【小説連載】【短編小説】『紅ひらり』第四話


 連れて来られたのは御神木様のところでした。
 長い歳月を耐えてきたその幹は、周りの木々よりも太く、よじれ、力強さを感じさせます。威風凄まじく、巻かれた注連縄が私を近付かせまいとしています。
 正直に申せば、私はこの御神木様があまり好きではありません。
「どうして好きではないのだ? 何か嫌な思い出でもあるのか?」
 問いかけてくる楓様は、けれど質問でありながらすでに答えの予想がついているような口ぶりでした。ただそれを言ってくれる様子もありませんでしたし、私も明確な何かを手にしているわけではなかったので、感じていることを素直にそのまま伝えることにしました。
「御神木様もカエデです。けれど周りの木とは全く異なっています。神様としてはそれが当然のことなのかもしれませんが、どうしてもその違いが気になって……怖くなってしまうのです」
 そこまで述べて、はたと気付きました。
「御神木様は人の姿を取ることはないのでしょうか? 楓様よりずっと高齢かと思います。ならばその力も大きなはずで、私たちの目の前に現れることも可能なのではないでしょうか? 今まで私はその御姿を目にしたことがありません」
「確かに舞の言う通りだな。能力としてはそれだけのことができるし、神木になられる前は人の姿を取って里山の様子を実際に見て回られていたよ。御神木様は女性で、非常に見目麗しく、優しい方だった。里山の木々はみな御神木様に惚れていたよ。けれど今では舞どころかわたしたちの前にもその姿を現さないし、声をかけられることもない」
 楓様の言葉と口調、昔を見つめるその眼差しから、御神木様はとても親しみやすい優しい方だったのだろうと想像できました。
 けれどそれは私が感じているものと違います。私にとって御神木様は近寄りがたい存在です。何故そのように印象が異なるのでしょうか。そして何故今では周りの方々にお声をかけることをしなくなったのでしょうか?
「神木となられたからだよ」
 私の疑問に楓様は端的に答えられました。
 楓様はしばし御神木様を眺められた後、私に向き直って話し始めました。
「御神木様は以前はただのカエデの木だった。違いといえばこの山に数百年おられ、周りの木々や動物たちに優しい言葉を投げられる方だったというそれだけだ。けれど村が厄災に襲われたことがあった。呉葉が死んだあの頃のことだ。村人たちはここに来てお願いをした。神となることで村を救ってくれと」
 母が死んだとき、村が厄に見舞われていたことは知っていました。幼かったのでよくは覚えていませんが、数日に一人は亡くなられていたように思います。
「わたしもそうだが、御神木様も人間の前に姿を現すことはなかった。カエデと人は違うからな。そしてわたしたちが御神木様に抱いていた印象とは別のものを村人たちは持っていた。すなわち神々しい存在であり、敬うべきものだと考えていたのだよ」
 楓様は御神木様の注連縄に、そっと細い指を乗せました。太い幹を見つめるその瞳は、どこか淋しさを映し出しているように思えて仕方ありませんでした。
「舞が怖さを覚えるならそれは自然なことだ。何故なら舞はわたしたちカエデとは違って人なのだから。寿命の長い木々からすれば、高齢で尊敬されるべき存在であっても、同じ樹木と見ている。けれど長く生きることのできない人間は、同じカエデであってもそこに畏敬の念を覚えるものらしい。そして神になるようにお願いするということは、より特別な存在になってくれと言っているということだ」
「それが注連縄なのでしょうか。それを巻くことによって特別な存在だと知らしめる」
 私は楓様の様子を窺いながら、そのような仮説を立てました。実際、それがあることで御神木様にはより一層近寄り難い気配が纏われることになっているような気がします。
「それは手段でしかないが、効果的なものでもある。生き物は見た目が変わるとそこに何かを感じ取るものだからな。殊更に人はその傾向が強く、そして意識的にか無意識的にか、自らの手で容姿を変えることができる」
 つまり村の人たちはすでに見た目を他より異にしていた大木に、注連縄を結い付けることでより神に近付けようとしたということなのでしょう。
 そこまで考えて、私は一つの重大なことに気が付きました。
「待ってください。ということは注連縄を巻こうと、その木が神木となるとは限らないということではないですか?」
 注連縄がただの手段であり、そして人が自分たちを思い込ませるためにやっている行為なのだとしたら、当の木が実際に神になるか否かは別の話となります。
 楓様は私の推測に首を縦に振って肯かれました。それから御神木様を見上げながら言葉を続けられます。
「人のしたことに従う必要も義理もない。けれどこの方は村人に懇願され、熟慮した末に神木となることを決意された。だから御神木様は人の姿を取ることをしなくなったし、声を発することもやめた。そうすることでわたしたちカエデとも距離を置き、特別な存在となることにしたのだ。自らを捨てることで村の厄災が収まるならと、そう願ってな」
 どうして御神木様は村のために自らを犠牲にすることを選ばれたのでしょう。楓様もその心の内までは存じていないとのことでした。
 それから楓様は私に向き直りました。ここに連れてきた理由を話し始めました。
「舞はわたしやわたしの思い出を特別なものとしていないか? その理由はわからない。ある程度は母である呉葉が他界したことが関係しているのかもしれないとも思う。けれど極端過ぎるようにも感じるようになってきたのだ。形見の櫛もそうだし、古着となった着物もそうだ。舞はわたしとの他とは異なる思い出をそれらで締め、縄とすることで神格化していやしないだろうか?」
 楓様の追求に、私は何も返すことができませんでした。その通りだったかどうかまでは今の私にはまだわかりません。けれど相手が楓様であろうと、そして楓様であるからこそ話せないこともあるのです。
 二人を包む秋はとても静かでした。
 そしてこれが最後の静けさになるとは想像もしていませんでした。


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by zattoukoneko | 2012-06-26 04:39 | 小説 | Comments(0)


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