『世界を凍らす死と共に』2-3-1


   三.


 立花先輩と別れて町外れの方に向かって歩きながら、ここ数日での身の周りにいる人たちの変化を思い出していた。みんなきっかけや方向性は違うものの、自分が向きあうべきものを見つけそれに立ち向かおうとしている。それは俺も同じだ。
 俺の場合きっかけは柊が怪に襲われたことだった。それで父さんが死んだときの事件の真相を『仕方のないもの』にして、深く知ろうとしないまま片付けていることに気付かされたのだ。ただ自分ではすぐにわからずに、柊と母さんに教えてもらわなければならなかったけれど。
 母さんはきっかけを同じくしながらも、父さんや前の母さんのことを考えるようにしたようだ。どのようになりたいのか具体的な目標があるような感じはしたけれど、それについては教えてもらっていない。
 逆に目標がはっきりしているのは柊だ。彼女に取り憑いていた怪を消したいらしい。ただそのことについてきちんと話をすることはまだ出来ていないので、その理由は知らないままだ。
 立花先輩は自分の身体をもっと丈夫にしたいと思っているようだし、他の言葉を使えば普通の女の子になりたいということになるのかもしれない。そのきっかけになったのは俺で、自惚れていなければ俺を振り向かせることを最終的な目標に掲げている。
「……もしかしたら真琴も何かしら変わろうとしているのかもしれないな」
 ふとヘアピンを付けていた昨日の真琴のことを思い出した。中学に上がって制服を着るようになり、それまで目にしたことのなかったスカート姿で俺の目の前に現れるようになった。口癖のようになっている不条理という言葉も真琴が戦っている最中だから出てくるものなのかもしれない。
「みんなそれぞれ独力で変わろうとしてるんだな。俺は……きちんとやれているだろうか?」
 自分でも自信が持てていないということなのだろう、そんな言葉が口から漏れるということは。気を引き締めようと頭を軽く振る。
 そうして見遣った視線の先。小さな丘の中腹から細い煙が上っていた。
 小学校のときにその丘は円墳だと習った。古墳としては大きめなようだが、丘としてはさほど高くない。頂上付近には神社があり、煙はそこの境内から立ち上っているようだった。ただ煙の量などからして火事とかではなさそうだ。
 気になって境内に向かった俺は、そこで見知った人物に出くわした。
「鏡夜か。残念だけど焼き芋じゃないよ。時期じゃないしね」
 目の前にある火の中のものを枝で掻き混ぜながら早乙女隼人はそんな冗談を口にした。焼き芋でないことは燃やされているものを見てわかっている。
「それ学校で使ってる教科書じゃないのか? 燃やしてしまったら隼人が困るだろう」
「いや、別に? むしろ一通り読み終わったから部屋にあるのが邪魔くさいんだよ。授業で必要になれば誰かに借りればいいしね」
「読み終わったって……火の中にある三年生の分のもか?」
「そ。それまで開いたこともなかったんだけど、持ってるなら読んでみようかと夏休みの間にね。でも量が多いから思ってたより時間がかかってしまった」
 とんでもないことをさらりと言ってのけた隼人は、そこで不満の溜め息を漏らす。
「しかし高校の教科書はダメだねぇ。内容が中学校のものより専門分化するのは自然なことだけど、科目間の繋がりがとてもわかりにくい。書いている人間が自分の専門としている分野の教科書を担当しているからこういうことになるんだろうね。でも本来それぞれはお互いに影響しあっているはずだし、それを見逃してしまっては本当の理解にはなり得ない。教材として適切じゃないね」
 講釈を垂れた隼人は、しかしそんな内容はどうでもいいとでも言わんばかりに、無造作に地べたに尻をついた。どうやら俺と話をするつもりらしい。こちらに体を向けて楽な姿勢を取る。
「ところで瑠美ちゃんとデートしてたみたいだけど、どうだった?」
「瑠美ちゃんって立花先輩のことだよな? 何で隼人がそのことを知ってるんだ?」
 立花先輩のことを知っているというのは隼人からはこれまで聞いたことがなかった。それに知り合いだったとしても、あの先輩が今日のことを他人に話すとは思えなかった。
「別に瑠美ちゃんから聞いたわけじゃないさ。でも鏡夜を見ればわかる。人と人は繋がってるものだからね」
 それは俺の顔色などから判断したということだろうか? 思うことは色々とあったし、それが表に出ていたとしてもおかしくはない。ただ立花先輩と会っていたと具体的なことまでわかるのかどうか。ただ先日見事な柊の絵を描いてみせた隼人なら、そういうこともあり得そうにも思える。
 そこでこの前見せ付けられた柊の絵が脳裡に鮮明に浮かび、同時に俺は隼人に彼女のことを聞こうと考えていたことを思い出した。普段から隼人はふらふらしていることが多くて捕まえにくい。ここで出会えたのはいい機会なのかもしれない。
