【小説】『絶体零度』4-4-2


4-4-2

 「寒さ」というものは何だろうか?
 人間に限らず生物というものは皮膚上にある温点・冷点で周囲の温度の高低を感知する。周りにある空気の温度とはすなわち気体分子の運動エネルギーの高さであり、どの程度激しく運動していて衝突するかという機械的な刺激によって温度を知るのだ。それは電気信号となって神経を通り、脳に至るとその情報が解析され知覚する。そこまでではまだただの情報の域を出ないが、それがどういうものであるかを理解することで認識に至る。
 私は長らく「寒さ」というものを知らなかった。認識するところまで至らなかったからだ。当然生きているのだから神経は自然と励起され電気信号を流すのだが、それを知覚することは出来ても理解することはできなかった。殊更に「寒さ」というのは「冷たさ」と違って感情に根差したものだ。だから心の動きの鈍い私は認識できないまま、そして「寒さ」をきちんと理解できないまま今に至ってしまったのだ。
 けれど今ならわかる気がする。だから――「寒さ」とは一体何だろうか?
 ――――
 私にはあまり多くの友人はできなかったけれど、とても仲の良い親友は出来た。瑠璃は厳しくも優しく私のことを叱咤激励してくれた。恭介はゆったりと自分のペースを崩さずに、そしてそのおかげで場を取り持つ役割を担ってくれていた。
 今回の件で二人には多大な迷惑をかけてしまったし、そして舞美を殺したのが私だとわかった以上、さらに厄介事を押しつけてしまうのは間違いない。私は何度も何度も頭を下げながら、助力を求めていくのだろう。彼ら彼女らとの関係をこれからも続けていきたいから。
 それと舞美の肉親ともきちんと和解しないといけないだろう。私は彼女から身内の話を聞いたことはないけれど、彼女を殺してしまった責任は負わないといけない。もちろん刑事事件として法律できちんと裁いてもらうことも考えている。ただ法よりも人との関係が大事だと思うからそれとは別に自分なりにやれることはやりたいと考えている。
 雪奈もこれから大変だと思う。彼女は自身の手で私を刃物で刺してしまったし、舞美の遺体を自分の部屋に隠匿していた。彼女の精神はとても不安定な状態にあったということが考慮されるだろうが、まったくの無罪になるのは難しいだろうし、そうなれたとしても判断にはかなりの時間がかかるだろう。
 また彼女を支えてあげる人間が必要だろう。ようやく世界は舞美だけで構成されているわけではないと知ることができたわけだが、独りだけの力で歩いていくのはまだ難しいと思われる。どんなに成熟した人間だって挫けるのは普通のことだし、立ち直れるだけの気力がなければそのまま沈んだ底から這い上がれなくなる。そのような時に傍にいてくれる人間の存在が彼女には必要不可欠だ。肉親を失くし、信じることすら出来なくなってしまった彼女にはそれに代わる人が要るはずなのである。
 ――――
 私は暗澹とした視界の中でそのようなことを考えていた。空からはまだ冷雨が降り続いているはずで、肌にはその感触を確かに覚えているのだが、何故かその滴の形をきちんと捉えることはできなかった。
 季節は秋から冬になり、本来であれば寒いと感じるはずなのだと思う。しかし私は体の内から熱が生じるのを感じていた。むしろ暑いとすら感じる。結局のところ「寒い」だの「暑い」だのというのは心に深く根付いているものだということだ。
 もちろん機械的な作用など一切関係ないと主張するつもりはない。ただそれによって誘起されるのは神経の興奮だけであり、せいぜい脳内でのデータ処理にまでしか至らない。人の心や脳は簡単にその情報を無視したり、改竄してしまうものなのである。それを考慮することがようやく認識や認識している対象が何かを知る一歩となる。
 私は随分と長いこと心を無視して生きてきたから自分の周囲にあるものをきちんと認識することが出来ないでいた。だから私の住んでいる世界に色はなかったし、風が吹いていることも実感できなかったのだ。ただ他の人から『こうである』と言われることを盲信し、自分の体験とすることができなかった。あるいは刹那や舞美のような人間を通じて憧憬を抱くだけで、それは旅行雑誌の紹介写真や文章を読んで想いを馳せるだけの行為と何ら変わらないものだった。
 私は記者として文章を書いてそれを他人に読ませて生活の糧を得ているし、東京という大都会に住居を構えている。田舎の出身としてはこの地の自然の少なさを淋しく思うこともあるが、だからといって田舎や自然を賛美すべきだと主張するつもりはない。私の周りには都会育ちでもきちんと心豊かに生活している人がいたのだから。そして逆に私は心を失って生きていたのだから。
 結局のところ心をきちんと持てるかどうか、そしてその上で物事を把握して考えていけるかどうかが大事なのだ。私のように思考するばかりで感情の伴わない論は、瑠璃の言葉を借りれば所詮『哲学もどき』に過ぎない。
 私が雪奈や自分の今後のことを心配する気持ちはけして『哲学もどき』ではない。心が伴っているから「温かい」と感じているのだ。これが机上ででっち上げたものではない証になるだろう。
 ……どのくらいそのようなことを思っていたのだろう。時間の感覚がもうなくなっていた。けれどすでに暗くなった視界の向こうに雨が降り続いているのを感じる。大量の雨に濡れたアスファルトに、脇腹に開いた傷口から熱い血液が流れ出していくのがよくわかる。
 これからやることは沢山ある。そのことを思って私はしみじみとその言葉を口にした。
「寒いな」

   ‐第四章・了‐
   『絶体零度』 結

by zattoukoneko | 2011-07-31 23:09 | 小説 | Comments(0)


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