『世界を凍らす死と共に』3-2-2


 自宅に着いてインターフォンを鳴らすと、すぐに家の中を慌ただしく駆ける足音が聞こえてくる。ドアを開けた母さんは、一枚のバスタオルを用意してくれていた。
「鏡夜くん大丈夫だった? 急な雨で濡れちゃったでしょう」
 そして俺にタオルを渡した直後、他にもう二人いることに気付いて踵を返す。
「紗樹さんと真琴ちゃんの分も用意しないとだね。廊下濡らして構わないからリビングにどうぞ。替えの服も必要そうだし、お風呂も沸かした方が良さそう」
 ばたばたと廊下の奥に姿を消す母さんを見送りながら、俺は柊と真琴を家の中に招き、手に持たされたタオルを柊に渡そうとした。
 すると柊は呆れたようにその行為を批難する。
「もう少し気が遣えるようにならないとダメね。タオルはわたしじゃなくて、許斐さんに渡しなさい。セーラー服は濡れると簡単に透けるんだから」
 言われて真琴がずっと胸の前で鞄を抱えていることに気付く。確かにそういうことに俺は疎いようだ。改めてタオルを真琴の方に差し出す。
 俺たちがリビングに入るのとほぼ同時に、母さんがさらにバスタオルを持ってやってきた。お風呂のお湯も急いで沸かしたとのことなので、まずは真琴を送り出す。
「真琴ちゃんに合う服はさすがにないから、制服を急いで乾かしちゃった方がいいのかな。本人が嫌でなければ、鏡夜くんの昔の服を引っ張り出してくるというのもアリかもしれないけど。沙樹さんは私の服で構わない? 年齢も近いし体格もそんなに変わらないと思うんだけど」
 柊に尋ねる母さんに、割って入ってお願いをする。
「そのことなんだけど、替えの服というか、柊には母さんの持っている別の服を貸してあげて欲しいんだ。大事な物だというのはわかってるし、その格好でまたこの雨の中に出ていくのも気が引けるんだけど」
「何かあったの?」
 訝しげに訊いてくる母さんに、俺は立花先輩が怪に取り憑かれてしまっていたことを手短に話す。そして助けるためには、母さんの私物が役立つだろうと考えていた。
 借りたい衣装について告げると、むしろぎょっとしたのは柊だった。
「本気でそれをわたしに着せようとしているの? 御薗木くん、正気?」
 彼女がそんなに戸惑うのも珍しい。一応母さんから服を借りて改めて立花先輩のところに向かうとは伝えてあったけれど、その服が何かまでは教えてなかった。でもそのくらいの印象があった方がいいと思うし、なければ立花先輩は助けられないのではないかとも感じる。
「先輩は自分の殻に閉じ篭ろうとしている。しかも怪に乗り移られたことで、その殻は厚くなっている。それを破らないと先輩は助けられないわけだけど、でもそれをやるのは俺たちじゃない。先輩自身が自らの手でやらないと、いつか同じことを繰り返してしまうと思うんだ。俺たちがやるのは殻の隙間から、中にいる本当の先輩に印象的な姿を見せること。そしてそうすることで先輩が凍らせようとしている気持ちを、殻のずっと奥の方から引き出さないといけないんだ」
 俺と柊のやり取りを横で聞いていた母さんは、人差し指を唇に当てながらぽつりと言った。
「なら鏡夜くんもきちんとした格好をしなきゃだよね。お父さんの服も取っておいてあるし、それが使えると思う。さすがにクリーニングに出すのは無理だけどね。それにお風呂にゆっくり入って体を温めて、そして雨でぐしゃぐしゃになった髪もきちんと整えないと」
「え、それは。確かに父さんの服は借りた方がいいと思うけど、立花先輩を探す時間もあるし、俺は風呂はいいよ」
 先輩は冷たいところに行くと言っていたが、俺にはそれが何処かわからない。急いで探さないとならないわけだし、この雨の中また走り回るのなら、今ゆっくり湯船に浸かって体を温めても意味はないと思う。
 けれどその考えに母さんは怒って反論する。
「冷たいところに行くのなら、尚更体を温めないとダメです。それに母としては自分の息子が体を壊さないか心配するのは当然のことでしょう?」
