『世界を凍らす死と共に』3-1-1


   三章


   一.


 想いというのは積もり積もっていく。そしてそれが凝集することで怪になるという。
 想像しやすく喩えるなら、家の隅に闇が集まって異様な雰囲気を出しているもの、それがさらに強くなったものが怪だ。
 ただ家の隅に漂う闇を子供が自然と畏れるように、人はそこに近付こうとしない。なら同じように怪にだって寄りつこうとはしないはずだ。
 にもかかわらず柊は怪に魅了された。立花先輩も手を伸ばしてしまった。それはどうしてなのだろうか?
「力があるように感じるのよ。わたしは自分の力ではどうしようもない窮地にまで追い込まれていたから、得体の知れないものであってもそれに縋った」
 立花先輩は変わろうとしていた。自分の身体が弱いことを気に病んでいて、それを改善しようと努力しているようだった。
 でももし体調の改善が望めないほど悪化していたとしたら? それを覆そうとして、結局絶望の淵に叩きこまれたとしたら?
「別に活発に運動ができなくてもいい。時々なら学校を休んだり早退してもいい。でも普通に自分の足で通えて、普通に友達とお喋りが出来て、それで可能なら好きな人と一緒に同じ時間を過ごせれば。アタシが欲しかったのはたったそれだけ……」
 さっきまで声を出すのすら苦しそうにしていて、激しい咳で身動きすら出来なかったのに。けれど今の先輩は自分の足で地面に立ち上がろうとしている。
「でもそんな当たり前のことですら、アタシには許されない」
 振り返った先輩の姿は幻想的ですらあった。口の端からは線が引かれ、腕はだらりと地面に向かって伸びている。ぼんやりとした視線が虚空に投げられ、凍りついた水蒸気が陽の光を反射してきらきらと輝く。世界を凍らす死の中で、先輩は目一杯の宝石に飾られていた。
 意識はあまりはっきりとしていないのかもしれない。でもその口から紡がれる言葉は立花先輩の本心で間違いないと思われた。
「アタシの周りにある世界は暑い。熱気に溢れていてみんなすごい速度で進んでいくの。そんな中でアタシだけが凍えてる。手足は悴んでまともに動かないけど、何とか追い付けないかと足掻いたこともある。でもなかなかうまくいかなくて、そういうものだと何度か諦めようとした。同時にその度にみんなに置いていかれることを想像してしまって、怖くなって堪らなかった。……そのうち気付いたら内臓まで冷たくなっていて、肺も心臓も止まりかけてた。そのまま死んでしまうのがイヤだったから、アタシは気持ちで温めて、それを何とか溶かそうと思った」
 独白が画材屋でした話とふと重なる。俺も色が見えないことを諦めていたことがあって、けれど絵具にあまりに多くの種類があることを知り、それが区別できないことを悔しく感じたのだ。それと似たように、立花先輩は周りで健康的に活動している人たちを羨望の眼差しで見つめ続け、もしかしたら嫉妬すらしたのかもしれない。
 そしてデートのときに明るく嬉しそうに振る舞っていた先輩の姿を思い出したら、無性に悲しくなった。吐血するほど身体が弱っていて、それにずっと気付いていなかったはずはない。俺と一緒にいるときもその恐怖に怯えながら、動きが止まってしまわないように大袈裟に感情を表現していたに過ぎなかったのだ。
 まだ焦点の定まらない立花先輩は、ふと何事かを考え始めたようだった。少しの間上空を見つめ、そして一つ頷いた。
「そうだね。みんなも冷たくしてしまえばいいのかもしれない。世界の動きが鈍くなるように……」
 瞬間俺の横を影が通り過ぎる。
 それが柊だと気付いた頃には、彼女は手にしたサバイバルナイフを立花先輩の喉目掛けて突き出していた。
 止める暇なんてなかった。血が飛び散り、柊が後退る。
 地面に落下したナイフは思いの外軽い音を響かせた。それが柊の手の甲を切ったこと、立花先輩までは届かず、突如出現した厚い氷に弾かれたこと、先の一瞬で起こったそれらを理解するまで大分時間がかかってしまった。その間に柊は再度刃物を拾い上げ、立花先輩の方を見据える。
「柊!」
 悲鳴とも怒声ともつかない俺の言葉に、彼女は押し殺した声で返す。
「あれはわたしの想いよ。世界から温もりを消そうというもの。そんなものの存在を、わたしは見過ごすことは出来ない」
「……」
 俺は柊を止めようとし、ふと彼女の主張の何かがおかしいことに気付いた。思い違いというか、思い込みをしている。
 けれどそれを説明する前に、立花先輩の方に更なる異変が見られた。未だ焦点の定まらない視線。それがこちらに向けられ、俺たちの姿が視界に収められる。そしてその言葉を吐いた。
「あなたたちを見るのが、とてもイヤ」
 言葉と同時に先輩の体から冷気が溢れだす。それは周囲の空気と水蒸気を氷に変えながら、吹雪となって俺たちを襲った。髪の毛が凍りつき、睫毛が氷柱となって瞼を重くする。
 吐く息は白く、体内に入ってくる空気が肺に突き刺さる。季節はまだ夏のはずなのに、周囲はすっかり真冬となっていた。
 歯をガタガタと鳴らす俺に、先輩は淡々と告げる。
「アタシには未来がない。もう内臓はボロボロになっていて子供を産むのもおそらく無理なんだって。原因も分からないから入院したところで治るかどうかもわからない。治療に専念するから延命は可能だろうけど、病院に入ってしまえば学校に通えなくなる。そうしている間にみんなはどんどん卒業して、大学に行ったり、就職して社会に出たりするの。恋愛もして、結婚もして、やがては家庭を築いていく。そして取り残されたアタシは忘れ去られてしまう。それがイヤだったからアタシは入院を拒否した。両親も渋々だったけど最終的には了承してくれた。でも……やっぱりみんなと同じようには歩めなかったよ」
 俺は先輩の具合がそんなに悪いということを知らなかった。向けられていた笑顔の下に、そんな辛い想いが隠されているとは気付けなかった。
 周囲の温度がまた下がった気がする。立花先輩が俺たちに冷えた視線を向けながら告げた。
「二人が羨ましい。美術室に見学に行ったとき、真剣に絵に取り組む姿がそこにはあった。それはアタシがいくら手を伸ばしても手が届かないものなの。だから壊したくなったんだ。仲良さそうにしているのをしているのを見たら、嫉妬するのも自然なことでしょ?」
 美術室にいた俺たちを襲ったのは立花先輩だったということに気付く。先輩は美術室で俺たちが近くで話しているのを見かけたと言っていた。偶然廊下から寄り添っているその姿を目撃し、誤解も含んでいたのかもしれないが、引き離したいと思ってしまった。それに呼応して怪の力が発動したということなのだろう。
 先輩は寒さで動けなくなっている俺たちからすっと視線を外す。そうしてゆっくりとした足取りで歩き出した。
「この世界すべてを凍らせてしまうのなんて無理だってことくらいわかってる。だからアタシ一人で氷に包まれたところに行くよ」
 去り際、一度だけ先輩は俺の方に視線を向ける。
 氷の微粒子が舞う中に少し大きな塊が流れ落ちた。
「御薗木君、世の中にはたくさんの色があるんだってことを教えてくれて、ありがとう」
 そして身動きの取れない俺たちをその場に残し、立花先輩は姿をくらました。


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:37 | 小説 | Comments(0)


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