水の上を走りたければ、月に行けばいいじゃない!

先日の9月12日に2013年のイグノーベル賞が決まりました。
今回はその中の一つである物理学賞を取り上げるのと、イグノーベル賞そのものについての私の見方など。

まず、イグノーベル賞とは「笑わせてくれ、考えさせられる研究・成果」に与えられる賞です。
ざっくり言ってしまえば、「いい研究だけど、これにはノーベル賞あげられねーw」というものに賞を与えます(ですのでノーベル賞では故人は受賞の機会がありませんが、イグノーベル賞では受賞資格がある)。中にはイグノーベル賞自身が“笑わせ、考えさせる”になっているのでは、と感じるものもあり、1991年に水爆の父エドワード・テラーが「平和のに身を考えさせることになったため」で受賞しているのが何だか皮肉っぽいです。
先の「ノーベル賞あげられねーw」の理由は様々で、声を大にして言いたくないなってものもあれば、社会の益にはならないからというものもあります。なおノーベル賞は社会の発展に寄与する(もしくは、寄与すると予見される)研究に与えられるものです。そう考えると、一見バカバカしいイグノーベル賞受賞研究こそが、純粋無垢な科学研究の姿なのかもしれないとも思えてきます。
イグノーベル賞と科学の関係については後述するとして、せっかくなので今年の受賞研究にも触れておこうと思います。

取り上げるのは物理学賞。「月面での重力下であれば人間は水の上を走れる可能性があることを実験によって示唆ことに対して」でAlberto Minetti、Yuri Ivanenko, Germana Cappellini、 Nadia Dominici、Francesco Lacquanitiが受賞しました。
受賞理由だけだとよくわからないので、簡単に解説。
トカゲは非常に短い距離であれば、水の上を走って渡ることができます。これを真似して、急いで左右の足を出していけば人間だって水の上を走れるはず――というマンガがあったような気がします。
では本当に可能かどうかを計算してみたところ、人の体重を水の上に乗せるにはとんでもない筋力が必要だとわかったのです(余談ですが、人が空を飛ぶとしたら、羽を動かすためには胸囲が3メートルくらいないといけないんだとか。それと似てますね)。
ですので人間が水の上を走るのは不可能――だったら、重力の少ない月で走ればいいんじゃね?
――ということで、これを実験しちゃったわけです。月面上と同じ重力下で試した結果、6人中4人が、水の上を10秒間走ることができたとか。
「そんなに水の上を走りたいなら、月に行けばいいじゃない!」→「(゜Д゜)?!」となったので、イグノーベル賞というわけ。
注。実際の考察はそんな言葉遣いしてませんでした。
社会の役に立つかどうかだけなら地球上では水の上を走るのは不可能とわかっただけで十分なのに(いや、そもそもそれを調べること自体が有益がどうかも疑問ですが……)、月ならばどうなのかという徹底した調査っぷりがいいと思います。
それは近い未来に人類が月で生活するから――ではなく。要請(=最初の仮定)から重力が大きな足かせになると出ているので、そもそもその前提が正しいのかどうかを調べたものだからです。仮に地球の1/6の重力しかない月面上でも水上走行が出来ないとなれば、重力や、それに抗う筋力だけが問題ではないとわかるからです。そうなれば更なる研究・調査が必要になりますね。
……もし月の重力でも走れなかったら、トカゲの体の構造から未知の部分が見つかることに繋がったり、不思議な力が仮説として出てきたりしたのかも? それだったらノーベル賞になったかもしれないけど、それ以前にSFですね。

物理学賞についての話はこのくらいにして。
このように見てみると、イグノーベル賞は科学者の活動について多くの示唆を与えてくれるような気がします。科学研究はどのように行われるべきか、そのお手本を示すような事例に賞を与えるようにしているのではないか――とも思います(他の例も挙げますが、話がごっちゃになりそうなので後回し)。
ただし『イグノーベル賞を通じて』と『実際の科学活動の場で』研究を見るのとでは、やはり大きく異なるものです。実験室研究などと呼ばれる、研究者と一緒に生活しながら、日常の発言まで記録しながら科学活動はどのようなものか調査するというものが一昔前には流行っていたこともあります。それによると「科学とはこういうもの~」という理論と実際とでは違ったとか。ラトゥールのアクター・ネットワーク理論とかその辺りだったと思うので、誰か説明してぷりーず!(マテ
いずれにしても、イグノーベル賞の目の向いている先が科学活動の考えさせられるものであるならば、それを足掛かりにして科学の在り方に思いを馳せることも出来るのではないでしょうか。

