『世界を凍らす死と共に』1-3-2


 玄関先でインターフォンを鳴らして帰宅を告げると、中からパタパタと軽快なスリッパの音が移動するのが聞こえてきた。連続殺人事件がありはしたものの、この辺は特に物騒というわけではない。近年いくらか発展してきてはいるものの、まだ近隣の人たちとの横の繋がりがあるからか、空き巣や強盗の被害があったなんて今まで聞いたことはない。ただ母さんはまだ若いし、気を許しやすい人だから在宅中でもきちんと鍵とチェーンをかけておくようにと約束してあった。
 まだ暗くになるには余裕を残した夕方の空気の中、チェーンが外れる少し大きな音が響き、続いて開かれた扉から俺より少し小柄な姿がまろぶようにして出てきた。飼い主の帰りを待っていた子犬かと思うほど嬉しそうな笑顔を向けてくる。
「お帰りなさい、鏡夜くん。もっと遅くなるのかと思ってたからびっくりしちゃった」
「あ、うん。ちょっと用事ができちゃったから」
 俺の返事は歯切れの悪いものになっていただろう。母さんも怪訝そうな顔をしていた。
 その母さんの視界の中に入るように、それまで後ろで控えていた柊が姿を現す。
「お久しぶりです。青葉さん」
 柊の姿を見て母さんが驚きで目を丸くする。それからすぐに居住まいを正しながら挨拶を交わした。
「お久しぶり。二ヶ月ぶりくらいになるのかな。その後は連絡取ってなかったけどお元気そうで」
 母さんの態度で確かに二人は知った仲だったのだと思わされた。そして「二ヶ月ぶり」という言葉から、そこに父さんの死んだ事件が深く関わっていることもわかった。
 柊をリビングに通すと、すぐに母さんはもてなすためのコーヒーの準備を始める。俺も手伝おうとしたのだが「ちょっと心を落ち着かせたいから……」と断られてしまった。考え事をしながらのようだったから少し時間がかかるかもしれない。仕方なしに俺は柊がいるソファで待つことにした。
 様子をずっと目で追っていたらしい。戻ってきた俺に柊は話しかけてきた。
「新しいお母さんとは仲良くやっているのね」
「まあな。俺より年下だったから最初は戸惑ったし、父さんがいなくなってからも一時はどうなることかとも不安になったけど。でもそれ以前は俺一人で家事はやっていたんだし、受け入れてしまえば楽なもんだったよ」
「なるほど。実を言えばわたしはお父さんが亡くなられてから、御薗木くんが青葉さんを襲ってしまわないかと危惧していたのだけれど、逆に青葉さんの方から迫ってきたのでそれを受け入れたとそういうわけね」
「ちょっと待て、どうしてそういう話になるんだ」
「冗談よ」
 さらりと言ってのける柊に、俺は思わずこめかみを押さえる。せめてもう少し顔に出してくれればわかりやすいのに。
「……でも半分くらいは的を射ているのかしら? 青葉さんとは親しくなるほど話したことがあるわけではないけれど、御薗木くんの性格を考えれば自然な成り行きでそういうこともあり得るのかもしれない」
「だからそんな間違いは――」
 反論しようと俺が顔を上げると、柊は表情を柔らかいものにしていた。
「経緯はどうあれ、仲の良さそうな家族関係を構築できているようで羨ましいわ」
 他の人だったら微笑みを浮かべていたかもしれない。柊が口にしていたのは変な意味ではなく、人付き合いについてだったらしい。ただ当事者だとよくわからないもので、柊の不意に見せた表情と相まって何を喋るべきか戸惑ってしまう。その間に彼女は顔を引き締め、話題も本題へと替えてきた。
「一連の事件に関しては少し事情が込み入っているし、予備的な知識も必要となるから先にその辺りを整理しておきましょう。まず初めはこの世界の法則に関して。小学校でも習っているし、日常のことだから何をいまさらと思うかもしれないけれど」
「わかった。俺にはそれが事件とどう繋がるのか皆目見当が付かないんだが、それはきちんと説明してくれるんだろ?」
