『世界を凍らす死と共に』2-1-2


 昼休みに母さんが作ってくれた弁当を片手に下げ、俺は学校の中庭をぶらついていた。
 食事を摂る場所を探していたというよりは、これからの方針を歩きながら模索していたというのが正解に近い。事件のことを探ろうという一応の目標を立てはしたものの、どのように取りかかればいいのかがわからなかったのだ。
 当初は柊と直接話をしてみようかと考えていた。彼女は事件に深く関わった人物だったからだ。けれど昨日の俺に対する態度を思い出し、簡単には話してくれなさそうだと思い直した。柊は俺の父さんを殺した張本人なのだ。怪に取り憑かれていたとはいえ、彼女にも話しにくいことはあるだろうし、俺自身も躊躇いを覚える部分がある。いずれは直接対峙すべきだとは考えているのだが、今は時期尚早という気がした。
 警察を訪ねてみるというのは一つの候補に挙げるべきかもしれない。父さんは捜査に関わっていたわけだし、同僚の刑事から多少は話を聞くことができるのではないだろうか。事件後に詳細を教えてもらえなかったというのはあったけれど、そもそも俺がきちんと聞き出さなかったことにも一因がある。ただ怪のことなどは教えてもらえるかもしれないが、父さん以外の被害者や、柊のことは無理なのではないかとも思う。貴重な情報にはなるだろうけど、母さんなり真琴の言っていた、もっと内側にある関係性のようなものは見えてこない可能性は高い。
 俺はそこまで考えたところで嘆息混じりにこぼした。
「結局そういうことすら真剣に考えてこなかったってことなのかもなあ」
 怪というのはそもそも想いが蓄積することで発生するらしい。とすると強力な想いの塊といったところか。怪は何かしら独自の方向性に傾いているのだろうが、想いであるなら他の想いとも相互作用することではじめて現象を生む。つまりは父さんが殺された事件を一つの現象と見るならば、そこにいた人たちがどう関係しあっていたのかを知らなければならないということだ。でも俺はそのことを知らないし、知ろうとしてこなかった。自分勝手に他人の事情を作り上げて納得していただけ。ようは関係性以前にその人のことすらきちんと見ようとしてなかったのだ。今ならそれが大きな問題であったとわかる。
 さて自分が問題を抱えていることはわかったが、だからといってそれに気付いたと告げたところで柊や母さんは素直に話をしてくれるだろうか。人間関係をどう築くのかわからなくなってしまっているような気がする。思わず俺は再び溜め息を吐いた。
「溜め息を吐くとその数だけ幸せが逃げちゃうって言うよ? こんなに短い間で二つも手放しちゃった」
 急に背後から声がかけられ、俺は驚いて振り返った。
 振り向いた先、長い髪の毛が乱れるのにも構わず、立花先輩がぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「漏れた幸せってもう一度掴み直せるかな? 戻せたらいいね、見えないからわかんないけどさ」
 地面から浮く足の高さがほんの十センチ程度しかないのは、その細い体をブレザーが上から押さえつけているという理由だけではないだろう。
「あまり過度な運動をすると体に障りますよ。夏の暑さもまだまだ厳しいですし」
「これも運動だよー。昨日も言ったけど、これまで体が弱いからって動かすのを控えてたのもいけなかったんじゃないかってアタシ考えたの。だから自分でも何かしら変えてみようって、そんな感じ」
 立花先輩のその言葉に俺はちょっと驚いた。ちょうど自分が考えていたことと重なったからだ。それに出会った頃はまだ家族に守られているような状態で、ここまで活発ではなかった。あのときの先輩はどこか殻に閉じこもっている風だった。
 ジャンプするのをやめた先輩は、息を一つ吐いて呼吸を整える。
「でも暑いのは確かだねー。御薗木君はこれからお昼かな? 日陰になってるところで一緒しない?」
 立花先輩は俺の持っている弁当を見ながらそんな提案をする。最初からそのつもりだったのかまではわからないが、先輩の手にも小さな弁当箱があった。
