『世界を凍らす死と共に』1-4-1


   四.


 柊が母さんに向けて放った言葉に、もし動揺することがなかったら息子どころか人ではないだろう。そんなことを思うくらい彼女の発言は衝撃的だった。
「殺された人間の妻や息子がいるところで自分が犯人だと告げるだなんて、正気の沙汰には思えないぞ? 冗談だったと後から訂正しても取り返しがつかないかもしれない」
 俺は少なからず動揺していた。でもこの場で動揺しているのは俺だけだった。
 柊はいつもの視線を眼鏡越しにこちらに送り、母さんは悲しみをない交ぜにしながらどう説明したらよいものかと思案する戸惑い顔を浮かべていた。
 二人の様子を見て俺はソファの背もたれに体を放り出した。ぼふんとやや大きめの音を立てながら体が受け止められる。
「……本当のことなのか」
 呟いた俺に、まだたどたどしい口調ではあったが、母さんがあの事件の日のことを説明してくれた。
「お父さんは刑事として連続殺人犯を追っていた。でも紗樹さんが説明していた通り、被害者のご遺体はすべて凍りついていて、だから怪が原因であるという可能性も考えられた。捜査本部は怪が関わっているとしても殺人を犯している人物には凶悪な殺人犯として対処すべきと考えていて、それに真っ向から反対していたのがお父さんだったの。事件が怪によって引き起こされているとしたら、犯人はむしろ助けられるべき対象なんじゃないかって……」
「ようは御薗木くんのお父さんにわたしは救ってもらったのよ。怪に取り憑かれる素因を持っていたのは確かだけれど、わたしは自分の意思に反して殺人を繰り返していた。それを止める術を持ってなかった。そして憑依されたわたしの心はどんどん冷たくなっていった。あの日も仲睦まじく夜道を歩いている男女二人組を見かけて、そこに漂う温かさを壊してやりたいという衝動に駆られた。それが御薗木くんのご両親だったのよ。殺すのはどちらでもよかったから隙だらけの青葉さんの方を狙ったわ。でも襲撃にいち早く気付いたお父さんがその身代わりになった。そして息絶えながらもわたしのすべての罪を許すと優しく抱擁してくれたの。わたしはそれに驚くと同時に、その温容な心に冷え切った心が溶かされるのを感じた。そうして怪は消えたの」
「まだ事件から日も浅いし鏡夜くんも覚えてるかと思うけど、当時は巡回している警察官がたくさんいたよね。あのときも現場近くに偶然お父さんと親しい方がいたの。一度は紗樹さんも連行されはしたものの、怪に憑かれて犯行を重ねている人はむしろ被害者なんじゃないかって考え方が出来上がりつつあった。お父さんはその信念のもとで動いて、抵抗するよりも襲ってきた紗樹さんを受け入れることにした。結果としてお父さんが考えていた通りに怪は消えたし、紗樹さん本人の罪も問うべきではないだろうと結論付けられたわ。ただ怪に関してはまだ認知が進んでいないし、一般の人には犯人は捕まって事件は無事収束を迎えたとだけ伝えられることになった。一方で被害者の家族には犯人と事件の事情が複雑であるため、その整理ができるまで相手の情報を伝えるのは待ってもらいたいと伝えられたの」
 事件の裏にそのような事情があったことに多少驚きつつも、父さんの行動を聞いて納得もした。刑事として仕事に追われながらも、実の母さんが死んでからはいつも俺のことを気にかけてくれていた。物理的に時間を取るのは難しかったために家事の担当は俺に移っていったけれど、それでもなるたけ自宅に帰るように心掛けているのはわかった。自分の仕事をしながらも周囲のことを何より気にかけるような人だったから、怪に取り憑かれた人間を救おうと考えたという話はすんなり受け入れられた。
「鏡夜くんに伝えられなかったのは相手が近しい人物だったから。怪のこととかきちんと受け止められないと、友人間でのトラブルに発展するかもしれない。だからしばらくの間は鏡夜くんや紗樹さんの様子を見守ろうという話になったの」
「確かに理解し難い内容だと感じるよ。怪のことも何となくはわかったけど、実感がまだ伴ってはいないし。ただ事情は把握したし判断も妥当なものだと思う。こうやって三人揃って話が出来たおかげで飲み込みやすくなったのかもしれない」
 母さんと話をするその俺の様子を、柊がしばし黙して窺っていた。話の流れからそちらをまず優先しようと考えたのかもしれない。
「……」
 俺がとりあえずの納得をしたところで、柊は何か声をかける素振りを見せた気がした。しかしそれは思い過ごしだったのかもしれない。彼女は母さんに向き直ると、家にやってきた理由である本題へと話を移した。
「わたしには疑問なのです。先程も青葉さんは『心の整理をする時間が欲しかった』と仰っていました。なら事件のあの日は尚更に心中穏やかではなかったということではないですか?」
「それは……」
「亡くなられたお父さんや公園はそれまでの事件と同じく凍りつきました。いえ、それ以前のものより長い期間氷に包まれていて、今でも公園の氷は融けていない。それは怪による影響だと考えられます。でもわたしから怪は消えた。そしてお父さんも自分の死を受け入れて優しい笑顔をわたしに向けてくれていました。ならあのとき冷たい心を持っていたのは誰なのか。……もしかして怪は青葉さんに乗り移ったのではないですか?」
 母さんはその追及を予期していたのかもしれない。視線を軽く俯かせた。それから自分の中を整理するように、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「まずね、紗樹さんを襲ったのは私じゃないとは伝えておこうと思う。証拠を出せと言われると困っちゃうんだけど……。年齢も鏡夜くんや紗樹さんと差がないから学校にも生徒のふりをして入れちゃうかもね。制服はないけど放課後ってことなら運動部とかは体操着だろうし」
