『世界を凍らす死と共に』2-1-1


   二章


   一.


「だからそういうのを不条理だって僕は言ってるんじゃんか」
 翌朝の登校途中、事件のことを掻い摘んで話したところ、聞き終えた真琴は開口一番にそう言ってきた。
「その『不条理』っていうのは最近の口癖か何かか? 確かに母さんに言われて簡単に納得してはいけないことだとは思ったし、俺もきちんと見つめることをせずに置き去りにしている点がいくつもあると気付いたよ。でもそれは俺が見ていないというだけの話であって、筋は通っているんじゃないかな? もしかして真琴は不条理って言葉の意味を理解してないんじゃないか?」
 今年の春からまた一緒に学校に通うことになった真琴は、父さんと一緒にいる新しい母さんのことも見ていたし、殺人事件で父さんが殉職したことも知っている。家同士の親交はなかったにもかかわらず、葬儀にも参列してくれた。その後も事件のことは気にかかっているようだったから怪のことなどを教えることにしたのだ。ただし柊との面識はないので、その辺りは伏せておいたけれど。
 俺の物言いに真琴は「言葉の意味くらいちゃんとわかって使ってるよ!」と膨れっ面になって返してきた。
「鏡にいは怪のこととか、それに取り憑かれて人殺しをすることとか、そういうのを自然の摂理に合ってるからって納得して理解してる。でも僕はその自然の摂理とか生まれ落ちてきた社会の構成とかがそもそも気に喰わないんだ。理に適ってるだなんて思いたくない」
 その主張に俺は溜め息でもって応じる。
「それってただの我が儘じゃないか。もしくは年齢的に反抗期」
 生まれてきた世界の秩序や社会に不満を持ったところでどうしようもない。人間が自力で空を飛べないことに不満を持ち、怒り狂ったところでその現実は変わらないものだ。
 けれど真琴はその考えに疑問を呈してきた。
「鏡にいは本当にそう思うの?」
 そんな想いを抱くようになったのにはどうやら理由があるらしかった。まだきちんとまとまってはいないものの、考えを披露してくれる。
「人は生まれたままの体じゃ空を飛ぶことはできないけど、そのことに不満を持って飛行機を発明した。暑い夏を快適に暮らしたいと思ってクーラーや扇風機を作り出したんだし、その前から団扇とかがあった。そうやって自然を変えてきたんだろ? 最初は不満という想いから始まって、その後別の想いとも結び付きながら、積もり積もって出来上がったのがそういう発明品だって見方も出来る。ならさ、自然とか社会とかに不満を持っても別にいいんじゃないかな。そこにおかしなものがあると思って考え続けていたら、いつかは世界を変える力を手にすることが出来るかもしれない」
 技術が想いそのものであるというのは違うだろう。仮にすべての道具に考案者の想いが残っていたら、それを扱う人間が別の使い方を試みたら反発してしまう可能性がある。ただ発明が成される過程で、たくさんの想いが相互に作用しあって最終的な形を決めるということはあるかもしれない。そう考えれば『血と汗の結晶』という言葉は見事に的を射ている。
「青葉さんは逃げないで色々なものを見て欲しいと願ってるんでしょ? それって世の中にあるおかしなもの――鏡にいは違和感覚えるみたいだけど僕の言葉での不条理にもっと目を向けて、それによって不満に感じることを変えていって欲しいってことだったりするんじゃないかな?」
「それだと不満を抱けって言っているみたいにも聞こえるな。そういう感じではなかったよ。ただ『事情があるから仕方ないとするのはやめて欲しい』とは考えているらしくて、それは俺も直すべき点だと反省した。きちんと対象の内側を見ることを心掛けないとその本質を捉えることはできない」
 昨夜描いた母さんの絵がそのことを如実に語っていた。あのとき俺は母さんの内側をしっかりと見れていて、だから紙の上にそれを表現することができた。ただあれは偶然の産物に近いもので、いつも同じように描いていける自信はない。
 そういう意味では俺は確かに不満なところがあって、それを変えようとしている。真琴の本意とは少しずれているのかもしれないけれど。
