【小説連載】【短編小説】『紅ひらり』第一話


 赤と黄が木々の合間を縫うこの季節、楓様は一番美しくなると思う。
 そのようなことを私が口にしたら、楓様は小さな笑窪をつくりながら返されました。
「わたしは男だから美しいという言葉をもらっても褒められているのかどうかわからないよ」
 しかし錦の衣に身を包んだその御姿には確かに紅葉がとてもよく映えるのです。ですから美しいと形容することは自然なことに感じました。
 それに楓様も実は喜んでくれているように思えます。表情も豊かで、嬉しいと思われたときにはきちんと笑みを浮かべてくれました。ただ奥ゆかしい方ですので、賛辞を呈されても自分のことばかりを主張することがないだけなのです。
 楓様が他の方々を気にかけるのも仕方のないことでしょう。言葉を交わすことはありませんが、この里山には私たち二人だけではないのですから。
 代わりとなるのでしょうか。舞い散る葉々の中では私の方が綺麗に見えると楓様は仰ってくれました。
「舞の紅い髪は秋の山の中でも鮮やかだ。かといって目立ちすぎることもなく、景色に馴染んでいる」
 それこそ私にはよくわかりません。この髪色は珍しいために、褒められるより奇異な目を向けられることが多いのです。
 物思いに耽ってぼんやりとしていた私は、細い山道で足の踏み場を間違え大きくよろけてしまいました。それを楓様がすかさず抱きとめてくれます。やや痩身でありながらも堅強な体躯に支えられ、肌理の細やかな指が肩に回されます。
 幼い頃から何度そのように腕の中に入れてもらったことでしょう。穏やかな気持ちになりながら頭を胸に預けます。
 私ももう大人になりましたが、その心地の良い場所は変わらぬままに思えました。実際雰囲気だけでなく、姿かたちも出会った頃そのままです。
 楓様は人ではありませんでした。この里山にあるカエデの木の精だったのです。

 里山が鮮やかに色付くのは実りの季節の到来を知らせるものであり、それと同時に間もなく食べるものが少なくなることを伝えてもいます。
 見つけたトチの実を拾っていると、楓様が頭の横に手をやりながら述べられました。
「人やその他の動物には申し訳ない気分になるな。我々が一年中木の実をつけられていればいいのだが」
「それは難しいことなのでしょう? 村では稲作もしておりますが、コメも水を与え、陽の光を浴びせる時季を経て実ります。山も同じように実を作る時間が必要なのでしょうし、そして冬には休まなければならない。私たちはそのことを十分理解しておりますよ」
「そう思っていてくれているのは素直に有り難いことだ。けれどこの里山だけでは村に住むすべての人々の腹を満たせないのもまた事実だと感じる」
 確かに私の住む村は豊かではありません。田畑の耕作にも適してはおらず、小さなまま発展することができないでいます。ただ山の麓にあるため、商人や旅人の中継地としてなくてはならない場所なのでした。
 深く悩まれている楓様に、私は笑みを向けます。
「このようにして里山があることだけでも幸せなことです。むしろ富があれば争いの元になる、そう母は言っておりました」
「……呉葉の言うことも一理ではあるな」
 呉葉とは私の母の名です。もう、この世にはいませんが。
 楓様は少し寂しそうに目を細めます。そして私の着ているものを見て述べられました。
「その服は呉葉が身に着けていたものだと記憶している。新しい服を仕立てるだけのゆとりが舞にはないということだろう?」
 体を包む薄紅色は、母が今の私と同じ歳の頃に纏っていたものです。
「舞は今年でいくつになる?」
「数えで十六となりました」
「十六か。人が成長するのは早いな。わたしら樹木にとってはとても短い時間だが、人間や衣服にとっては十分長い年月だ」
「そうかもしれません。この服の色も大分褪せているように感じます。けれど着る分には何ら問題はありませんし、母のものだから大事にしたいと考えているのです」
 私の言葉を聞いた楓様は、少し考える素振りを見せました。それから次に投げかけられた問いは意表を突くものでした。
「舞は村で頼る者がいないのか?」
「……え?」
「気分を悪くしたのならすまない。しかし十六ともなれば恋仲の相手がいてもおかしくはない年頃だ。別に恋仲でなくともよい。友人や助けてくれる人に恵まれていないのか? 舞はいつも一人で来るから気にはなっていたのだよ」
 言われてみればその通りです。私は里山を訪れるときは必ず一人でした。ですが村では私だけで暮らしを成り立たせているわけではありません。母も父もすでに他界しておりますし、ここで集めたものと交換でお米などを譲り受けたりしています。
 では何故一人で来るのかと問われれば、私はこう答えるほかない気がします。
「楓様は他の人には御姿をお見せになりませんから。食べるものを集めるのも大事なことではありますが、私にとっては楓様にお会いできるのも楽しみの一つなのです」
「そうなのか? しかし同じ村の娘たちと話でもしながら採集したほうが楽しいのではないかと思うのだが」
「そうかもしれませんね。では『自然なこと』と替えておきましょう。私が里山に来て、その際に楓様に挨拶をしなければ気が済まないのです」
 母がいなくなってすぐに私は楓様に出会いました。まだまだ小さな子供のときのことです。それ以来の付き合いですから、二人でこうして山の中を散策するのが日課となっていたのです。
「確かに舞の姿を見かけたのに話し掛けられないとなると、わたしも残念に思うかもしれない。毎日のように言葉を交わしているのだから気にすることもないのだろうにな」
 それはむしろ逆ではないでしょうか。毎日のように顔をあわせているからこそ、言葉をかけられなければ落ち着かなくなってしまうのです。いわば幼馴染のようなもの。もちろん楓様と私は生まれが大きく異なりますが。
 私はそのようなことを伝えようとして、少し先の地面にシイの実と一緒にクリが落ちているのを見つけ、まずはそれを取りに行くことにしました。
 大きな収穫を楓様に見せながら、この変わらぬ日々が楽しく安らぐものだと感じていました。
 周りではひらひらと赤や黄の葉々が舞っています。秋も深くなり、里山の景色は急速に変わっていこうとしていました。


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by zattoukoneko | 2012-06-26 04:35 | 小説 | Comments(0)


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