【小説】『絶体零度』3-4-2


3-4-2

 舞美を姉と慕い、その姿を探し続けていた雪奈にとっては刹那の話を聞かされる時間は余計なものだと思えてしまうかもしれない。しかし今回の事件の根幹には彼女の存在があり、したがって切り離して説明することができない。
 私がそのことを雪奈に了承してもらうべく伝えると彼女は眉間に皺を寄せた。ただ不快だからということではなく、何事か考えているようだった。さほど強くはないが、傘を打ち鳴らす雨の音が静かに私たち二人を包んで見守る。
 しばらくしてから雪奈は自信なさげではあったが、とある推測に辿りついたらしく尋ねてくる。
「成明さんは姉のことをすべて思い出したと言いました。でもそれは『自分が関わっていることだけ』ということですよね。他人がしたことは知る由もないですし。もしよろしければどこまで思い出したかについて先に教えてもらえますか?」
 彼女の推測はおそらくある程度まで当たっているだろう。それに姉の行方や生死を早く知りたいであろうから、そうした要求が出てきて自然だと思われた。
「詳細については刹那と私、そして舞美の関係を知ってもらわないときちんと把握できないと思う。でも君が知りたいであろうことに関しては先に話すことができる。ただ落ち着いて聞いてほしい」
 私は雪奈に承諾の返事をしてから、自分自身も落ち着くために一つ深呼吸をした。
 告げる。
「とある事情があって私は舞美のことを殺した。その後記憶を失って友人の瑠璃の店にその遺体を運んだ。けれどその後遺体が消えたことに関しては私のやったことではなく、遵って舞美が本当に死んでいるのかやその体がどこにあるのかについては一切知らない」
 ついさっき雪奈に対し私は舞美のことを迎えにいこうと告げた。でもそれは私が刹那や舞美とのことをきちんと受け入れる儀式のようなものだ。実際に彼女の元に向かうわけではない。
 それは私の事情だ。姉の姿を探し続けていた雪奈に付き合う義理はない。私は同じく舞美を知っている彼女に話を聞いてもらいたいと思っているが、果たして彼女はどうするだろうか?
「……」
 しばし黙していた彼女は、しかし次の言葉で答えを出すことはしなかった。
「成明さんは随分雨に濡れてしまっています。体が冷えても毒ですし私の家に行きましょう。ここから近くにあるんです」
 そうして私を随える雪奈はあの日の舞美にそっくりだと思った。傘を差し出してくれた彼女を刹那と勘違いしてしまった私を、優しく自室へと導いてくれたのだ。そのことを告げると雪奈は小さく、でもやや寂しそうに微笑んだ。
「そうでしたか。私も自然と姉に似てきていたんですかね」
「雪奈は舞美にかなり似ているよ。君たちが本当の姉妹ではないというのが不思議なくらいに」
 やがて雪奈の招き入れてくれた部屋は住宅地にある少し古ぼけたアパートだった。歩きで来れる距離であったから自然なことではあるのだが、私の職場からもそれなりに近いところにある。そして場所も建物の雰囲気も違うけれども舞美の部屋もここからさほど遠くないところにあった。
 女性らしく装飾はされているものの、それほど荷物のない室内。部屋に着いてすぐに雪奈は雨に濡れたスーツをハンガーに掛けて窓際のカーテンレールにぶら下げた。中央にあるテーブルの近くに座った私は、さらに雪奈がペットボトルからコップに移してくれた飲み物を受け取りながら、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。
「舞美とは一緒に暮らさなかったのかい? 大学に入れてくれようと支援していたと思ったけれど」
「姉の部屋はここよりはずっと広いですけど、でも一人暮らし用ですから。引越しをするのにもお金が掛かりますし、大学の費用を捻出しようとしてくれているなら尚更でした」
 話を聞く限りでは随分と仲が良かったようだし、部屋の狭い広いは関係ないとも思いはしたが、そこは両人の問題であるし今の私たちにとって重要なのはそこではなかった。さっそく本題に入る。