 俺のその見解を聞いた真琴は少し考え、けれど結局唇を尖らせた。
「でもさー、それってどうやって変えていくの? その不満が向けられている相手って鏡にい自身じゃん。内省したからって簡単には変わらないのが人間ってもんでしょ」
「……お前はまだガキのくせにわかったような口を利くなあ」
 あまりにも真琴が実感のこもった感じで話をするので、つい俺は皮肉を口にしてしまった。真琴がさっき以上に不満そうな顔をする。
「まあ真琴の言うのももっともだと思うよ。自分の内側を見つめ直すにしたって、そもそもそのきっかけになるものを俺はまだ手にしていないわけだし」
「じゃあどうすんのさ」
「とりあえず父さんの事件を追っていくことにしようと思う。自分にとって大きな出来事だったのは間違いないわけだけど、それを俺は詳細を知ろうとしないまま整理してしまった気がするんだ。だからその引き出しをもう一度開けるためにも、何が起こっていたのかを見つめ直すことにしようと考えてる」
 具体的には柊に話を聞いてみようかと思っている。犯人が同級生だと知らない真琴にはそのことは伝えず、やや曖昧な言い方になってしまったけれど。
「そっか。確かにお葬式のとき不思議に思ったよ。僕だって鏡にいのお父さんが殺されたって知ってすごいショック受けてたのに、肝心の鏡にいはけろっとしてんだもん。あのときにはすでに仕方のないことと納得しちゃってたのかもね。だとしたらその頃とか事件のことを探ろうという姿勢を持つことで、何かが変わるってのもありそうじゃん」
 そうだった。葬式のとき俺は泣かなかったんだ。この年齢で泣いてしまうのは恥ずかしいとか、そういう気持ちで抑制がかかったわけではない。悲しくなかったのだ。父さんの職業柄いつ死んでもおかしくないと覚悟をしていたし、連続殺人の犯人を追うという危険な仕事をしていたことも知っていた。だからそういうこともあるし仕方のないことだと自分を納得させてしまっていた。そのせいか父さんの死を深く悲しみつつも、気丈に振る舞っている母さんの顔や、親類でもないのに参列者の対応を手伝ってくれた真琴の懸命な姿をはっきりと覚えている。代わりに俺自身の気持ちはどういうものだったのか忘れてしまっていた。
 ただあのときの気持ちそのものを掘り返してもあまり価値はないと思う。何せすでに納得して気持ちに整理を付けてしまっていたのだから。でも事件のことを調べて、それを受け止めていくうちに、別の気持ちが湧き上がってくるだろう。それを見逃さなければ俺は自分の内側を見つめられたことになる。
 と、真琴がすぐ隣で不意にこんな言葉を口にした。
「ただ鏡にいは事件だけじゃなく、もっと周囲のことも注意してみる必要があると思うけど……ね!」
 そして次の瞬間足首に衝撃。真琴に足を引っかけられたのだと気付いたときにはすでに地面に転がっていた。
 幸い軽く転倒しただけなので怪我はない。ブレザーについた砂や小石を叩き落としながら背の高さのあべこべになった真琴を見上げ、抗議の声をあげる。
「小学生のときみたいな悪戯はやめろよ。いい加減落ち着け」
 だが真琴は反省せず、下瞼に指を当てて舌を出してきた。
「いつまで経っても気付かない鏡にいに腹が立ったんだよ。ばーか!」
 そのときに少し真琴が前屈みになったせいか、俺はようやく今日になって真琴の顔をじっくりと見つめた。そしてその髪型が普段と少し違うことに気付く。
 左耳の上辺り。短髪の髪の毛がヘアピンで留められていた。
 小さなモミジがあしらわれたそのピンとセーラー服に身を包んだ真琴が、こちらに向かってあっかんべーをしている。それは何だかいつもと違う印象を俺に与えた。


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by zattoukoneko | 2013-04-12 23:05 | 小説 | Comments(0)


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