【小説】『絶体零度』3-2-1


3-2-1

 私はその日雪奈と共に横浜に降り立った。
 田舎の出身である私にしてみれば東京も横浜も都会であることに変わりはない。ただ何度か足を運ぶうちに雰囲気がかなり違うことには気付いていた。どちらも私の苦手な人混みではあるのだが、東京の人より横浜の人の方が活力に溢れている。渋谷などはがやがやと五月蠅いが、あれはただはしゃいでいるだけで謂わば空元気のようなものである。心の芯から出てくるものではないのだ。もしかしたら湾岸都市として発展したことや中華街が近くにあることが関係しているのかもしれない。
「久しぶりにこちらに戻ってきました。姉の方に行ってからはずっと東京でしたから」
 東急東横線の駅構内から出てきた雪奈は一つ深呼吸をしてからそう口にした。楽しそうには見えないその表情を私が疑問に思って見つめていると、彼女は端的に答えた。
「私はこの街で育ちましたが、家族がいるわけではありませんから」
 孤児として育った彼女が、この街に対してどのような想いを抱いているのかはっきりとしたところはわからなかった。私には華やかに見えるこの横浜も、雪奈にとっては冬色に灰がかっているのかもしれない。
 彼女はさらに言葉を付け加える。
「それに今回は私の出自を確かめるのが目的で、しかもそれが私と姉の間には血の繋がりが本当にあるのかどうかを調べるということですし」
 今日の目的に関しては会う約束をしたときにある程度伝えたし、渋谷からの電車内で瑠璃たちとのやり取りを含めて説明してあった。雪奈が気乗りでないのも致し方ないことだと思う。
「気にしないでください。私は姉を本当の姉だと思っています。血が繋がっていなかったというのはまだ信じられませんし、信じたくありませんけど、でも優しく私に接してくれた事実は揺らぎようがありません。予想外のことだったからまだちょっと困惑しているだけです」
 そうはっきりと言ってみせた雪奈は、少し首を傾げてこちらを見つめてくる。
「むしろ成明さんの方が気がかりです。ご友人の方々とは今後うまくやっていけそうですか? 私の血縁関係についてもわざわざ横浜に来ずとも調べてくれたという恭介さんに直接聞けばよかったと思うのです。でもそうしなかったというのはまだ会いに行きづらいということなんじゃないですか?」
 彼女のその指摘に私は少し戸惑ったけれども、結局頷き返すしかなかった。
「そう、だね。今はまだ私の気持ちの整理がついていないから」
「なら施設に行くまでの間に成明さんの話を聞かせてください。電車に乗っていた時間は短かったですから、成明さんがどう思っているのか話してもらえていません」
「私がどう思っているか、か……」
 あの日、私は瑠璃と恭介のもとから逃げ出した。そして今でも逃避を続けている。では一体何から、どうして逃げたのか。本人たちに直接言い難いからこそ、私は雪奈に聞いてもらおうと思った。
「瑠璃と恭介は大事な友人だ。私と彼女たちとの関係はこれからずっと続くものだと思っている。その根拠を問われると困るのだけれどね、でもそう確信している。私にとって彼女たちはかけがえのない存在であり、けして失いたくないものなんだ」
「そういう人がいるのって羨ましいと思います。私の周りにはいませんでしたから」
 雪奈がそう言いながらも、思い浮かべているのは姉の姿なのだろう。孤児として育った彼女がようやく手に入れた家族が舞美なのだから。
 そのことに気付きはしたものの、触れることはせずに私は自身の話を続けることにした。
「でもだからこそ彼女たちに自分の気持ちがうまく伝えられないことが苦しかった。一生続く関係だと思っていたからこそ求めが強く働いてしまったんだろう。私の感じているものを共有して欲しいと」
 しかし互いに背負っている環境が違うし、自然と物の感じ方も異なってくる。その差を強く意識してしまったからこそ私は何も言えなくなってしまったのだ。自分から何も言わずとも相手はわかってくれるはずだなどとそんな甘えは抱いていないつもりではある。だがだからこそ余計に辛くなってしまったのかとも思う。
 話を聞いてくれていた雪奈は、そこで一言だけ訊いてきた。
「仲直りできますよね?」
「……」
