【期間限定公開】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 10

 お母さんは、その日体調があまりすぐれなかったので、大事をとって洞で休んでいました。体を動かすこともできますし、外に出かけることもできたでしょう。ただ元気のないまま雪音と一緒に歩いても、娘を心配させるだけだと思ってやめたのです。
 その判断が、あのような事態を招くとは思ってもいませんでした。
 お昼と夕方の中間。洞の中に飛び込んでくる姿がありました。それに気付いてお母さんは問いかけます。
「あらシロちゃん、慌ててどうかしたの?」
 シロは上半身を起こしたお母さんのところまでくると、頭をぐいぐいと押しつけ始めました。
 それは普段しない行動です。懐いている雪音に対しては、よくくっついて遊んでいました。でもお母さんの方には自分から体を寄せることはありませんでしたし、ましてやこんなに力強く頭で押してくるなんて初めてのことです。
 何だか、胸騒ぎがしました。
「何かあったの? 雪音は一緒じゃないの?」
 お母さんの言葉に、シロが顔を上げます。その口に赤い木の実の髪飾りがくわえられていました。
 雪音の、髪飾りでした。
「雪音?!」
 雪音がその髪飾りを外したことなど、今まで一度もありませんでした。せいぜい寝るときに邪魔にならないよう、隣に置くくらいのものです。母とお揃いの髪飾りを、とても大事にしていましたから。
 娘の身に何かが起きたのは明白です。お母さんは急いで立ち上がると、洞の出口へと向かいました。
 シロもそれに続き、しかしすぐに追い越すと少し先で止まって振り返りました。
「雪音がいるところに案内してくれるのね?」
 問いかけに、シロは再びある方向へと跳ねていきます。そしてある程度進んだところでお母さんを待つということを繰り返しました。
 あ母さんはできるだけ急いで山の中を進んでいきました。体が重くて、心ばかりが焦ります。
 しばらくしてシロに連れられたお母さんは、崖の上にやってきました。それほど急なものではありませんが、人が登るのはまず無理でしょう。
 そんな崖の下、雪音の姿がありました。
「雪音!」
 喉も裂けんばかりにお母さんは叫びました。
 けれど呼びかけに娘はぴくりとも動きません。今いる場所からでは目を覚ましているのかどうかも、怪我をしているのかどうかもわかりません。
 シロが崖を下りていきました。でもお母さんには無理です。回り道をしなければなりません。
 でも娘のことが心配でした。一分でも一秒でも惜しいと思いました。
 だから、雪女の力を使うことを決めました。
 お母さんは心を冷やしていきました。雪音を愛おしいと思う気持ちを、今だけは忘れることにしました。ただ助けるという目的だけを意識します。
 心が凍りついていくと同時に、体も冷気に包まれます。それでもって氷の道を作ろうと考えました。
 左手を静かに振ります。周りが氷の粒で輝いて、そしてそれだけでした。
「?」
 もう一度辺りを凍りつかせるべく腕を振ります。けれど体の周りにある水蒸気を氷に変えることしかできませんでした。
 お母さんの心に焦りが生まれました。それではいけないのに。動揺していては余計に世界を止めて凍らせることなどできないのに。
 でもどうして雪女の力が使えないのかわかりません。悩めば悩むほど、時間は過ぎていきます。
 意を決すると、お母さんは崖へ身を躍らせました。自分の足で進むことなどできません。転倒し、体のあちこちを軋ませながら落ちていきます。
 ようやく落下が止まり、崖下に到着しました。起き上がると雪音の元へと向かいます。腕も脚も背中も痛みます。でも歩くのに問題がないなら気にしている暇などありません。
「雪音?」
 娘の隣に膝をつくと、そっと名前を呼びました。
 見たところ大きな怪我はないようです。頬にあるかすり傷が目立つくらいでした。
 こちらの呼びかけに、雪音がようやく目を開けました。
「……お母さん?」
 娘の声が聞けてほっとしました。胸を撫でおろしながら、お母さんは問いかけます。
「大丈夫? どうしてこんなところにいるの?」
 訊かれた雪音は、上半身を起こし、きょろきょろと辺りを見回します。それから答えました。
「んー、わかんない。おやつにアケビを食べて、お昼寝してた」
 では寝ていた場所が悪かったということでしょうか。雪音も覚えていないようですし、詳しい状況はわかりません。
 ただ無事であることは確かなようです。なら構いません。少し注意をしておくことは必要かもしれませんが、それは些細なことです。お母さんは雪音に手を差し出すと、一緒に立ち上がります。
「痛いところはない? おかしいなと思ったら無理せずに言うのよ?」
「うん!」
 何だか雪音は嬉しそうです。手を繋いで帰り道を一緒に歩くことが、楽しくて仕方がないのかもしれません。それに今日はシロも一緒でした。洞までの道を案内してくれるのか、少し先をぴょんぴょんと跳ねていきます。
 繋いだ手は温かく、心を落ち着かせてくれるものでした。
 けれど雪女の力が使えなくなっているという事実が、胸をざわつかせて仕方ありませんでした。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-19 20:36 | 小説 | Comments(0)


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