『世界を凍らす死と共に』4-3-2


 小さく体を屈めていた真琴は、ちらりと母さんを見てから、俺に尋ねる。
「青葉さんも一緒なの?」
「ああ、前の母さんが死んだときには家族じゃなかったけど、今は家族だからな。一緒に振り返ろうと思ってる」
「……」
 真琴は俺の言葉にしばらく黙した。セーラー服を着ていても、まだまだ小柄で膝を抱えている様はいじけている子供のように映った。
「もう直接言ったことだけど、僕にとって青葉さんは鏡にいの本当のお母さんだとは思えない。戸籍上は認められてることは理解してるし、鏡にいとも僕とも年齢が近いからそう感じるっていうのでもない。僕にとって鏡にいのお母さんというのは、ここで一人のバカな子供を助けようと必死になって、冷たくなってしまったあの人のことなんだ」
 結局のところ、こいつも死んだ母さんを置き去りにしたままだってことなんだろう。夢ではあまり見なくなったと述べていたが、傷は深く残ったままになっている。
「青葉さんは、怪によって冷たくなりそうになっているところから鏡にいを救った。そして色まで取り戻すきっかけをつくった。でもそれは前のお母さんと行動がたまたま一致したから。鏡にいも本当は、お母さんはここで死んだ人の方だと思ってるんじゃないの? もしそうでないとしたら、僕は鏡にいに考えを改めてもらいたい。お母さんがここで冷たくなったんだってことを、忘れないでもらいたい」
 その言葉でふと父さんの死んだ公園が氷に包まれたままなのは、真琴の想いも作用しているからなのではないかと思った。ようやく現出した母さんの想いを維持したいと願い、そのために夏の暑さを経験しても公園の氷はそのまま残ることとなった。
「鏡にいの推測は半分正解で半分間違いって気がする。お母さんのことを鏡にいが振り返らないようにしてるから、あのときのことを見せたいって気持ちは確かにあった。一方で青葉さんを冷たくしてやりたいとも思ってた。青葉さんが早く立派なお母さんになりたいと頑張ってるのには薄々気付いてた。でも名前の通りに青葉のままでいればいいんだ。鏡にいの死んだお母さんそのものになんてなれるはずがないんだから。それに万が一母親になれたら、鏡にいがあの事件のことを思い出すのをより一層邪魔することになりかねない。だから青葉という若い状態のまま凍ってしまえばいいと思った」
「それで父さんの死んだ場所を凍らせて、そこから前に進めないようにしようと考えたってわけか」
「意図的にではないけどね。怪の力が使えるといったところで、その想いまで自由には出来ないしさ。でも想いが作用して現象を生むのだとしたら、僕の冷たい心も届いたんじゃないかな」
 真琴の言い分ももっともな気がする。仮に母さんが昔の母さんと同じ性格になったら俺は二人を混同してしまうかもしれない。
 けれど実際にはそうはならなかったし、今後もそうはならないだろう。そのことが母さん自身の口から伝えられる。
「あのね、私は母親として青葉どころか、若葉にすらなっていないって自覚してる。今でも失敗の連続で、鏡夜くんに助けてもらってばかりだし。それに子供をお腹を痛めて生んだこともないから、その点でも母親としての経験は足りてないよね。ただそういう違いがあるからこそ、私は私なりの鏡夜くんのお母さんが出来るんじゃないかなとも考えてる。ただそのためにも前のお母さんとは一度向き合っておく必要があるとは感じてるけどね」
 そして道に屈んだままの姿勢で、両方の頬を手で挟んだ。上目遣いに俺に訊いてくる。
「鏡夜くんから見てどうなんだろ? 私はお母さんやれてるかな?」
 俺はその問いかけに頷いて応えた。少し前なら父さんと結婚した相手だからというそれだけの理由で母親だと回答していたかもしれない。でも今はもっと色々なことが見えるようになっている。
「ドジなのは確かだし、まだまだ若いなって感じるのも正直なところ。ただ母親としての強い意志を感じることはあって、特に怪から救ってもらったときがそうだった。だから息子としては頼りになる母親だと思ってる。一方でまだまだ手間がかかる相手だなと内心苦笑もしてる」
「むー、それって褒められてるんだか貶されてるんだか微妙じゃない? 及第点はもらえたけどテストの返却時に小言も追加されているっていうか」
「俺は母さんの先生やってるつもりはないんだけどね。でも近いかもしれない。そうやってお互いに助け合うのが俺と母さんの関係なのかなって思う」
 笑ってそう返答しながら、でもそれは真剣に出した答えだったし、その関係は楽しい気もする。
 昔はどうだったろうか。死んだ母さんとはどんな関係だったろう。
