『世界を凍らす死と共に』1-3-1


   三.


「早乙女くんに絵の才能があるのは確かよ。ただそれで生計を立てていくのなんて無理だし、他の職に就いたってあの性格じゃやっていけないでしょうけどね」
 隼人に圧倒的な力の差を見せ付けられ、すぐに絵を描く作業に戻ることは俺には出来なかった。柊もそのことは察してくれて、今は彼女の姿の描かれたキャンバスを向こうに置き、椅子に腰かけている。彼女も作業にすぐ戻るつもりはないのか眼鏡をかけていた。レンズの奥にあるその視線は相変わらず冷たいものだったが、さらにその奥底にまで潜り込むと色々なものが渦巻いているのだろうと思われた。そしてそれを隼人の絵は巧みに描き出していた。
「柊は隼人のことが嫌いみたいだけれど、もしかして絵に真剣に取り組んでないことが理由なのか?」
 彼女の視線と先程の言葉からそんな推測をしたのだけれど、柊はちょっと考える素振りを見せてから首を横に振った。
「最初のきっかけは確かに美術部に所属し、力もありながらまったくやろうとしない様子が気にかかったことだったわ。でもそれは所詮のところきっかけに過ぎない。早乙女くんは物事の深いところにある本質までいとも簡単に見抜くくせに、それを知っていながら助けようと手を伸ばすことはけしてしない。人間も世界も、それがどうなるかなんて彼にとってはどうでもいいのだわ。その無頓着なところがわたしにはどうしても許せないのよ」
 もし柊が一般的な女子生徒ほどに感情を表に出す子だったならば、このとき彼女は歯ぎしりしていたかもしれない。柊と隼人の間に何かあったことは明白で、そのことが理由で柊は相手のことを嫌悪している。
 隼人も柊のことを嫌いだとは言っていたが、それが本音かどうかはわからない気がした。彼が残していった柊の絵には『愛してるよ』との文字が乗っているが、別にそれが理由でそんな感想を持ったわけではない。書かれた文字は遊びや挑発の類かもしれないし、むしろそのように捉えた方がいいのかもしれない。俺は柊の言葉から、隼人が人を本気で好きになるような人間ではないと感じていたのだ。
 彼がどのような想いを抱いているのかはわからない。それでも厳然としてここに存在するのは俺に突き付けられた一枚の絵と、それによって引き起こされた敗北感だ。
「確かに口で伝えられてもこれはわからなかった。よく芸術に優劣をつけるなと言われるけれど、作っている人間として力量の差を感じないのもまたおかしい。俺は隼人に美術の力で劣っているし、その理由は才能の有無じゃなくて人としての姿勢にある。そう伝えたかったんだろう、柊は?」
「ええ、その通りよ」
 即答され、一方で俺は頭を抱えるしかなかった。
 人間性を否定された。その欠陥のせいで描くものはすべからく駄作になると告げられた。そしてそのことが正しいことを、目の前に物的証拠でもって示された。それでも俺の何が問題なのか、未だにわからないままだった。
 これでは前に進もうにも、根元からへし折られていて動きようがないじゃないか。
「誤解をしてもらっていては困るから、これだけははっきりと言っておくのだけれど」
 頭を上げて言葉をかけてきた相手に目を向けると、彼女は濁りのない瞳でこちらを真っ直ぐ見つめていた。
 柊はその瞳に俺の姿をはっきり映し、それから再度口を開いた。
「わたしは御薗木くんの人格を否定しているわけじゃない。人間として駄目だとも言っていない。むしろ素敵な人だとすら思うわ。あなたのやろうとしていることは尊敬するに値するほどのものだもの。けれどそれがとても難しいことだから、だから逃げ腰になってしまう。絵にはそれが顕著に出てくるというそういうことなのよ」
 間近でそのように説く柊の吐息が肌に触れる。気付いたときには、少し顔を動かせば彼女の唇に触れるのではないかと思うくらいの距離に柊は接近していて、その場所から俺に語りかけていた。
 胸が自然と高鳴るのを感じる。それに気付いた次の瞬間俺は顔を背けていた。
「そんなこと言われても困るだけだよ。俺には自覚がないし、出来ない。逃げているということに関しても、尊敬に値するということに関しても……」
「そうね。言葉で説明してすぐに直るようなら苦労しないし、わたしも最初からそうしていたものね」
 柊がようやく体を離す。俺が安堵の息を吐いていたら、次の言葉が不意打ちになって容赦なく突き刺さった。
「結局のところ、御薗木くんが取りかかっている今の絵はどうしたところで駄目なものでしかないわ。駄作の範疇でやれるだけやって、それでコンクールには出して満足なさい」
「……きっついな。どう足掻いたところで俺の描きたいと望んでいる『生きている絵』にはなり得ないってことか」
「駄作でも完成度を上げることはできるから、そのためのアドバイスはするけれど。それ以上を求めるとしたらわたしからは同じ言葉を――」
 その柊の言葉を遮って俺は彼女の腕を引っ張った。
