『世界を凍らす死と共に』2-4-1


   四.


 丘の上の境内から下りてくると、険しい視線が俺を出迎えた。
「随分と仲良さそうに話していたじゃない」
 秋物というには薄手の軽い服装に身を包み、髪をポニーテールでまとめた柊がそこに待ち構えていた。視線がきついのは眼鏡をかけていないのも理由の一つかと思ったが、絵を描くとき以外は眼鏡を使っていると言っていたし、今日はコンタクトでもしているのかもしれない。
「コンタクトじゃないわよ。考え事をしながら歩いていたから、邪魔に感じて外していただけ。眼球に異物を直接付けるのなんて正気の沙汰とも思えないしね」
 柊はそう答えながらポケットから無造作に眼鏡を取り出してみせた。そのまま耳に掛けようとして、直前で止める。
「御薗木くんは眼鏡好きか何かなのかしら? わたしはそういう変態的な嗜好でもって視姦されるというのはイヤだから、そうだというのならこのままでいようと思うのだけれど」
「そういうのはないよ。というか本当にそういう趣味を持っている相手にそれを言っても否定されるだけじゃないのか?」
「それもそうね。でもそんな性癖をもっていながら、指摘されたときに隠そうとする相手とは良いお付き合いなんて続けられないでしょうけど」
 相変わらず言葉がきついというか、もう少しオブラートに包んだ言い方をすればいいのに。そんなことをようやく眼鏡を耳にかける柊に対して思う。
 顔を上げた柊は、レンズ越しでも相変わらずの視線だった。
「さてわたしの大嫌いな早乙女くんとどのような話をしていたのか、きりきり白状してもらおうかしら? 何か妙な企みでもしていたのなら、実行する前にここで殺してあげるわ」
「わざとそういう表現にしているというのはわかってるけど、柊が言うとあまり冗談に聞こえないのが困りものだな」
「冗談なんかじゃないわよ。これからわたしは再び殺人者になるのだし」
「……どういうことだ?」
 問いかけに柊はすっと目を細める。今回は俺のことを睨みつけているわけではない。少し遠いところを見ていて、決意を固めているような感じがした。
 視線をこちらに戻した柊は、けれど問いに答えてはこなかった。
「質問を先にしたのはわたしよ。まずはそれに答えなさい」
 俺は大きく嘆息した。どうやっても柊自身の話からしてはくれなさそうだ。仕方なしに彼女に従う。
「別に何か企んでいたというわけじゃないよ。隼人と会ったのも偶然だし。たまたまここで隼人を見つけて、俺の気持ちの整理に付き合ってもらってたんだ。そのときに柊の話も出たには出たけどね」
「早乙女くんがそんなことするなんて考えられないわね。でも御薗木くんに嘘を言っている様子もないから、本当なのでしょうけど」
 柊が隼人のことを嫌悪するのは、おそらく中学時代の出来事が理由なのだろう。彼女の家庭事情のことを察して話かけておきながら、助けを求めてきたら拒絶した。
「あら、そんなことまで話してたのね。無神経にも程があるわ」
 そう口に出しはするものの、柊はさして気にしていない様子だった。彼女自身の想いを吐露する。
「嫌うきっかけとして大きなものだったのは確かね。その頃は早乙女くんのこともほとんど知らなかったから。でも絵に向かう姿勢と同じで、人の気持ちをわかっておきながら、それに関わろうとしないところが堪らなくイヤなのよ。誰かの想いに触れれば、自分自身だって何かしら想いを揺さぶられるはずなのに。でも彼はそれをなかったことにする。まあ彼だけでなく、見て見ぬふりをされるというのは、中学のときに散々味わったのだけれどね」
 隼人は他人と想いを交わらせたくないと言っていた。想いは繋がり積み重なるものだから、それを余計に掻き乱したくはないのだと。それが彼なりのスタンスなのだと思うし、柊とは反りが合わなかったということではないだろうか。
 しかし柊の嫌悪感は相当なものであって、ただ相性が悪かったというだけでは説明がつかないとも感じる。それに彼女自身も心の内をすべて語っていないような気がした。それを俺はうまく捉えきることが出来なかったけれど。
