『世界を凍らす死と共に』4-2-2


 柊との待ち合わせ場所に着くと、彼女は外していた眼鏡を耳に掛け、不機嫌そうに苦情を申し立てた。
「日が暮れてからこんな人気のない場所に呼び出すなんてどんな了見かしら? 一応男女交際をするという約束をしているのだし、むしろ安全に家に送り届けるとかそういうことをして欲しいのだけれど。それとも何かしら。付き合っているといっても仮初めのものだし、ならここで既成事実でもつくってしまおうと、そういうことなのかしら?」
「場所は確かにあまり良くないとは思うよ。だから家で待っていてもらった柊に連絡してから急いで病院を後にしたんだけど、結局待たせてしまったみたいだし。でも後半の冗談はやめて欲しいな。どう反応したらいいのか戸惑う」
「確かにそうね。今の御薗木くんは色恋にも目を向けられるようになったのだから、挑発する意味もないし、本当に襲われかねないものね」
 それこそ冗談だろうと俺は主張したい。確かに周りの女性を気にかけるようにはなったけれど、だからといって急に見境なく手を出したりなんかしない。
 けれど柊はそこまで相手にするつもりはないらしく、俺を確認し終えると眼鏡を外そうとした。慌ててそれを止めると、彼女は不機嫌そうに眉をひそめる。
「どうせ彼に会いに行くんでしょう? わたしは興味ないものをあまり視界に入れたくないのよね」
 俺たちは昼間に隼人のいた神社近くに来ていた。周囲にはとっくに夜の帳が下りているけれど、まだ隼人は境内にいるだろうという予感があった。
「柊が隼人のことを嫌いなのはわかってる。でもだからこそきちんとこれから俺と隼人のやり取りを見ていて欲しい。本当は気付いているのだろうけど、まだ柊は目を背けている部分がある。今当たり前のように眼鏡を外そうとしたことが、そのことを如実に語っているよ」
 そう言われ、柊は渋々といった感じで眼鏡を掛け直した。彼女も変わりつつあると思う。でもすべての発端は家族環境だったにしても、問題の本質はもっと入り組んでいるのだということまではきちんと把握できていない。ついそちらにばかり目が向いてしまうほど、あの家での出来事が凄惨だったということでもあるのだろうけど。
 境内に続く丘を登り切ると、はたして隼人はそこにいた。雨が降っていたからか、神社の軒先に移動していて、今は星が瞬く空を見上げている。俺たちの足音に気付いてこちらに視線を向けた彼は、特に驚いた様子もなく軽く手を上げて挨拶してきた。
「何だか鏡夜も紗樹ちゃんも変わったね。ほんの数時間前とは大違いだ」
「そうだな。隼人はこの丘の上から町の様子を眺めていて、そこにある想いの動きを感じ取っているようだから何があったのか知っていそうだけど」
「そこまで細かくはわからないって話したじゃないか。怪がまた出てきたことや、それが瑠美ちゃんによるものだってことくらいは把握してるけどねぇ」
 そこまでわかっているなら十分過ぎると思う。それどころか立花先輩の身体が悪かったことや、怪に取り憑かれた先輩を俺と柊で迎えに行ったことまで細かく知っているんじゃないかとすら感じる。でも隼人はこの境内でずっとその様子を見ていただけだ。
「そのことについても話したはずだよ。ボクは他人と想いを交わらせることは極力避けたい。想いは複雑に絡み合うから、それに長い間関わっていてもいいと思える人間だけがそこに参加すればいい。飽きっぽい性格のボクには向いていないんだよね」
「今ならその言葉がよく理解出来るよ。この丘の上もまさに隼人に打ってつけだ。町の様子がよく見えながら、現場には声すら届けられないくらいに距離が離れている」
 話しながら俺は隼人のすぐ前まで移動する。それから告げた。
「町にいたみんなの様子も把握しておいて、まさか自分自身のことはさっぱりということはないだろう? わかっているなら準備をしてもらおうか」
 俺の台詞を聞いて、隼人はにっこりと微笑んだ。それが彼なりの準備なのだろう。そう考えて俺はその頬を全力で殴りつけた。
 隼人の体が建物に当たって盛大な音を立てる。予期していなかったのか背後で柊がはっと息を飲んだ。でも今は隼人に告げることがある。だから倒れたまま起き上がろうともしない彼に向って、批難の声を浴びせる。
「お前は結局逃げたいだけなんだろう? 他人と関わった結果、そこで何かが起こるのが怖いんだ。それを引き起こしたのが自分だと認めたくないから最初から関わらないんだ。なら最初から目を向けるなよ。教科書も開かずに捨ててしまえよ。こんなところで町の様子を見ているくらいなら、自分の部屋で布団にくるまって引き籠もってろ」
