【小説】『絶体零度』3-1-2


3-1-2

 私には恭介の言葉がよくわからなかった。彼は何と言った? 何を言おうとしている?
「飯田君、そこで逃げようとしてはならないよ。萩原君は事実を持ってきたのだろうし、そうしてくれと頼んだのは君自身ではなかったのかい? 思考を止めるな。自分の抱えるべき現実から目を背けるな。ついさっきそれを私と一緒に確認したばかりじゃないか」
 瑠璃に叱咤されて、ようやく私は恭介の言ったことを頭の中から追い出そうとしている自分がいることに気付いた。
 その事実に気付いて双眸を大きく見開く私を横目で確認しながら、瑠璃が恭介に尋ねる。
「白樺雪奈と櫻庭舞美の間には一切の血縁関係がないということだったね? でも白樺君の方は実際の姉だと主張していたようじゃないか。つまり彼女は嘘を言っていたということかい?」
「待ってくれ瑠璃。私には雪奈が嘘を吐いていたようには到底思えない。彼女は本当に姉の舞美のことを慕っていたんだ。それが赤の他人だなんて……」
「君の言いたいことはわかる。しかしだからこそきちんと状況を知るべきではないかな。可能性として最もありそうなのは白樺雪奈が櫻庭舞美のことを姉だと勘違いしていたということだろうか? 調べたのも飯田君からの又聞きでは個人的に行なったもののようだし」
 キセルを口元に運びながら瑠璃は調子を整えた。それから「実際のところはどうなんだい?」と話を持ってやってきた恭介に問う。
「僕の持ってきたのはそういう事情までわかるものじゃないんだけどなぁ」
 恭介はちょっと戸惑ったように言ってから、しかしすぐに表情を引き締める。その切り替えはさすがに警察に勤めているだけあると思う。
「白樺雪奈が横浜の児童養護施設で育ったというのは本当だった。彼女の面倒を看た方がまだ残っておられて調べをしてくれた同僚が話を聞くことができたそうだよ。どうやら彼女は幼い頃に家族総出でやってきた横浜で事故に巻き込まれ、一人だけ残されたらしい。引き取り手もすぐには見つからずそのまま施設に預けられたようだね」
 違う。雪奈はそんなことは言っていなかった。彼女は施設を退所後自分自身の家族について調べたと言っていた。その話の中では親は生きているとのことで、そして姉の舞美の存在をそのときようやく知ったと述べていた。
「中学を出た後は専修学校に行ったというのも確認できた。ただそこでの話はほとんど聞けなかったみたいだね。どうやら入学して間もないうちに退学処分にあっているようなんだ」
「退学かい? 何か問題ごとでも起こしたのかな?」
「それに関しては担任の先生がいなくて詳しい事情は聞けなかったそうだよ。ただ当時の書類は残っていて、そこには就学能力の面で問題があると記されている。でも試験の結果はそんなに悪くなかったみたいなんだよね。少なくとも落第させられるような点数ではなかった」
「となると生活態度の面で問題があったということかな。しかしそれならそうと書くだろうし、教師の側でも判断に困るような内容があったということかもしれないね」
 恭介のことは信じている。彼自身が調査をしたわけではないようだが、任せた相手とその人物の持ってきた報告を恭介は信頼のおけるものだとして提示してきた。
 けれど私の頭には瑠璃と恭介の会話がきちんと入ってこなかった。あまりにも雪奈自身の言っていた内容と違いすぎるじゃないか!
「飯田君。これが君の調べて欲しいと頼んだことだよ。それから目を背けるんじゃない」
 気付くと私は頭を抱えていた。そこに声は落ち着いたものにしているものの、瑠璃の厳しい叱咤が飛んできた。
「さっきも言ったが白樺君は故意に嘘を言っているのではないかもしれない。勘違いだという可能性だって十分にあるわけさ。ただ事実として白樺雪奈と櫻庭舞美の間に血縁関係はなかった。そのことに目を向けずに真実は得られるのかい?」
 彼女の述べていることは尤もだ。そう、とても理に適ったものだとわかっている。けれど私は声を漏らさずにはいられなかった。
「それにしては似過ぎている……」
