『世界を凍らす死と共に』4-4-2


 放課後の美術室で俺が絵を描く準備をしていると、遅れて柊がやって来た。彼女は俺が引っ張り出してきている画材を見て少し驚いた表情をしてみせたが、ある程度は予想していたのではないかとも感じた。
 俺は手元にあった絵具を一つ取ると、それを柊に示しながら告げる。
「コンクールへの出展も考えると今から油彩の勉強をしている時間はないし、今回は水彩画にしようと思う。一応小学校の頃にやっていたからある程度覚えているとは思うんだけど、実際に絵具を混ぜて色を変えるのは久しぶりだし、彩色するのもそのときのレベルで止まってる。だから指導をお願いしてもいいかな?」
 それを柊は承諾してくれたのだろう。ただ確認のためか違う言葉で尋ねてくる。
「結局鉛筆画や木炭画はやめることにしたのね」
「まあな。柊には駄作だと評価されていたし、俺も今ではそう感じてる。それに描きたい対象も出てきて、それには色があった方がいいと思ったから変えることにした」
「そう。なら御薗木くんの好きなようにすればいいと思うわ。描きたいものを我慢して他の絵に手を付けても、そうそういいものは生み出せないから」
 自分のキャンバスを引き出してきて椅子に座った柊は、眼鏡を脇に置く。しかしすぐには作業には取りかからず、俺と話をすることにしたようだった。
「それで題材は決まっているのかしら? コンクールへ出展するのなら急がないといけないわけだけれど」
「実はまだ悩んでいる途中なんだ。具象画にするか抽象画にするかも決まってない。まあコンクールはいざとなったら諦めるよ。絵を描く以外にもやらないとならないことがあるし。推薦してくれた顧問の先生や、枠を譲ってくれた他の部員には頭下げなきゃならなくなるけど、仕方ない」
 それを聞いた柊は、絵のことよりも別のことが気にかかったようだった。
「時間がないというのは立花先輩のお見舞いに行くからかしら。面会時間を考えるとここにいる時間はほとんど作れなくなるわね」
「それは大丈夫。特別に時間外でも先輩の病室に行っていいという許可を貰えたんだ。どうやら立花先輩が押し切ったみたいなんだ。手術は受けることにしたけど、代わりに俺に会えるようにしろって。以前の先輩だったら考えられない行動力だと感じるよ」
 もしかしたらまだ虚勢も含まれているのかもしれない。でも表面的なものだけだった頃とは違っていた。昨日も会いにいったのだけれど、入院している身とは思えないほど生気に満ち満ちていた。
 俺はそのことを嬉しく思いながら報告したのだけれど、柊は視線を鋭くしてこちらを睨みつけてくる。
「仮初めのものだったとはいえ、わたしたちは付き合う約束をしたほどの間柄なのよね。あまりに浮気が過ぎると、夜道で急に刺したい衝動に駆られるかもしれないわ」
「……もしかしてまだ危険なナイフを持っていたりするのか? それと目付きが怖い」
「冗談よ。ナイフももうないし、人を襲うなんてことしない。何かあれば御薗木くんが相談に乗ってくれるそうですもの。あと前にも言ったはずだけれど、目付きは眼鏡を掛けていないせいよ」
 俺は思わずこめかみを押さえてしまった。柊も大分感情を表に出してくれるようになったけれど、表情はあまり変わらないままだし、そのせいで冗談だとわかっていても冗談に聞こえないことがある。
「まあ立花先輩との面会は約束していたことなのだし、守らないといけないでしょうね。けれどいくら許可を貰ったとはいえ、あまり遅くに会いに行くのも失礼だわ。そうなるとやはりコンクールに絵を間に合わせるのは難しくなるかしら」
 そこまで話した柊は、急に内容を変えて知らせてくる。
「ところでわたしが少し遅れてここに来た理由なのだけれど、実は早乙女くんを顧問の先生のところに案内していたのよ。急にコンクールに自分も作品を出したいなんて言い出して、けれど顧問が誰か知らないから教えてくれなんて、呆れるにも程があるわよね」
「ちょっと待った。隼人がコンクールに出展するのか?」
「その交渉をしているところよ。いくつかデッサンを見せたら顧問の先生もその力量は認めていたようだし、御薗木くんがリタイアするということになれば早乙女くんが選ばれることになりそうね。他の部員も描きあげられたものを見たら渋々でも納得するでしょう。だから穴が開くことは気にしなくていいんじゃないかしら?」
「むしろそれを聞いたら隼人に負けたくないという気分になるよ。この前は完敗したけど、今の俺はあのときと違うわけだし」
「あらそう。なら精々頑張ることね」
 それだけ告げると柊は自分の絵に向き直った。どうやら彼女なりの応援だったらしいとそこで気付く。ずっと面倒を見てきたわけだし、今回の件でも深く関わった。その分柊は隼人よりも俺に期待しているのかもしれない。
 なら俺も出来得るだけのものを絵で表現しないとならない。柊には題材は決まっていないと言ったけれど、本当は描き方が決まっていないだけで、何を主題にするかは決まっていた。
 それは今回の一件で見た想いの渦だ。みんなの想いが絡み合い、それぞれ向いている方向は異なっていながらも、最終的に一つの現象を生み出していく様を表現したい。それは彩りに溢れていたから、だから木炭画や鉛筆画ではなく水彩画にすることにしたのだ。油彩画のように重ねることで想いの蓄積を表現することは出来ないが、代わりにお互いに融け合って新しい色を生み出す様子を表現するには水彩画の方が適している気もしていた。
 問題は構図だ。しばらくの間白いキャンバスを眺めながら今回のことを振り返る。そうしながら、結局俺は俺としてこの件に関わっていたのだよなと結論付ける。なら少なくとも中央に描かれる対象は決まった。
 まだ気が早いけれど色を塗ることにすでに胸が躍っている。その高揚を楽しみながら俺は下書きを始めた。

