見つからないのではないか。これまで親とも友人とも交わってこなかったから。
 ……だとしたら俺がその橋渡しをしてあげるべきじゃないだろうか。もし仮に父さんが彼女に襲われた後も生きていたなら、きっと何らかの手を差し伸べていたと思う。
 ただ残念ながら今の俺には柊に差し出す手はなかった。彼女のことはいくらか知れたけれど、まだ整理できていないものがある気がしてならなかった。
 そんなときだった。柊が声を上げたのは。
「あら?」
 彼女の視線の先、閑散とした住宅地の細い通りに人がうずくまっていた。シャツブラウスを着た上半身に斜めに鞄をかけ、長い髪をアップにしている女性。
「――立花先輩!」
 気付いて、俺はすぐに駆け寄った。ほんの数時間前まで一緒にいたその姿を見間違えるはずがない。
「……は……ぁ。……っ!」
 体を抱いて腕の中で上向かせると、先輩は息がうまくできないらしく、苦しそうに喘いでいた。拳をぎゅっと握りしめ、胸の辺りで震わせている。きっと喘息の発作に違いない。以前からそうした症状を持っているとは聞いていた。
 後ろから覗き込む柊が問いかける。
「立花瑠美先輩といったかしら? この前美術部室に見学に来た人よね。大丈夫なの?」
「わからない。一応喘息の発作が出た場合の対処について、立花先輩本人から教えてもらったことがある。確か発作を和らげるために気管を拡張する薬があるはずなんだ。小さなスプレーのようなやつで、いつも持ち歩いていると言っていた。柊は鞄の中にそれがないか探してくれないか?」
 俺は先輩の体から鞄を取ると柊に手渡す。それから先輩の着ている服のボタンを首元から外していった。
「息をするのに苦しくないようにしますからね。先輩、俺の声が聞こえてますか?」
 立花先輩からは明確な応答はなかった。相変わらず浅い呼吸で、まともに空気を肺に入れられていない。
 それでも躊躇している余裕なんてなかった。先輩の負担にならないように慎重に、しかし迅速にボタンを外していく。下着が見えるところまでシャツの襟を開いたところで、柊が鞄の中から見つけたスプレー缶を渡してきた。俺はそれを受け取ると立花先輩に話しかける。
「先輩、薬です。吸引出来ますか?」
 スプレーを口元に当てると、先輩は僅かにではあるが、深く息を吸い込む素振りを見せた。それに合わせて薬を口内に噴射する。確か一回で二吸引をする必要があったはずだ。促すと、先輩はさっきよりもいくらか大きく深呼吸をし、俺は確認しながらプシュッとスプレーを押した。
 どうやら薬の効果があったらしい。間もなくして先輩の呼吸は深くなり、次第に安定していった。
 俺は安心して緊張の糸を解いた。立花先輩を見つけてからはずっと緊張していたからか、途端に体が小刻みに震え始める。過って先輩を落としてしまわないように、抱える腕に力を入れ直した。
 そんな俺に柊が声をかけてくる。
「ねえ御薗木くん、これは何?」
 言われ、彼女の指差す先を見てぞっとした。喘息の症状ばかりに気が取られていて、そちらに視線が向いていなかった。スカートから覗く脚の上を、ねっとりとした液体が伝っていた。色が見えなくてもわかる。それは鮮血だった。
 月経によるものなんかじゃないだろう。あまりに血が多すぎたし、男の俺なんかより詳しいはずの柊も戸惑っている様子だった。
 そんな中、か細い声が鳴る。
「……御……薗木……君?」
 呼吸が安定したからだろうか。立花先輩が意識を取り戻した。なかなか焦点の定まらない視線でこちらを見てくる。
 そして傍らにもう一人いることに気付いて、そちらにも目を向けた。
「柊……さん?」
 先輩は一度目を見開き、それからすぐに苦しそうに呟いた。
「御薗木君は、今日アタシとデートしたはずなのに。なのに……どうして。どうして、柊さんが隣にいるの……」
 そこで急に立花先輩は体を捩って咳をした。慌てて口元を押さえるが、指の隙間から散る飛沫が着ている服に点々と染みをつくる。
 こんなに先輩の具合が悪いなんて知らないし、聞いてない。何が起きているのか分からず、ただ少しでも楽になればと体を寄せようとした。
 けれどそれを先輩は拒絶した。
「見ないで……!」
 俺の胸を押し、先輩は腕の中から道へと転げ落ちる。こちらの視界に入らないようにと背を向けるが、咳をするたびに大きく痙攣する体と、地面に零れ落ちる血は隠しようがなかった。
 しばらくして発作の少し収まった先輩が声を震わせる。
「こんなはずじゃ、なかったのに。アタシは……病気を治したかった。丈夫な身体を手に入れて、普通の生活をしたかった……だけ。そのためにこの力に縋った、のに」
 俺は急に後ろに引っ張られた。
 やったのは柊だった。彼女がすぐに異変に気付いてくれてなければ、俺は巻き込まれていたかもしれない。
 大気中の水蒸気が急に冷やされてきらきらと輝く。立花先輩の周囲が急激に冷えて、道や塀に氷を張り付かせる。
 俺は初めてそのような現象を見たけれど、事実として認めざるを得なかった。
 立花先輩に怪が取り憑いていたのだ。


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:16 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-4-1


   四.


