『世界を凍らす死と共に』2-4-2


 柊は怪に取り憑かれた人間を殺すことが自身の歩むべき道だと考えている。そうすることで彼女から持ち去られた畏忌されるべき想いがこれ以上拡散するのを防ごうとしている。一方で俺は生きた絵を描けるようになることを目標にしていて、そのためには周囲での起こる出来事を仕方のないものと片付けてしまう悪癖を直さなければならない。そのことを隼人と話すことで明確に自覚することが出来た。俺たちの目指している終着点は、確かに異なる。
 けれどお互いに歩む道は交差させることは可能なはずだ。その結果最後に辿りつく場所は変わってしまうかもしれない。隼人は自分から人に関わることでそれを避けたが、俺にはそこまで他人から距離を置くことは出来そうになかった。
「柊は自分の忌み嫌う想いしか見ていないんじゃないか? 想いは積み重なって相互に作用するわけだし、そう考えれば柊と同じ行動を取る可能性は低い気がする」
「そうね。わたしと同じように殺人を起こすとは限らない。けれど御薗木くんが言っている通り想いは積み重なるのよ。その中にはわたしの気持ちも確実に入っている。それが新しく乗り移った人に対して悪い方向に働かないと、あなたは断言できるのかしら?」
 柊は悪いことが起こるのではないかと考えて行動している。最悪の事態を想定し、それを避けようとするのはけして悪いことではないし、むしろ一つの規範として重要視されるべきものだ。
 けれどそれは数あるものの中の一つでしかない。最大公約数的に良くなる方法を模索するというのもありだろう。それは全員が一番望む結果を得られないという結果にも繋がるけれど、だからといって俺は誰かが目の前で倒れているときに無視できるような人間でもない。
 そんな俺の考えに、柊は軽く笑みを浮かべた。普段表情をほとんど変えないから、そうした機微に触れるととても印象深く映る。彼女は淋しそうに笑っていた。
「血の繋がりを感じるわね。御薗木くんのお父さんも、死にそうなんだからわたしのことなんて構わなければよかったのに。そうすれば今でも青葉さんや御薗木くんのところで温かく幸せな家庭で暮らせていた。わたしを助けようとしたせいで、自分の幸せを逃したのだわ」
 柊の言葉に俺はすぐに首を振った。そんな風に父さんのことを思ってもらいたくなかった。
「それは違う。そうしたら柊が冷たい怪に取り憑かれたままだったんだろう? そんなこと父さんは望んでいなかったはずだし、助けられなかったらずっとそのことを悔いると思う」
「わかってるわ。ただの冗談よ」
 普段から多用するその言葉。しかし今回のそれは悲しげに響いた。もしかしたら柊も自分のやり方に疑問を持っているのかもしれない。ただ父さんのやったような他の方法が見つからないのではないか。これまで親とも友人とも交わってこなかったから。
 ……だとしたら俺がその橋渡しをしてあげるべきじゃないだろうか。もし仮に父さんが彼女に襲われた後も生きていたなら、きっと何らかの手を差し伸べていたと思う。
 ただ残念ながら今の俺には柊に差し出す手はなかった。彼女のことはいくらか知れたけれど、まだ整理できていないものがある気がしてならなかった。
 そんなときだった。柊が声を上げたのは。
「あら?」
 彼女の視線の先、閑散とした住宅地の細い通りに人がうずくまっていた。シャツブラウスを着た上半身に斜めに鞄をかけ、長い髪をアップにしている女性。
「――立花先輩!」
 気付いて、俺はすぐに駆け寄った。ほんの数時間前まで一緒にいたその姿を見間違えるはずがない。
「……は……ぁ。……っ!」
 体を抱いて腕の中で上向かせると、先輩は息がうまくできないらしく、苦しそうに喘いでいた。拳をぎゅっと握りしめ、胸の辺りで震わせている。きっと喘息の発作に違いない。以前からそうした症状を持っているとは聞いていた。
 後ろから覗き込む柊が問いかける。
「立花瑠美先輩といったかしら? この前美術部室に見学に来た人よね。大丈夫なの?」