「そのつもりよ。むしろその繋がりを知っていてもらわないと意味がわからないと思う」
 俺の了承を受け、柊は話を始めた。
「この世界には様々な想いが溢れている。その中には生物のものだけではなく、非生物のものも含まれる。想いは互いに共鳴しながら何かしらの現象を引き起こすのだけど、世界に作用するだけの力を引き出すにはそれなりに大きなものになっていないといけない」
「確か人間は感情が複雑だから、他の生き物に比べて想いが膨らみやすいんだったよな。でも『寒くて凍えそうだからマッチに火が点いて欲しい』と願うくらいじゃ全然ダメで、実際に擦って点火しないとならない」
「そう。想いは大きくならないと現象を引き起こさないけれど、想いは複雑だから一つのものになりにくい。童話の少女も火が点くまでそれを願うより、物理的に頭薬に摩擦熱を加えた方が早いと考えたからそうした。でも寒さを凌ぐことよりも暖かい家庭の情景を強く思い描いていたから、その映像がマッチの灯りによって投影された」
「童話はあくまでお話でしかないから、実際にその映像が投影されたかどうかまではきちんと言及されていないけどな。マッチの灯りに注目したのは面白いけど、さすがにどこかの映像が転送されてきたなんてことはないだろうし」
「でも物語でもきちんと現実の世界通りに描かれている部分もあるわ。それは死によって周囲の温度が冷えるということ。マッチ売りの少女は死んで、周囲に雪を積もらせた」
 言われて父さんの死んだ現場を思い出した。もう夏も終わろうというのに公園は未だ凍りついたままだ。
 どうやら柊もそれを意識して口にしたらしい。人の死と想い、それによる温度低下に焦点を絞って話を続ける。
「人の死は当人の想いを停止させるし、同時に周囲の人の気持ちも冷たいものにする。だから現象として現れやすいの。もちろん心穏やかに死ぬ人もいるし、その場合はほとんど温度の低下は起こらない」
 彼女の話していることは俺も十分理解している。最初に言われたようにその内容は常識と呼ぶべき類のものであったし、また俺も実の父と母を亡くしているから、この年齢ですでに死にも直面している。父さんは死んで公園を凍らせたが、母さんのときは何も起こらなかった。つまりはそういうことだ。
 しかし柊が次に述べたことには思わず首を捻ってしまった。
「でも先の連続殺人事件ではすべての人の周囲が凍りついた。それを考えるとあの一連の出来事は自然なことではなかったとわかるでしょう?」
 彼女の言う通り、年が新しくなった頃から始まった連続殺人の被害者はすべて氷漬けになって遺体が見つかっている。十人目の被害者で、最後に殺された人物である父さんも例外ではなかった。棺に収められた彫刻のように硬い姿を、今でもはっきりと覚えている。
 でも俺は殺人という残虐な行為を受けたから、亡くなった人は周囲を凍らせたのだと思っていた。犯人に対しての怒りや不満が心を冷たくしているのだと。だから辺りの気温も急激に下がって氷ができるのだと。
「それは逆よ、御薗木くん。憎悪は煮えたぎるように熱い。だから憎悪が強ければ周囲の温度はむしろ上がるはずなのよ。ただ死ぬときに殺した相手を憎んだとしても、それ以外にやり残したことや親しい人のことを思い浮かべたり、死ぬことに対しての恐怖感が出て別の想いが入り混じるため、火の海が発生するなんてことはまず起こらないだけ。それに比べれば気持ちが冷めるというのは起こりやすいし、だから時に周囲に氷を発生させるのだけど、それでも毎回必ずそうなるというものではないわ」
「だとしたらこの町で起こっていた事件の被害者はどうしてみんな氷漬けになったんだ? 口ぶりからすると柊はその理由を知っているみたいに聞こえるんだが」
 俺には彼女を責めているつもりなど毛頭なかったのだが、どうしてか柊は言葉を詰まらせたようだ。ただそれも一瞬のことですぐに会話を再開する。