「雪奈も知っていると思うけれど舞美の部屋はここからそれほど遠くはないところにあって、私の職場からも近いところにあった。あの日も今日と同じように雨が降っていたよ。季節は初夏だったから冷たくはなかったと思うが、その時の私にはそれを感じるだけの余裕がなかった。仕事で大きなトラブルがあってね。入社して間もない新人が私の下で記事を書いていたのだが、その彼は取材をほとんどせずに憶測でそれをやっていたんだ。それに気付いた上司が記事の書き直しを私に命じてきた。面倒を見ていた社員の不手際だから私が手伝うのは当たり前なのだが、その新人はあろうことか終業時間になるとさっさと帰ってしまった。彼が残っていても取材をしていないのでは材料がないから大した役には立たなかったかもしれないが、しかし誌面に穴を開けるわけにはいかない。他の記事との兼ね合いもあって内容の大幅な変更もできず、結局私自身もすぐにはわからない程度に誤魔化した記事を書いて提出したんだ」
 そこまで話すと私は雪奈のくれた飲み物を口にする。甘い炭酸飲料で思いの外疲れていたらしい体に滲み渡る。舞美も何か飲み物を出してくれたと思ったが、あの時の私の心理状態では覚えていなくて当然かと思った。
「私は記者としては三下だと自覚している。自分で思うように取材して記事を書けるような身分ではない。けれどそれなりの歳月をこの仕事に費やし、それなりに誇りも持てるようになっていた。力の及ぶ範囲で可能な限り良いものを仕上げようとしていたのに私はあの日ゴシップと見做されても仕方のないような記事を書いてしまった」
 この話は雪奈にとっては仕事上の愚痴に聞こえるだろうか。しかしこれは私と刹那の関係を述べる上でとても大事な内容でもあった。
「私も就職してしばらくの間はただのタスクとして日々の仕事をこなしていた。そこに自分というものはなくただ流されているだけだった。そんな折、地元から刹那が遊びに来たんだ」
 今なら彼女がどうしてその時に私の元に現れたかわかる。存在していないはずの妹を作り上げた理由を知ったからだ。
 結局刹那というのは、私がいつの間にか社会に流されてしまっていると現れ、そして機械として冷たく固まろうとしていた心を解してくれる存在だった。私は彼女の存在を内に作り出すことで心のバランスを保っていたということになる。
 しかし仕事をしているうちにやがて自分のスタンスというのを確立できるようになってきた。私はいつの間にか刹那の力を借りずともやっていけるようになっていたのだ。それは一つの成長ではあったかもしれないが、無自覚なものであり、遵って一つの重大な過失を心の内に抱えていたということにもなる。
「平たく言えば私は刹那を『殺した』んだよ。独りで生きていけるようになった私は彼女に用はなくなった。だからその存在を葬り去ったんだ」
 私の物言いに雪奈が小さく息を飲んだ。作り物だったとはいえ私にとって刹那が大事な家族であったことに変わりはない。にも拘らず私は彼女の存在をこの世から消した。
「けれどそれは仕方がないことだった。彼女が存在し続ければ私は甘えてしまうからね。実在する家族からもいつか私たちは自立をしてある程度距離を置かなくてはならないものだが、元々存在していなかった刹那と距離を置くということは彼女の存在の消滅を意味していたんだ」
 けれど私は仕事で失敗したあの日、また刹那の存在を呼び出してしまう。彼女の存在を消したことを私はきちんと認識していなかったから簡単にそういうことができてしまったのだ。目の前に現れた人物は実際には舞美だったのだけれど、彼女の容姿と雰囲気が似ているから刹那だと誤認してしまった。
「舞美が彼女の部屋に私を招き入れ、落ち着かせてくれているうちに別人だと気付いたけれどね。でも一度蘇ってしまった刹那はそう簡単には消えてくれなかった」
 そしてそこから事件は動き始める。私の心の中で起きたことだったから目立った動きはなかったけれど。しかし着実に異変は生じ始め、そしてやがては大事に至る。
 私は立ち上がると雪奈を促した。当時どのように舞美に接し、刹那がそこに関わってきたのか。そして最後に何が起きたのかを見に行くことにしようと思う。
 雪奈は窓際に吊るしてあった私のスーツを取ってきてくれた。手渡しながら言う。
「まだ大分濡れているみたいです。乾燥機などがあればよかったのですけど」
「もう夜だし、それほど時間も経っていないから乾かなくて当然さ。冷えそうだけれど仕方がない」
 そして私はそのスーツを羽織って雪奈と一緒に夜の街へと出掛ける。

   ‐第三章・了‐


   『絶体零度』4-1-1へ
by zattoukoneko | 2011-07-07 10:36 | 小説 | Comments(0)


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