【小説】『絶体零度』4-3-1


4-3-1

「姉は姉です」
 雪奈はそう言い放った。彼女はずっと高いところから私を見下ろして、どうやら私は路上に倒れこんでいるらしかった。路地に入り込む夜の灯りが、雪奈の手に持つ物を赤く光らせる。それが血に濡れた刃物だと気付くまでにかなりの時間が必要だった。
 初めて雪奈に出会ったときのことを思い出す。あの時私は背後から急に凶器を突き付けられたのだ。いつからそんな物騒な物を持ち歩くようになったのかは知らないが、雪奈はずっとそれを携帯していたらしい。
 鈍く光る刃物を手の中でくるくると回しながら雪奈は夢見心地に言った。
「私は姉のような人間になるんです。姉そのものになりたいとすら思うくらい」
 それから雪奈は自分の髪をいじりながらさらに続ける。
「まずは形から入ろうと思って髪の長さも姉と同じにしてみました。服もお揃いの物を買ったんですよ? 体型はほとんど同じでしたからその点は特に困りませんでしたね。でも髪質はまったく同じというわけではなかったので手入れの仕方で変化しないか工夫してみたり。瞳の色なんかは難しいですよね。カラーコンタクトというのも考えましたけど、手術とかで変えられたりするものでしょうか?」
 彼女の言葉を耳にしながら、私は寒気を覚えていた。それは体から大量の血液が流れ出していっているのが原因なのだろうか。それともいつの間にか降り出した冬の雨がそう感じさせているのだろうか。見れば雪奈の靴に触れるほど赤い液体がアスファルトの上に広がっていた。
 嬉しそうに舞美のことを語る彼女に、私は何とかして告げた。
「舞美はもういない。雪奈がどれほど彼女のことを求め、必要としようとだ。その首を絞め、力がすっかり抜けて重くなった体を運んだ本人だからわかる。舞美は私によって殺された。仮に生きているようなことがあったとしてもその行方は依然としてわからないままだ」
 その言葉を耳にした雪奈は私を見下ろした。笑みを湛えた顔で。
「姉はいなくなってなんかいませんよ」
「何を……言ってるんだ?」
 私には雪奈の言葉の意味がさっぱりわからない。彼女自身、姉の姿を探し求めていたはずだ。
 けれどそんなことなど一切なかったかのように雪奈はこんなことを言ってのけた。
「だって姉は私の部屋にやって来てしばらく泊まっていますし」
「……え?」
 疑問の声を上げた私に、しかし雪奈の方がわからないというような顔をしてみせた。
「どうやらあなたは私の姉を殺したと思い込んでいるようですけど、どうしてそのようなことになっているんでしょう? 確かに最近体調が悪いようで外出は控えています。でも私がきちんと身の回りの世話はしていますし、食事を一緒に摂りながら談笑することも今まで通りです。もしかして大学の方などに顔を出していないせいで騒ぎになっているんでしょうか?」
 雪奈は今まで姉の行方がわからなくなったと嘘を吐いていたということだろうか。舞美と一緒になって何かを企み、そして私を欺き、警察の捜査を攪乱していたとそういうことなのか?
 …………そんなわけはない。少し思い出してみればわかることではないか。雪奈の部屋に行ったのはほんの少し前のことだ。あそこに舞美の姿はあったか? 体調を崩して床に伏せっているような気配をどこかから感じたか?
 雪奈は明らかに事実と異なることを口にしている。けれどその素振りからは嘘を言っているような印象は受けない。またこれからの付き合いから彼女は平気で虚言を弄するような人物ではないこともわかっている。
 そこで私は一つの可能性に思い至った。
「もしかして雪奈が舞美の体を持ちだしたのか?」
 雪奈は小首を傾げたが、その推測は当たっていると思われた。彼女は私と舞美が頻繁に出会っていることを知っていただろうし、おそらくはあの事件の日もずっと私たちのことを見ていたのだ。そして瑠璃の店に運んだ舞美の死体を自室に持ち帰った。
 嘘なんて言っていやしないのだ、雪奈は。彼女は確かに自分の部屋で姉である舞美と共に日々の生活を送っている。ただその相手はもはや何の反応も返さないし、やがてはその肉体も醜く腐って失われてしまう。あの小さな部屋でそんなものに対して雪奈は嬉しそうに話しかけているのだ。
 その様を想像して、私は思わず呟いてしまった。
「狂ってる……」
 実の家族を失い、同時に人を信じることができなくなり、本当の意味で『孤児』として育った雪奈。その彼女が出会ったのが舞美だったのだ。親切にしてもらったその相手を雪奈は姉としてしまった。それは奇妙な行為にも思えるかもしれない。しかし身内として自分にとても近い存在としなければ受け止められなかったのではないだろうか。精神的に未成熟だったが故に家族の存在が彼女には必要だった。そして現在に至っても親離れが出来ていないのが雪奈なのだ。
 舞美の肉体がどの程度まで腐敗しているのかはわからない。しかし肉がなくなって骨だけになったとしても雪奈はそこに綺麗な姉の姿を見るのだろう。そうしなければ彼女の心は壊れてしまうから。
 ――――
「違う。勝手に決めつけるな」
 私は自分自身に向かってそう叱咤した。侮蔑の音すらそこには混ぜていた。
 人の心をくだらない理屈を捏ね繰り回すことで理解しようとするな。そのことを今回の件で私は学んだのではないのか?
 雪奈は何と言っている? 彼女の気持ちは何処にある? 私はそれをきちんと見ようとしているか?
 人間も世界も機械なんかではないと言われ続け、そのことをこの歳になってようやく実感したはずだ。まだ刹那のように世界の彩りを描いて見せることもできないし、舞美のように自然の息吹を聴かせてやることもできない。瑠璃のように世捨て人として説教してやることなんて尚更だ。
 それでも雪奈の口にした言葉を聞いてあげることのできる人物は私しかこの場にはいない。そんな程度の事しかできないが、それをやるのは舞美ではなく私の役目なはずだ。
 私は雪奈の言葉を思い出していく。彼女の口にした単語一つ一つを精査していく。言の葉はその人の心を如実に表していると信じて。
 雪奈を見上げたとき、随分視界が暗くなっているなと感じた。けれども彼女の顔はしっかりと見えていると思った。だから問う。
「雪奈。確か君は私のことを下の名前で呼ぶようにしたはずだったね。でもさっきは『あなた』と言っていたような気がする。雪奈は……私の名前を覚えているかい?」
 訊かれて彼女は小首を傾げた。
「何を言ってるんですか? 私はあなたと面識はないと思いますけど」
 やはりだ。私の思っていた通りことが起きている。
 どうやら雪奈は今まさに記憶を書き換えていっているらしい。


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by zattoukoneko | 2011-07-22 20:07 | 小説 | Comments(0)


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