【小説連載】【短編小説】『紅ひらり』第二話


 その日私が里山を訪れると、楓様は怪訝そうな顔をされました。
「髪が乱れているように思えるのだがどうかしたのか?」
 私はきちんと直したつもりだったのですが、どうやら手入れが行き届いていなかったようです。
「里山の周りにあるススキの背がとても高くなっておりまして、そこを通る際に尾花が髪に引っかかってしまったのです。付いたものは取り除けたと思うのですが、如何せん髪が長いものですから少々乱れが残ってしまったのかもしれません」
「なるほどな。ススキはすぐに背丈が高くなる。あまり育ちすぎると他の草が育ちにくくなるから、過ぎるようであれば手入れをしてくれまいか。里山から出られないわたしにはできないことであるし」
 楓様は私の言葉に納得すると、そのようなお願いをされました。里山と人は共に生きているのですし、手入れは食べ物や木々をもらっている村人の当然の務めです。
 それからそのやや細めの指をこちらに差し出しながら述べられました。
「今日も櫛は持っているか? あるようならわたしが梳いてやろう」
 櫛というのは母の形見の品です。袂から黄褐色のそれを取り出すと、楓様に手渡しました。
 髪を手入れしやすいよう、私は背を向けるとその場に座ります。そして楓様にお願いをしました。
「やってくださっている間、母と父の馴れ初めを聞かせてください。私、その話が好きなのです」
 形見の櫛は鼈甲でした。私の村は山の麓ですから海のものはなかなか手に入りません。それは父が贈ったものなのです。
「呉葉を娶った経という男はあちこち旅をして回っていたからな。鼈甲櫛もその途中で手に入れた物のようだ」
「物心付く頃には父は他界していましたから、私はどのような人だったのか存じておりません。母からはとても知識が豊富だったと聞いていますが」
「呉葉も頭の良い娘だったが、この小さな村では知識の量はどうしても乏しいものになる。その点多くの土地を訪れたことのある経は物事をたくさん知っていたようだ」
「私にとっては母も博識な人でしたけれど。どれだけ多くのことを学んだかわかりません」
「舞の聞かせてもらった話も元を辿れば経の持っていた知識だ。ただ経は旅先で訪れた土地を別物と見做していたためにその豊富な知識を繋げていくことができなかった。一方の呉葉は耳にしたことを鵜呑みにするのではなく、自分なりに纏め上げる能力に長けていてな。この村を訪れた経から聞いた話を独自に解釈し、そこから本質を見い出した。そんな呉葉の姿に驚いたのだろうね、結果経が惚れ込んだのだよ」
 それは初めて聞く話です。この村を訪れた父が母に求婚し、その際に鼈甲の櫛を渡したことは知っていましたが。
「舞も大人になったからな。いつもと同じままに話すのではなく、それなりの内容に変えようと考えたのだよ」
 楓様はそう一つ断りを入れると続きを語り始めました。
「告白をされた呉葉は戸惑った。どうやら自分には不釣り合いだと感じたらしい。小さな村の中では彼女の頭の良さは浮いていたせいもあるだろう。それまで呉葉に想いを寄せる男は誰ひとりとしていなかった。けれど次第に自分の価値を見つけてくれた経に惹かれていき、ついには承諾の返事をしようと考えた。それでもまだ呉葉は己には何もないと思い込んでいたし、経からは貴重な鼈甲をもらっていたしな」
「母は櫛の代わりになるものを探したのですよね。この里山で」
「そうだ。それこそ何日も何日もこの林の中を歩き回った。そして努力の末に琥珀を見つけたのだよ」
「カエデの木は樹液が豊富ですものね。琥珀は樹液が長い年月をかけて固まってできるのだと母に教わったことがあります」
 私の言葉に頷かれた楓様は、朗らかな笑みを浮かべてこのようなことを述べられました。
「鼈甲の櫛と琥珀の交換は契りとなった。さすがに件の琥珀はわたしからできたものではないが、長く生きている者としてこの山が二人の役に立てたことを嬉しく思うよ」
 今日お話をしてもらうことで母のことを詳しく知ることができました。
 この小さく、閉鎖的な村の中で母は孤独に暮らしていたようです。けれど父と出会うことでその才覚を見つけてもらい、そして里山に祝福されながら恋仲として結ばれたのです。
 物心つく前に父は他界していましたが、母が気丈に明るく私を育ててくれた理由がわかったような気がしました。
 幸せになった両親の話に、私は漏らさずにはいられません。
「私もそのような素敵な出会いをして、恋に落ちてみたいものです」
 そのつぶやきに、どうしてか楓様は私の髪を梳く手を止めました。けれど何事もなかったかのようにすぐに再開されます。
「そうだな。わたしも舞が良き男性に巡り合えることを願っておるよ」
 先程までと少し様子の違う楓様の声音を、私は訝しく思いました。ですが背中を向けているためにその表情を知ることはできませんでした。


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by zattoukoneko | 2012-06-26 04:37 | 小説 | Comments(0)


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