【小説連載】【短編小説】『紅ひらり』第七話


 私は山にやってくると、いつものように声をかけました。
「今日もやってまいりました。楓様」
 そう、注連縄の巻かれた一本の大木に話しかけます。
 けれどそこに人の姿が現れることはなく、声が聞こえてくることもありませんでした。
 赤と黄の舞う山の中、私は一人きりでした。

 楓様は私に変わるようにと諭されました。そして自身は神木となられました。
 ですが結局私はまたここにいます。
「楓様は美しい変化をするのはカエデではなく、むしろ寿命の短い人間の方だと述べられました。ですがそれはあくまで木から見たときの話です。人にとって人の時間は長いのです。一朝一夕で変われるはずがないではないですか」
 しかし状況は半ば強制的に変えられてしまいました。このように話しかけても応えてくれる方はもういないのです。
「ただだからこそ気付いたこともあります。失ってからわかっても仕方のないことですが」
 言葉と一緒に苦笑が漏れます。それは乾いたものではありませんでしたが。
 私がここに通っていたのは、そうすることで心穏やかになれるからでした。先日指摘されたように村の居心地が悪くて、それで逃げていたというのもあるのでしょう。けれど私は相手が楓様だから会いに来ていたのです。他の人や場所ではなく、楓様の隣がよかったのです。
 子供の頃から私はほとんど変わっていないかもしれません。でも変わらぬものがあってもよいのではないでしょうか? 心安らぐこの場所は、私にとって大事なものだったと今でははっきりと申し上げることができます。ただ当たり前すぎて、失うまで気付かなかっただけなのです。
 その場所を失くしてしまったことは悲しいことですが、楓様と過ごした時が大切だったとは胸を張って言えるのです。
「だからこそお聞きしたいことがあります」
 もう楓様は言葉を発することはありません。それでも問わずにはいられませんでした。
「どうして楓様はいつも私の前に姿を現してくれたのでしょう? 最初の出会いのとき、山の中で泣いている幼子が気になったというのはまだわかります。ですがその後もずっと私と一緒に時を過ごしてくれました。その理由とは何なのでしょうか? ただの気紛れとはどうしても思えないのです」
 人と木は違う存在なのだと度々言われてきました。それは事実でしょう。私自身楓様は自分とは異なる特別な存在だと思っていたからこそ、どのように想っているのかにきちんと向き合ってこなかったわけですし。
 そうでありながらも、全く異なるものでもないはずなのです。思い違いでなければ私と楓様はきちんと言葉と心を交わしていました。
「楓様と過ごした日々を私は忘れることができません。これからもずっとずっと抱えて生きていくことでしょう。ただ、もし私に変われた部分があるとしたら、それはこういうことなのではないかと思います」
 告げると私は着物の袂から鼈甲櫛を取り出しました。母の形見であり、父と交換した品。それを注連縄のところに差します。
「これが私の気持ちです。ですから受け取ってくださいませ」
 私の告白に楓様は何も返されません。
 神木となった今、私はおろか、他の木々とも言葉を交わされることはないのでしょう。
 それは仕方のないこと。何も思わないわけではありません。けれど理解はできています。
 しばし新たな神木となった楓様を見つめてから、私は踵を返しました。今日はもう帰ろうと思います。自分の想いを伝えるのが目的でしたから。
 帰り道の途中で食べるものがたくさん見つかればいいなと、そのようなことを考えながら歩き出します。
 そんな私の目の前に鮮やかな紅が舞いました。
 手にしたそれは、綺麗に色付いた一枚のカエデの葉でした。
 胸がきゅっと締め付けられます。それでも私は何も口にせず、振り返りもせず、ただそれを大事に仕舞うと帰り道を歩き出しました。
 ひらりひらりと赤や黄が舞う中で、その一葉がどれだけの価値があるのか私はきちんと知っていましたから。

                               『紅ひらり』契

by zattoukoneko | 2012-06-29 03:37 | 小説 | Comments(0)


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