 俺たちは中庭の隅の方にあった木の陰に入ると、その場に座り込んだ。ベンチのある場所はどこも陽が照っていたし、風通しの面からしてもこちらの方が良さそうだったのだ。
 先輩はブレザーのポケットからヘアゴムを一つ取り出すと、慣れた手つきで長い髪を後ろで一つに束ねていく。その隣で弁当を広げていると、その中身を見た先輩が面白そうに声を上げた。
「何だか妹が大好きなお兄ちゃんのために頑張って作ってあげたお弁当みたいだね。御薗木君に妹さんっていたっけ?」
「あ、妹はいません。これは母さんが作ってるんですけど、何せ俺より年下で家事も勉強し始めて間もないですから」
「え? ……ん? お母さんなのに年下?」
 目をぱちくりさせる先輩。どうやら母親が年下という状況が飲み込めずに混乱しているらしい。俺にとってはもう自然なことになってしまっているけれど、そもそも親が再婚するということも稀なのだろうし、ましてやその相手が自分より年下というのは俺の年齢ではほとんどないことかもしれない。そのことに気付いた俺は、父さんが昨年若い女性と再婚していたのだということを告げる。
 立花先輩は一度得心してから、すぐに唸り声を上げた。
「うーん、迂闊だった。柊さんだけでなく、許斐真琴ちゃんに年下のお母さん。御薗木君の周りには可愛い女の子が一杯だね、ライバル多し!」
「ライバルって……何を言ってるんですか、先輩は」
 唸りながらもどこか楽しげな口調で語るという芸当を披露する先輩に、俺は思わず頭を抱えてしまった。けれど先輩は我関せず。唐突に「あ!」と声を上げると話題を変えてきた。
「柊さんで思い出したけど昨日の放課後、美術室で二人がいい雰囲気になってるところ見ちゃったよ? あまり感心できることじゃないなー。学校ってのは密室のように思える場所でも穴がたくさんあるように出来てて、いつ誰が見てるかわからないんだから」
「えっと、それはどういう状況を見たんですか?」
「二人でお互いの顔を近付けてキスしそうになってるところ。何、もしかしてそれ以上のこともしたとか?」
 先輩の返答で納得する。その場にいた者からすればあれはいい雰囲気と呼ぶようなものではなかったけれど、事情を知らない人が外から見ていたら顔を近づけていたり、その後の手を掴みながら床に転がっている姿は誤解を招いてもおかしくはない。
「あれは説教されていたんですよ。確かに柊は顔を近付け過ぎだったかもしれませんけど、普段から突飛な行動に出ることがよくありますから」
「そういえば昨日も気性が荒いとか言ってたね。ふーん、御薗木君は柊さんのことよく見てるんだね、へぇー」
 不満そうな声を上げながら立花先輩はジト目でこちらを睨んでくる。ただ俺はその先輩の態度よりも言葉の方がずっと気にかかった。
「俺が柊のことちゃんと見れていると、そう先輩は思うんですか?」
 それはついさっきまで俺が悩んでいたこと。人間関係や、そもそもそこにいる人自身を俺は見てこなかった。そう思っていたのだが立花先輩は「よく見ている」と言った。それは意外な言葉だった。
 俺の問いに先輩は不機嫌そうな顔を一瞬向けたものの、すぐにこちらが真剣に悩んでいることを察してくれたらしく、真面目に返事をしてくれた。
「アタシは御薗木君と比べて柊さんと接した回数がずっと少ないから、当然その差は考慮しないといけないよね。彼女のことに関してアタシはほとんど知らない。でも何回も会っているからといって、その人を知ることができるとも限らないよ。アタシ、世界史担当してる先生の名前すら危ういもん」
 先輩はさらっと問題発言を交えて一度話を締め括り、指を一本立てて考えを転回させる。
「あるいはさ、そもそも何回も交流できるってだけでもすごいことだと言えるんじゃないかな? お互いにより知り合おうとするから何度も出会ってやり取りできるの」
 その二つの考え方を提示すると、結論として「御薗木君は柊さんのことをよく見てるとアタシは思う」と先輩は話を終えた。その論はもっともなものだと感じられて、だから俺は悩んでしまった。
