『世界を凍らす死と共に』2-2-1


   二.


 コンクールの〆切は近付いているけれど、今日は美術部の活動はしないで帰宅することにした。柊も怪のことで頭が一杯らしく参加しないとのことだったし、俺も『駄作』しか描けない今の状態のまま作業を続ける気にはなれなかったのだ。
 季節は秋に移り変わろうとしているとはいえ、太陽の出ている時間はまだまだ長い。授業が終わってからは寄り道もせずに帰ってきたし、家に着いた頃にようやく空の様子が変わってきたという感じだった。
 帰宅した俺を玄関で出迎えた母さんは、外出用の服を着ていた。
「お帰りなさい、鏡夜くん。ちょっと一緒に行きたいところがあるんだ」
 学校からの帰宅直後で制服を着たままだったし、俺は自室に鞄だけ置くとすぐに母さんと外に出た。
 傾いてからは陽が落ちるのも急速に早くなる。家の中にいたのはそれほど長くない時間だったはずなのに、先程まで明瞭に地面に描かれていた家々の影はぼんやりとしたものに変わっていた。
 歩を進めるたびに裾で可愛らしく揺れるフリル。その一方で落ち着いた印象も受けるワンピースを着た母さんの後に付いていく。
 辿り着いたのは父さんが死んだあの公園だった。
「近くを通ることは何度もあったけど、こうやって中に入るのはあの日以来になるのかな。どうしても足が避けちゃうんだよね」
 それは多かれ少なかれ他の人でも同じことだと思う。公園の木々は凍りついたものがほとんどだったし、遊具も所々に氷が張り付いている。そこにはまだあの事件の気配が色濃く残っていた。
 中央まで進むと、そこにあったブランコの一つに座りながら母さんが告げてくる。
「今日ここに来ようと思ったのは、お父さんのことを考えたかったからなの」
 俺と同じく事件のことを再度振り返ろうということなのだろうか? 俺も氷の付いていないブランコに腰を下ろしながら尋ねると、母さんは首を横に振った。
「事件のことじゃなくてお父さん自身のこと。それと……亡くなられた前のお母さんのこと。もちろん少しは話を聞いてるんだけどね。でももっと知ろうかなって。でも私一人じゃどうしようもないし、だから鏡夜くんに付き合ってもらおうと思ったの」
「それは構わないけど、何でまた急に? それに事件のことじゃなかったらわざわざここに来ずに家で話しても良かったのに」
「うーん、事件のこともまったく関係ないわけじゃないんだ。少なくとも深く知ろうと考えるきっかけにはなったし」
 伸びをするように足を真っ直ぐにする母さん。その動きに合わせてブランコもいくらか持ち上げられたけれど、漕ぎ出すわけではなくそのままの姿勢で話を始めた。投げかけられる問いに俺は静かに答えていく。
「前のお母さんってどんな人だった?」
「人当たりが良くて面倒見のいい人だった。けど俺に言わせればいつも無謀なことをやってるように見えた。体もそんなに丈夫じゃないのに、困ってる人がいたら誰でも助けようとするもんだから」
「体が丈夫じゃないって、ご病気か何か?」
「元からあまり体力がなかったみたい。特に俺を産んでからはがた落ちしたって聞いてる。寝込んだりとかそういうのはなかったけど、すぐに疲れて動けなくなったりはしてた」
 仮に人並みの体力を持ち合わせていたら今も存命だったかもしれない。あるいはもっと自分の体のことを気にかけてくれていれば、事態はもっと違うものになっていたかもしれない。
「事故だったって聞いてる。溺れてる子供を助けようとして流されたって」
「そう。今は整備されて見えなくなってるけど、町外れの方に大きな用水路があったんだ。その近くを通りかかったときに溺れてる子供を見つけたらしい。多分目に入った次の瞬間には飛び込んでたんじゃないかな。俺もその場に居合せたわけじゃないけど、容易に想像がつくよ。騒ぎに気付いて他の大人の人が来てくれたんだけど、体重の軽い子供の方しか引き上げられなくて、そして母さんはそのまま流された」