 丘の上の境内から下りてくると、険しい視線が俺を出迎えた。
「随分と仲良さそうに話していたじゃない」
 秋物というには薄手の軽い服装に身を包み、髪をポニーテールでまとめた柊がそこに待ち構えていた。視線がきついのは眼鏡をかけていないのも理由の一つかと思ったが、絵を描くとき以外は眼鏡を使っていると言っていたし、今日はコンタクトでもしているのかもしれない。
「コンタクトじゃないわよ。考え事をしながら歩いていたから、邪魔に感じて外していただけ。眼球に異物を直接付けるのなんて正気の沙汰とも思えないしね」
 柊はそう答えながらポケットから無造作に眼鏡を取り出してみせた。そのまま耳に掛けようとして、直前で止める。
「御薗木くんは眼鏡好きか何かなのかしら? わたしはそういう変態的な嗜好でもって視姦されるというのはイヤだから、そうだというのならこのままでいようと思うのだけれど」
「そういうのはないよ。というか本当にそういう趣味を持っている相手にそれを言っても否定されるだけじゃないのか?」
「それもそうね。でもそんな性癖をもっていながら、指摘されたときに隠そうとする相手とは良いお付き合いなんて続けられないでしょうけど」
 相変わらず言葉がきついというか、もう少しオブラートに包んだ言い方をすればいいのに。そんなことをようやく眼鏡を耳にかける柊に対して思う。
 顔を上げた柊は、レンズ越しでも相変わらずの視線だった。
「さてわたしの大嫌いな早乙女くんとどのような話をしていたのか、きりきり白状してもらおうかしら? 何か妙な企みでもしていたのなら、実行する前にここで殺してあげるわ」
「わざとそういう表現にしているというのはわかってるけど、柊が言うとあまり冗談に聞こえないのが困りものだな」
「冗談なんかじゃないわよ。これからわたしは再び殺人者になるのだし」
「……どういうことだ?」
 問いかけに柊はすっと目を細める。今回は俺のことを睨みつけているわけではない。少し遠いところを見ていて、決意を固めているような感じがした。
 視線をこちらに戻した柊は、けれど問いに答えてはこなかった。
「質問を先にしたのはわたしよ。まずはそれに答えなさい」
 俺は大きく嘆息した。どうやっても柊自身の話からしてはくれなさそうだ。仕方なしに彼女に従う。
「別に何か企んでいたというわけじゃないよ。隼人と会ったのも偶然だし。たまたまここで隼人を見つけて、俺の気持ちの整理に付き合ってもらってたんだ。そのときに柊の話も出たには出たけどね」
「早乙女くんがそんなことするなんて考えられないわね。でも御薗木くんに嘘を言っている様子もないから、本当なのでしょうけど」
 柊が隼人のことを嫌悪するのは、おそらく中学時代の出来事が理由なのだろう。彼女の家庭事情のことを察して話かけておきながら、助けを求めてきたら拒絶した。
「あら、そんなことまで話してたのね。無神経にも程があるわ」
 そう口に出しはするものの、柊はさして気にしていない様子だった。彼女自身の想いを吐露する。
「嫌うきっかけとして大きなものだったのは確かね。その頃は早乙女くんのこともほとんど知らなかったから。でも絵に向かう姿勢と同じで、人の気持ちをわかっておきながら、それに関わろうとしないところが堪らなくイヤなのよ。誰かの想いに触れれば、自分自身だって何かしら想いを揺さぶられるはずなのに。でも彼はそれをなかったことにする。まあ彼だけでなく、見て見ぬふりをされるというのは、中学のときに散々味わったのだけれどね」
 隼人は他人と想いを交わらせたくないと言っていた。想いは繋がり積み重なるものだから、それを余計に掻き乱したくはないのだと。それが彼なりのスタンスなのだと思うし、柊とは反りが合わなかったということではないだろうか。
 しかし柊の嫌悪感は相当なものであって、ただ相性が悪かったというだけでは説明がつかないとも感じる。それに彼女自身も心の内をすべて語っていないような気がした。それを俺はうまく捉えきることが出来なかったけれど。
 思索するのにしばし時間を取られていると、その間に柊は俺から離れて歩き去ろうとしていた。慌てて呼び止める。
「まだ何か話すことでもあるの? わたしにも用事というものがあるのだけど」
「いや時間がないというのなら今度で構わない。ただ俺も父さんの事件に向き合おうと思っていて、出来れば柊からもっと話を聞けないかと考えていたんだ」
 俺の言葉に、柊は少しの間考える素振りを見せた。そして答えを返すときにはすでに歩き始めていた。
「わたしは怪を探している途中なのよ。当てもないからぶらついているだけに近いけれどね。その探索に付き合いながらでいいというのなら、好きにしなさい」
 一応の許可は貰えたということか。俺は柊の後に従いながら、何から訊いていくべきか考え始めた。
「柊は怪を消したいんだったよな。でもどうやったら怪は消えるんだ?」
「怪の存在を完全になくすのは難しいわ。実体があるわけではなく想いの塊なのだから。一応人から引き離すことが出来るというのはわかってる。御薗木くんのお父さんがわたしに対してやってみせてくれたもの。あのとき怪は拠り所をなくして消えたのだと思ってたし、警察もそう判断していたようだけれど、実際には違ったみたいね。おそらくは青葉さんを一時的に経由して、今も誰かに取り憑いている。その相手を見つけ、もう一度引き離すということも可能なのかもしれない。でもそれは手間がかかる。怪の想いと取り憑かれている人間の想いを切り離す作業が必要になるためにね。ただわたしにはそこまで他人のことを考えている余裕はない。だからもっと手っ取り早い方法を使うわ」
 言って柊は俺の眼前で何かを閃かせる。
 鈍色に光るそれは刃渡りが十五センチはあろうかというサバイバルナイフだった。
「取り憑かれている人間を殺す。そうすれば怪はともかく人の想いは消えるもの」
 ナイフの刃先は真っ直ぐ俺の眼球を向いていた。意図してやっているのかどうかはわからないが、少なくとも彼女が本気であるということだけは伝わってきた。
「警察も間が抜けているわ。家の中も調べたはずなのに、事件の本質が怪とわたしの家庭にあるという先入観に囚われると、こういう物も簡単に見落とすのだから」
 柊が服の中にナイフを隠す。厚着をしているわけでもないのに、あれだけ大きなものがいとも簡単に見えなくなる。どこでそんな芸当を覚えたのか。
「怪はわたしから離れたけれど、その想いや経験は残っているもの。魅了され、操られている間に覚えたのじゃないかしら。ナイフも怪が購入したものだし」
「それはわかった。でも人を殺すのはいくら何でもやりすぎだろう。柊も今は怪に取り憑かれているわけじゃない。今度こそ本当の殺人者になるぞ」
「わかってないわね」
 立ち止まり、振り返った柊が俺を冷たい視線で射抜く。
「わたしはとっくに人を殺してるの。殺人者なのよ」
 とても冷たいその言葉に、彼女の決意は変わらないように感じられた。今でも怪に取り憑かれているのではないかと思うほど、彼女の気持ちは冷たく凍りついている。けれどどうしてそうなってしまうのか俺にはわからなかった。
「言ったでしょう。怪は想いそのもの。そして想いは積み重なるものでもある。だから取り憑いた怪は以前から備えていた冷たさをこの心に残し、そしてわたしの想いを持ち去って他の人に移っていったのよ」
 柊は回れ右すると再び歩き出した。そしてさらに詳しく説明をする。
「早乙女くんからどこまで聞いているのかはわからないのだけれど、わたしの家庭環境が劣悪だったということくらいは耳にしているでしょうね。端的に言えば両親は人を売り買いしてお金を稼いでいたの。生きている人間も死んでいる人間も扱っていたわ。一緒に暮らしていた祖母はわたしが小学校に上がった頃に首を吊って自殺したのだけれど、その体も切り刻んで金銭に換えてしまった。そういうのがなされていたのがわたしの家で、そしてわたしの目の前だったのよ」
 彼女の両親がいつからそのような仕事をやり始めたのかは知らないらしい。ただ自ら命を絶ったというお祖母さんが生前そのようなことはやめてくれと懇願し、それに対して殴打で返す両親の姿が網膜に焼きついているという。
「幼いながらにそういう話は外でするものではないとわかったけれど、ただ隠そうとするだけでは何の解決にもならないし、余計に状態を悪くしてしまうのね。そこまではさすがにわからなかった」
 話を聞いて何故一見すると柊は冷たい印象なのに、その内部には熱いものがあり、時に過激な行動に出るのか分かった気がした。沸騰しようとしているお湯に蓋をすれば余計に温度が上がって煮え滾る。それをさらに押さえ込もうとすれば全体を厚く覆わなければならないし、それでも隙間を見つけて蒸気が噴き出す。周りにいる人間はその鍋をいつも見ているわけではないし、触っているわけでもないからなかなか気付かないだけなのだ。
「わたしを見つけた怪は、隠している熱を冷やしてあげようと囁いた。限界を感じていたわたしはその誘惑に喜んで飛びついたわ。そして両親をこの手で殺したの」
 怪はまず火の元を消したということなのだろう。もしかしたら柊自身もそれを望んでいたのかもしれない。彼女は口にこそしなかったものの、幼少期から積もらせてきた両親への憎悪は相当なものになっていたに違いない。
 柊の激情の原因である両親はいなくなったが、それでも彼女の中には煮えて熱くなったものが残っていた。だから怪は離れなかったし、柊も引き剥がそうとはしなかった。
「今では思い込みだと分かっているけれど、当時は家族というものが人を狂わせる根本原因になると考えていた。そんな狂った世の中を、わたしは変えようとした。だから家族連れや恋人を見つけるたびに襲撃していったの。苦しみが生まれる前に壊してしまえばいいと、そう考えてね」
「……それで俺の父さんと母さんが襲われたのか」
 俺の漏らした言葉に柊は顔をこちらに向けようとし、目が合う前にやめた。
「御薗木くんのお父さんには感謝してもし足りない。息を引き取るまでのほんの短い間に、如何に自分が家族の愛に恵まれていたかを語ってくれた。そうすることでわたしの世界観を変え、怪を引き離してくれたんだもの」
 そんな父さんに接したから、怪は母さんに乗り移ったのではないかと最初考えたのか。死ぬ直前に冷たい想いを抱いていない様子だったのに、あれだけ公園が凍りつくのは不自然だと、そう考えたのなら納得がいく。
「まあこの前御薗木くんの家にお邪魔させてもらって、あなたと青葉さんを見ていたら邪推だったと気付いたけれどね。お父さんの言っていた通り、温かい家庭だと思ったもの。少しの間なら怪は青葉さんに憑いていられたかもしれないけれど、あの場に留まることは出来なかったでしょうね」
 一度俺の父さんや母さんの話題を出したからだろうか。柊は一度そこで言葉を区切り、短く息を吐いた。そうして再び声を冷淡なものに変える。
「怪は想いの塊であり、想いは蓄積する。今の怪はわたしが抱え込んでいた想いを持っているのよ。取り憑かれたからといって必ずしも同じように殺人に走るとは限らないけれど、あの苦しみを他の人に渡して使わせるようなことはしたくない」
「だから怪に魅了されて狂う前に、その人を殺してしまおうって柊は考えているのか?」
「そうよ。わたしは御薗木くんのお父さんのおかげで変わることが出来た。だけどまだあとに残されたものの整理が済んでない。それをやるのは務めだと思うから」
 それはおかしいと思う。怪の備えていた冷たさや柊が溜め込んでいた情火から起こるものではないにせよ、事が起こる前に壊して止めようとする行為は以前とやっていることが変わらない気がする。
「そうかもしれない。けれど御薗木くんはわたしの想いにも、怪の想いにも直接触れていないから、そのように気楽に言えるのよ」
 そして次に続いた言葉を聞いて、俺は自分の無力さを感じた。
「これはわたしがやらなければいけないこと。他の誰かに任せてはならないし、わたしだけしか歩んではならない道」


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:15 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-3-2


「どうして隼人が怪のことを知ってるんだ?」
 隼人は確かに怪と口にした。けれど母さんらの話ではまだ未知の部分が多いため、世間一般には知らされていないということだった。実際俺も先日までその名前を耳にしたことすらなかった。
 なのにどうして隼人はその存在を知っている?
「……もしかして隼人に怪が取り憑いているのか?」
 一つの可能性。ただの思い付きでしかなかったが、問われた相手は否定することもせずに訊き返してきた。
「仮にそうだとしたらどうする?」
 隼人は視線でこちらを捉えたまま離そうとしない。ともすれば思考が凍りついて停止してしまいそうになるのを感じ、俺は必死に足掻いた。
「怪に取り憑かれて柊は連続殺人事件を引き起こしてしまった。そんなものを見逃すわけにはいかないし、消し去らないと――」
「どうやれば怪は消えるんだい? その方法を鏡夜は知ってるのかな? そもそも怪に取り憑かれると人は悪さをするというような物言いだけど、本当にそういうものだと君自身は考えているのかな?」
「……」
 立て続けの問いに俺は何一つ答えられなかった。姿勢を改めると誓ったのに、結局ここ数日で俺は何も知ろうとしていなかったということか。
「それは違うよ、鏡夜。勘違いしちゃいけない」
 諫める言葉を発した隼人は、そこでどう説明をするかしばし考え始めた。ぽりぽりと頭を掻きながら「長々と説明するのはボクの性分じゃないからなぁ」などとぼやく。
「さっきの怪を消そうというのは紗樹ちゃんの想いだよ。鏡夜のじゃない。ただ同じ事件を共有しているから誤って想いを重ねてしまったのさ」
 それから急に話を変え、火を掻き回すのに使っていた枝で街並みを指し示した。
「この丘からは周辺がよく見渡せるだろう? 怪のことや事件のこと、最近の鏡夜の周りで起きていることを知っていたのはだからだよ。って、これじゃあわかりにくいか。つまり想いを敏感に察知していたってことなのさ。人間でも人間じゃなくても常に想いを発しているし、それは自然と渦を巻く。その中から見たいものを見分け、どう流れを形成しているかを把握できれば、大まかな事情くらいならわかるのさ」
「流れている想いから事情を把握するって、それはさすがに人間の能力を超えてるだろ」
「ああ、うん。もちろん想いからだけじゃダメだね。ボクは紗樹ちゃんのことを以前から知っていたから、その後怪に取り憑かれて想いが混乱する様子を察知することが出来た。強烈な想いだったから只事じゃないことはわかったし、そのうち怪の存在も知り得たけど、でもどうやって怪を祓うのかまではボクには思い至ることが出来なかった」
 だとしてもそれは稀有な能力だ。実際にはもっと独自に調べようと動き回っていたのかもしれないが、隼人はそこまでは口にしなかった。そしてまた頭を掻きながら「そういうことを話そうとしてたんじゃなかった」と考えを整理し始める。
「とどのつまり、鏡夜には鏡夜の目的がある。それを他人のものと混ぜてはいけないんだ。一方で周囲にいる人間から受ける影響は、どんどん取り入れて自分の糧にしないとならない。だけど今の鏡夜は周りの人たちの想いをきちんと汲み取れないままになっているし、ともすれば流されて、自分自身の目的を忘れそうになってる。きっかけは一連の事件で、そこには様々な人の想いが渦巻いているわけだけど、そこから自分の取り出したいものを掴まないと飲みこまれて終わるだけだよ。そういうことを言いたかったんだ」
 そこまで述べてから、隼人は改めて俺に目的は何かと尋ねてきた。ここまで話をしておいてまったく知らないということもないだろうが、素直に答えることにした。
「これまで俺は『仕方ない』と様々な事情を片付けてきてしまっていた。でもそれは自分から物事を知ることを放棄する行為だと気付いて直そうと考えた。特に父さんも巻き込まれた連続殺人事件について何も知ろうとしていない。だからまずはそれを深く知ることから始めようとしている」
 俺は嘘偽りなく答えたつもりだった。しかし隼人は首を横に振る。
「違うよ。それじゃない。それは手段であって目的じゃないんだ。最終的に鏡夜はどうなりたいのか、それを聞きたいんだよ」
 最終的な目標なんて考えていなかった。俺はただ目に付いたから自分の姿勢を変えようと思うようになっただけだ。
 でも問われて自然とその答えがふっと湧いてきた。出てきたままに口にする。
「絵を描きたい。それも彩色されたものを」
 柊が怪に襲われたその日の夜、俺は母さんの顔を描いた。あそこには母さんの気持ちが映し出されていて、そういうものをこれからも描いていきたい。そして本当にそれに取り組むためには色が扱えないとならない。
 俺の答えに今度こそ隼人は満足げに頷いた。
 しかしすぐに彼は苦笑を浮かべ自嘲する。
「性に合わないことしちゃったなぁ。ボクは人とあまり関わろうとは考えてないんだよ。想いは繋がって積み重なるものだから、それを余計に掻き乱すようなことはしたくない。ただ今回は周りの人たちがずっと言ってくれているのに、自分の気持ちすら把握できないでいる鏡夜をまどろっこしく感じちゃってね」
「バカにされてる感じもするけど、事実その通りだから反論できないな。助かったよ。隼人の助言がなければ、ずっと自分の想いにすら気付けないままだった」
「助けたなんて思って欲しくないなぁ。さっきも話した通り、ボクは他人と想いを交わすのは極力避けたい。それに今はまだ自分の気持ちを知っただけに過ぎなくて、何も変われていない。そのことは鏡夜本人が一番わかっているだろうけどね」
 隼人の言う通りだ。俺はこの世界に溢れる想いを、色を使って表現できるようになりたい。でも今の俺に色覚は戻っていないし、隼人が街並みを眺めながら口にした想いの渦のようなものも感じ取れていない。父さんの事件も含め、俺は多くのものを受け止めて整理していかなければならないのだろう。
 そんなことを考えていたら、隼人が小さく「あ」と声を漏らした。視線を遣ると、彼は煙の向かう空を見上げていた。
「どうも雨が降るみたいだなぁ。それまでに全部燃え終わってくれてればいいけど」
 雨の気配は俺にはさっぱりわからなかった。丘にはほとんど風が吹いていないし、湿気っぽさも感じない。
 ただ一つだけ気にかかることがあった。
「隼人は人と想いを交わすのを避けたいと言ったけれど、教科書を燃やしているのもそれと関係があるのか?」
 俺と柊の類似性など、教科書で喩えながら隼人は説明した。そして教科書にも人と同じく想いがある。それをわかっていながら燃やして捨ててしまう行為には、何か意味があるような気がしたのだ。
 隼人は問いに明確に答えることはしなかった。そして代わりにこんな質問をしてきた。
「ボクにはこの教科書たちの間にある結び付きを見つけ、その絡まりを解くことが出来なかった。そんなに執着もなかったからこれ以上探す気もなくなってしまったしね。でも鏡夜、君にならそれが出来るかい?」