 思索するのにしばし時間を取られていると、その間に柊は俺から離れて歩き去ろうとしていた。慌てて呼び止める。
「まだ何か話すことでもあるの? わたしにも用事というものがあるのだけど」
「いや時間がないというのなら今度で構わない。ただ俺も父さんの事件に向き合おうと思っていて、出来れば柊からもっと話を聞けないかと考えていたんだ」
 俺の言葉に、柊は少しの間考える素振りを見せた。そして答えを返すときにはすでに歩き始めていた。
「わたしは怪を探している途中なのよ。当てもないからぶらついているだけに近いけれどね。その探索に付き合いながらでいいというのなら、好きにしなさい」
 一応の許可は貰えたということか。俺は柊の後に従いながら、何から訊いていくべきか考え始めた。
「柊は怪を消したいんだったよな。でもどうやったら怪は消えるんだ?」
「怪の存在を完全になくすのは難しいわ。実体があるわけではなく想いの塊なのだから。一応人から引き離すことが出来るというのはわかってる。御薗木くんのお父さんがわたしに対してやってみせてくれたもの。あのとき怪は拠り所をなくして消えたのだと思ってたし、警察もそう判断していたようだけれど、実際には違ったみたいね。おそらくは青葉さんを一時的に経由して、今も誰かに取り憑いている。その相手を見つけ、もう一度引き離すということも可能なのかもしれない。でもそれは手間がかかる。怪の想いと取り憑かれている人間の想いを切り離す作業が必要になるためにね。ただわたしにはそこまで他人のことを考えている余裕はない。だからもっと手っ取り早い方法を使うわ」
 言って柊は俺の眼前で何かを閃かせる。
 鈍色に光るそれは刃渡りが十五センチはあろうかというサバイバルナイフだった。
「取り憑かれている人間を殺す。そうすれば怪はともかく人の想いは消えるもの」
 ナイフの刃先は真っ直ぐ俺の眼球を向いていた。意図してやっているのかどうかはわからないが、少なくとも彼女が本気であるということだけは伝わってきた。
「警察も間が抜けているわ。家の中も調べたはずなのに、事件の本質が怪とわたしの家庭にあるという先入観に囚われると、こういう物も簡単に見落とすのだから」
 柊が服の中にナイフを隠す。厚着をしているわけでもないのに、あれだけ大きなものがいとも簡単に見えなくなる。どこでそんな芸当を覚えたのか。
「怪はわたしから離れたけれど、その想いや経験は残っているもの。魅了され、操られている間に覚えたのじゃないかしら。ナイフも怪が購入したものだし」
「それはわかった。でも人を殺すのはいくら何でもやりすぎだろう。柊も今は怪に取り憑かれているわけじゃない。今度こそ本当の殺人者になるぞ」
「わかってないわね」
 立ち止まり、振り返った柊が俺を冷たい視線で射抜く。
「わたしはとっくに人を殺してるの。殺人者なのよ」
 とても冷たいその言葉に、彼女の決意は変わらないように感じられた。今でも怪に取り憑かれているのではないかと思うほど、彼女の気持ちは冷たく凍りついている。けれどどうしてそうなってしまうのか俺にはわからなかった。
「言ったでしょう。怪は想いそのもの。そして想いは積み重なるものでもある。だから取り憑いた怪は以前から備えていた冷たさをこの心に残し、そしてわたしの想いを持ち去って他の人に移っていったのよ」
 柊は回れ右すると再び歩き出した。そしてさらに詳しく説明をする。
「早乙女くんからどこまで聞いているのかはわからないのだけれど、わたしの家庭環境が劣悪だったということくらいは耳にしているでしょうね。端的に言えば両親は人を売り買いしてお金を稼いでいたの。生きている人間も死んでいる人間も扱っていたわ。一緒に暮らしていた祖母はわたしが小学校に上がった頃に首を吊って自殺したのだけれど、その体も切り刻んで金銭に換えてしまった。そういうのがなされていたのがわたしの家で、そしてわたしの目の前だったのよ」
 彼女の両親がいつからそのような仕事をやり始めたのかは知らないらしい。ただ自ら命を絶ったというお祖母さんが生前そのようなことはやめてくれと懇願し、それに対して殴打で返す両親の姿が網膜に焼きついているという。
