【期間限定】『雪の音に沈む街』オマケエピソードPart. 8

 その日ユキは病に倒れました。
 どこかが痛いとか、苦しい感じがするとか、そういうわけではありません。ただ体にうまく力が入らなくて、起き上がることすらままならないのです。
 これまでも具合が悪くなることはありました。けれどここまでひどくなったのは初めてです。しかも冬と呼ぶにはまだまだ早い季節。病状が悪化しているのは明白でした。
「お母さん、大丈夫?」
 いつかはこうなるだろうとは予期していました。雪音の父親にあたる人がこの山に足しげく通っていた頃にも、お互いの持つ温かさと冷たさが二人の体を壊していました。特に人間である父親の症状はひどく、最後の別れのとき、視力を衰えさせた彼はユキの表情をきちんと判別できないほどだったのです。
 別れてからは快方に向かいました。けれど雪音を生み、そして人として育てることを決意してから、再び体の調子は崩れ始めたのです。
「お母さん?」
 雪音が話しかけてきていることに、ようやく気付きました。笑顔をどうにかつくります。
「ごめんね、今日は一緒に外に出られないみたい。一人で遊んできてくれる?」
 そばに娘がいても何もしてもらうことはありません。むしろその温かさが近くにあると余計に具合が悪くなります。それなら一人で遊びに出かけてもらい、その間に持ち直すのが賢明でしょう。
 いつもの雪音なら母の言葉に従ったことでしょう。けれど雪音も日々成長しているのです。自分も床に伏している母を看病し、助けてあげたいと思うようになっていました。
「食べ物はお母さんいらないもんね。冷たいお水とか汲んでくる?」
 娘が心配してくれるのは有り難いことです。けれど何かをしようとしてくれることが、体の調子を狂わせるのです。
「私は大丈夫だから。でも静かに休みたいの。だから外に出かけてもらえる?」
 自分の病と娘の関係については話していませんし、これからも話すつもりはありません。訳を知ったら雪音は悩み苦しむことでしょう。それも悪いことではないのでしょうが、どうせ時間を使うのなら目一杯に楽しいことや幸せなことを、その胸の内に詰め込んで欲しいと思うのです。
 ですが今回は言い方が少し悪かったようです。雪音は母が自分のことを避けようとしていることを敏感に察知すると、悲しい顔をして洞の外へと出て行きました。
 ユキはすぐに後悔の念に包まれました。邪険にするつもりなんて毛頭ありません。大事な大事な一人娘です。けれど自分の体のことばかり気にしていて、扱いがぞんざいになっていました。
 謝りたいと思いましたが、動かぬ体で雪音の後を追うことはできません。ユキは諦めると、体から力を抜いて横になりました。
 かなり調子が悪くなっているのは確かでしたが、それでも今すぐに死んでしまうようなことはないでしょう。数ヶ月ということもないと思います。ただもって数年だとは感じました。どうやっても娘が大人になるときまでは生き長らえることは無理です。
 悲しくはありましたが、こればかりは仕方のないこと。ならば先のことを考えて暗い気持ちになっていても仕方ありませんし、体を治すことに専念すべきです。そうして元気になって、帰ってきた雪音を迎えたら先程のことを謝るのです。
 そう決めると、ユキは眠りにつきました。
 それからどのくらいの時間が経ったでしょうか。頭のすぐ横でかさかさと音がして、ユキは目を覚ましました。
 顔をそちらに向けると、一匹の白ウサギがいました。雪音が友達になったばかりのシロでした。
 シロは口に一輪のコスモスをくわえていました。それをこちらに渡そうと一所懸命になっているようです。体を起こすと、ユキは手を差し出して花を受け取りました。そしてどうしてこのウサギがそんなことをしているのか考えました。
 ウサギが自ら花を摘んでやってくるわけがありません。ならば誰かがこの子にお願いしたのです。
 その相手が誰なのか、そんなことは悩むまでもありません。雪音以外にいるわけがないではないですか。
 突き離されて看病ができないとなっても、雪音はずっと自分にできることはないかと考えていたのでしょう。そうして元気づけるために花を摘んで、でも自分は戻れないからと友達のシロに届けてくれるようにお願いしたのでしょう。もしかしたら今でも何かできないかと頭を悩ませているかもしれません。
 離れていても相手のことを想うことができるのだと教えられた気がしました。
 体のことがある以上、どうしても距離を置かなければならない日が出てきます。そしてその頻度は増えていき、やがて二度と会えなくなる日が来るのです。
 そうだとしても、雪音への想いはけして消えません。死んで体が融けてしまうなら、せめて雪を降らせてそのことを伝えましょう。
 シロが小首を傾げてこちらを見ています。それに気付いてユキは「ありがとう」と言おうとしました。けれど声が震えて、うまくくちにすることはできませんでした。

   *おしまい*
by zattoukoneko | 2012-09-17 12:51 | 小説 | Comments(0)


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