   了

by zattoukoneko | 2013-05-07 05:50 | 小説 | Comments(0)


本・映像・ゲームの紹介がメイン。でも他のことも扱ってます。


by zattoukoneko

プロフィールを見る
画像一覧

プロフィールやリンク

プロフィール       
筆名:雑踏子猫          
小説家・研究者として修業中。   
ブログの主旨:             
①自分の考えをまとめること。   
②見てもらう人にも考えてほしい。
やたらと6と13という数字に付きまとわれている人間(でも6は完全数とよばれる元々は神聖な数字ですねー)


【閲覧者数】(試用運転中)
カウンター


***

応援サイト様
(というかお気に入りサイト)
へのリンク

チュアブルソフト様
(アダルトゲームメーカー、注意)    
チュアブルソフト公式WEB





SQUARE ENIX様





電撃様


電撃文庫のHPの方で
私の作品を載せてもらってます。
ありがたいことです。



第1回電撃メジャーリーグで争った
山本 辰則 様
のブログ。
山本辰則の小説とか



素敵な小説を書かれている
雪見月瑞花 様
のHP、HarvestSnow
HarvestSnow
ただこちらは
“ひっそりと”
運営していきたいそうです。



こちらはお世話になっている
美容室gally@下北沢 様
です。
お薦めなのでリンクを貼りました。


 ***

ブログパーツ ハピネム

カテゴリ

全体

ゲーム
映像
生物・医療
化学
物理
歴史
社会・経済
受験関係
雑記
告知
作品品評
小説
エッセイ
未分類

最新のコメント

明日香さん、貴重なご意見..
by zattoukoneko at 21:35
本当に いつまで働かない..
by 明日香 at 19:39
せっかくついでに、もう少..
by zattoukoneko at 12:53
島根大学よりご連絡があり..
by zattoukoneko at 19:17
さて、もりながさん、最後..
by zattoukoneko at 02:17

記事ランキング

以前の記事

2017年 06月
2016年 12月
2016年 07月
2015年 09月
2015年 05月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 01月
2013年 11月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 01月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 06月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 10月
2008年 08月
2008年 04月
2008年 02月
2007年 11月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月

ファン

ブログジャンル

画像一覧


こっそり『アステリズム』の【遊べるバナー】を設置。
※対応ブラウザはChrome18以上、Firefox6以上、IE9以上です。
※混雑時や、未対応のブラウザからアクセスがあった際には、通常の画像バナーとしてふるまいます。
※回線速度が十分でないと正常にプレイできない場合があります。
※音楽が流れます。
※『アステリズム』については右上のバナー欄や紹介記事を参照。