 私はその問いかけにすぐに返答することが出来なかった。今回の件は私たちの関係性を深く掘り下げないと解決しないものだと思うからだ。
 答えない私に対し雪奈が言葉を続ける。
「成明さんにとってご友人は家族のようなものなのではないかなと私は思います。でも本当の家族でもお互いのことをきちんと知るためには話し合いとかがきっと必要で。だから成明さんも、難しいと感じるにしても、自分の気持ちを伝える作業をしなければいけないのではないかと思います。そのためには成明さん自身の思っていることを一度整理しなければいけないのかもしれませんけど」
 そう言った雪奈は急に歩みを止めた。訝しく思った私が彼女の向けている視線の先を見遣ると小さめの小学校のような建物がそこにはあった。
「私も姉のことをきちんと知らないといけないのでしょうね。たとえ血の繋がりがないのが事実だとしても『家族』であることに変わりはありません。けれどうやむやなままにしておいてはいけないこともきっとある……」
 雪奈の見ているのが彼女の育った養護施設だとようやく気付く。軽く息を吐き、意を決したように歩みを再開する彼女に付き随って施設の中に入っていく。
 偏見としてこのようなところはもっと殺伐としたものだという印象を持っていたのだが、周囲にいる子供たちは元気に走り回ったり談笑していたりする。多少年齢にバラつきがあるものの、それを除けば一般的な小学校などと変わらないように感じられた。
 そのことを素直に雪奈に伝えると彼女は小さく首を捻って答える。
「どうなんでしょう。私はここの施設しか知らないので他の養護施設がどのような感じなのかはわかりません。それにここから小学校や中学校には通いましたけど、やはり施設と学校は別物という感覚でした」
 言われてそれもそうかと思った。仮に取材でいくつもの施設を訪れたとして、それで得られたものは客観的な感想で終わってしまう。あるいは自分の体験との比較が多少出来るくらいか。それぞれの内部の人間になることは原理的に不可能なのだ。
「けれど友人は作りにくかった記憶があります。施設内の子は年齢も違いますから、出所後はバラバラの生活になってしまうことが多いんです。中学などでもうまく交友関係は築けませんでしたね。一番信頼の置けるはずの家族がいないのでそれも関係しているかもしれません」
 そんな話をしながら歩いていると唐突に一人の女性が声を掛けてきた。
「あら、もしかして雪奈ちゃんかしら? お久しぶり」
 私よりも大分年上であろうと思われるその女性に、雪奈は振り向いて会釈する。
「ご無沙汰しています、枝本先生。今日はちょっとお聞きしたいことがあって来ました」
「そうなの? 普段から気兼ねせずに何かあったら訪ねてきてくれていいのに。でも本当に久しぶりねぇ。随分と雰囲気も変わったみたい。実は見かけてから思い出すまでちょっと時間がかかったのよ。さすがに歳も取ったしそのせいもあるかしら」
 そう話してから朗らかに笑う枝本という先生に、雪奈は一枚の写真を取り出して見せる。
「少し込み入った話になってしまうのです。でもまずはこれだけ確認をさせてもらいたいんです。この写真に写っている人を私は実の姉だと思っていました。枝本先生はこの人について何か知りませんか?」
「雪奈ちゃんのお姉さん?」
 訝しげな声を上げながら写真を受け取った先生は「随分遠くから撮っているのねえ」と呟いてからそれを見つめる。そして間もなく嬉しそうな声を上げる。
「ああ、この子なら知ってるわよ。懐かしいわねぇ。大人っぽくなってはいるけど当時と雰囲気がそのままだわ。写真でもはっきりとわかる」
 そして笑顔を浮かべながら先生は告げる。ただしその言葉は雪奈の小さな望みを粉々に砕くものでもあった。
「雪奈ちゃんがまだ中学に通っていた頃にボランティアで一年間お世話をしに来てくれた子よ。あなたよく懐いていたの、覚えてない?」


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by zattoukoneko | 2011-06-18 19:47 | 小説 | Comments(0)


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