『世界を凍らす死と共に』3-1-2


 体が温まって動けるようになるまでかなりの時間が必要だった。急激に冷やされたせいか末端の血管が縮こまり、まともに血が流れない。ようやく感覚の戻ってきた指先は痺れるように痛く、痒みすら伴っていた。
 柊は少し離れた場所でうずくまっている。近寄りながら安否を問う。髪に付いたままの氷を手で払い、霜だらけになった眼鏡を外しながら、彼女は答えた。
「別に命にまで別状はないわね。でも生まれて初めて霜焼けなんかになったわよ。わたし寒さには強いはずなのだけれど」
 立ち上がった柊は、サバイバルナイフを服の中にしまいながら言葉を続けた。
「結局怪を逃してしまった。わたしも今ではただの人だものね。ある程度の記憶や感覚が残っているとはいえ、取り憑かれていた頃のように動くことは出来ないし、怪そのものを相手にするのは難しいのかもしれない」
 口ではそう言うものの、彼女からは怪に直接対峙するという考えを改めるという気配は感じられなかった。憑かれている人を殺してでも、その醜悪な想いを止めなければならないと思っているのだ。
 けれどそれは思い込みだ。彼女の家庭環境を考えればそれも仕方ないのかもしれないが、想いというのはそんなに単純じゃない。柊は立花先輩をほとんど知らないが、俺は知っている。おかげで気付いたことがあった。彼女にそれを告げる。
「立花先輩は怪から柊の抱いていた想いを受け取ったかもしれない。でも先輩は先輩だ。柊とは別の想いを持っていて、だから怪とも違う付き合い方をしている」
「……どういうこと?」
「想いは積み重なるし相互に作用しあう。頭では理解していたつもりだったけど、実際に強いものを目の当たりにすることで、その意味がようやくわかった。喩えるなら絵具のようなものなんだ。同じ絵具でも、混ぜるものを別のものにすれば、作られる色は異なるものとなる」
 そして柊と立花先輩は真逆といってもいいくらいに異なっているのだ。柊は幼少期から抱えていた激情を、厚い殻で覆い冷やし隠そうとしていた。一方の立花先輩はともすれば諦めによって凍って動かなくなってしまいそうになる気持ちを、明るく振る舞うことで溶かそうとしていた。冷たいものが外にあるか内にあるか、そこだけに注目しても二人は全然違う。
「けれど立花先輩は現にわたしたちを怪の力でもって殺そうとした。意識も曖昧だったし、乗っ取られていると考えた方が自然だわ」
「それは違う。意識は確かに定まっていなかったようだけれど、きちんと自分の気持ちを口にしていた。それに殺そうとしたかどうかなんてわからない。むしろ俺たちは生きていることに注目すべきなんだ。怪に取り憑かれていた頃の柊だったら、身動きもまともに取れない俺たちを見逃したか?」
「それは……」
 俺の指摘に柊が言い淀む。殺人を繰り返していた彼女の姿を俺は知らないが、怪にまつわる言動をつぶさに観察していれば、そのくらいの推測は出来る。
 それに俺には立花先輩が怪に操られているわけではないという確信がもう一つあった。去り際に先輩は泣きながらありがとうと言ったのだ。あれが偽りの言葉だったり、別の誰かの気持ちだとは到底思えなかった。
 柊は唇に手を当ててしばらく考え込んでいたが、最後には頭を振った。
「確かに今の立花先輩は怪に意識を奪われていないかもしれない。わたしも両親を殺すまでは自分の意思で動いていた部分が強かったし。でも怪の想いはとても大きい。放置していれば、いずれ世界を冷たいものに変えようとするはずよ。御薗木くんの考え通りならば殺人によってではないかもしれないけれどね」
 その意見はおそらく正しい。先輩が俺たちに怪の冷気を向けたのは、そこに望んでいる温かさを垣間見たからなのだ。そういうものが近くにあると、どうしても自分の内にある冷たさを意識してしまう。だから防衛反応として周囲の温度も下げてしまおうとしたのだろう。怪の想いに先輩の意識が押し潰されれば、そのようなことを繰り返していくことになってしまうのかもしれない。
