『世界を凍らす死と共に』1-1-2


 玄関まで見送りに来てくれた母さんが、ドアを開けるとそこに待っていた人物に朝の挨拶代わりに伝える。
「真琴(まこと)ちゃん、お待たせー。今日も鏡夜くんの護衛よろしくね」
「任せてください、青葉さん。鏡にいが通学途中に悪さをしないように僕がしっかり見張っておきますんで」
 相手は許斐(このみ)真琴という近所に住む中学一年生だ。ほんのちょっと前までうちに来た母さんに人見知りしていた気がするが、もう随分と慣れたらしい。ただちょっと図々しくなり過ぎている気もする。そう思って短髪の頭を上からぐりぐりと強めに押さえつけながら忠告する。
「四年前まで悪さをしないように見張っていたのは俺の方だろう。小学校の通学班の中で一番元気を持て余して暴れまわっていたのを今でもしっかり覚えてるぞ?」
「はぁ? 元気なんだったらむしろいいことじゃん。てか、鏡にい、髪の毛引っ張られて痛いって!」
 小学校から中学校に上がって少しは落ち着くかと思っていたけれど、そうは問屋が卸さないものらしい。俺は諦観の溜め息を漏らしながら頭から手をどけた。
 解放された真琴は、ぼさぼさになった髪の毛を撫でつけながらこちらを睨みつけてくる。
「というかさ、小学校のときって行き帰りのときからジャージだったじゃんか。ジャージって運動服だろ? なら学校側は普段から活発に運動しろって教えてるってことになるじゃないかよ」
「筋が通っているようないないような微妙なことを言いだすな、お前は。仮にその通りだったとして、真琴のやっていたのは運動とは呼ばない」
 夏にはいつの間に捕まえたのかわからないクワガタを俺に投げつけてきたり、冬にはどこから取ってきたかわからない厚い氷で頭を叩かれたりした。走る真琴がそのままの勢いで壁に体当たりしたらそれが壊れ、向こうにある庭木をめちゃくちゃにしてしまったこともあった。そのときには俺もどうしたらいいのかわからなくて、思わずその場から逃げ出しそうになったくらいだ。
 俺たちのやり取りを耳にしていた母さんが、笑顔で訊いてくる。
「でも真琴ちゃんの話の通りなら、今はもう通学中には運動しないってことだよね? ジャージじゃなくて制服を着ているわけだし、大人しく通うと」
「あ、う、それは……」
 見事なまでに言葉に詰まった真琴を見て、さらに笑みを優しいものにしながら母さんが俺たちを学校へと送り出す。
「じゃあ遅刻したらいけないし、そろそろ行くべし」
 その声に押されて俺たちは家の敷地から外へと出た。その際に真琴の着ている制服を見下ろしながら言葉をかける。
「まあその恰好じゃ暴れるのは確かに無理だよな」
 膝丈のスカートにセーラー服。それを着た真琴が飛び蹴りで壁をぶち壊す姿を想像し、絵柄としてはあり得そうだと一瞬思ったが、怪我などを考えたらそれはないだろうとその空想を振り払う。
 真琴は俺の胸より少し下で唇を不機嫌に尖らせた。
「男子用の制服だったらよかったのにと思うよ。入学前にも交渉したんだけど断られた」
「それは当り前だろう。お前はれっきとした女の子なんだし」
「納得いかないんだよ、そういうのがさー」
 俺の言葉にぷいっと顔を逸らす真琴。そのまま続ける。
「そもそも生まれるときに家柄や性別を選べないのも気に喰わないんだけど、でももしかしたら記憶がないだけで、実際には選んで生まれてきたのかもしれないからそこは仕方ないとする。でも『男だから』とか『女だから』って理由だけで服装や行動を決められるって不条理だって感じるんだよね」
「世の中というか、社会ってそういうものだと思うけどな。不条理だと感じることは確かにたくさんあるけれど、他の人がいるわけだし全員が納得するような世界にはならないだろう」
「鏡にいは物わかりが良すぎると思うよ。それに根本はそこじゃない感じがするんだけどな。不条理って言葉もそういう意味では使わない気がする」
 真琴はどんなことを考えているのだろう。辺りを走り回っていた昔とは違い、今では俺の横に並んで歩いている。そんな彼女を横目で見下ろしながら、ふと疑問に思った。
 元々俺たちは近所に住んではいるものの、年齢は四つも離れているから幼馴染とかそんな関係ではない。通学途中で面倒を見る年長のお兄さんと、それにちょっかいを出す元気のあり余った低学年の子というだけだった。ただ小学校に上がったばかりの一年生のときはそれほどはっきり自分の状況を考えておらず、二年生になって学年の上下とか学校の仕組みがわかってくるので、ちょうどそのとき一番通学班で年上だった俺に関心を抱いたということなのかもしれない。少なくとも真琴が一年生の時の姿を俺は覚えていなかった。六年生のときに彼女が運動と主張するものに付き合わされていたわけだが、その一年後には俺は中学に進んでしまったし、会う機会は途端に減って一緒に学校に通うこともなくなった。けれど今年度から彼女も中学生になって、またこうして同じ道を朝に歩くことになる。最初のきっかけは偶然通学時に出会って、そのときに「朝に迎えに行っていいか」と尋ねられたことだった。俺は特に何も考えず、また面倒を見てやるかくらいの気持ちで承諾していた。
 けれど、思えばそもそも何故俺だったのだろう? 一つの登校班だったから確かに人数は多くはなかった。でも六年生は俺だけじゃなかったし、真琴と同じ学年の子もいたはずだ。それに俺も実際にやられている内容とは反対に、彼女から頼られているようなそんな感じがして嬉しかったのを覚えている。
「ねえ、鏡にい」
 物思いに耽っていたら真琴に話しかけられた。彼女の方を向いたとき、晩夏の熱気に混じって冷たい風が首筋を撫でながら流れた。
 真琴は一点を指差しながら訊いてきた。
「鏡にいはあれに納得がいっているの? 不条理だとは思わなかったの?」
 彼女の指し示す先には一つの公園があった。陽光に照らされて氷漬けになった木々が輝いている。夏の一角に冷たい空間を生み出している。
 そこは夏の初めに父さんが死んだ場所だった。
 父さんは刑事としてこの町で起きていた連続殺人事件を追っていた。そして犯人を突き止めて公園に追い込み、そして殉職した。
「犯人捕まってないこととか不条理だとは思わない?」
 殺人犯が誰だったかということは父さんが明らかにしている。死にはしたものの、犯人もその際に一度警察に捕えられたと聞いている。けれど何らかの事情があってその人物は罪には問われず、そのまま解放されたとのことだった。
 少し考えて俺は真琴に答えた。
「納得いかないことでは確かにある。身内なのにどうして犯人の罪はないことにされたのか説明もきちんと受けられなかったし。でもそれを不条理だとは感じない」
「……なら人が死んで周りが凍るっていうのは? そっちの方は不条理だと思わない?」
「それこそ不条理だなんて思うわけないだろ。自然なことじゃないか」
 世界は人の心を映し出す。だから人が死んで心が冷たくなれば周囲の温度も下がって凍りつく。それが自然の摂理だ。疑問を差し挟む余地すらない。
 けれど真琴は小さく、本当に小さくつぶやいた。
「僕は……そんな世界認めたくない」


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by zattoukoneko | 2013-04-07 07:10 | 小説 | Comments(0)


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