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:14 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-3-1


   三.


 立花先輩と別れて町外れの方に向かって歩きながら、ここ数日での身の周りにいる人たちの変化を思い出していた。みんなきっかけや方向性は違うものの、自分が向きあうべきものを見つけそれに立ち向かおうとしている。それは俺も同じだ。
 俺の場合きっかけは柊が怪に襲われたことだった。それで父さんが死んだときの事件の真相を『仕方のないもの』にして、深く知ろうとしないまま片付けていることに気付かされたのだ。ただ自分ではすぐにわからずに、柊と母さんに教えてもらわなければならなかったけれど。
 母さんはきっかけを同じくしながらも、父さんや前の母さんのことを考えるようにしたようだ。どのようになりたいのか具体的な目標があるような感じはしたけれど、それについては教えてもらっていない。
 逆に目標がはっきりしているのは柊だ。彼女に取り憑いていた怪を消したいらしい。ただそのことについてきちんと話をすることはまだ出来ていないので、その理由は知らないままだ。
 立花先輩は自分の身体をもっと丈夫にしたいと思っているようだし、他の言葉を使えば普通の女の子になりたいということになるのかもしれない。そのきっかけになったのは俺で、自惚れていなければ俺を振り向かせることを最終的な目標に掲げている。
「……もしかしたら真琴も何かしら変わろうとしているのかもしれないな」
 ふとヘアピンを付けていた昨日の真琴のことを思い出した。中学に上がって制服を着るようになり、それまで目にしたことのなかったスカート姿で俺の目の前に現れるようになった。口癖のようになっている不条理という言葉も真琴が戦っている最中だから出てくるものなのかもしれない。
「みんなそれぞれ独力で変わろうとしてるんだな。俺は……きちんとやれているだろうか?」
 自分でも自信が持てていないということなのだろう、そんな言葉が口から漏れるということは。気を引き締めようと頭を軽く振る。
 そうして見遣った視線の先。小さな丘の中腹から細い煙が上っていた。
 小学校のときにその丘は円墳だと習った。古墳としては大きめなようだが、丘としてはさほど高くない。頂上付近には神社があり、煙はそこの境内から立ち上っているようだった。ただ煙の量などからして火事とかではなさそうだ。
 気になって境内に向かった俺は、そこで見知った人物に出くわした。
「鏡夜か。残念だけど焼き芋じゃないよ。時期じゃないしね」
 目の前にある火の中のものを枝で掻き混ぜながら早乙女隼人はそんな冗談を口にした。焼き芋でないことは燃やされているものを見てわかっている。
「それ学校で使ってる教科書じゃないのか? 燃やしてしまったら隼人が困るだろう」
「いや、別に? むしろ一通り読み終わったから部屋にあるのが邪魔くさいんだよ。授業で必要になれば誰かに借りればいいしね」
「読み終わったって……火の中にある三年生の分のもか?」
「そ。それまで開いたこともなかったんだけど、持ってるなら読んでみようかと夏休みの間にね。でも量が多いから思ってたより時間がかかってしまった」
 とんでもないことをさらりと言ってのけた隼人は、そこで不満の溜め息を漏らす。
「しかし高校の教科書はダメだねぇ。内容が中学校のものより専門分化するのは自然なことだけど、科目間の繋がりがとてもわかりにくい。書いている人間が自分の専門としている分野の教科書を担当しているからこういうことになるんだろうね。でも本来それぞれはお互いに影響しあっているはずだし、それを見逃してしまっては本当の理解にはなり得ない。教材として適切じゃないね」
 講釈を垂れた隼人は、しかしそんな内容はどうでもいいとでも言わんばかりに、無造作に地べたに尻をついた。どうやら俺と話をするつもりらしい。こちらに体を向けて楽な姿勢を取る。
「ところで瑠美ちゃんとデートしてたみたいだけど、どうだった?」
「瑠美ちゃんって立花先輩のことだよな? 何で隼人がそのことを知ってるんだ?」
 立花先輩のことを知っているというのは隼人からはこれまで聞いたことがなかった。それに知り合いだったとしても、あの先輩が今日のことを他人に話すとは思えなかった。
「別に瑠美ちゃんから聞いたわけじゃないさ。でも鏡夜を見ればわかる。人と人は繋がってるものだからね」
 それは俺の顔色などから判断したということだろうか? 思うことは色々とあったし、それが表に出ていたとしてもおかしくはない。ただ立花先輩と会っていたと具体的なことまでわかるのかどうか。ただ先日見事な柊の絵を描いてみせた隼人なら、そういうこともあり得そうにも思える。
 そこでこの前見せ付けられた柊の絵が脳裡に鮮明に浮かび、同時に俺は隼人に彼女のことを聞こうと考えていたことを思い出した。普段から隼人はふらふらしていることが多くて捕まえにくい。ここで出会えたのはいい機会なのかもしれない。
「隼人は柊とは中学が一緒だったんだよな。随分深く知っているようだけど」
「瑠美ちゃんの次は紗樹ちゃんか。鏡夜も浮気者だねぇ」
 浮気なんてしているつもりはないのだけれど。そう告げると隼人は呆れたように一度肩を竦めた。
「自覚がないならいいや。ボクはあまり人に関わりたくないしね。それと残念ながら紗樹ちゃんとは深い知り合いじゃないよ。この前も美術室で険悪だったろう?」
「お互い嫌いなだけならあんなに意識しないとも思うんだけど?」
「……なるほど? そのくらいはわかるってことか。一応紗樹ちゃんが気に掛けている人物だし、それも当然かもしれないねぇ」
 そこで隼人は観念したようだった。火の中で燃えている教科書を一つ枝で裏返すと、柊との関係について語り出した。
「きっかけは紗樹ちゃんとその家族のことについてボクが知ったことだったかな。まあ他のクラスメートも薄々気付いてたんだろうけどねぇ」
 中学生時代の柊は、今と同じように感情をあまり表に出そうとはしなかったようだ。けれど彼女の内側には熱いものが渦巻いている。そして周囲の環境も荒れていたから、抑制しきれず同級生も異変に気付くこととなった。
「紗樹ちゃんは家族との仲が悪かったみたいだね。虐待に近いこともされてて、一度顔に痣をつくって登校してきたこともあった。他のみんなはそういうのを見ると話かけなくなるものだけど、ボクは気にしないからさ。それで声をかけたら、どうやら紗樹ちゃんはボクが助けてくれるんじゃないかって思ったらしい。だけど面倒だから断ったのさ」
 軽い口調で隼人は言ってのけるが、それはそんな簡単に片付けていいものなのだろうか。むしろ助けを求めてきた柊のことを見捨てたということじゃないのか?
「見捨てるも何も。そもそも他人の家庭事情になんか踏み込めないだろう? 先生でも恋人でもないんだし」
 確かにそうかもしれない。踏み込み過ぎて余計なトラブルを招いたり、逆に相手を傷つけてしまったりすることもあるだろう。それでも少しくらい話を聞いて、相談に乗ることはできたはずだ。
 俺のその考えに隼人は小さな笑みを浮かべた。馬鹿にするでもなく嬉しさを感じているわけでもなく、ただ自分の発見が面白かったらしい。
「鏡夜と紗樹ちゃんは似ているね。以前から感じていたことではあったし、似ているというのもタイプが同じということではないんだけど。そうだなぁ……」
 隼人は枝を手にすると燃えている最中の教科書を軽く叩いて示す。それに合わせて火の粉が舞った。
「紗樹ちゃんはこの物理の教科書で、鏡夜はこっちの化学の教科書。別に科目は逆でもいいけどね。似ているというのは同じ理科科目に分類されるというところなんだよ。物理も化学も理科の基礎になるから他の科目に関わろうとするし、一方で自分の内容を充実させるために数学の援用を受けたりする。美術室での二人を思い浮かべればいいんじゃないかな? 描いている対象は別々なのにお互いに影響を与えあっているし、美術室なり部活の運営費を学校から借り受けなければやっていけない」
 俺は隼人と違ってまだ教科書を全部読み終えたわけじゃない。それでも彼の主張しようとしていることは分かった。物理と化学は授業を受けても違う科目のように感じているけれど、同じ理科に含まれるものであって地理や歴史といった社会科科目とは思考の仕方が大きく異なっている。
「ただね、鏡夜がここに来たときにも言った通りなんだけど、高校のこれらの教科書はダメなんだよ。お互いに関係があるに決まっているし、内心では意識しているクセに、自分は自分だと自己主張するだけで終わってしまっている。そういうところも含めて紗樹ちゃんと鏡夜はここにある教科書にそっくりだ」
「……どういうことだ?」
 今回の言葉は意味がわからなかった。尋ねた俺に隼人は具体的な名前を列挙していきながら答えた。
「柊紗樹、御薗木青葉、立花瑠美に許斐真琴。ここ数日だけ切り取ってもそれだけの人物が鏡夜の周りにはいる。だけどそれらの人物を結び付けられて考えているかい? 中心にいるのは鏡夜自身なのに、みんなの変化を自己に還元しないで眺めているだけじゃないのか?」
 その指摘は見事に当たっていた。抽象的な喩えではあったが俺は高校の教科書をやっている。ぐうの音も出なかった。
 黙り込んでしまった俺を隼人は少し鋭い視線で射抜いた。そして彼に伝えていないはずのことを口にした。
「だから鏡夜には無理だよ。一連の怪にまつわる事件を解くことはできない」


