【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 12

 雪音の腕の中にいる白ウサギはすでに意識を失っていました。後ろ脚の傷はかなり深いようで、シロの体も、雪音の服も、真っ赤に染まっています。
「お母さん、どうしよう……」
 このまま何もしなくてもシロは死ぬでしょう。運良く助かったとして、その脚はもう動かないと思います。
 山の神はこの子を殺せと言っているのだと、お母さんは気付きます。人間ではありませんが、この白ウサギも温かいものです。流れ出る血は確かに熱く、そして雪音と共に生活を豊かなものにしていました。ですからこの子を冷たくすれば、雪女の力が戻ってくるのでしょう。
 お母さんは、静かな声で雪音に伝えます。
「これ以上苦しまないよう、シロちゃんを楽にしてあげましょう」
 シロに対して思うところがないわけではありません。むしろあるからこそ手にかけることに意味があるのでしょう。
 雪音と共に長く暮らしたいのです。大事な娘が成長していくところを見ていたいのです。何より二人でいることが幸せなのです。
 無益な殺生をしてはいけないと言われるかもしれません。少しでも縁を持ったならば、それを大事にしろと言われるかもしれません。楽にするという言い訳でもって、生死を他人が勝手に決めるなと言われるかもしれません。
 けれど、それは雪音との生活以上に大切なものでしょうか? 娘と生きていくこと以外に、望むことなどあるわけないではないですか。
 なら、シロを殺します。冷たく、固く、凍らせましょう。
 心を決めると、お母さんの体が冷気に包まれました。この前はうまく力が使えませんでしたが、今日は十分に冷えています。心も体も、雪女として氷漬けにされていくのを感じます。それだけお母さんの想いは深かったのです。
「お母、さん?」
 けれど雪音は戸惑った声を上げました。それから雪女の鋭い冷たさを感じると、洞の隅へと駆けていきました。
 戻ってきた雪音は、手に何かを持っていました。それが何か、お母さんが気付く前に、口に押しつけてきました。
「!?」
 口の中に甘くて冷たいものが広がります。雪音が大きな声で言いました。
「雪見だいふくっ!」
 お母さんは何をされているのか意味がわかりませんでした。
 でもそれ以上に雪音が意味がわからないと叫びました。
「お母さんの考えてること、よくわかんない! 私はシロちゃんを助けて欲しいの! 苦しいかもしれないけど、生きてて欲しいの!」
 雪音は大泣きしていました。そしてその顔を見て、お母さんは自分の過ちに気付きました。
 娘と一緒に生きていたいと、心の底から思います。そのためにはどんな犠牲だって厭いません。けれど横に並んだ雪音が、こんな顔をしていたら自分は幸せでしょうか?
 お母さんは心の中で謝りました。そしてありがとうと言いました。
「待っててね。すぐにシロちゃんを助けるから」
 お母さんは改めて雪女の力を集めました。手の先が冷たくなっていきます。
 傷を治すことはできません。けれど傷口を氷で壊死させて、それによって血を止めることならばできるはずです。
 ただシロの脚はもう動かないでしょう。それを引きずったまま、山の中で暮らしていくのは無理だと思います。それなら苦労するかもしれませんが、脚を切り落としてしまった方がいいのかもしれません。
「雪音、ちょっとの間後ろを向いていてね。見ていると雪音まで痛くなってしまうから」
 雪音は悩む素振りを見せましたが、すぐに言いつけ通りに体の向きを変えました。お母さんが優しい笑みを浮かべていたから、それを信じたのです。
 それからお母さんは雪女の力を使いました。一匹の白ウサギを助けるために、その力を使いました。

 その夜、お母さんは夢を見ました。夢の中で、山の神が語りかけてきました。
――私は山の神だ。人の神ではない。だからユキを人間に戻してやることはできないし、お前が生きたいと望むのならば、雪女としての冷たさを与えてやることしかできない――
 その言葉にお母さんは答えます。
「お心遣い、有り難うございます。私の望みを叶えようとしてくださったのですね」
――私は何もしてやれなかった。ユキが冷たい心を取り戻さなければ、雪女の力を持つ器として適わないからだ。心と相反する力を無理に押し付けることはできない。だから雪女の心を取り戻せるようにと考えたのだが、結果としてお前たちを傷つけてしまっただけかもしれないな――
 それから少しの間を挟んでから山の神は訊いてきました。
――けれど本当によかったのか? 今のままでは遠からずユキは死ぬ。自分の内に宿ったその温かいものによって。病に伏せることも多くなり、そして娘と離れ離れになってしまうのだぞ――
 お母さんはうなずきました。夢の中ですから雪音の姿は見えません。でも隣ですやすやと眠っていることでしょう。その様を思い浮かべることは容易にできました。
 山の神に、お母さんは温かな笑みを見せて言います。
「雪音は私の事情を知りません。教えることもないでしょう。ですが、もし私の抱えているものを知ったなら、今日訴えかけてきたあの言葉を口にするような気がします。苦しいかもしれないけれど、でも生きていて欲しい、と」
――……そうか――
 そう山の神はつぶやくと、すっと姿を消しました。静かな夜の帳が下りて、お母さんは穏やかな夢の中に身を委ねます。
 山にある小さな洞の中、二人の母娘が幸せそうに寝息を立てていました。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-21 23:59 | 小説 | Comments(0)


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