「隼人は柊とは中学が一緒だったんだよな。随分深く知っているようだけど」
「瑠美ちゃんの次は紗樹ちゃんか。鏡夜も浮気者だねぇ」
 浮気なんてしているつもりはないのだけれど。そう告げると隼人は呆れたように一度肩を竦めた。
「自覚がないならいいや。ボクはあまり人に関わりたくないしね。それと残念ながら紗樹ちゃんとは深い知り合いじゃないよ。この前も美術室で険悪だったろう?」
「お互い嫌いなだけならあんなに意識しないとも思うんだけど?」
「……なるほど? そのくらいはわかるってことか。一応紗樹ちゃんが気に掛けている人物だし、それも当然かもしれないねぇ」
 そこで隼人は観念したようだった。火の中で燃えている教科書を一つ枝で裏返すと、柊との関係について語り出した。
「きっかけは紗樹ちゃんとその家族のことについてボクが知ったことだったかな。まあ他のクラスメートも薄々気付いてたんだろうけどねぇ」
 中学生時代の柊は、今と同じように感情をあまり表に出そうとはしなかったようだ。けれど彼女の内側には熱いものが渦巻いている。そして周囲の環境も荒れていたから、抑制しきれず同級生も異変に気付くこととなった。
「紗樹ちゃんは家族との仲が悪かったみたいだね。虐待に近いこともされてて、一度顔に痣をつくって登校してきたこともあった。他のみんなはそういうのを見ると話かけなくなるものだけど、ボクは気にしないからさ。それで声をかけたら、どうやら紗樹ちゃんはボクが助けてくれるんじゃないかって思ったらしい。だけど面倒だから断ったのさ」
 軽い口調で隼人は言ってのけるが、それはそんな簡単に片付けていいものなのだろうか。むしろ助けを求めてきた柊のことを見捨てたということじゃないのか?
「見捨てるも何も。そもそも他人の家庭事情になんか踏み込めないだろう? 先生でも恋人でもないんだし」
 確かにそうかもしれない。踏み込み過ぎて余計なトラブルを招いたり、逆に相手を傷つけてしまったりすることもあるだろう。それでも少しくらい話を聞いて、相談に乗ることはできたはずだ。
 俺のその考えに隼人は小さな笑みを浮かべた。馬鹿にするでもなく嬉しさを感じているわけでもなく、ただ自分の発見が面白かったらしい。
「鏡夜と紗樹ちゃんは似ているね。以前から感じていたことではあったし、似ているというのもタイプが同じということではないんだけど。そうだなぁ……」
 隼人は枝を手にすると燃えている最中の教科書を軽く叩いて示す。それに合わせて火の粉が舞った。
「紗樹ちゃんはこの物理の教科書で、鏡夜はこっちの化学の教科書。別に科目は逆でもいいけどね。似ているというのは同じ理科科目に分類されるというところなんだよ。物理も化学も理科の基礎になるから他の科目に関わろうとするし、一方で自分の内容を充実させるために数学の援用を受けたりする。美術室での二人を思い浮かべればいいんじゃないかな? 描いている対象は別々なのにお互いに影響を与えあっているし、美術室なり部活の運営費を学校から借り受けなければやっていけない」
 俺は隼人と違ってまだ教科書を全部読み終えたわけじゃない。それでも彼の主張しようとしていることは分かった。物理と化学は授業を受けても違う科目のように感じているけれど、同じ理科に含まれるものであって地理や歴史といった社会科科目とは思考の仕方が大きく異なっている。
「ただね、鏡夜がここに来たときにも言った通りなんだけど、高校のこれらの教科書はダメなんだよ。お互いに関係があるに決まっているし、内心では意識しているクセに、自分は自分だと自己主張するだけで終わってしまっている。そういうところも含めて紗樹ちゃんと鏡夜はここにある教科書にそっくりだ」
「……どういうことだ?」
 今回の言葉は意味がわからなかった。尋ねた俺に隼人は具体的な名前を列挙していきながら答えた。
「柊紗樹、御薗木青葉、立花瑠美に許斐真琴。ここ数日だけ切り取ってもそれだけの人物が鏡夜の周りにはいる。だけどそれらの人物を結び付けられて考えているかい? 中心にいるのは鏡夜自身なのに、みんなの変化を自己に還元しないで眺めているだけじゃないのか?」
 その指摘は見事に当たっていた。抽象的な喩えではあったが俺は高校の教科書をやっている。ぐうの音も出なかった。
 黙り込んでしまった俺を隼人は少し鋭い視線で射抜いた。そして彼に伝えていないはずのことを口にした。
「だから鏡夜には無理だよ。一連の怪にまつわる事件を解くことはできない」


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by zattoukoneko | 2013-04-15 23:13 | 小説 | Comments(0)


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