「確かにやったことの証拠を出すより、やっていないことを明示するのは遥かに難しい。わたしもそれは理解していますし、何も襲われたからといってその相手を糾弾しようとも考えてはいないのです。怪に取り憑かれた人間だからこその考えかもしれませんが、わたしは怪が今どうなっているのかを確かめたいのです。憎むべきはそちらだと思っていますから」
「そっか。それで話を聞きに来たんだね。紗樹さんからは怪が消えたけど、私は事件の現場にずっと残ってたから」
 納得して一つ頷いた母さんは、事件直後に感じていた気持ちを吐露し始める。
「お父さんが死んだとき、私はその仕事も人柄も知っていたから覚悟はできていたの。いくら何でも早すぎるとは思ったけどね。だからお父さんが勤めを果たして死んだことには納得してた。でもお父さん自身が満足そうな顔を浮かべていたことに、どうしても心がついていかなかったの。お父さんは仕事は全うしたかもしれないけど、結果として私や鏡夜くんを残して先立つことになる。それに不満はないのかなぁって。私たちのことはどうでもいいのかなぁって。そんなことを思っちゃったんだよね。それが理由なのかもしれない。私は多分あのとき怪に取り憑かれていた」
 俄かには信じられなかった。父さんが死んだ直後は確かに意気消沈していたけれど、母さんはすぐに明るく振る舞うようになった。話に出ている怪は冷たさが凝縮して発生したものということになるのだろう。だとしたら俺に接していた母さんは偽りの姿を見せていたということなのか?
「それは違う。そんなことはないよ、鏡夜くん」
 俺の疑問に母さんはすぐに否定の言葉を発した。
「確かにお父さんが死んだとき、私はすごい悲しくなったし、あまりのことにこの世に絶望もした。もし可能であればお父さんを説得して、家族三人で幸せに暮らせるようにやり直せたらいいのになんてことも夢想した。そんなこと、実現するはずがないのにね。でも叶わないからこそ強く願ってしまった。そうしたら体がどんどん冷えて周りも凍っていったの。あのときの私の体には怪がまとわりついていたんだと思う」
 怪に取り憑かれ、自分が公園を氷漬けにしたと母さんは正直に告白する。でもその後に俺に向けた微笑みからは冷たさなど感じられなかった。
「でもね、どうしてお父さんは笑顔を浮かべながら息を引き取ったのか考え直したの。まだ若かったんだし、後悔がないなんてことはないはずだって。多分だけど自分がいなくても残った人たちに任せられると考えたんだと思う。怪のことも同僚の刑事さんがきちんと考えてくれて、紗樹さんの罪は問われないことになった。家のことは鏡夜くんがしっかりしてるし。あとは私がお母さんとして頑張ればいいのかなって、そう思い直したの」
 それで父さんが死んでから家事は自分がやると強く望んだのか。以前から料理本を読んだり俺が作業しているのを見て教わったりはしていたけれど、二ヶ月前からはほぼすべてを母さんが担当している。そうすることが父さんの遺志に沿ったものだと考えたのだ。
 同じ家に住む者からすると、もう少し分担させてくれればいいのにとは思う。まだ頼りないところがあるとは正直感じるし、家族なら手伝うのも自然だろうし。
 ただ一つわかったことがある。母さんは父さんを失った直後に怪に取り憑かれたかもしれない。でもその後に操られたりはしていなかった。自分の気持ちをきちんと取り戻し、怪を跳ね返したのだ。
 柊も同じようなことを思ったのだろう。もちろん一緒に住んでいるわけではないし、俺たちの会話から状況を想像して判断したのだろうけど。
「青葉さんの話が聞けてよかった。わたしを狙っていないことや現在怪に憑かれていないことをきちんと証明してもらったわけではないですが、以前怪に取り憑かれていた者から見ればこのような温かい家庭を築けていることが何よりの証拠のように感じます」
 それを伝えると柊はかけていた眼鏡を取って少しの間物思いに耽った。蔓の部分を手でいじりながら独り言のように言葉を口にする。
「けれど怪が襲ってきたのは変えようのない事実。わたしに取り憑いていたものと同一のものかまではわからないけれど、怪に魅了され、多くの人を殺めてしまった者としてそれが存在していることを看過することはできない」
 柊は眼鏡をかけ直すと、鞄を手に取り立ち上がった。
「あまり長居をするわけにもいきませんし、そろそろお暇させてもらうことにします。青葉さんにとってまだ心の整理の出来ていないことだったかもしれませんが、お話を聞かせてもらってありがたく思っています」
 そして母さんに向かって一礼し、玄関の方に足を向けた。夜も遅いし送り届けようかと申し出たのだがそれは断られ、代わりに敷居を跨いだ向こうからこんなことを言われた。
「御薗木くん。青葉さんがいつまでも事件や怪のことを伝えられなかったのはあなた自身のせいよ。どうせ自覚はないのでしょうけどね」
 急な内容で何を言われているのかわからない。我に返ったときには玄関の扉は閉められ、柊の姿は見えなくなっていた。


   『世界を凍らす死と共に』1-4-2へ
by zattoukoneko | 2013-04-07 07:15 | 小説 | Comments(2)
Commented by 水心 at 2013-04-08 21:51 x
「公園」が「講演」になってる箇所があるよ。
興味深い話でしたわ。
Commented by zattoukoneko at 2013-04-08 22:18
あら、ご指摘ありがとうございます。
推敲前のをアップしてしまったのかしら?

この後も続くので、よかったら読んでやってくださいませー♪


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