【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 11

「お母さん、大丈夫?」
 床に寝そべるお母さんに、雪音が心配そうな声で尋ねてきました。
「ええ、大丈夫よ。それよりもごめんなさいね、また一緒にお散歩に行けなくなってしまって」
「最近多いね」
 その日の朝は靄が出てかなり冷え込みました。普段であれば自然に発生する冷気は雪女であるユキに活力を与えてくれるはずでした。けれどお母さんの具合は悪かったのです。
 雪音の言うように、寝込む頻度も高くなってきていました。秋も深まってきたのに、夏より体が動かせていない気がします。
 ただそうなることは予期できていたことでした。半分人間である雪音を受け入れ、そして人として育てることを決意してから、こうして温かさに雪女の部分が消されてしまうことは、遅かれ早かれ必ず訪れることだったのです。
「今日は一人でお散歩してきてね」
 お母さんはせめてもと、笑顔で雪音を送り出しました。
 死ぬ覚悟はできています。かわいい一人娘を残して先立つことに、心は強く締め付けられます。それでも最近より一層思うようになりました。この子と一緒に生きることを選んで良かったと。幸せな母娘の暮らしができていると感じるのです。
 雪音が洞の出口から外に出ていき、姿が見えなくなってから、お母さんはゆっくりと目を閉じました。死ぬ覚悟はできているとはいえ、自分から早く死のうなどとは思っていません。体調を良くしてまた雪音と楽しい日常を過ごすのです。
 体から疲れが抜けていないのか、眠りに落ちるのはあっという間のことでした。
 その夢の中。
 お母さんは随分昔に出会った存在と対面していました。
 姿は判然としません。しかし目の前にしているだけで、とても大きな重圧感と、それが持っている強い力を感じました。人でも雪女のような妖怪でもない存在。それはこの山の神でした。
――久しいな、ユキ――
 山の神は夢の中でお母さんに話しかけてきました。夢は現ではありません。ですが神の力を持ってすれば、夢と現を繋げることなど容易でしょう。
「お久しゅうございます。いつかは私に雪女の力を授けてくださり、有り難うございました」
 愛していた人に裏切られ、お腹を痛めて生んだ子供も冬山の寒さで凍りつき、そのことに恨みを募らせながらユキ自身も息絶えようとしていたとき、この神は現れたのです。そして憎悪や殺意を凝集させ、山の冷気で固めてユキを雪女に変えました。
 そのことを恨んだことなどありません。雪女になることで生き長らえ、自分の為すべきこともできましたし、確かめたいことも知ることができました。
 それどころか新しい恋をして、雪音という娘をもうけることができました。時にはつらいこともありましたが、今ではとても幸せな日々を過ごせています。
――本当にそうだろうか?――
 けれどお母さんの思考を読んだ山の神は、疑問を投げかけてきました。それから胸の締め付けられる問いを発しました。
――娘と、もっと長く生き続けたいと思っているのではないか? それこそ寿命を全うするまで――
 山の神の言葉に、お母さんは苦しくなります。大人になる雪音の姿を一目でいいから見たい。そのことを何度望んだことかわかりません。
 ですが、すでに答えは決まっています。ただこの時を大事にしたい。そうすることで自分の寿命が縮まろうとも、雪音により多くの幸せを詰め込むことができたら、それだけで十分なのです。雪音を避けてまで、長生きしたいとは思いません。
――その寿命、長くする術があると聞いてもか?――
「……え?」
 お母さんは、山の神の言葉が理解できませんでした。この体が悪くなっているのは、雪女の冷たさが、雪音の持つ温かさに浸蝕されているからなはずです。ですから長く生きようとすれば原因となっている娘と距離を置く以外にないはずです。
――それも原因の一つではある。しかし総てではなく、そしてより大きなものは別にある――
 それからこんな問いかけをしてきました。
――ユキには娘である雪音の温かさの顕著に影響が出ている。一方で雪音はどうだろうか。彼女に雪女の冷たさは、果たして移っているだろうか?――
 言われてみればその通りです。雪音には、その父親に出たような症状は一切見られません。もう十年近くも一緒に暮らしているというのにです。雪音の半分は雪女ですが、裏を返せば半分は人間なのです。その部分に冷たすぎる雪女の影響が出ないことは不思議でした。
――ユキよ。お前自身が雪女ではなくなってきているのだよ。その心は温かい慈愛に満ち満ちている――
 つまりお母さんの方が雪女であることをやめたため、雪音への影響は少ないということでしょうか。一緒に暮らしていく中で、人間の心を取り戻したということなのでしょうか。
 ああ、きっとそうなのです。雪音との暮らしは幸せなものでした。一緒に母娘をしてきました。それはまるで人間のようにです。
――しかし、ユキの体は雪女のものになっている。心だけではないのだよ、雪女になったのは。だというのに、その心を温かいもので満たしていけば、体と乖離して動かせなくなるのは自然なことではないか――
 先日、崖の下に落ちていた雪音を助けようとしたときのことを思い出しました。雪女の力を使おうとして、しかし世界を凍らせることはできなかったのです。
 心が雪女のものでなくなってきているのだとすれば、体からうまく冷気を放てなくて当然です。目的を何としてでも成し遂げるという、結実した氷の決意が必要なのですから。
 山の神が言います。
――山の冷たさを司る者として、ユキの存在は大きい。そしてユキが長く生きることを望むなら、それを叶えよう――
 その言葉は魅力的なものでした。心が雪女のものになったとしても、娘を大事に思う気持ちをなくすことはないと断言できます。少し冷たさが出てしまうかもしれませんが、ずっと長く愛する雪音と暮らせる方法があるというのなら、それに手を伸ばしたいと思います。だからお母さんは問い返しました。
「どうすれば雪女の力を取り戻せるのでしょうか?」
――もう一度冷やし固めればよい。何も娘を手にかけろなどとは言わない。あの子はユキにとって大事な存在となっていることはわかっているしな。ただお前の心を温かくする者は娘だけではないはずだ。あとはこちらで準備を整えよう――
 それだけ告げると山の神は姿を消しました。同時にお母さんも夢から覚めました。
 寝てからそんなに時間は経っていないと思います。洞の中にいるため、どのくらいの時間が過ぎたのかはわかりにくいのですが。
 ただ夢の内容だけははっきりと覚えています。やはりあれは現と繋がっていたのでしょう。だからお母さんは心を固めます。
 雪音と共に暮らしたい。これからもずっと、幸せに暮らしたい。そのためならばどんな犠牲も厭わない。
 そのとき洞に雪音が飛び込んできました。涙を流し、顔をくしゃくしゃにして、お母さんに向かって叫びました。
「シロちゃんが大変なの!」
 雪音の腕の中、一匹の白ウサギが抱えられています。そのウサギも、そして娘の服も真っ赤に染まっています。後ろ脚に大きな裂傷が走り、血が大量に溢れているのでした。
 シロはまだ生きていましたが、意識はもうないようでした。
 お母さんはそれを見て、納得しました。
 この温かい塊を、冷たい氷に包んでしまえばいいのだと。そうすれば雪女の力が帰ってくるのだと――

   *つづく*
by zattoukoneko | 2012-09-20 04:32 | 小説 | Comments(0)


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