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:13 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-2-2


 この町は人がとても多いというわけではないけれど、駅近くの道は商店街になっていて繁華な通りとなっているし、休日ともなればそれなりの人出となる。
 ただ顔見知りの相手を見つけるのに苦労するほどではないと思う。にも拘らず向こうから声をかけてもらうまで俺は立花先輩に気付けなかった。
「やっほ。約束の時間より早めに来るなんて偉いね、御薗木君は」
 先輩はいつも腰まで伸ばしている髪をアップにしてまとめ、シャツブラウスにゆったりめのスカート、右肩から斜めに鞄をかけた格好で現れた。どこに行っても恥ずかしくはないくらいにはフォーマルで、しかし普段見慣れている制服よりずっと遊びがある。
 すぐに言葉を返さない俺の顔を見て、先輩は笑みを浮かべながら訊いてきた。
「どうかな、今日の服?」
「正直驚きました。印象が随分変わっていたので」
「ん。一応は及第点。可愛いとか綺麗とか付け加えてくれたらもっと良かったんだけどね」
 言いながら先輩はその場で一回転した。口では『一応は』と言いつつも、その実かなり嬉しかったようだ。浮かれているそんな姿も今まで見たことがない。
 先輩の健康状態は気にかかっていたのだけど特に問題ないようだ。それなら普段あまり外に出ることのない先輩を楽しませたいし、一緒に俺も楽しむことにしよう。
「それで何処に行きましょうか? 希望あります?」
「デートの予定は男の人が決めておくもの――なんて台詞も言ってみたいけど、誘ったのはこっちだし、アタシの身体のことを考えたら遠出も難しいよね」
 少しの間思案する様子を見せた先輩は、最終的に拍子抜けするような答えを導き出した。
「そもそもアタシこの辺りのお店すらまともに入ったことないや。何処に行っても新鮮ってことだね」
 なら本屋とか雑貨屋とかになるだろうか。でもどうせならもっと印象に残るような場所に連れていってあげたいとも思う。
 そう考えてぱっと思いついたところがあった。試しに提案してみる。
「先輩が興味を持つかどうかはわからないんですけど、俺が普段よく行くお店なんてどうでしょうか? 画材屋です」
 俺の案を先輩は快諾してくれた。美術部の人間は頻繁に足を運ぶ場所ではあるのだけど、思った通り先輩はこれまでその店に入ったことがなかったようで、またこの町にあることも知らなかったらしい。
 一般的な文房具を主に扱っている店は駅近くの大通りにあったのだけれど、目的の画材屋は商店街からはやや外れたところに位置していた。客が入ることも少なく、一応看板は出ているもののひっそりとした店構え。入口をくぐると狭い店内に天井まで届く棚がいくつも並んでいた。そのせいで昼間なのに薄暗い。
 中に入って棚に並ぶものを見た先輩は、驚きで目を丸くした。
「これ、全部絵具?」
「そうです。この棚にあるのは油絵具ですね。メーカーによって同じ名前でも色の具合が異なりますし、元々種類も豊富ですから。向こうの棚には水彩絵具やアクリル絵具もありますよ」
 他にも隅の方には筆やパレット、マスキングテープがあるし、客からは見えないが店の主人にお願いすれば、奥からキャンバスを張る木枠や画板も出して来てくれる。ただここは絵具の品揃えに力を入れていて、そこが他の画材屋と大きく異なっているので美術部の御用達となっていた。
 そのことを教えると先輩は一度納得した表情を見せたものの、すぐに一つの疑問に行き当たったようだ。
「あれ、御薗木君もよく来るって言ってたよね? でも絵具がメインって……」
 先輩は途中で言い淀んだけれど内容はわかった。俺は頷いて応える。
「色の判別はできていません。ただ陳列されている商品を眺めたくて時々来るんです」
 棚に並んでいる絵具を眺める。大抵のものにはその商品の色が塗られて示されているのだけど、俺にはその濃淡くらいしかわからない。これまでで書かれている名前は暗記するほどに見つめてきた。でもそれが実際にどのような色をしているのかは未だに知らないままだ。
 この店に最初に入ったのは小学校六年生のとき。まだ美術部になんて入部していない頃だったから、ここの存在も偶然目にするそのときまで知らなかった。
「実は色の区別ができなくなってしばらくの間は治ることはないだろうと諦めていたし、それで構わないと思っていたんです。普段の生活に多少の不便を感じることはあって、たとえば赤信号と青信号は光沢が似ているので区別が難しい。でも周りの人や車の動きに気を配りながら信号を見ればどちらが点灯しているのかわかりますし、歩き慣れているこの町の信号なら経験で覚えてしまっています。だから色を見ることができなくても大きな問題には直面しなかったし、むしろそれを受け入れることで別の可能性に出会えるかもしれないとも考えてました」
 おそらくその考えは間違いではないだろう。色が見えないからこそ俺は美術をやろうと決意したのだし、鉛筆画や木炭画に集中することで高い評価を得られるようになった。けれどこの店に所狭しと並んでいる絵具を目にしたときに、どうしても抑えきれない感情が出てきてしまった。
「これだけたくさんの色が世の中には溢れているのだということを知らされて悔しくなってしまったんです。そしてその豊かさを取り戻したいと強く願うようになった。それは素直な気持ちだったから、俺はそれを尊重することにしました。この店に通っているのはそのときに感じた悔しさを再確認するためと、色を見続けていればそのうちまた見えるようになるのではないかなという淡い期待があるからですね」
 説明を聞いた先輩は納得し、そして頬を緩めた。
「御薗木君にとって大事な場所に連れてきてもらったんだね、アタシは。本人じゃないけどここに初めて来たときの御薗木君の葛藤はわかる気がする。多かれ少なかれ他人との差をどうしても意識してしまうことってあると思うから。何より話を聞かせてもらえて嬉しかった。自分で使うことはないまでも、これだけの種類の色があると知れたのはいい経験になったもん」
 一般的に見てデートとしては相応しい場所ではなかったかもしれない。雑貨屋と呼んだ方がいいと思えるような画材屋もあって、そちらには珍しいクリップや定規などが並んでいるから見ていてもっと楽しかったとも思う。
 それでも先輩に俺自身の話が出来て、なおかつそれに興味を持ってくれたなら、結果としてこちらの店で良かったのではないかと感じた。
 しばらくの間立花先輩も絵具を手に取って色の豊かさを堪能する。でも絵具ばかりでは飽きてしまうだろうし、今度は俺の考えた店ではなく先輩の希望する場所に行ってみたい。そのことを伝えるとちょっと考えてから先輩はこう告げてきた。
「御薗木君は思い出の場所に連れてきてくれたわけだけど、アタシには残念ながらそういう場所はなくて。ただこれから行くようにしたいというお店はある。どこがいいお店かとかは全然知らないんだけどね。だからよかったら案内してくれない?」
 希望として告げられたのは女性物の服とアクセサリーが置いてある店だった。それなら商店街の方に帰ればいくつもあるのを知っている。俺たちは画材屋を後にして駅の方へと戻ることにした。
 女性用の服や装飾品を俺は買うことがないのでどこがいいかなんてわからない。目に付いたところを順に紹介していって、先輩の気にかかったところに行くのがいいだろう。
 入口付近から中の様子を伺うということを繰り返し、数店舗目にして気になる店を見つけたらしい。先輩が入っていったのはブレスレットやネックレスを中心に扱っているところで、洋服もカジュアルなもので占められていた。ただ派手だったりごてごてとした印象のものは少なく、可愛らしい感じのするものが主だった。
 それらは立花先輩に似合うだろうし、もしかしたら嗜好がそちらに寄っているのかもしれない。けれどこれまでの先輩のイメージとはまだ少し離れていて、俺は正直にその感想を伝えた。
「やっぱりそう思うよね。実はアタシもなんだ。でもこれも身体の調子を治していく一環だと思ってるの。病弱だからってアタシは色々諦めている気がする。病は気からって、そんなに病気は単純なものじゃないけど、でも気が滅入っていては元気になれないのも事実」
 そこまで口にして先輩はふと何かを考え出した。ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。
「画材屋さんで御薗木君は直接色に相対することで色覚を取り戻そうとしてるって話をしてくれたよね。随分前だけど、美術部に所属してるのも同じようなことが理由だって聞いた記憶がある。御薗木君は自分の抱えている問題に、直接ぶつかっていこうとしてるんだ。それはアタシのやり方とは違う……」
 確かに先輩と俺は自身の抱えている問題への取り組み方が違う。俺は色が見えないからこそ色の溢れている世界に身を置き続けることにした。立花先輩は病気を改善するために身体を動かすことにし、そして気持ちも切り替えようとしている。問題が違うからというのも一つの理由だと思うのだけれど、俺は内側の方を向いていて、先輩は外の方に目を向けている。
 と、先輩が目をきょろきょろと動かし、何事かを考えているのに気付いた。しばらく様子を窺っているとお互いの目線がばっちりと合い、それがきっかけとなったのか意を決したように先輩はこちらに向き直った。
「その、今日はこんなこと言うつもりなかったんだけど……」
 一度断りを入れてから、先輩は胸に手を当て深呼吸する。心を落ち着かせるとその言葉を口にした。
「御薗木君のこと、アタシ好きです」
「……え?」
 戸惑いの声を上げてしまった俺に「驚いても仕方ないよね、突然のことだし」と言いながらも、先輩の告白はさらに続いた。
「昨年の秋に行き倒れているのを御薗木君に助けてもらったじゃない? 実はあのときのアタシは自暴自棄になっていたの。具合が悪い日が続いてて、いっそこのまま死んでも構わないやって思って外に出た。案の定途中で意識を失って、でも次に目を覚ましたら病院の一室で御薗木君がアタシのことを心配してくれてた。直前に自分の殻に閉じこもっていたからかな? そのときから御薗木君のことが気になり始めたの。それまでもアタシのことを気にかけてくれる人は当然いたけど、ずっと面倒を看てくれてるのはお父さんとか身内の人だけだったから」
 それから立花先輩は俺と出会ったその日のことを訊いてきた。
「行き倒れてたアタシの格好って、覚えてる?」
「いえ、あまり。薄手のセーターを着ていたような記憶はありますけど、何せ事態が事態だったんで」
「それもそうだね。覚えてなくても仕方ない。あのときのアタシは地味なセーターと長いスカートだったの。服なんてほとんど持ってなかったし、気にも掛けてなかったから。でも御薗木君に助けてもらってから自分でも可愛いと思う服を探すようになった。お店に買いに行くのは難しいから、通販での取り寄せばかりだったけどね。今日着てるのもその中からの組み合わせ。そして御薗木君は『印象が違う』と口にしてくれて、それがとても嬉しかった。アタシが変わろうとしたきっかけになったその人からそう言ってもらえたんだもん」
 とても嬉しそうにそのことを語る先輩は、その後に少し表情を真剣なものにした。
「それでね? さっき好きだって告白しておきながらこんなことお願いするのもどうかと思うんだけど、御薗木君にはまだ答えを出さないでいて欲しいの」
 立花先輩はそうして一つの決意を口にした。
「アタシは変わる。身体ももっと丈夫にするし、可愛くもなる。まだ御薗木君は他のものを見てる気がするんだ。絵のこととかね? 少なくともアタシだけを見てるわけじゃない。でもいつかはアタシのことが気になって気になって仕方ないってくらいにしてみせるの」
 それは宣戦布告のようなものだった。先輩は俺のことを見つめていきながら、その過程で自分を強くするつもりだと述べた。それによって俺を振り向かせてみせるのだと。
 俺はその言葉を受けてどう変わるべきなのだろう。少なからず立花先輩のことは気にかかってしまうと思う。けれどその程度の変化でいいのだろうか。本当は告白してくれた先輩にもっと向き合うべきなのかもしれないけれど、そのやり方がわからない。
 先輩はその心中を敏感に察知したのかもしれない。苦笑を顔に浮かべた。
「こんな話しちゃったらデート続けるの難しいね。今日はありがと。体調もいいみたいだし、気持ちを落ち着かせながら一人でゆっくり帰ることにするよ」
 そうして「バイバイ」と手を振って別れを告げた。
 先輩を見送ってから、俺も心の整理をしようと思った。ただ人の多い駅前だとどうしても気が散ってしまう。自然と足は町外れの方に向かっていた。