 それだけのことを言われても、隼人が意に介した様子はなかった。へらへらとした口調で言い返してくる。
「鏡夜の言い分は至極もっともだと思うけど、でもバードウォッチングみたいなものだと考えて欲しいな。ボクはそこにいる野鳥に手を出したりなんかしないよ。ただその姿を眺めさせてもらっているだけさ」
「隼人らしくない言い訳だな。想いは相互に作用するというのは、俺よりお前の方がずっと理解していると思っていたんだけれど。お前は眺めているだけのつもりでも、その鳥は近くに見ている人がいるのを敏感に感じて意識する。実際それで隼人はこれまでに一度大きな過ちを犯しているじゃないか。そのときは眺めているだけじゃなく、手まで伸ばしたらしいけどな」
「……そんなことあったかな」
 本当にわからないのか、意図的に分からないふりをしているのか。おそらく後者なのだろうけど、俺には断言することまではできなかった。ただその内容を後ろにいる人物にも聞かせるため、きちんと言葉にする。
「隼人は柊が苦しんでいるのを知って声をかけた。その頃の柊はまだ周囲に助けが求められないか探していたんだ。たとえ声を大きく出すことは出来なくとも。そんな人間が話を聞いてくれそうな人物を見つけたら、寄っていこうとするのは当り前だろう? なのにお前は関わるのが嫌だからと、簡単に見捨てたんだ。そのせいで柊は自分の想いをより冷たい殻の奥深くに閉じ込めた。誰かに頼っても裏切られるかもしれないからと他人を避け、そして結局怪という人外のものに縋りつくことになった」
 柊が冷たい殻に閉じこもっていた理由の一つが隼人なのだ。怪に取り憑かれ、それを父さんに祓ってもらってもなお彼女はその殻を持ち続けた。他人を拒絶してしまうのが癖になっていたから、怪に取り憑かれた立花先輩にもすぐに敵意を向けた。
 俺は柊に向き直って告げる。
「でもそういうのはそろそろやめにしよう。隼人は助けてくれなかったかもしれないけど、それを周りのすべての人に当てはめて憎むのはやめにしよう。誰か一人くらいは相談に乗ってくれるさ」
 柊はちょっとの間だけ考え込んだ。そして訊いてくる。
「今のところそうしてくれる相手で思い付くのは御薗木くんしかいないのだけれど、わたしはあなたを頼ってもいいということかしら?」
「他にもいると思うけどな。俺の母さんとか立花先輩とか。でも一番話がしやすいのが俺だというのなら、いくらでもそれに耳を傾けるよ。力になれるかどうかまではわからないけど」
「そこは自信を持って任せろと言うべきところだと思うわよ? 甲斐性が感じられないから」
 皮肉を込めて柊は笑みを浮かべる。その表情は数日前よりずっと柔らかいものになったと感じた。
 俺たちがそんなやり取りをしている中、隼人が醒めた口調で告げる。
「ボクは殴られた程度で態度が改まるような人間じゃないよ。その程度で気持ちが揺さぶられるくらいだったらとっくに変われてるはずだしね」
「そうだな、隼人は変わらないかもしれない。でも今回は柊の気持ちの整理だから。それに俺が先に殴っておかないと、柊がいつかナイフで刺しに来るかもしれないと危惧しただけさ」
「あら御薗木くん、随分な言い様ね? ナイフは今も持っているから刺す相手をあなたに切り替えてもいいのだけれど?」
 なるほど。確かにウエディングドレスを着ていたときはあのナイフは俺の家に置いていったのだろうけど、今は元の服に戻っているし、回収してもらわないのも困る。刺されても大変だしいつか奪うことにしよう。もちろん彼女が冗談でそんな台詞を口にしているのはわかっていたけれど。
 ともかく用件は済んだ。俺と柊は境内を後にしようと階段へと足を向けた。
 ただ段差に足を下ろす直前になってふと思うことがあった。だからそのこと告げる。
「隼人が家に閉じこもらないでここにいたように、美術部の籍も残ったままになってる。まずは自分がどうしたいのかを決めないことには何も言えないけれど、そのことだけは伝えておくよ」
 そして今度こそ階段を下り始めた。半ばほどまで来たところで微かに隼人の声が耳に届く。
「まだボクの想い程度じゃ雨を降らすほどの現象は引き起こせないな……」


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by zattoukoneko | 2013-05-07 05:45 | 小説 | Comments(0)


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