『世界を凍らす死と共に』3-4-2


 あの日母さんに用水路で助けてもらって、それからどんな想いで真琴は過ごしてきたのだろう。死んだ母さんをその心の中にずっと抱き続けてきて、相当苦しかったはずなのに。でも真琴はそれを表に出さずに怪になるまで冷やしてしまった。
「鏡にいがさっき言ってた通りだよ。ずっとお母さんのこと思い出そうとしないんだもん。だから代わりに僕が大事に持っていたんだ」
 真琴は公園の入口に立ったまま、それ以上は一歩も近付いてこようとはしない。その表情がよく見えないこの距離が、今の俺たちの間にある隔たりなのだと感じさせられた。
「ずっと僕は自分のせいで死ぬことになってしまったお母さんのことを、その家族の人に謝ろうと思ってた。相手の家族の名前は知ってて、でも用水路に落ちたのは幼稚園の頃だったから、どうやって会いに行けばいいのかよくわからなかった。小学校に上がったら通学班の中に色が見えない先輩がいたんだ。名前を聞いてすぐにその人が死んでしまったお母さんの子供だと気付いたよ。ずっとずっと謝ろうと思ってたから、すぐにでもごめんなさいって言いたかった。けどその人はとても元気だったんだ。僕は事件のときから悩み続けていたのに……」
 真琴は結局謝ることが出来ずに、塞ぎ込んでしまった。そんな真琴に気付いて声をかけたのが問題の相手である俺だった。
「最初は誰のせいで悩んでるんだよって思ったさ。でも鏡にいと話しているうちに、気付いたんだ。鏡にいはお母さんのことを思い出さないようにしてる。辛くないわけじゃなかったんだ。むしろ考えるとダメになるから、整理し終わったことにしてたんでしょ? だったら僕に出来るのは、余計なことを口にしないで一人で抱え込むことくらいしかない」
「それで真琴は想いを蓄積させていったのか。怪になるほどに」
「鏡にいは怪の想いに触れたことで、お母さんが冷たい気持ちで死んだわけじゃないって答えを出したよね。それは当たってるのかもしれない。僕は助けてもらっただけでその想いにまで触れたわけじゃないから。冷たいものを溜め込んでいったのは僕自身の心だってこともわかってる。でも……仕方ないじゃないか」
 真琴が肩を小さく縮こまらせた。
「あの水の中でお母さんは冷たくなっていったんだ。死にゆくその腕に、僕は抱えられていたんだよ。その感覚を忘れることなんて出来る?」
 俺は怪から真琴の経験を垣間見た。しかし真琴自身になれたわけではないから、そのときに感じていたことを知ることが出来たわけではない。想いに触れながらも間接的な経験で留まっていたのだ。
 それに見たのは母さんが死んだ事件のところだけ。その後真琴がそれをどう捉え、思い起こし、累積させていったのかを知らない。
「僕は何度も何度も夢に見た。凍えるような水の中で鏡にいのお母さんがしがみついてくるんだ。そしてどう足掻いてもお母さんの体は冷たくなっていく。次第に夢の中でも、そして夢から覚めても、一つのことを思うようになった。どうして助けることが出来ないんだろうって」
 昔の出来事なんだから助けられなくて当たり前だ。たとえ夢の中だとしても、起きてしまったことがトラウマとして心の傷になっていたら、それを変えることは容易なことではない。
 真琴はそのことを理解しつつも、どうしても納得できなかったらしい。
「世の中不条理だと思った。鏡にいのお母さんは僕を助けようとした。僕は夢の中でだけれど、そのお母さんと一緒に助かろうとした。でもお母さんは身体が丈夫じゃなかったし、僕は子供で大人を流れる水の中から持ち上げるだけの力がなかった。だからこんな世界修正してやろうと考え始めたんだよ」
「もしかして真琴は世界に対して冷たい想いを向けるようになったのか?」
「そう。怪の力が冷たいのはお母さんが死んだときの記憶が一緒に積み重なったからだけど、それを積み重ねたのは世界の不条理を憎む僕自身の心」
 それを証明するかのように真琴の体から冷気が噴き出した。距離があるのに、放出されたそれは俺の体から急速に体温を奪う。降っていた雨は霰へと変わり、頭や肩に衝撃を与える。そんな中でようやく真琴は傘を下ろした。
「空から降る水を固めるくらいの力を手にすることは出来たよ。降ってくるのを止めるのは無理だけどね」
 嫌いだと言っていた雨を真琴は別のものに変えてみせた。落ちてくる氷の粒はぱらぱらとその体の上に積もっていく。
 人にそんなことができるはずがない。明らかに異なものの力だった。
「怪は真琴のところに戻っていったってことか……」
 そんな俺の呟きに真琴は首を横に振った。
「怪の本体はずっと僕のところにいる。あるいは僕自身が怪だって表現した方がいいのかもしれないな。柊さんや立花さんには想いと力の一部を分け与えただけだよ」
 想いを分け与えるというのは言葉の通りではないだろうと思う。人は他人に自分の気持ちをそんな簡単には伝えることが出来ないのだから。ただ真琴が怪そのものだというのなら納得がいく。活気に溢れた部活動に参加した後は自然と元気になっているものだし、逆に陰気な雰囲気が漂う病室にしばらく入れられれば気持ちも落ち込んでしまう。何らかの想いが集まっているところに参入することで、人は意外と簡単にそれに影響されて想いを自分の心に分けてもらえる。真琴自身が冷たい想いの集合体だというのなら、似たようなメカニズムで他人に怪を移すことが可能なのかもしれない。
「鏡にいの考えで大体合ってるんじゃないかな? 周りを見ずに元気だけ振り撒いているような人はその場の雰囲気を感じ取れないし、持って帰ることも出来ないしさ。僕の持ってる怪も同じだよ。相手の心の中に冷たい部分があって、それに共感できる素地がないと受け渡すことは無理だね」
 そこまで語ってから、真琴は話を少し前に戻す。どうしてそういうことをやるようになったのかについて。
「僕は怪を手に入れたけど世界は広い。残念だけど一人じゃこの世にある不条理をすべてなくすことは無理だった。途方に暮れかけてたんだけど、周囲を見渡したら同じように苦しい境遇に必死に耐えようとしている人が何人もいることに気付いた。やっぱり世界は不条理に満ちてたんだよ。だったら僕がそれを変える力を分けてあげようと思った。そして同じようにして、分けた先の人が別の人に怪を移していけばいつか世界は変わるはずさ。ただ怪の想いは引き受けるには辛いものだから、なかなか相手が見つからないっていうのが難点だったけど」
 確かに柊や立花先輩のように、峻烈な環境に長く置かれていた人はそうそういないだろう。そして想いを閉じ込めて冷やしてしまうのも稀有な例だと思う。俺もいわば色のある世界を凍らせていた冷たい想いの持ち主なわけだけれど、周囲から目を逸らしていたから受け入れる態勢にはなっていなかった。目を向けるようになったから立花先輩は怪を移すことが出来たということなのだろう。
 真琴が冷たく沈めた声で告げる。
「ようやく怪を他の人に渡せたのに失敗しちゃったよ。でも怪はまだ僕の中にいるし、諦めるつもりなんかない。この力を使って世界から不条理をなくしてみせる。そのせいで苦しむ人を救ってみせる」


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by zattoukoneko | 2013-05-01 06:14 | 小説 | Comments(0)


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