2011年ノーベル賞に関する感想(後半)

今回は2011年ノーベル賞で最も注目されるべき事柄について取り上げようと思います。それは受賞した研究内容ではなく、選考過程にある問題となります。
前回の記事でざっと受賞したものの内容に関しては触れました。その折生理学・医学賞で事件があったのです。受賞の発表があった10月4日、その直後に受賞者の一人であるRalph M. Steinmanが9月30日金曜日に膵臓ガンのため亡くなっていたと、所属していたロックフェラー大学から知らされたというのです。
これはノーベル賞の基盤を大きく揺るがすほどのものでした。けれど日本ではそのことはあまり報じられていないようですし、まずは選考がどのように進められるのかを知らない方も多いのではないかと思います。ではまずはノーベル賞の選考がどのように行なわれるのかに関して見ていきたいと思います。


そもそもノーベル賞はダイナマイトの発明者であるAlfred Nobel(1833-96)の遺言に基づいて設立されたものでした。
Nobelは爆発性を持つニトログリセリンを安全に運搬できるようにし、狙った場所を爆破できるようにしたダイナマイトを発明して莫大な利益を得ました。ダイナマイトは元々は炭鉱の発掘を手助けするものでした。しかしすぐに軍事に転用されるようになり、「最も簡単に一度に大量の人間を殺戮できる兵器」と呼ばれるようになりました。さらにはNobel自身も「死の商人」と言われてしまったほどです。
彼は遺言で「自分の換金可能な遺産のすべては、遺言執行人によって安全で継続する基金を設立し、そこから出る毎年の利子を人類の発展に貢献をもたらした人物に分配するものとする」と述べ、1901年に初めて授与式が行われました。ちなみにこの遺言にも書かれていますが各賞に与えられる賞金額の1,000万スウェーデンクローナ(およそ1億円)はすべて『利子』から出ています。なので今後もノーベル財団が潰れない限りは半永久的に続く賞となります。なお受賞者は三人まで同時に受賞できることになっています(平和賞のみ団体での受賞が可能で、他はすべて個人に対して)。複数人で受賞した場合には賞金は山分けです。
ノーベル賞は物理学賞、化学賞、生理学・医学賞、文学賞、平和賞から始まり、後に1969年から一般に経済学賞と呼ばれるアルフレッド・ノベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞が追加されました。自然科学の分野では純粋研究に賞が与えられることは多くはありません。皆無ではありませんが、それが「人類の発展に貢献」したかどうかがわかるのは大分後になることがほとんどですから、応用研究の方に偏りがちなのでしょう。また数学賞もありません。どうやらNobel自身が私怨から数学者を嫌っていたらしいというのが理由とされています。その代わりというわけでもありませんが、数学の分野ではフィールズ賞やガウス賞、コール賞などがあります。ただし年齢制限があるなど超難関となっています。ノーベル賞の方に話を戻すと、文学賞があるのはNobel自身が文学好きで自分でも作品を作っているためです。おそらく文学との触れ合いが彼の成功と関わりがあると感じていたのでしょう。なお音楽賞や美術賞などがないのはNobelが興味を持ってなかったからです。平和賞に関しては先に述べたようにNobelが軍事に転用されるような発明をし、それによって大量の人間が死んだことに対する後悔と、彼が結婚しようと考えた女性が平和主義者だったというのも理由の一つではないかとされています。
ノーベル賞の受賞資格に関してですが、どこかの学会会員であることなどは必要ではありませんが、必ず受賞者が決定時に生きていることと定められています。つまり今回のSteinmanの場合受賞資格がなかったということになるのです。


故人である場合には選考過程の際に除外されます。しかし今年のノーベル賞では“誤って”すでに亡くなっている人に賞を授与すると決定してしまった。これはノーベル委員会の大きな過失であり、選考過程に不備があったということになります。したがってこれは大問題となりました。実際海外では大騒ぎとなり(日本のメディアはよくわかっていなかったらしくおかしなこと言っていたりしましたが、それについては後でちらっとだけ触れます)、委員会がこの前代未聞の件にどのような決定を下すのかに関してリアルタイムで注意が向けられていました。ちょうどNatureが受賞決定のところから亡くなっていたとわかったこと、そして結局受賞決定は変えないことを決めるまでを一つのウェブ記事として残しています。英文ですが参考までに。2011 Nobel Prize for Medicine – October 03, 2011
ではどうしてこのような過失を引き起こしてしまったのでしょう。少し込み入った話になりますが選考過程がどのようになっているか見ていきたいと思います。