 俺としては自分の体より先輩の方が気になるし、だから時間も惜しいのだけれど、でも母さんは頑なな態度を変えてくれそうにない。
「御薗木くん諦めて従いなさい。青葉さんの仰ることはもっともだわ。それにわたしが用意するのにも時間がかかるだろうし、その間にお風呂で体を温めればいいだけのことよ」
 渋っていた俺を柊はそう諭すと、今度は母さんに向き直った。
「青葉さんは以前にお邪魔させてもらったときと、また印象が変わりましたね。前は仲の良い家族でしたけど、今はしっかりと母子をやっている」
 母さんは柊の言葉に微笑みを浮かべて返す。
「色々考えさせられたから。まだまだ鏡夜くんのお母さんをきちんと出来ているか疑わしいところはあると思うけど、それもどんどん変えていくつもり。おままごとはそろそろ終わりにしなきゃ」
 その言葉を聞いて柊は少しの間何事か考えていた。それから母さんに問いかける。
「この前青葉さんに怪に取り憑かれたかどうかをお尋ねしました。体や心が冷たくなる感覚はあったようですし、怪に触れたのは間違いないと思います。でもその想いは見ましたか? あれが生まれてからずっと抱えている映像を目にしましたか?」
「そこまでは見てないかな。沙樹さんの言っている状態がどういうものなのかわからないから断言は出来ないんだけど、あのときは目の前にいるお父さんのことばかりに意識が行ってたから」
「そうですか。それだけ聞かせてもらえれば十分です」
 柊は一つ頷くと、母さんの目をしかと捉えて告げる。
「青葉さんが御薗木くんのお母さんになろうとするなら、この怪の一件はそのための通過儀礼になるかもしれない。だから――」
 そこまで口にしたところでリビングのドアが開く。真琴が風呂から上がったらしい。ただ中には入って来ずに廊下でもじもじとしている。
「あ、ごめん! 替えの服を用意してなかったね。今すぐ準備するから」
 慌てる母さんに、柊が告げる。
「ではわたしが次にお風呂をいただきます。話の続きは出掛ける準備をしているときにでも」
「わかった。じゃあその間に鏡夜くんは自分の着る服を用意してくれるかな? お父さんの洋服が片付けてある場所は知ってるだろうし」
 そう指示を出すと、母さんは真琴を押すようにしてリビングから出ていった。残された俺は浴室の場所を柊に伝えると、父さんの服や遺品がしまってある二階へと足を向けた。
 それから一時間くらい。柊が出た後の浴室で、ともすれば急いてしまいそうになる心を落ち着かせながら、俺は母さんの言いつけ通りに体をしっかりと温めた。風呂上がりに洗面台に映った自分の顔に血行が戻ってきているのを見て、確かに青白い表情のまま立花先輩のところに行っても何の魅力もなかったろうなと、己の浅はかさを反省した。
 ネクタイを締めながらリビングに入ると、柊は服を替えて長い髪の毛を母さんに纏めてもらっているところだった。ソファでは真琴が俺がずっと前に着ていたポロシャツとジーンズに身を包み、コーヒーカップを口につけて二人の様子を眺めていた。ジーンズは中学に上がったばかりの頃に使っていたものだと思うが、それでも真琴には尺が長過ぎたのか、裾を幾重にも折り畳んでいる。
 俺の準備は整ったが、柊の方はまだもう少しかかりそうだ。空いているソファに腰を下ろすと母さんに話しかけた。
「今はこうして柊と付き合うことになったけど、一段落付いたら母さんのことも見つめ直さないといけないよな。母さんは俺の母さんである前に、年齢の近い年頃の女性なんだし。ようやくわかったけど俺はそういうのを見ないまま物事を片付けてきてたんだ」
 いつも茶化すようにそのことを指摘していた母さん。一人の女性として俺が異性を意識しなくなっていることを見抜いていたんだと思う。それは俺がいつもやってしまう『そういうものだから』と片付ける悪癖の一つだったわけだ。今ならそのことがよくわかる。
 俺の言葉に、母さんは優しさと、悪戯心を混ぜた微笑みを浮かべる。