 でも先輩はそうならないようにしようとしている。おそらくは柊から持ち去られた想いから事件のことを知ったのだ。だから意識のあるうちに怪を封じようとしている。
「先輩は一人で冷たいところに行くと言っていた。それがどこかはわからないけど、そこで自分の想いごと凍らせて動けなくしてしまうつもりなんだと思う」
 結局諦めることにしたのだ。怪に縋っても、身体を丈夫にすることが出来なかったから。自分が死ぬことを受け入れて、それまで何とか温めようとしていた自分の気持ちを氷の中に封じ込める。もしかしたらそのときに怪の力を使うのかもしれない。希望をすべて捨て去ることは難しいし、苦しいことだから。
 ただそこまで追い詰められて、決意したという先輩のことを思うと、胸が締め付けられた。
「でも立花先輩がそうしてくれるのなら怪の脅威は収まる。自分でも酷いことを口にしている自覚はあるけれどね、でもわたしの望みは果たされる」
 柊を糾弾する気はなかった。元々怪を鎮めることを彼女は考えていたのだし、それに一瞬だけ揺らいだ瞳を俺は見逃さなかったから。
 そこで思わず溜め息が漏れた。俺は自分を変えようとして、多少はみんなのことを知ることが出来た気になっていた。けれど結局のところは全然駄目だったということだ。知ったと思っていたのは表面的な部分だけ。本当はもっと深いところまで目を向けていて、それに気付いてすらいたのに、きちんと考え、受け止めることをしていなかった。今頃になってようやく自分の愚かさを知る。
 立花先輩は身体を丈夫にしたいという希望を口にしながらも、実際には周囲に取り残されていくことを怖がっていただけだった。所々で先輩はその本当の想いを口にしていた。今から振り返ればそのことに気付ける。
 柊も同じだ。怪のことなんて本当はどうでもいいはずなのに、自分の気持ちに嘘を吐いていて、そのために決着をつけなければならないことを見失っている。父さんに助けられて、多少は変わることが出来たのかもしれないが、見るべきものからまだ目を背けて続けている。
 俺はそこまで自分の中を整理すると、やるべきことを見つけ、決意を口にする。
「先輩を助けることにする。想いを知っておきながら、それを見捨てることなんて俺には出来ない」
「その辺り、御薗木くんは亡くなられたお父さんにそっくりね。でもどうやって助けるつもりなのかしら? 立花先輩に取り憑いた怪を引き離す方法は思い付いているの? 当てがないならわたしは止めるわよ。自ら凍りついて動かなくなってくれるのならそれで構わないもの」
「方法はある。それで上手くいくだろうという確信も持ってる。ただし一緒に柊の性根も叩き直すつもりだけどな」
 二人が自分勝手に行動するつもりなら、俺は俺のやろうとしていることにみんなを巻き込んでやろう。色が見えなくなって、単色の世界の寂しさを知っているからこそ、そうしてやりたい。
「意味がわからないのだけれど、一体何をするつもりなのかしら?」
 問いかけてきた柊に、俺は返事をする代わりに一つの質問をした。
「柊は女だよな?」
「……馬鹿にされているのかしら。あまりに冗談が過ぎると、怪の代わりに御薗木くんを刺し殺すわよ」
 眉間に皺を寄せている彼女に、心の中で冗談を言っているのはどちらかと苦笑する。
 でもそれでいい。俺は先輩が別れ際に口にした最後の言葉を思い出しながら、柊に気持ちを伝える。
「俺と付き合って欲しい。彼女になってくれないか?」
 直後に見た表情を、俺は一生忘れないと思う。あの柊でもそんな顔が出来るのだと知れて、堪らなく嬉しくなった。


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:39 | 小説 | Comments(0)


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