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by zattoukoneko | 2013-04-12 23:08 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-2-1


   二.


 コンクールの〆切は近付いているけれど、今日は美術部の活動はしないで帰宅することにした。柊も怪のことで頭が一杯らしく参加しないとのことだったし、俺も『駄作』しか描けない今の状態のまま作業を続ける気にはなれなかったのだ。
 季節は秋に移り変わろうとしているとはいえ、太陽の出ている時間はまだまだ長い。授業が終わってからは寄り道もせずに帰ってきたし、家に着いた頃にようやく空の様子が変わってきたという感じだった。
 帰宅した俺を玄関で出迎えた母さんは、外出用の服を着ていた。
「お帰りなさい、鏡夜くん。ちょっと一緒に行きたいところがあるんだ」
 学校からの帰宅直後で制服を着たままだったし、俺は自室に鞄だけ置くとすぐに母さんと外に出た。
 傾いてからは陽が落ちるのも急速に早くなる。家の中にいたのはそれほど長くない時間だったはずなのに、先程まで明瞭に地面に描かれていた家々の影はぼんやりとしたものに変わっていた。
 歩を進めるたびに裾で可愛らしく揺れるフリル。その一方で落ち着いた印象も受けるワンピースを着た母さんの後に付いていく。
 辿り着いたのは父さんが死んだあの公園だった。
「近くを通ることは何度もあったけど、こうやって中に入るのはあの日以来になるのかな。どうしても足が避けちゃうんだよね」
 それは多かれ少なかれ他の人でも同じことだと思う。公園の木々は凍りついたものがほとんどだったし、遊具も所々に氷が張り付いている。そこにはまだあの事件の気配が色濃く残っていた。
 中央まで進むと、そこにあったブランコの一つに座りながら母さんが告げてくる。
「今日ここに来ようと思ったのは、お父さんのことを考えたかったからなの」
 俺と同じく事件のことを再度振り返ろうということなのだろうか? 俺も氷の付いていないブランコに腰を下ろしながら尋ねると、母さんは首を横に振った。
「事件のことじゃなくてお父さん自身のこと。それと……亡くなられた前のお母さんのこと。もちろん少しは話を聞いてるんだけどね。でももっと知ろうかなって。でも私一人じゃどうしようもないし、だから鏡夜くんに付き合ってもらおうと思ったの」
「それは構わないけど、何でまた急に? それに事件のことじゃなかったらわざわざここに来ずに家で話しても良かったのに」
「うーん、事件のこともまったく関係ないわけじゃないんだ。少なくとも深く知ろうと考えるきっかけにはなったし」
 伸びをするように足を真っ直ぐにする母さん。その動きに合わせてブランコもいくらか持ち上げられたけれど、漕ぎ出すわけではなくそのままの姿勢で話を始めた。投げかけられる問いに俺は静かに答えていく。
「前のお母さんってどんな人だった?」
「人当たりが良くて面倒見のいい人だった。けど俺に言わせればいつも無謀なことをやってるように見えた。体もそんなに丈夫じゃないのに、困ってる人がいたら誰でも助けようとするもんだから」
「体が丈夫じゃないって、ご病気か何か?」
「元からあまり体力がなかったみたい。特に俺を産んでからはがた落ちしたって聞いてる。寝込んだりとかそういうのはなかったけど、すぐに疲れて動けなくなったりはしてた」
 仮に人並みの体力を持ち合わせていたら今も存命だったかもしれない。あるいはもっと自分の体のことを気にかけてくれていれば、事態はもっと違うものになっていたかもしれない。
「事故だったって聞いてる。溺れてる子供を助けようとして流されたって」
「そう。今は整備されて見えなくなってるけど、町外れの方に大きな用水路があったんだ。その近くを通りかかったときに溺れてる子供を見つけたらしい。多分目に入った次の瞬間には飛び込んでたんじゃないかな。俺もその場に居合せたわけじゃないけど、容易に想像がつくよ。騒ぎに気付いて他の大人の人が来てくれたんだけど、体重の軽い子供の方しか引き上げられなくて、そして母さんはそのまま流された」
 俺が小学校の四年生になった梅雨の時期のこと。経緯を聞かされてどこに怒りをぶつければいいのかわからなくなったのを覚えている。頭の中がごちゃごちゃになって、結局『あの母さんの性格を考えればむしろ自然なことだったんだ』と整理をしたのだ。
 隣で話を聞いていた母さんはそこでしばし考え込む様子をみせた。それから言いにくそうに尋ねてくる。
「お母さんのこと嫌いだったの? その、何ていうか、鏡夜くんまるで他人事みたいにして喋るから」
「……」
 俺はすぐに答えることができなかった。当時は色々な感情が渦巻いていたはずなのに、今ではそれをきちんと思い出すことができなくなっている。思い出せるのは頭の中がごちゃごちゃになったということだけだ。それは気持ちとは少し違う。何だか心の奥底にある壺に想いを入れて、蓋をしてしまっているような感じがした。
 こちらが黙ったままでいることから何かを察したのか、あるいは元からそれを話すつもりだったのか、母さんが自分の想いを語り出した。
「私はお父さんのことが本当に好きだったから、今でも色々なことを思うの。お父さんは死ぬときに何を頭の中に描いていたんだろうとか、それまでの人生で何を考えてきたんだろうとか、そして前のお母さんを亡くしたときにどう感じて気持ちを整理したんだろうとか」
 母さんが少し上の方に視線を遣った。周囲はかなり暗くなっていて、氷漬けの木が公園灯に照らされてきらきらと輝いていた。
「前のお母さんが亡くなられたときには周囲は凍りつかなかったって聞いてる。でもお父さんが死んだこの場所にはまだ冷気が立ち込めてる。怪の影響もあるんだとは思うけど、結局この公園を冷たくしたのは誰なんだろうって気になったの。あのときの私は体や心がどんどん冷えていくのを感じた。だから私が原因だったのかもしれないけど、もしかしたらそうじゃなかったのかもしれない……」
 そこまで口にすると母さんは反動を付けてブランコから立ち上がった。苦笑しながらこちらを見てくる。
「取り留めのない話になっちゃったね。ごめんなさい。ただ鏡夜くんがお父さんの事件のことについて考え直すのなら、私ももう一度整理をしなくちゃならないのかもしれないって感じたの。ただアプローチの仕方は違うけどね。私には私の目指すものがあって、そうなれば当然見つめるべきものも異なってくるから。今回は前のお母さんの話を聞きたかったのもあるけど、鏡夜くんとはやっぱり違ってるってことを確認するために一緒に来てもらったんだ」
 俺には母さんの目指しているものが何なのかわからなかった。でも見ようとしているものが異なっているということだけはわかった。ただ別々の方向を向いてはいるものの、帰る場所は同じらしい。公園の出口に足を運びながら「夕飯遅くなっちゃうねー。今日は手伝ってもらってもいいかな?」と母さんがお願いしてくる。それに承諾の返事をしながら俺もブランコから立ち上がった。
 夏でも氷に包まれた公園。そのときそこには二人分の人間の温かさが確かにあった。そして人の気配がかなり遠ざかった頃、忘れていたかのようにブランコがきぃと甲高い音を響かせた。