 一度漏れた言葉は、思いの外重量を伴ったもののようであった。それは私の中にあった堰を用意に壊してしまう。
「妹や舞美に会ったことのない君たちにはわからないことかもしれない! けれど実際に彼女たちを知っている私には到底彼女たちが赤の他人だなんて思えないんだよ。雪奈と舞美が姉妹ではない? ならどうしてあの二人はあんなに親しくして仕草までそっくりになっているというんだ!」
 気付けば私は悲痛に叫んでいた。瑠璃や恭介にはわからないのだ。雪奈と舞美は血が繋がっていないというのが現実だというのならそうなのだろう。私はそれを否定しようとなんて思ってはいない。そうではなくて今この場に私の抱えている想いを共有できる相手がいないことがとてつもなく苦しく、そして辛いのだ。
 ……胸が締め付けられる。心臓が音を立てて軋み出す。視界が暗くなって何も見えなくなっていく。
「甘えているんじゃないよ」
 唐突に瑠璃が私の意識の中に侵入してきた。はっとして俯きそうになっていた顔を上げる。
 そのときの私はきっと間抜けな顔をしていたことだろう。でも視線を向けた先にいる瑠璃はそれを笑うことなどせず、むしろ険しい表情で告げてきた。
「君は現実と向き合おうとしていたんじゃないのかね。そのことによって自分の隠そうとしていたことが表面化し、それが自分を傷つけることになるかもしれないとして、それを覚悟していたんじゃないのか? ついさっき私に向かって告げた言葉は偽りだったということなのかい?」
 頭に血が上るとはこういうことか。目の前が赤く色付くのを感じる。
「偽りなものか。私は今回の事件で自分の中に何か大きな腫瘍のようなものがあると感じ始めた。私はその正体を突き止めたいと考えているし、取り除きたいと真剣に思っている。しかしながらそれは私個人の望みだ。雪奈の事情まで暴こうとなんてしていない!」
「……君はそうやってまた逃げようとするのか」
 瑠璃は盛大な舌打ちをした。ほんの一瞬顔を歪め、しかしすぐに持っていたキセルで机を鳴らした。
「君は逃げてるよ。そのことにすら気付いていやしないんだ。自分の抱えているものを知りたくて白樺雪奈や櫻庭舞美のことを調べてほしいと萩原君に頼んだのは君自身じゃないか。それで自分には納得のいかない事実を突きつけられるとそんなはずはないと宣うのかい。白樺君のことを暴こうとしているのではないと君は言ったが、それは違うだろう。自身の心が受け付けないだけだということをいい加減認めたらどうだい」
「くっ」
 違う、そうじゃない。私自身もうまく言葉に表せないのを感じている。本当に伝えたいのはそういうことではないんだ。
 しかし瑠璃にそれは幼稚な甘えだと先手を打たれてしまった。実際にそうなのだろうとも思う。だからこそ私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
「…………」
 言葉の紡げぬ私にとってその空間は苦痛でしかなかった。だから椅子から腰を上げて扉に向かって歩き出す。
 これも逃げだろうか? きっとそうなのだろうと思う。しかし私はそれ以外にどうすればいいのかわからなかったのだ。頭を冷やす時間が必要だと言えば多少は聞こえがよくなるだろうか。
「成明――」
 店から出て行こうとする私を恭介が止めようとする声が聞こえた。しかし私は振り返りもしなかったし、瑠璃が恭介を制止した様子であった。
 私のいなくなった店内で二人が何を話していたのかは後々知ることになる。瑠璃が頼んだその頼みごとが、私がずっと大事にしていた関係を瓦解させるとはこのときは誰も露とすら思っていなかっただろう。


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by zattoukoneko | 2011-06-14 22:40 | 小説 | Comments(0)


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