「わからない。一応喘息の発作が出た場合の対処について、立花先輩本人から教えてもらったことがある。確か発作を和らげるために気管を拡張する薬があるはずなんだ。小さなスプレーのようなやつで、いつも持ち歩いていると言っていた。柊は鞄の中にそれがないか探してくれないか?」
 俺は先輩の体から鞄を取ると柊に手渡す。それから先輩の着ている服のボタンを首元から外していった。
「息をするのに苦しくないようにしますからね。先輩、俺の声が聞こえてますか?」
 立花先輩からは明確な応答はなかった。相変わらず浅い呼吸で、まともに空気を肺に入れられていない。
 それでも躊躇している余裕なんてなかった。先輩の負担にならないように慎重に、しかし迅速にボタンを外していく。下着が見えるところまでシャツの襟を開いたところで、柊が鞄の中から見つけたスプレー缶を渡してきた。俺はそれを受け取ると立花先輩に話しかける。
「先輩、薬です。吸引出来ますか?」
 スプレーを口元に当てると、先輩は僅かにではあるが、深く息を吸い込む素振りを見せた。それに合わせて薬を口内に噴射する。確か一回で二吸引をする必要があったはずだ。促すと、先輩はさっきよりもいくらか大きく深呼吸をし、俺は確認しながらプシュッとスプレーを押した。
 どうやら薬の効果があったらしい。間もなくして先輩の呼吸は深くなり、次第に安定していった。
 俺は安心して緊張の糸を解いた。立花先輩を見つけてからはずっと緊張していたからか、途端に体が小刻みに震え始める。過って先輩を落としてしまわないように、抱える腕に力を入れ直した。
 そんな俺に柊が声をかけてくる。
「ねえ御薗木くん、これは何?」
 言われ、彼女の指差す先を見てぞっとした。喘息の症状ばかりに気が取られていて、そちらに視線が向いていなかった。スカートから覗く脚の上を、ねっとりとした液体が伝っていた。色が見えなくてもわかる。それは鮮血だった。
 月経によるものなんかじゃないだろう。あまりに血が多すぎたし、男の俺なんかより詳しいはずの柊も戸惑っている様子だった。
 そんな中、か細い声が鳴る。
「……御……薗木……君?」
 呼吸が安定したからだろうか。立花先輩が意識を取り戻した。なかなか焦点の定まらない視線でこちらを見てくる。
 そして傍らにもう一人いることに気付いて、そちらにも目を向けた。
「柊……さん?」
 先輩は一度目を見開き、それからすぐに苦しそうに呟いた。
「御薗木君は、今日アタシとデートしたはずなのに。なのに……どうして。どうして、柊さんが隣にいるの……」
 そこで急に立花先輩は体を捩って咳をした。慌てて口元を押さえるが、指の隙間から散る飛沫が着ている服に点々と染みをつくる。
 こんなに先輩の具合が悪いなんて知らないし、聞いてない。何が起きているのか分からず、ただ少しでも楽になればと体を寄せようとした。
 けれどそれを先輩は拒絶した。
「見ないで……!」
 俺の胸を押し、先輩は腕の中から道へと転げ落ちる。こちらの視界に入らないようにと背を向けるが、咳をするたびに大きく痙攣する体と、地面に零れ落ちる血は隠しようがなかった。
 しばらくして発作の少し収まった先輩が声を震わせる。
「こんなはずじゃ、なかったのに。アタシは……病気を治したかった。丈夫な身体を手に入れて、普通の生活をしたかった……だけ。そのためにこの力に縋った、のに」
 俺は急に後ろに引っ張られた。
 やったのは柊だった。彼女がすぐに異変に気付いてくれてなければ、俺は巻き込まれていたかもしれない。
 大気中の水蒸気が急に冷やされてきらきらと輝く。立花先輩の周囲が急激に冷えて、道や塀に氷を張り付かせる。
 俺は初めてそのような現象を見たけれど、事実として認めざるを得なかった。
 立花先輩に怪が取り憑いていたのだ。


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:16 | 小説 | Comments(0)


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