 自分が何を感じて何をしているのかも頭で理解していなかったが、ただその細い女子の腕を力任せに引っ張っていた。柊は抵抗する余裕なんてなかったろう。体が椅子に座っていた俺の胸にぶつかり、しかし俺もそれを支えることまでは考えていなかったために床に二人で倒れ込む。
 転がる椅子。散らばる画材道具。そして腕の中でこちらをじっと見ている柊の双眸。
「……何かしら?」
 柊の声に俺は慌てて彼女の体を離した。
「す、すまん。自分でも咄嗟のことで何が何だか。怪我とかしてないか?」
「ええ、特には」
 立ち上がろうとする柊に気付いて手を差し伸べるも、それはあっさりと忌避された。制服を手ではたきながら、こちらを見ようともせずに彼女は一方的に言葉を並べた。
「放課後の美術室に若い男女二人で籠もるんだもの、そりゃあそういうことをされる可能性も多少は考えて来てるわよ。だからといって実際にやられたくはないものだけれど」
「いや待ってくれ柊。確かに紛らわしい行動を取ってしまったのは悪かったが、けしてそういう意図があったわけじゃなくてだな」
「じゃあ何が目的だったのかしら。わたしを床に倒して御薗木くんにどんな得があるのかきちんと説明して頂戴?」
「えっと、それは……」
 俺は言い淀みながら物が散乱している美術室を見渡す。さっき何か妙なものを感じたのだ。それであんな行動を取った。ただその正体までは掴めていなかった。
 二人して倒れ込んだときの勢いはかなりのものだったのだろう。座っていた椅子はもちろんのこと、俺のキャンバスや隼人が残していった絵も倒れてしまっている。自分ではそんな力を込めた覚えも、大きく体を動かした記憶もないのだけれど。
 そんな中で柊が小さく声を漏らした。
「あ……」
 彼女の視線の先にあるのは隼人の絵だった。よくよく見るときらきらと輝くものがいくつも突き刺さっている。
「氷か、あれ?」
 ガラスの破片などとは光の反射の仕方が大きく異なる。刺さっているものも薄いものではなくて、どちらかというと円錐形に近かった。
 俺が上げた疑問の声に対し、しかし柊は気付かなかったのか、口元に手を当てて何事か考え込み始めた。
「あれは消えたはずじゃ? 警察もそう説明していたはず。それにどうしてわたしが狙われているの?」
 周囲を見回すと、部室のドアにはめ込まれているガラスが割れていた。もしかしてあそこから絵に刺さっている氷のような物体は飛び込んできたということなのだろうか。だとしたらその軌道上には柊がいたことになる。俺が彼女の腕を引いていなければ、氷の塊は絵ではなく本人に突き刺さっていたかもしれない。
「柊にはあれが何かわかるのか?」
 発した問いかけに、まだ眉間に小さく皺を寄せたままながらも、柊は返事をしてくれる。
「そりゃあわかるわよ。わたしは――」
 けれど柊はそこではっと何かに気付いた様子だった。そして俺の方に顔を向ける。
「そういえば御薗木くんは事件のことを詳しく知らされていないのだったわね。それならあの正体が何かわからなくても仕方ないのかもしれない」
「事件?」
「夏前にあった連続殺人事件のことよ。御薗木くんのお父さんが殺されたあの現場にわたしはいたの」
 柊の台詞を聞いて体が硬直した。網膜に棺桶に入れられた氷漬けの父さんの姿が浮かぶ。思考まで固まりそうになって、直前に何とかその映像を振り払う。
 長くもない言葉だったのに、柊の口にしたことを頭に入れるのに随分と時間がかかってしまった。唇とはこんなに重いものだったのかと、そんなことまで考えながら尋ねる。
「つまりは、柊は父さんが死んだ事件の関係者と、そういうことなのか?」
 問いかけに柊は首肯して応えた。
「ええ、その通りよ。警察からは息子である御薗木くんには詳細を伝えないことにしたとは聞いている。いつかはきちんと話すべきだとは思っていたけれど、時機を伺うべきだとも忠告を受けていたから」
 一体どういうことなのか。実の息子であるはずの俺には父さんの死の真相は告げられず、代わりに赤の他人である柊が知っているという。その場にいたというから当然なのかもしれないが、しかし『時機を伺うべき』というのは誰がどういう意図で彼女に言ったものなのか?
「これはその時機ではないとわたしは感じてる。けれど事態が事態だから話をすることにしましょう。ただ確認したいこともあるし、もう一人の関係者も交えたいわ」
「もう一人の関係者?」
「そちらの人物に関しては、御薗木くんの方がよく知っていると思うのだけれど?」
 誰何の声に柊は怪訝そうな表情をして見せた。少し撥ねさせた眉を元の位置に戻すと、相手の名を告げた。
「御薗木青葉さん。あなたのお母さんであり、亡くなられたお父さんが一年ほど前に妻に迎え入れた人。そしてついさっきわたしを狙った張本人かもしれない人」


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by zattoukoneko | 2013-04-07 07:13 | 小説 | Comments(0)


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