ノーベル賞の候補者は世界各地から推薦状が届くところから始まります。この推薦状をその道に詳しい研究者たちが精査していくのです。とはいっても舞い込んでくる推薦状は膨大な数になるのでそれまでに名前が挙がったことがあるかどうかで大半の人は落とされるのですが。何にせよ推薦状から候補者を絞っていき、その年の受賞者としてふさわしいと考えられる人物を報告書としてまとめます。
この報告書を受け取る場所は賞によって異なっています。物理学賞、化学賞、経済学賞はスウェーデン王立科学アカデミー、生理学・医学賞はカロリンスカ研究所、そして文学賞はスウェーデン・アカデミーとなっています。報告書を受け取った時点でその年の受賞者はほぼ決定したも同然で、これが覆ることはまずありません。……カロリンスカ研究所は割と頻繁に拒否することがあるようですが。
いずれにせよこの報告書は9月半ば頃にはまとめられて提出されます。その後若干の選考だけして受賞者の発表となるわけです。

つまり2011年生理学・医学賞でSteinmanに授与させようと報告書が提出された時点では彼は生存していたということなのです。しかし報告書を受け取ってから受賞者を発表する10月3日までの間に彼は亡くなり、そしてそれを知らずにカロリンスカ研究所は受賞者として最終決定したということになるのです。
もちろんカロリンスカ研究所も世界中の研究者の生死をすべて知っているわけはありません。そう考えるとミスがあっても仕方がないとも言えるでしょう。ですがノーベル賞がその規定として「受賞決定時にその人物が生存していること」を盛り込んでいるとなれば、選考はやはり厳密にやらないといけないはず。特にノーベル賞は必ずその年に賞を出さないといけないというわけではなく、翌年持ち越しとして受賞者決定を一年遅らせることもできるのです(受賞年は前の年として記録されますが)。ですから受賞者が亡くなっていたことがわかれば再度選考を行なうことも十分考えられたわけです。
今回は委員会が特例として受賞を取り消さないという決定を下しました。けれど自分たちで設けている取り決めに反する選考および受賞者発表をしてしまった責任は重く、今後はさらに選考をきちんと行なうように変わっていかなければならないでしょう。


さて今回の2011年ノーベル賞はこのようなミスを初日にしでかしてしまい、波乱の幕開けと相成りました。そのせいで他の受賞した研究も霞んでしまったという印象を個人的には持っていたり。
なお選考過程は極秘で行なわれることになっており、受賞の50年後にそれを研究する者に対しては公表されるということになっています。ですから今年の選考過程が実際にどのように行なわれたのかに関してはそれを待って誰かが研究してくれないと確実なことは言えないという。もどかしいですねw
それと日本人の中には「Steinmanが他界していることがわかっていたら他の人が受賞していた可能性もあり、その中には日本人も同じような研究をしている人がいるので~」などと言う人やメディアがありましたが、まあまずないです。先述しましたがSteinmanが亡くなったのは受賞発表の数日前、9月30日でした。ですから受賞者の中から外されることはあり得たかもしれませんが、改めて別の人物をその空いた枠に入れるということはしないでしょう。そもそも受賞者は必ず三人である必要はないのですから。またいくら似たような研究をしていたとしても推薦されていなかったら候補にすらなりません。この推薦があったのかどうか、それは誰からのものだったのかに関しても50年後にならないとわからない話です。ですから日本メディアが「日本人のこの方も受賞の可能性があった!」というのは作り話です。日本から受賞者が出ればいいのにという願望が先走って、選考の実態がどうなっているかは考えずに記事を書いたのでしょうね。



以上で今回の2011年ノーベル賞に関する個人的な感想はおしまいです。まあ選考過程に関して調べた論文とか読むと正直この賞って――おっと誰か来たようだ。
ということでその誰かをさらっと置いておいてみる。今回選考過程の話をしましたが、以前山極勝三郎の話を書いています。この中では選考過程の話よりも日本人にそのような国際的に見ても先行的な研究をしている人物がいて、成果としても正しいものを出していたという点を強調しています。
これを『選考過程の面から』見ると少し変わってきたりします。実は選考自体には問題がなかったことがわかっており、山極はきちんとした理由(科学的にどうかではなく)で落とされています。しかし科学的には山極の方が正しいのだと徐々に判明してきて、それで騒ぎになったというのが実態。特にこの当時の日本医学界は国際的な業績が欲しかったために誇張していたのではないかという意見もあります。
ともかく山極勝三郎の件は『汚点』とは言えそうですが『誤り』ではなかったので注意が必要ですね。

ということでオマケが長くなりましたので、本当にこの辺りでおしまいにしておきましょう。来年はどんな騒動がありますかねー。今から楽しみです♪(ぇ
by zattoukoneko | 2011-10-22 16:54 | 社会・経済 | Comments(1)
Commented by zattoukoneko at 2011-10-22 16:48
すぐに後半をアップするつもりと言っておきながら大分遅れてしまいました。
どうも選考の途中で規定に触れる事例が見つかったような気がしたので更新見送りとしたのです。

はい、嘘です。ごめんなさい。


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