「幼いながらにそういう話は外でするものではないとわかったけれど、ただ隠そうとするだけでは何の解決にもならないし、余計に状態を悪くしてしまうのね。そこまではさすがにわからなかった」
 話を聞いて何故一見すると柊は冷たい印象なのに、その内部には熱いものがあり、時に過激な行動に出るのか分かった気がした。沸騰しようとしているお湯に蓋をすれば余計に温度が上がって煮え滾る。それをさらに押さえ込もうとすれば全体を厚く覆わなければならないし、それでも隙間を見つけて蒸気が噴き出す。周りにいる人間はその鍋をいつも見ているわけではないし、触っているわけでもないからなかなか気付かないだけなのだ。
「わたしを見つけた怪は、隠している熱を冷やしてあげようと囁いた。限界を感じていたわたしはその誘惑に喜んで飛びついたわ。そして両親をこの手で殺したの」
 怪はまず火の元を消したということなのだろう。もしかしたら柊自身もそれを望んでいたのかもしれない。彼女は口にこそしなかったものの、幼少期から積もらせてきた両親への憎悪は相当なものになっていたに違いない。
 柊の激情の原因である両親はいなくなったが、それでも彼女の中には煮えて熱くなったものが残っていた。だから怪は離れなかったし、柊も引き剥がそうとはしなかった。
「今では思い込みだと分かっているけれど、当時は家族というものが人を狂わせる根本原因になると考えていた。そんな狂った世の中を、わたしは変えようとした。だから家族連れや恋人を見つけるたびに襲撃していったの。苦しみが生まれる前に壊してしまえばいいと、そう考えてね」
「……それで俺の父さんと母さんが襲われたのか」
 俺の漏らした言葉に柊は顔をこちらに向けようとし、目が合う前にやめた。
「御薗木くんのお父さんには感謝してもし足りない。息を引き取るまでのほんの短い間に、如何に自分が家族の愛に恵まれていたかを語ってくれた。そうすることでわたしの世界観を変え、怪を引き離してくれたんだもの」
 そんな父さんに接したから、怪は母さんに乗り移ったのではないかと最初考えたのか。死ぬ直前に冷たい想いを抱いていない様子だったのに、あれだけ公園が凍りつくのは不自然だと、そう考えたのなら納得がいく。
「まあこの前御薗木くんの家にお邪魔させてもらって、あなたと青葉さんを見ていたら邪推だったと気付いたけれどね。お父さんの言っていた通り、温かい家庭だと思ったもの。少しの間なら怪は青葉さんに憑いていられたかもしれないけれど、あの場に留まることは出来なかったでしょうね」
 一度俺の父さんや母さんの話題を出したからだろうか。柊は一度そこで言葉を区切り、短く息を吐いた。そうして再び声を冷淡なものに変える。
「怪は想いの塊であり、想いは蓄積する。今の怪はわたしが抱え込んでいた想いを持っているのよ。取り憑かれたからといって必ずしも同じように殺人に走るとは限らないけれど、あの苦しみを他の人に渡して使わせるようなことはしたくない」
「だから怪に魅了されて狂う前に、その人を殺してしまおうって柊は考えているのか?」
「そうよ。わたしは御薗木くんのお父さんのおかげで変わることが出来た。だけどまだあとに残されたものの整理が済んでない。それをやるのは務めだと思うから」
 それはおかしいと思う。怪の備えていた冷たさや柊が溜め込んでいた情火から起こるものではないにせよ、事が起こる前に壊して止めようとする行為は以前とやっていることが変わらない気がする。
「そうかもしれない。けれど御薗木くんはわたしの想いにも、怪の想いにも直接触れていないから、そのように気楽に言えるのよ」
 そして次に続いた言葉を聞いて、俺は自分の無力さを感じた。
「これはわたしがやらなければいけないこと。他の誰かに任せてはならないし、わたしだけしか歩んではならない道」


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:15 | 小説 | Comments(0)


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