 これまで俺は人をきちんと見てこなかった。それは柊に駄作だと評された絵に如実に表れている。一方で立花先輩の言うように、深くは入りこめていないのかもしれないが、人との付き合いはそれなりにしてきた。それを踏まえて昨夜の母さんを描いた絵のことを思い出すと、それまでと違う母さんの表情だったから、それに敏感に気付いて取り出せたとも考えられる気がする。
 ただそれだけでは整理できないもやもやがある。それを俺が捉え損ねていると、先輩は意地悪な笑みを少し含ませながら訊いてきた。
「何だかまだお悩みのようだね? ちなみにこんな考えも出来るよ。相手のことを知らないって思うってことは、その人を知りたいって願望があるってことの表われである。どうだろ、違うかな?」
 その言葉ですとんと胸にわだかまりが落ちる感じがした。先輩の言ってることは当たっている。
 結局俺は昨日のことをきっかけにして、柊や母さんのことを深く知らないといけないと感じるようになった。本来ならばそれまでにきちんとやっておかなければならないことではあったのだけれど、それをなあなあで片付けてきてしまったのが俺の問題なのだ。ただすべてを無視していたわけではなく、だからそれなりの関係は築けていたということなのだろう。
 立花先輩は連続殺人事件のことや、俺の父さんが死んだことについては知っているけれど、その犯人が柊だということまでは知らないはずだし、それは伝えない方がいいだろう。少し濁した言い方にはなってしまうものの返答する。
「詳しくは話せないんですけど、柊が絡んだことで思うところがありまして。それがきっかけで俺は彼女のことをこれまできちんと見ていなかったことに気付いて、もう一度見つめ直そうと考えるようになったんです。整理できてませんでしたけど、先輩のおかげですっきりしました」
 先輩は俺の顔を見て満足そうに頷いた。それからさらにアドバイスをくれる。
「アタシからは柊さんのことについては何も教えられることはないよね。でも他の人ならもっと詳しいんじゃないかな。本人に直接話を聞けないようなら、周りの人に当たってみるのも一つの手かもしれない」
 言われて俺は隼人のことを思い出した。事件に直接の関わりはないだろうけれど、中学時代から柊のことを知っていて、険悪ではあるものの互いのことを意識している。あいつだったら柊のことを俺より知っていても何ら不思議はない。
 ……一瞬、隼人が描いた柊の絵が脳裡をよぎった。今の俺が柊を対象にして描いたとしても、あんなに彼女を再現することは出来ないと思う。隼人は柊の何を知っているのだろう?
 そんなことを考えていたら、立花先輩が急に話題を変えてきた。
「でもさー、女の子と二人っきりでお昼だっていうのに、他の子の話題ばっかりって失礼だと思わない?」
「……え?」
 振り向くと、小振りのミートボールを刺したフォークをピコピコ揺らし、先輩は抗議の声を上げていた。そしてとんでもないことを言い出した。
「罰として明日の休みはアタシとデートです。異論は認めないから」
「何を急に言い出すんですか。さっきまでの話と全然違いますよ」
「それはアタシとのデートはイヤだってことなのかな?」
「いや、それは……」
 俺が返答に困っていると、先輩は微苦笑した。
「あんまりいじめるのも悪いね。要は体を動かす一環として休日に街を出歩いてみようと考えてて、でも一人じゃ心許ないから付いて来てくれないかなってこと。前に行き倒れていたのを助けてくれた御薗木君が一緒となれば、お父さんたちからもオーケー出やすいだろうし」
 なるほど、そういうことであれば喜んで同行させてもらいたい。先輩も変わろうとしてるなら俺もその姿を見ることで学ぶところがあるに違いない。少なくともそうやって交流することで一人の人間をちゃんと見つめる訓練にはなると思う。
 俺が快諾すると先輩は本当に嬉しそうな顔をする。そしてミートボールをぱくりと口に放り込んだ。


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by zattoukoneko | 2013-04-12 23:06 | 小説 | Comments(0)


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