 その夜俺は夢を見た。
 前の母さんの夢だった。
 俺は水の中で溺れ苦しんでいる。そこに母さんが飛び込んで体を包み込んだ。助けようと水面を目指して動くのだけど、流れる水が俺だけでなく、母さんの体まで氷のように冷たく凍らせていく。
 慌ててベッドに起き上がったとき、俺は全身を濡らす汗に寒気を覚えながら周囲を見渡した。けれど部屋のどこにも母さんの姿はなかった。


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by zattoukoneko | 2013-04-12 23:07 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-1-2


 昼休みに母さんが作ってくれた弁当を片手に下げ、俺は学校の中庭をぶらついていた。
 食事を摂る場所を探していたというよりは、これからの方針を歩きながら模索していたというのが正解に近い。事件のことを探ろうという一応の目標を立てはしたものの、どのように取りかかればいいのかがわからなかったのだ。
 当初は柊と直接話をしてみようかと考えていた。彼女は事件に深く関わった人物だったからだ。けれど昨日の俺に対する態度を思い出し、簡単には話してくれなさそうだと思い直した。柊は俺の父さんを殺した張本人なのだ。怪に取り憑かれていたとはいえ、彼女にも話しにくいことはあるだろうし、俺自身も躊躇いを覚える部分がある。いずれは直接対峙すべきだとは考えているのだが、今は時期尚早という気がした。
 警察を訪ねてみるというのは一つの候補に挙げるべきかもしれない。父さんは捜査に関わっていたわけだし、同僚の刑事から多少は話を聞くことができるのではないだろうか。事件後に詳細を教えてもらえなかったというのはあったけれど、そもそも俺がきちんと聞き出さなかったことにも一因がある。ただ怪のことなどは教えてもらえるかもしれないが、父さん以外の被害者や、柊のことは無理なのではないかとも思う。貴重な情報にはなるだろうけど、母さんなり真琴の言っていた、もっと内側にある関係性のようなものは見えてこない可能性は高い。
 俺はそこまで考えたところで嘆息混じりにこぼした。
「結局そういうことすら真剣に考えてこなかったってことなのかもなあ」
 怪というのはそもそも想いが蓄積することで発生するらしい。とすると強力な想いの塊といったところか。怪は何かしら独自の方向性に傾いているのだろうが、想いであるなら他の想いとも相互作用することではじめて現象を生む。つまりは父さんが殺された事件を一つの現象と見るならば、そこにいた人たちがどう関係しあっていたのかを知らなければならないということだ。でも俺はそのことを知らないし、知ろうとしてこなかった。自分勝手に他人の事情を作り上げて納得していただけ。ようは関係性以前にその人のことすらきちんと見ようとしてなかったのだ。今ならそれが大きな問題であったとわかる。
 さて自分が問題を抱えていることはわかったが、だからといってそれに気付いたと告げたところで柊や母さんは素直に話をしてくれるだろうか。人間関係をどう築くのかわからなくなってしまっているような気がする。思わず俺は再び溜め息を吐いた。
「溜め息を吐くとその数だけ幸せが逃げちゃうって言うよ? こんなに短い間で二つも手放しちゃった」
 急に背後から声がかけられ、俺は驚いて振り返った。
 振り向いた先、長い髪の毛が乱れるのにも構わず、立花先輩がぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「漏れた幸せってもう一度掴み直せるかな? 戻せたらいいね、見えないからわかんないけどさ」
 地面から浮く足の高さがほんの十センチ程度しかないのは、その細い体をブレザーが上から押さえつけているという理由だけではないだろう。
「あまり過度な運動をすると体に障りますよ。夏の暑さもまだまだ厳しいですし」
「これも運動だよー。昨日も言ったけど、これまで体が弱いからって動かすのを控えてたのもいけなかったんじゃないかってアタシ考えたの。だから自分でも何かしら変えてみようって、そんな感じ」
 立花先輩のその言葉に俺はちょっと驚いた。ちょうど自分が考えていたことと重なったからだ。それに出会った頃はまだ家族に守られているような状態で、ここまで活発ではなかった。あのときの先輩はどこか殻に閉じこもっている風だった。
 ジャンプするのをやめた先輩は、息を一つ吐いて呼吸を整える。
「でも暑いのは確かだねー。御薗木君はこれからお昼かな? 日陰になってるところで一緒しない?」
 立花先輩は俺の持っている弁当を見ながらそんな提案をする。最初からそのつもりだったのかまではわからないが、先輩の手にも小さな弁当箱があった。
 俺たちは中庭の隅の方にあった木の陰に入ると、その場に座り込んだ。ベンチのある場所はどこも陽が照っていたし、風通しの面からしてもこちらの方が良さそうだったのだ。
 先輩はブレザーのポケットからヘアゴムを一つ取り出すと、慣れた手つきで長い髪を後ろで一つに束ねていく。その隣で弁当を広げていると、その中身を見た先輩が面白そうに声を上げた。
「何だか妹が大好きなお兄ちゃんのために頑張って作ってあげたお弁当みたいだね。御薗木君に妹さんっていたっけ?」
「あ、妹はいません。これは母さんが作ってるんですけど、何せ俺より年下で家事も勉強し始めて間もないですから」
「え? ……ん? お母さんなのに年下?」
 目をぱちくりさせる先輩。どうやら母親が年下という状況が飲み込めずに混乱しているらしい。俺にとってはもう自然なことになってしまっているけれど、そもそも親が再婚するということも稀なのだろうし、ましてやその相手が自分より年下というのは俺の年齢ではほとんどないことかもしれない。そのことに気付いた俺は、父さんが昨年若い女性と再婚していたのだということを告げる。
 立花先輩は一度得心してから、すぐに唸り声を上げた。
「うーん、迂闊だった。柊さんだけでなく、許斐真琴ちゃんに年下のお母さん。御薗木君の周りには可愛い女の子が一杯だね、ライバル多し!」
「ライバルって……何を言ってるんですか、先輩は」
 唸りながらもどこか楽しげな口調で語るという芸当を披露する先輩に、俺は思わず頭を抱えてしまった。けれど先輩は我関せず。唐突に「あ!」と声を上げると話題を変えてきた。
「柊さんで思い出したけど昨日の放課後、美術室で二人がいい雰囲気になってるところ見ちゃったよ? あまり感心できることじゃないなー。学校ってのは密室のように思える場所でも穴がたくさんあるように出来てて、いつ誰が見てるかわからないんだから」
「えっと、それはどういう状況を見たんですか?」
「二人でお互いの顔を近付けてキスしそうになってるところ。何、もしかしてそれ以上のこともしたとか?」
 先輩の返答で納得する。その場にいた者からすればあれはいい雰囲気と呼ぶようなものではなかったけれど、事情を知らない人が外から見ていたら顔を近づけていたり、その後の手を掴みながら床に転がっている姿は誤解を招いてもおかしくはない。
「あれは説教されていたんですよ。確かに柊は顔を近付け過ぎだったかもしれませんけど、普段から突飛な行動に出ることがよくありますから」
「そういえば昨日も気性が荒いとか言ってたね。ふーん、御薗木君は柊さんのことよく見てるんだね、へぇー」
 不満そうな声を上げながら立花先輩はジト目でこちらを睨んでくる。ただ俺はその先輩の態度よりも言葉の方がずっと気にかかった。
「俺が柊のことちゃんと見れていると、そう先輩は思うんですか?」
 それはついさっきまで俺が悩んでいたこと。人間関係や、そもそもそこにいる人自身を俺は見てこなかった。そう思っていたのだが立花先輩は「よく見ている」と言った。それは意外な言葉だった。
 俺の問いに先輩は不機嫌そうな顔を一瞬向けたものの、すぐにこちらが真剣に悩んでいることを察してくれたらしく、真面目に返事をしてくれた。
「アタシは御薗木君と比べて柊さんと接した回数がずっと少ないから、当然その差は考慮しないといけないよね。彼女のことに関してアタシはほとんど知らない。でも何回も会っているからといって、その人を知ることができるとも限らないよ。アタシ、世界史担当してる先生の名前すら危ういもん」
 先輩はさらっと問題発言を交えて一度話を締め括り、指を一本立てて考えを転回させる。
「あるいはさ、そもそも何回も交流できるってだけでもすごいことだと言えるんじゃないかな? お互いにより知り合おうとするから何度も出会ってやり取りできるの」
 その二つの考え方を提示すると、結論として「御薗木君は柊さんのことをよく見てるとアタシは思う」と先輩は話を終えた。その論はもっともなものだと感じられて、だから俺は悩んでしまった。
 これまで俺は人をきちんと見てこなかった。それは柊に駄作だと評された絵に如実に表れている。一方で立花先輩の言うように、深くは入りこめていないのかもしれないが、人との付き合いはそれなりにしてきた。それを踏まえて昨夜の母さんを描いた絵のことを思い出すと、それまでと違う母さんの表情だったから、それに敏感に気付いて取り出せたとも考えられる気がする。
 ただそれだけでは整理できないもやもやがある。それを俺が捉え損ねていると、先輩は意地悪な笑みを少し含ませながら訊いてきた。
「何だかまだお悩みのようだね? ちなみにこんな考えも出来るよ。相手のことを知らないって思うってことは、その人を知りたいって願望があるってことの表われである。どうだろ、違うかな?」
 その言葉ですとんと胸にわだかまりが落ちる感じがした。先輩の言ってることは当たっている。
 結局俺は昨日のことをきっかけにして、柊や母さんのことを深く知らないといけないと感じるようになった。本来ならばそれまでにきちんとやっておかなければならないことではあったのだけれど、それをなあなあで片付けてきてしまったのが俺の問題なのだ。ただすべてを無視していたわけではなく、だからそれなりの関係は築けていたということなのだろう。
 立花先輩は連続殺人事件のことや、俺の父さんが死んだことについては知っているけれど、その犯人が柊だということまでは知らないはずだし、それは伝えない方がいいだろう。少し濁した言い方にはなってしまうものの返答する。
「詳しくは話せないんですけど、柊が絡んだことで思うところがありまして。それがきっかけで俺は彼女のことをこれまできちんと見ていなかったことに気付いて、もう一度見つめ直そうと考えるようになったんです。整理できてませんでしたけど、先輩のおかげですっきりしました」
 先輩は俺の顔を見て満足そうに頷いた。それからさらにアドバイスをくれる。
「アタシからは柊さんのことについては何も教えられることはないよね。でも他の人ならもっと詳しいんじゃないかな。本人に直接話を聞けないようなら、周りの人に当たってみるのも一つの手かもしれない」
 言われて俺は隼人のことを思い出した。事件に直接の関わりはないだろうけれど、中学時代から柊のことを知っていて、険悪ではあるものの互いのことを意識している。あいつだったら柊のことを俺より知っていても何ら不思議はない。
 ……一瞬、隼人が描いた柊の絵が脳裡をよぎった。今の俺が柊を対象にして描いたとしても、あんなに彼女を再現することは出来ないと思う。隼人は柊の何を知っているのだろう?
 そんなことを考えていたら、立花先輩が急に話題を変えてきた。
「でもさー、女の子と二人っきりでお昼だっていうのに、他の子の話題ばっかりって失礼だと思わない?」
「……え?」
 振り向くと、小振りのミートボールを刺したフォークをピコピコ揺らし、先輩は抗議の声を上げていた。そしてとんでもないことを言い出した。
「罰として明日の休みはアタシとデートです。異論は認めないから」
「何を急に言い出すんですか。さっきまでの話と全然違いますよ」
「それはアタシとのデートはイヤだってことなのかな?」
「いや、それは……」
 俺が返答に困っていると、先輩は微苦笑した。
「あんまりいじめるのも悪いね。要は体を動かす一環として休日に街を出歩いてみようと考えてて、でも一人じゃ心許ないから付いて来てくれないかなってこと。前に行き倒れていたのを助けてくれた御薗木君が一緒となれば、お父さんたちからもオーケー出やすいだろうし」
 なるほど、そういうことであれば喜んで同行させてもらいたい。先輩も変わろうとしてるなら俺もその姿を見ることで学ぶところがあるに違いない。少なくともそうやって交流することで一人の人間をちゃんと見つめる訓練にはなると思う。
 俺が快諾すると先輩は本当に嬉しそうな顔をする。そしてミートボールをぱくりと口に放り込んだ。