「前の母さんは過保護すぎたかな。そういうつもりはないんだろうけど、一人で何でもやろうと突っ走っているからそんな印象になる気がする。でも体力はなかったから見ている側はずっと不安で、何かしら力になりたいとも思ってた。ただ子供だからどうしたらいいのかわからなくて、それがとてももどかしかった。あの頃は一方的に愛情を注がれるばかりだった気がする。……仮に今も生きていたらどうなってたかな? 助ける場面も出てくるかもしれないけど、おそらく俺はまだ守られる存在でいたと思う。そのくらい誰かの世話をするのが好きだったし」
 俺はもう一度用水路が下に埋まっている、舗装された道路に視線を落とす。
「死んだ母さんと今の母さんとでは、生活は全然異なったものになっていたと思う。だから真琴が危惧してるような混同はしない。ただ思い残しがあることには気付いた。俺は幼い頃から母さんに手を貸したかったし、この下に落ちて死んだと聞いたときには助けることが出来なかった自分の無力さを悔いた。もしここにまだ母さんが沈んでいるなら俺は何とかして引き揚げてやりたい。事故のあったときとはもう違う。その後目を背けた俺とも違う。だから真琴、教えてくれないか。母さんの想いは今でもここで冷たくなったままなのか?」
 真琴は逡巡する様子を見せた。答えるべきか否かを迷っているというよりは、自分の気持ちにまだ整理が付いていないというそんな感じだった。
 ようやく小声で俺の問いかけに答えてきたとき、真琴はどこか苦しげだった。
「鏡にいのお母さんはここにはいないよ。流された先で体も見つかったし、家にも帰されたって聞いてるし。でも冷たい想いはずっとここにある。それはお母さんのものじゃなくて、僕が作り上げたもの。僕はその想いを抱えながら水の中から上の世界を見上げてるんだ」
 それを聞いた俺は、真琴に向けて手を差し出した。
「じゃあ一緒に帰ろう。一人でいたら寒いだろう?」
「……え?」
 俺の言動に真琴は驚いて顔を上げた。予想なんてしていなかったんだろう。続けて発せられた真琴の言葉から、その理由がわかる。
「僕は怪の想いを抱えてるんだよ? 怪そのものだって言ってもいい。ここの用水路に落ちて、鏡にいのお母さんと冷たくなっていったあの記憶は忘れることは出来ない。怪を引き離して僕だけを連れ帰るなんて不可能だよ」
 真琴は自分の気持ちを正直に伝えてこないらしい。捨てられて当然だと思っているからそんな表向きの言葉になるのだ。裏には不安と悲しみを隠している。
「確かに怪の想いは引き受けるには辛いものなのかもしれない。想いはどんどん積み重なるし、それに耐え切れなくなれば心が冷たくなってしまう。まさに俺がそうだった。でも想いを交わさなければ、ずっと変わらないままだったとも感じる。それは柊も立花先輩もおそらくそうだったはずなんだ。怪も一つの想いとしてみんなと関わり合いながら、相手を助けてあげようとしていたんだと思う。それが真琴の想いだというのなら胸を張っていい」
「……でも結局僕はみんなを傷付けた。それに世の中不条理だらけだって考えも捨ててない。それを変えたいという気持ちはなくなっていないから、その役に立つかもしれない怪の力も手放すことはできない」
「傷付けてしまった相手には謝ればいいさ。俺も一緒に行ってやるよ。真琴は人見知りが激しいし、柊とか怖いからいざというとき止める人間がいないとな。それと怪の力を持ち続けるというのならそれでいいさ。ただし今回みたいに一人で思い込まないことを約束して欲しい。俺も変わったし、いくらでも相談に乗るから。それで構わないなら俺は真琴を受け入れるよ」
 そしてもう一度手を差し伸べると、ようやく真琴は俺の手を取った。
「僕にはそんなうまく立ち振る舞えるか自信がないよ。でも……ここに一人でいるよりも鏡にいの傍にいたい」
「そうだな。俺も登校するときに真琴の声が聞こえないと寂しい気がする」
 俺は真琴の手を引いて立ち上がらせた。そのときふと光ったものに目が行った。
「そういえばヘアピン付けるようになったんだっけな。色が見えるようになったからよくわかる。綺麗な赤い色をしたモミジだ。やっぱり真琴も女の子なんだな」
 途端、真琴が俺の胸に飛び込んできた。
「あほか、鏡にいは。それが一番言って欲しいことだったんじゃないかよ」
 青色のセーラー服に身を包んだ女の子が俺にしがみ付いて顔を胸に埋める。なかなか素直になれないその頭をそっと撫でてやる。
 晩夏の夜はまだ蒸し暑い。だから宙に浮かぶきらきらと輝く氷の粒子はとても綺麗で、気持ちが良かった。


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by zattoukoneko | 2013-05-07 05:48 | 小説 | Comments(0)


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