「あの事件には人ではないものの力も関わっていたの。その影響で周囲が冷たくなることが促進された」
「人ではないもの?」
「怪と呼ばれているそうよ」
 その台詞に俺は苦笑いしてしまった。飛躍があまりに大きい。
「それは妖怪とかそういう類のもののことを言ってるのか?」
 思わず口に出してしまったその皮肉に、しかし柊は気分を害するでもなく前言を撤回するでもなく、いつもと変わらぬ表情のまま頷き返してきた。
「妖怪は伝承だから少なからず創作も含まれているけれど。でも想いは人のものだけではないのだし、積もり積もれば現象として形になる。雪国に雪女の民話が多いのはその顕著な例だと言えるでしょうね」
「……つまり何か? 俺の父さんは妖怪に殺されたと?」
「怪は妖怪のように実体は持たない。けれど人に取り憑くことでその相手の想いを増幅し、暴走させる。御薗木くんのお父さんは怪に取り憑かれた殺人犯を追っていて、そしてその相手に殺されたの。犯人は他の警官に捕まえられて、そして怪も消されたのだけどね」
「…………」
 柊は至って真剣な表情のままそれを崩そうとしない。しばらく彼女を見つめていたが、逆に真っ直ぐな視線を返されこちらの理解を促されてしまった。
 想いは人間や高等生物だけのものではないし、気象にも左右されて複雑に作用する。雨の日に人が憂鬱な気分になって外に出るのを嫌がるのと同じで、嵐の気配がすれば動物は巣穴から外に出るのを控え、生き物の喧騒がなくなると草木や岩も佇まいを大人しいものにする。そうやって静寂というのが生み出されるのだ。
 そして想いは蓄積もする。静かすぎる場所には生き物が寄り付かなくなり、やがて淀んだ空気を形成する。重く鈍くなった空気は鳴る音を響かせにくくすることで、さらなる静寂をその場に漂わせようとする。
 そういうことが繰り返されて想いが大きくなれば、怪というのも生じるのかもしれない。感覚としてそれは正しそうに思えた。
 ただ俺は怪というものに遭遇したことがないし、これまで話も聞いたことがなかった。
「怪っていうのはそれだけ珍しいんだって。昔はそれこそ妖怪と同じものとして扱われていた。ようやく最近になって存在が明らかになってきたらしいんだけど、事例が少な過ぎてどういうものかきちんと把握ができてないみたい。だからまだ公表するには至らないと、お父さんの同僚の方が教えてくれたよ」
 声のした方を向くと、コーヒーカップを運んできた母さんが寂しげな笑みを浮かべていた。トレイに載せられたマグカップから出ている湯気は少し薄くなっており、中身は幾らか冷めてしまっているのだと思われた。
「今まで話さないままきちゃってゴメンね。ただ心の整理をする時間がみんなには必要だったし、何より私にその時間が欲しかったから……」
 そう告白してくる母さんに俺は何も言えなかった。短い間だったけれど、ずっと年上の父さんと結婚してその幸せを感じているときの顔を知っていたし、父さんが死んですぐのときの表情も覚えていたから。それに父さんが殺されるその現場に母さんはいたと聞いていた。
 俺が一言も発せないままでいるその隙に、柊が母さんに対峙していた。
「御薗木くんには話の途中ですけど、キッチンとはこの距離ですし内容は聞こえていたと思います。わたしには青葉さんの気持ちの整理がどうなっているかわからない。だから率直に訊こうと考えたのです」
 そして彼女は言った。
「青葉さんはわたしを殺そうとしていませんか。あなたの夫を手にかけたこのわたしを」


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by zattoukoneko | 2013-04-07 07:14 | 小説 | Comments(0)


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