   『世界を凍らす死と共に』2-2-1へ
by zattoukoneko | 2013-04-12 23:06 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』2-1-1


   二章


   一.


「だからそういうのを不条理だって僕は言ってるんじゃんか」
 翌朝の登校途中、事件のことを掻い摘んで話したところ、聞き終えた真琴は開口一番にそう言ってきた。
「その『不条理』っていうのは最近の口癖か何かか? 確かに母さんに言われて簡単に納得してはいけないことだとは思ったし、俺もきちんと見つめることをせずに置き去りにしている点がいくつもあると気付いたよ。でもそれは俺が見ていないというだけの話であって、筋は通っているんじゃないかな? もしかして真琴は不条理って言葉の意味を理解してないんじゃないか?」
 今年の春からまた一緒に学校に通うことになった真琴は、父さんと一緒にいる新しい母さんのことも見ていたし、殺人事件で父さんが殉職したことも知っている。家同士の親交はなかったにもかかわらず、葬儀にも参列してくれた。その後も事件のことは気にかかっているようだったから怪のことなどを教えることにしたのだ。ただし柊との面識はないので、その辺りは伏せておいたけれど。
 俺の物言いに真琴は「言葉の意味くらいちゃんとわかって使ってるよ!」と膨れっ面になって返してきた。
「鏡にいは怪のこととか、それに取り憑かれて人殺しをすることとか、そういうのを自然の摂理に合ってるからって納得して理解してる。でも僕はその自然の摂理とか生まれ落ちてきた社会の構成とかがそもそも気に喰わないんだ。理に適ってるだなんて思いたくない」
 その主張に俺は溜め息でもって応じる。
「それってただの我が儘じゃないか。もしくは年齢的に反抗期」
 生まれてきた世界の秩序や社会に不満を持ったところでどうしようもない。人間が自力で空を飛べないことに不満を持ち、怒り狂ったところでその現実は変わらないものだ。
 けれど真琴はその考えに疑問を呈してきた。
「鏡にいは本当にそう思うの?」
 そんな想いを抱くようになったのにはどうやら理由があるらしかった。まだきちんとまとまってはいないものの、考えを披露してくれる。
「人は生まれたままの体じゃ空を飛ぶことはできないけど、そのことに不満を持って飛行機を発明した。暑い夏を快適に暮らしたいと思ってクーラーや扇風機を作り出したんだし、その前から団扇とかがあった。そうやって自然を変えてきたんだろ? 最初は不満という想いから始まって、その後別の想いとも結び付きながら、積もり積もって出来上がったのがそういう発明品だって見方も出来る。ならさ、自然とか社会とかに不満を持っても別にいいんじゃないかな。そこにおかしなものがあると思って考え続けていたら、いつかは世界を変える力を手にすることが出来るかもしれない」
 技術が想いそのものであるというのは違うだろう。仮にすべての道具に考案者の想いが残っていたら、それを扱う人間が別の使い方を試みたら反発してしまう可能性がある。ただ発明が成される過程で、たくさんの想いが相互に作用しあって最終的な形を決めるということはあるかもしれない。そう考えれば『血と汗の結晶』という言葉は見事に的を射ている。
「青葉さんは逃げないで色々なものを見て欲しいと願ってるんでしょ? それって世の中にあるおかしなもの――鏡にいは違和感覚えるみたいだけど僕の言葉での不条理にもっと目を向けて、それによって不満に感じることを変えていって欲しいってことだったりするんじゃないかな?」
「それだと不満を抱けって言っているみたいにも聞こえるな。そういう感じではなかったよ。ただ『事情があるから仕方ないとするのはやめて欲しい』とは考えているらしくて、それは俺も直すべき点だと反省した。きちんと対象の内側を見ることを心掛けないとその本質を捉えることはできない」
 昨夜描いた母さんの絵がそのことを如実に語っていた。あのとき俺は母さんの内側をしっかりと見れていて、だから紙の上にそれを表現することができた。ただあれは偶然の産物に近いもので、いつも同じように描いていける自信はない。
 そういう意味では俺は確かに不満なところがあって、それを変えようとしている。真琴の本意とは少しずれているのかもしれないけれど。
 俺のその見解を聞いた真琴は少し考え、けれど結局唇を尖らせた。
「でもさー、それってどうやって変えていくの? その不満が向けられている相手って鏡にい自身じゃん。内省したからって簡単には変わらないのが人間ってもんでしょ」
「……お前はまだガキのくせにわかったような口を利くなあ」
 あまりにも真琴が実感のこもった感じで話をするので、つい俺は皮肉を口にしてしまった。真琴がさっき以上に不満そうな顔をする。
「まあ真琴の言うのももっともだと思うよ。自分の内側を見つめ直すにしたって、そもそもそのきっかけになるものを俺はまだ手にしていないわけだし」
「じゃあどうすんのさ」
「とりあえず父さんの事件を追っていくことにしようと思う。自分にとって大きな出来事だったのは間違いないわけだけど、それを俺は詳細を知ろうとしないまま整理してしまった気がするんだ。だからその引き出しをもう一度開けるためにも、何が起こっていたのかを見つめ直すことにしようと考えてる」
 具体的には柊に話を聞いてみようかと思っている。犯人が同級生だと知らない真琴にはそのことは伝えず、やや曖昧な言い方になってしまったけれど。
「そっか。確かにお葬式のとき不思議に思ったよ。僕だって鏡にいのお父さんが殺されたって知ってすごいショック受けてたのに、肝心の鏡にいはけろっとしてんだもん。あのときにはすでに仕方のないことと納得しちゃってたのかもね。だとしたらその頃とか事件のことを探ろうという姿勢を持つことで、何かが変わるってのもありそうじゃん」
 そうだった。葬式のとき俺は泣かなかったんだ。この年齢で泣いてしまうのは恥ずかしいとか、そういう気持ちで抑制がかかったわけではない。悲しくなかったのだ。父さんの職業柄いつ死んでもおかしくないと覚悟をしていたし、連続殺人の犯人を追うという危険な仕事をしていたことも知っていた。だからそういうこともあるし仕方のないことだと自分を納得させてしまっていた。そのせいか父さんの死を深く悲しみつつも、気丈に振る舞っている母さんの顔や、親類でもないのに参列者の対応を手伝ってくれた真琴の懸命な姿をはっきりと覚えている。代わりに俺自身の気持ちはどういうものだったのか忘れてしまっていた。
 ただあのときの気持ちそのものを掘り返してもあまり価値はないと思う。何せすでに納得して気持ちに整理を付けてしまっていたのだから。でも事件のことを調べて、それを受け止めていくうちに、別の気持ちが湧き上がってくるだろう。それを見逃さなければ俺は自分の内側を見つめられたことになる。
 と、真琴がすぐ隣で不意にこんな言葉を口にした。
「ただ鏡にいは事件だけじゃなく、もっと周囲のことも注意してみる必要があると思うけど……ね!」
 そして次の瞬間足首に衝撃。真琴に足を引っかけられたのだと気付いたときにはすでに地面に転がっていた。
 幸い軽く転倒しただけなので怪我はない。ブレザーについた砂や小石を叩き落としながら背の高さのあべこべになった真琴を見上げ、抗議の声をあげる。
「小学生のときみたいな悪戯はやめろよ。いい加減落ち着け」
 だが真琴は反省せず、下瞼に指を当てて舌を出してきた。
「いつまで経っても気付かない鏡にいに腹が立ったんだよ。ばーか!」
 そのときに少し真琴が前屈みになったせいか、俺はようやく今日になって真琴の顔をじっくりと見つめた。そしてその髪型が普段と少し違うことに気付く。
 左耳の上辺り。短髪の髪の毛がヘアピンで留められていた。
 小さなモミジがあしらわれたそのピンとセーラー服に身を包んだ真琴が、こちらに向かってあっかんべーをしている。それは何だかいつもと違う印象を俺に与えた。


   『世界を凍らす死と共に』2-1-2へ
by zattoukoneko | 2013-04-12 23:05 | 小説 | Comments(0)

『世界を凍らす死と共に』1-4-1


   四.