 俺が小学校の四年生になった梅雨の時期のこと。経緯を聞かされてどこに怒りをぶつければいいのかわからなくなったのを覚えている。頭の中がごちゃごちゃになって、結局『あの母さんの性格を考えればむしろ自然なことだったんだ』と整理をしたのだ。
 隣で話を聞いていた母さんはそこでしばし考え込む様子をみせた。それから言いにくそうに尋ねてくる。
「お母さんのこと嫌いだったの? その、何ていうか、鏡夜くんまるで他人事みたいにして喋るから」
「……」
 俺はすぐに答えることができなかった。当時は色々な感情が渦巻いていたはずなのに、今ではそれをきちんと思い出すことができなくなっている。思い出せるのは頭の中がごちゃごちゃになったということだけだ。それは気持ちとは少し違う。何だか心の奥底にある壺に想いを入れて、蓋をしてしまっているような感じがした。
 こちらが黙ったままでいることから何かを察したのか、あるいは元からそれを話すつもりだったのか、母さんが自分の想いを語り出した。
「私はお父さんのことが本当に好きだったから、今でも色々なことを思うの。お父さんは死ぬときに何を頭の中に描いていたんだろうとか、それまでの人生で何を考えてきたんだろうとか、そして前のお母さんを亡くしたときにどう感じて気持ちを整理したんだろうとか」
 母さんが少し上の方に視線を遣った。周囲はかなり暗くなっていて、氷漬けの木が公園灯に照らされてきらきらと輝いていた。
「前のお母さんが亡くなられたときには周囲は凍りつかなかったって聞いてる。でもお父さんが死んだこの場所にはまだ冷気が立ち込めてる。怪の影響もあるんだとは思うけど、結局この公園を冷たくしたのは誰なんだろうって気になったの。あのときの私は体や心がどんどん冷えていくのを感じた。だから私が原因だったのかもしれないけど、もしかしたらそうじゃなかったのかもしれない……」
 そこまで口にすると母さんは反動を付けてブランコから立ち上がった。苦笑しながらこちらを見てくる。
「取り留めのない話になっちゃったね。ごめんなさい。ただ鏡夜くんがお父さんの事件のことについて考え直すのなら、私ももう一度整理をしなくちゃならないのかもしれないって感じたの。ただアプローチの仕方は違うけどね。私には私の目指すものがあって、そうなれば当然見つめるべきものも異なってくるから。今回は前のお母さんの話を聞きたかったのもあるけど、鏡夜くんとはやっぱり違ってるってことを確認するために一緒に来てもらったんだ」
 俺には母さんの目指しているものが何なのかわからなかった。でも見ようとしているものが異なっているということだけはわかった。ただ別々の方向を向いてはいるものの、帰る場所は同じらしい。公園の出口に足を運びながら「夕飯遅くなっちゃうねー。今日は手伝ってもらってもいいかな?」と母さんがお願いしてくる。それに承諾の返事をしながら俺もブランコから立ち上がった。
 夏でも氷に包まれた公園。そのときそこには二人分の人間の温かさが確かにあった。そして人の気配がかなり遠ざかった頃、忘れていたかのようにブランコがきぃと甲高い音を響かせた。

 その夜俺は夢を見た。
 前の母さんの夢だった。
 俺は水の中で溺れ苦しんでいる。そこに母さんが飛び込んで体を包み込んだ。助けようと水面を目指して動くのだけど、流れる水が俺だけでなく、母さんの体まで氷のように冷たく凍らせていく。
 慌ててベッドに起き上がったとき、俺は全身を濡らす汗に寒気を覚えながら周囲を見渡した。けれど部屋のどこにも母さんの姿はなかった。


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by zattoukoneko | 2013-04-12 23:07 | 小説 | Comments(0)


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