「鏡夜くんが仮に私のことを好きになってくれたとして、でもまだまだ私はお父さんのことが好きだから、その恋は実らずに玉砕しちゃうね。それに何より鏡夜くんのお母さんでありたいとも思っているし。ただ確かに一度は若い女の子として捉えてももらいたい。同じ屋根の下で暮らすんだもんね。意識して当然だし、そこは折り合いが付けられるのかどうか悩んで欲しい。そんな感じに女心って複雑だからさ」
 そして柊の髪を纏めるのに使っていたドライヤーをこちらに向ける。距離があるから微風だったけれど、温かな風が顔を撫でる。
「そんな複雑な女心を持つお母さんから鏡夜くんには文句を言わねば。一人の女性として見てくれるという発言は嬉しかったけど、それはこの場で口にすることじゃないと思います。女性の心を弄ぶ悪魔のような男だと主張!」
「それは……この場合仕方ないというか。事情が事情なんだし」
「言い訳がましいわよ御薗木くん。実際わたしというものがありながら、他の人に色目を使ってるんだもの。批難されて当然だわ」
 いつものように表情を変えないまま、柊まで俺を糾弾する。内心面白がっているのではないかと疑いもしたが、それを明確にわかるようにしてくれないし、正論でもあるからぐうの音も出ない。
 そのとき柊はちらりと視線を横に遣ったように見えたが、それも一瞬のことですぐに言葉を続ける。
「けれど確かに整理は必要なのでしょうね。その一つでもあり、大きなものでもあるのが立花先輩との関係。御薗木くんはそれに対してきちんとした答えを出さなければならないし、そうしなければ先輩も納得しないでしょう。それは他の人についても言えることだわ。周りにはたくさんの女性がいるのだし、その中から考え抜いた上で一人の相手を選び抜いたというのでなければ、わたしも含め誰しもが認めない。それは時間のかかることかもしれないし、急いだせいで間違った答えを出されても困るからじっくりと悩んで欲しいのだけれど、だからといって遅くなっていいというものでもないわ」
「……そうだな。心に留めておくよ」
 俺が頷くのを確認すると、柊は自分の髪を預けている母さんに話しかける。
「先程の話の続きですけど、青葉さんにとっても怪の一件は重要な関わりがあるものになると思います。ですからわたしたちと一緒に立花先輩のところへ同行してもらえたらと考えているのですが」
「それは……怪がお父さんと関係があると受け取っていいのかしら?」
 いったん作業の手を止めて問いかけた母さんに、柊はゆっくりと首肯した。
 母さんは落ち着いた様子で覚悟を決めたようだった。手を動かすのを再開しながら、それを口にする。
「私にも整理をしなきゃいけないときが来てるってことだね。わかった。行くことにする。でも真琴ちゃんをうちでずっとお留守番させておくわけにもいかないし、まだ雨も降り続いてるから、家まで送り届けてからだね。それもお母さんとして疎かには出来ない務めだし」
 そして柊の準備が整ったと俺に告げる。
 柊は座った状態で、そっとこちらに手を差し伸べた。
「じゃあ行きましょうか、御薗木くん」
「行くのはいいけど立花先輩の居場所に心当たりはあるのか? 母さんが後から来るというなら尚更場所を絞り込んでおかないと」
「それなら問題ないわ。立花先輩は自らを凍らせるために冷たい場所に行くと言ったのでしょう? この町でずっと冷気を帯びたまま氷に閉ざされている場所は一つしかないわ」
「……父さんの死んだ公園か」
 俺の推測に柊は頷いて応える。どうやら怪はあの場所で決着を付けようとしているらしい。
 望むところだ。父さんはあの場所で命を落としたが、俺は生きて立花先輩を救ってみせよう。父さんが達成できなかったことを成し遂げてみせる。
 覚悟を決めると俺は目の前の柊の手を取った。
 白いウエディングドレスに身を包んだ柊が、俺に導かれてゆっくりと立ち上がる。


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:41 | 小説 | Comments(0)


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