 柊が母さんに向けて放った言葉に、もし動揺することがなかったら息子どころか人ではないだろう。そんなことを思うくらい彼女の発言は衝撃的だった。
「殺された人間の妻や息子がいるところで自分が犯人だと告げるだなんて、正気の沙汰には思えないぞ? 冗談だったと後から訂正しても取り返しがつかないかもしれない」
 俺は少なからず動揺していた。でもこの場で動揺しているのは俺だけだった。
 柊はいつもの視線を眼鏡越しにこちらに送り、母さんは悲しみをない交ぜにしながらどう説明したらよいものかと思案する戸惑い顔を浮かべていた。
 二人の様子を見て俺はソファの背もたれに体を放り出した。ぼふんとやや大きめの音を立てながら体が受け止められる。
「……本当のことなのか」
 呟いた俺に、まだたどたどしい口調ではあったが、母さんがあの事件の日のことを説明してくれた。
「お父さんは刑事として連続殺人犯を追っていた。でも紗樹さんが説明していた通り、被害者のご遺体はすべて凍りついていて、だから怪が原因であるという可能性も考えられた。捜査本部は怪が関わっているとしても殺人を犯している人物には凶悪な殺人犯として対処すべきと考えていて、それに真っ向から反対していたのがお父さんだったの。事件が怪によって引き起こされているとしたら、犯人はむしろ助けられるべき対象なんじゃないかって……」
「ようは御薗木くんのお父さんにわたしは救ってもらったのよ。怪に取り憑かれる素因を持っていたのは確かだけれど、わたしは自分の意思に反して殺人を繰り返していた。それを止める術を持ってなかった。そして憑依されたわたしの心はどんどん冷たくなっていった。あの日も仲睦まじく夜道を歩いている男女二人組を見かけて、そこに漂う温かさを壊してやりたいという衝動に駆られた。それが御薗木くんのご両親だったのよ。殺すのはどちらでもよかったから隙だらけの青葉さんの方を狙ったわ。でも襲撃にいち早く気付いたお父さんがその身代わりになった。そして息絶えながらもわたしのすべての罪を許すと優しく抱擁してくれたの。わたしはそれに驚くと同時に、その温容な心に冷え切った心が溶かされるのを感じた。そうして怪は消えたの」
「まだ事件から日も浅いし鏡夜くんも覚えてるかと思うけど、当時は巡回している警察官がたくさんいたよね。あのときも現場近くに偶然お父さんと親しい方がいたの。一度は紗樹さんも連行されはしたものの、怪に憑かれて犯行を重ねている人はむしろ被害者なんじゃないかって考え方が出来上がりつつあった。お父さんはその信念のもとで動いて、抵抗するよりも襲ってきた紗樹さんを受け入れることにした。結果としてお父さんが考えていた通りに怪は消えたし、紗樹さん本人の罪も問うべきではないだろうと結論付けられたわ。ただ怪に関してはまだ認知が進んでいないし、一般の人には犯人は捕まって事件は無事収束を迎えたとだけ伝えられることになった。一方で被害者の家族には犯人と事件の事情が複雑であるため、その整理ができるまで相手の情報を伝えるのは待ってもらいたいと伝えられたの」
 事件の裏にそのような事情があったことに多少驚きつつも、父さんの行動を聞いて納得もした。刑事として仕事に追われながらも、実の母さんが死んでからはいつも俺のことを気にかけてくれていた。物理的に時間を取るのは難しかったために家事の担当は俺に移っていったけれど、それでもなるたけ自宅に帰るように心掛けているのはわかった。自分の仕事をしながらも周囲のことを何より気にかけるような人だったから、怪に取り憑かれた人間を救おうと考えたという話はすんなり受け入れられた。
「鏡夜くんに伝えられなかったのは相手が近しい人物だったから。怪のこととかきちんと受け止められないと、友人間でのトラブルに発展するかもしれない。だからしばらくの間は鏡夜くんや紗樹さんの様子を見守ろうという話になったの」
「確かに理解し難い内容だと感じるよ。怪のことも何となくはわかったけど、実感がまだ伴ってはいないし。ただ事情は把握したし判断も妥当なものだと思う。こうやって三人揃って話が出来たおかげで飲み込みやすくなったのかもしれない」
 母さんと話をするその俺の様子を、柊がしばし黙して窺っていた。話の流れからそちらをまず優先しようと考えたのかもしれない。
「……」
 俺がとりあえずの納得をしたところで、柊は何か声をかける素振りを見せた気がした。しかしそれは思い過ごしだったのかもしれない。彼女は母さんに向き直ると、家にやってきた理由である本題へと話を移した。
「わたしには疑問なのです。先程も青葉さんは『心の整理をする時間が欲しかった』と仰っていました。なら事件のあの日は尚更に心中穏やかではなかったということではないですか?」
「それは……」
「亡くなられたお父さんや公園はそれまでの事件と同じく凍りつきました。いえ、それ以前のものより長い期間氷に包まれていて、今でも公園の氷は融けていない。それは怪による影響だと考えられます。でもわたしから怪は消えた。そしてお父さんも自分の死を受け入れて優しい笑顔をわたしに向けてくれていました。ならあのとき冷たい心を持っていたのは誰なのか。……もしかして怪は青葉さんに乗り移ったのではないですか?」
 母さんはその追及を予期していたのかもしれない。視線を軽く俯かせた。それから自分の中を整理するように、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「まずね、紗樹さんを襲ったのは私じゃないとは伝えておこうと思う。証拠を出せと言われると困っちゃうんだけど……。年齢も鏡夜くんや紗樹さんと差がないから学校にも生徒のふりをして入れちゃうかもね。制服はないけど放課後ってことなら運動部とかは体操着だろうし」
「確かにやったことの証拠を出すより、やっていないことを明示するのは遥かに難しい。わたしもそれは理解していますし、何も襲われたからといってその相手を糾弾しようとも考えてはいないのです。怪に取り憑かれた人間だからこその考えかもしれませんが、わたしは怪が今どうなっているのかを確かめたいのです。憎むべきはそちらだと思っていますから」
「そっか。それで話を聞きに来たんだね。紗樹さんからは怪が消えたけど、私は事件の現場にずっと残ってたから」
 納得して一つ頷いた母さんは、事件直後に感じていた気持ちを吐露し始める。
「お父さんが死んだとき、私はその仕事も人柄も知っていたから覚悟はできていたの。いくら何でも早すぎるとは思ったけどね。だからお父さんが勤めを果たして死んだことには納得してた。でもお父さん自身が満足そうな顔を浮かべていたことに、どうしても心がついていかなかったの。お父さんは仕事は全うしたかもしれないけど、結果として私や鏡夜くんを残して先立つことになる。それに不満はないのかなぁって。私たちのことはどうでもいいのかなぁって。そんなことを思っちゃったんだよね。それが理由なのかもしれない。私は多分あのとき怪に取り憑かれていた」
 俄かには信じられなかった。父さんが死んだ直後は確かに意気消沈していたけれど、母さんはすぐに明るく振る舞うようになった。話に出ている怪は冷たさが凝縮して発生したものということになるのだろう。だとしたら俺に接していた母さんは偽りの姿を見せていたということなのか?
「それは違う。そんなことはないよ、鏡夜くん」
 俺の疑問に母さんはすぐに否定の言葉を発した。
「確かにお父さんが死んだとき、私はすごい悲しくなったし、あまりのことにこの世に絶望もした。もし可能であればお父さんを説得して、家族三人で幸せに暮らせるようにやり直せたらいいのになんてことも夢想した。そんなこと、実現するはずがないのにね。でも叶わないからこそ強く願ってしまった。そうしたら体がどんどん冷えて周りも凍っていったの。あのときの私の体には怪がまとわりついていたんだと思う」
 怪に取り憑かれ、自分が公園を氷漬けにしたと母さんは正直に告白する。でもその後に俺に向けた微笑みからは冷たさなど感じられなかった。
「でもね、どうしてお父さんは笑顔を浮かべながら息を引き取ったのか考え直したの。まだ若かったんだし、後悔がないなんてことはないはずだって。多分だけど自分がいなくても残った人たちに任せられると考えたんだと思う。怪のことも同僚の刑事さんがきちんと考えてくれて、紗樹さんの罪は問われないことになった。家のことは鏡夜くんがしっかりしてるし。あとは私がお母さんとして頑張ればいいのかなって、そう思い直したの」
 それで父さんが死んでから家事は自分がやると強く望んだのか。以前から料理本を読んだり俺が作業しているのを見て教わったりはしていたけれど、二ヶ月前からはほぼすべてを母さんが担当している。そうすることが父さんの遺志に沿ったものだと考えたのだ。
 同じ家に住む者からすると、もう少し分担させてくれればいいのにとは思う。まだ頼りないところがあるとは正直感じるし、家族なら手伝うのも自然だろうし。
 ただ一つわかったことがある。母さんは父さんを失った直後に怪に取り憑かれたかもしれない。でもその後に操られたりはしていなかった。自分の気持ちをきちんと取り戻し、怪を跳ね返したのだ。
 柊も同じようなことを思ったのだろう。もちろん一緒に住んでいるわけではないし、俺たちの会話から状況を想像して判断したのだろうけど。
「青葉さんの話が聞けてよかった。わたしを狙っていないことや現在怪に憑かれていないことをきちんと証明してもらったわけではないですが、以前怪に取り憑かれていた者から見ればこのような温かい家庭を築けていることが何よりの証拠のように感じます」
 それを伝えると柊はかけていた眼鏡を取って少しの間物思いに耽った。蔓の部分を手でいじりながら独り言のように言葉を口にする。
「けれど怪が襲ってきたのは変えようのない事実。わたしに取り憑いていたものと同一のものかまではわからないけれど、怪に魅了され、多くの人を殺めてしまった者としてそれが存在していることを看過することはできない」
 柊は眼鏡をかけ直すと、鞄を手に取り立ち上がった。
「あまり長居をするわけにもいきませんし、そろそろお暇させてもらうことにします。青葉さんにとってまだ心の整理の出来ていないことだったかもしれませんが、お話を聞かせてもらってありがたく思っています」
 そして母さんに向かって一礼し、玄関の方に足を向けた。夜も遅いし送り届けようかと申し出たのだがそれは断られ、代わりに敷居を跨いだ向こうからこんなことを言われた。
「御薗木くん。青葉さんがいつまでも事件や怪のことを伝えられなかったのはあなた自身のせいよ。どうせ自覚はないのでしょうけどね」
 急な内容で何を言われているのかわからない。我に返ったときには玄関の扉は閉められ、柊の姿は見えなくなっていた。


   『世界を凍らす死と共に』1-4-2へ
by zattoukoneko | 2013-04-07 07:15 | 小説 | Comments(2)


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ありがたいことです。



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山本辰則の小説とか



素敵な小説を書かれている
雪見月瑞花 様
のHP、HarvestSnow
HarvestSnow
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こちらはお世話になっている
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です。
お薦めなのでリンクを貼りました。


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