【小説】交差日記(4/5)

   ♪ 4 ♪
 キリがノートに書き込みをしなくなった理由はわからない。紛失したとか、あるいは何らかの理由で書き込みが出来なくなったのかもしれない。でもそれを調べる術が私にはない。もしくはノートそのものから言葉を伝達する力が失われてしまったのかもしれない。もし力が残っているのなら、私が二行だけ書くことは出来る。でもキリとやり取りするには十分な量とは言えない。そもそもキリが書かないんだから、こちらの文字が向こうに見えていると返してくれる者がいない。
 私は、ただひたすらに待った。仕事のことなんてどうでもよくなっていた。今のこの世界は彩りに満ちて、華やいでいる。人と距離を置いていた頃のように、灰色がかって薄暗い世界ではない。でもそのことを教えてくれたのはキリで、そして彼がいたからこそ私の世界は色を持っていたのだ。だからただひたすらに、私は彼のことを待ち続けた。
 さらに一日が過ぎた。そしてもう一日が過ぎた。ノートには、文字が書かれることはなかった。
 次第に嫌な予感が頭の中を埋め始めた。それは元からあったのかもしれないけれど、ずっと意識しないようにしていた。もしかしたら、キリの手術は失敗してしまったのではないだろうか。そして体が動かせないとか、意識不明の重体が続いているとかで、ノートに向かうことが出来ない日々が続いているのかもしれない。死んでいるという想像だけは、浮かんできただけでも恐ろしく、耐え難かった。
 私は二人の文字で埋め尽くされたノートを見返し始めた。最後の二行ではなく、他の場所に書き込んだのかもしれない。そうする理由は思い付かなかったけれど、そのくらいしか賭ける場所はなかった。ページをめくるたび、懐かしい会話が出てきた。キリとの思い出がそこには詰まっていた。でも新しい書き込みも、どこか消されたり修正されたような箇所も見つけることは出来なかった。
 ノートの不思議な力は未だ健在なのかもしれないし、なくなってしまっているのかもしれない。けれどそれを私独りでは試して確認することは出来ない。もはやノートに頼っていてはどうにもならない事態が発生しているのだ。ノートの先にあったために見ることが出来なかったキリの姿を、私は確認する必要がある。
 でもそんなことは可能なのだろうか。キリは知らないかもしれないけど、私たちは同じ町に住んでいる。長期間に渡って入院し、満足な手術を受けられるような病院となれば、近くに総合病院が一つあるだけだ。だから私の方からキリに会いに行くことだけは可能だとわかっていた。けれどそれは会いに行くだけでしかない。私たちの間には、時間の差という、絶対的な距離があった。私は冬にいて、キリは夏の終わりを過ごしている。キリはおそらく未来にいるというので間違いないだろうけど、最短の時間差で考えた場合でも、この冬にいるキリは私との交流を始めていない。だから私がキリと出会えば、彼の意識は変化し、私と一緒になって交差日記に文字を書き込んでいく人物は未来からいなくなる。そうすれば私の過去がなくなる。それはタイムパラドクスと呼ばれるものだ。ただノートの存在がそもそも不思議なものだし、もしかしたら事実の上書きなどが行なわれるのかもしれない。その場合は、すでに事実を持っている私が上書きされることになるのだろう。
 結局、私は何もすることが出来なかった。日にちはさらに進み、そろそろ一週間が経とうとしていた。
 私は今日も朝からノートをめくる。すでにキリとの会話は丸暗記するほどに読み込んだ。本当に他愛のないお喋りばかりが並んでいるけれど、その時間が私にとって本当に大事で、幸せなものだったと感じさせられる。そしてこのまま会えなくなってしまうのではないかと思ったら、目の奥が潤んできてしまって、視界が少しぼやけた。
 そうして、私はノートの最初の方に辿りついた。まだキリとの交差日記になっていない頃の書き込みだった。中学のときに私を庇って事故に遭い、それっきり会っていないユウキへの想いが綴られていた。
 このノートは最初、ユウキへとのことを記すために使っていたのだと思い出す。彼に何もしてやれなかったことに対する後悔を、少しでも整理しようと書き始めたのだった。
 そこに書かれている自分の想いを読み返して、私は思った。今に至っても私は変われないままなのか、と。私はユウキに対して何らかの想いを抱いていた。それは好意だったり、恋愛感情ではないかもしれないけど、大事な気持ちだったはずなのだ。そしてそれを伝えられなかったから十年以上も後悔していたのではなかったのか。
 キリに対してはどうなのか。私には彼に伝えたい想いがあったはずだ。なのにキリが最後に大事なことを書いてくれるらしいと安心して、自分の心の内を伝えようとするのをやめてしまった。何て馬鹿なんだろうと思う。キリがしようとすることと、私が気持ちを伝えることに、何か関係なんてあるだろうか。すでに一度、私は失敗しているではないか。ユウキに言葉が伝えられなくて、ずっと後悔し続けてきたのではなかったのか。
 十年以上も経ってしまって、ユウキとのことは何も出来ないかもしれない。でも同じようなことを私は繰り返していいのか。何があったかはわからないし、何が起こるのかもわからないけれど、でもキリはまだいるはずなのだ。そして私は彼に会えるだけの材料を持っている。何より、直接会いたいという気持ちと勇気を、キリが与えてくれていた。
 私は大事なノートを掴むと、キリが入院しているはずの病院へと向かった。


5/5へ
by zattoukoneko | 2013-11-22 19:28 | 小説 | Comments(0)


本・映像・ゲームの紹介がメイン。でも他のことも扱ってます。


by zattoukoneko

プロフィールを見る
画像一覧

プロフィールやリンク

プロフィール       
筆名:雑踏子猫          
小説家・研究者として修業中。   
ブログの主旨:             
①自分の考えをまとめること。   
②見てもらう人にも考えてほしい。
やたらと6と13という数字に付きまとわれている人間(でも6は完全数とよばれる元々は神聖な数字ですねー)


【閲覧者数】(試用運転中)
カウンター


***

応援サイト様
(というかお気に入りサイト)
へのリンク

チュアブルソフト様
(アダルトゲームメーカー、注意)    
チュアブルソフト公式WEB





SQUARE ENIX様





電撃様


電撃文庫のHPの方で
私の作品を載せてもらってます。
ありがたいことです。



第1回電撃メジャーリーグで争った
山本 辰則 様
のブログ。
山本辰則の小説とか



素敵な小説を書かれている
雪見月瑞花 様
のHP、HarvestSnow
HarvestSnow
ただこちらは
“ひっそりと”
運営していきたいそうです。



こちらはお世話になっている
美容室gally@下北沢 様
です。
お薦めなのでリンクを貼りました。


 ***

ブログパーツ ハピネム

カテゴリ

全体

ゲーム
映像
生物・医療
化学
物理
歴史
社会・経済
受験関係
雑記
告知
作品品評
小説
エッセイ
未分類

最新のコメント

また私は、感情と常識(あ..
by zattoukoneko at 06:20
反差別さん、コメントあり..
by zattoukoneko at 06:19
最後です。 それ以..
by 反差別 at 14:07
続きです。 ・「性..
by 反差別 at 14:06
続きです。 ・「実..
by 反差別 at 14:06

記事ランキング

以前の記事

2017年 06月
2016年 12月
2016年 07月
2015年 09月
2015年 05月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 01月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 01月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 06月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 10月
2008年 08月
2008年 04月
2008年 02月
2007年 11月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月

ファン

ブログジャンル

画像一覧