そうしたものとして興味深い受賞例を一つ。これは今年ではなく、2011年の生物学賞です(ブログ記事にしたつもりだったのに、あれー?)。
タマムシの仲間が、ビール瓶をメスと勘違いして交尾をしようとすることがある、という発見に対して与えられたものです。
これだけだと『なんだこりゃ?』とか『タマムシってバカなんだなw』で終わってしまいそうですが、この研究が示唆しているのは姿かたち(や、その他いくつかの条件)が似ていれば、本物でなくても異性と思って興奮する可能性がある、ということ。こういう事例は割とよくあるし(水族館のイルカに抱き心地の良いパイプを上げたり)、そうした勘違いが昆虫にもある、あるいは逆に高等生物でも同じ仕組みで起こっているのかもしれない、という具合に広がりが出てくるものです。なるほど、通りで日本人は二次元に以下自重。
研究成果そのものの広がりにも興味が湧きますが、ここではイグノーベルがこれに注目したということについて。
この研究で観察されていたのは、オーストラリアの砂漠にいるタマムシだそうです。ビール瓶はそこに転がっていたもの。イメージして欲しいのですが、あなたは砂漠の中を歩き回り、タマムシを探しています。陽の照る中、視線の先に黒っぽい、目当てのタマムシらしきものがいます。けれど近寄ってみたら、ただの空き瓶。『ハズレかよー』と溜め息を吐きながらよくよく見たら、瓶よりはちょっと小柄なオスのタマムシが。しかもそいつは交尾をしようと頑張ってる最中。あなたはきっと思うことでしょう。『こいつバカだなw』と。自分も間違えていることは棚に上げつつ。――イメージですよぅ!
ともあれ。砂漠の中に落ちているゴミ。そこに乗ってたタマムシ。交尾してるからといって、普通は『たまたまだなー』とか『そういうこともあるだろうな』と片付けてしまうのではないでしょうか?
受賞したD.T. GwynneとD.C.F. Rentzはこれを見逃さなかった。何かきちんとした理由があるのではないかと調査をすることにした。これが成果となって、(イグノーベル賞ではありますが)認められることになった。
こうした能力のことを「セレンディピティ」と呼んでいます。

セレンディピティについてちょっとだけ。
日本語に訳すのが難しい語のひとつとされていて、また概念としてもちょっと捉えにくい。誤解されている単語のトップ5に入りそうな気がします。
「失敗したときに成功への道を見逃さない能力」とか「幸福(な偶然)をつかむ能力」、もっと端的に「閃き」だと思われています。外れてはないのですが、他のものと混じりそうな気がします。成功失敗にかかわらず、本来であれば見逃してしまうようなものに目を留める能力、という感じです。なのでタマムシはその事例としてわかりやすい。
セレンディピティの有無は先天的なものだと言われています(ですので自己啓発本などに書かれているのはまず役に立たない)。それに加えて多くの経験を積むことが必要だとされ、そうした中から『こういうこともあるよなーw ……本当にそうか?』となるようです。この『……』のところがセレンディピティなんだろうというのが、私の捉えているところです。

イグノーベルに話を戻して。
セレンディピティが果たして本当に先天的なものかどうか――という議論も面白そうですが、少なくとも科学活動の中でそれが働いている場面というのは実は多いと思います。ノーベル賞などをもらって、社会的にまばゆいばかりのスポットライトが当たるのはその中の一握り(なお、ノーベル賞には「生理学賞」はあっても「生物学賞」はないので、そもそもこのタマムシ研究は受賞することはないです)。
科学活動とセレンディピティに関係については、今後さらに注目されていくだろうと感じています。そのときにイグノーベル賞受賞者に焦点を当ててみるのは、結構面白いんじゃないかと感じています。

以上、二つの事例を持ってきて、「イグノーベルは科学研究を考察するのに使えるんじゃないかなー?」と言ってみました。
他にも多くの受賞者がいるし、そもそも科学だけが賞の対象ではありません。また途中でもちらっと述べましたが、ここで話しているのは現場を見ないで、他の場所で考察されていることと照らし合わせただけ。あくまで「これって面白いんじゃあ?」という感想、よくて示唆です。
日本人の受賞者も出ているからか、社会的にも注目を集めつつあるようだし、対象となる研究がいわゆる科学の本筋とはちょっとずれてますが、いい研究・調査として……イグ科学論研究ってつかないといいなー?
by zattoukoneko | 2013-09-14 00:17 | 物理 | Comments(0)


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